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美味しいオムライス

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第八章


第八章

「今度の件ですが」
「あっ、はい」
 すぐに泉水に顔を向ける。
「その件のかわりにと思うのですが宜しいでしょうか」
「その件のかわりにですか」
「そうです」
 亜紀の言葉にこくりと頷いてみせる。
「それでですね」
「ええ、それで」
「この方針で」
 さりげないフォローに助けられた。亜紀はこのことに心の中で深く感謝すると共にさらに意識するようになったのだ。そうして。
「それが決定打だったのね」
「そうなのよ」
 亜紀はまたその女友達と会っていた。またお昼に一緒に食べている。今度食べているのは洋食屋でオムライスだった。それぞれオムライスを食べている。
「いい人だから」
「それはいいけれど」
 彼女はまずはそれはいいとした。
「けれどね。周りは大騒ぎよ」
「わかってるわ」
 亜紀はそのオムライスを口の中に入れながら答える。チキンライスに薄いオムレツが包まれている。それと赤いケチャップの味が加わり最高のハーモニーを醸し出していた。亜紀も彼女もそれを味わいながら向かい合って話をするのだった。
「歳が離れてるから」
「それだけじゃないわよ」
 彼女は楽しそうに笑って亜紀に告げる。
「それもわかってるわね」
「話は聞いてるわ」
 オムライスを口の中に入れる彼女に対して答える。彼女もまたオムライスのその味を楽しんでいた。二人が楽しんでいるのはオムライスの味だけではなかったが。
「不釣合いって言われてるのよね」
「そういうこと。美女と野獣。いえ」
 この言葉はすぐに訂正した。
「美女と醜男ってね」
「不細工じゃないわよ」
 亜紀はすぐにそれを否定した。
「あの人はね」
「もうあの人なの」
 亜紀の今の言葉にはついつい笑ってしまった。
「本当にいい具合に進んだわね」
「そうかしら」
「あの人なんて普通は言わないわよ」
 また笑顔で言い合う。
「普通はね」
「もう普通じゃないの」
「結婚するんでしょ」
 彼女はそこを指摘した。
「それ、決まったのよね」
「来週籍を入れるわ」
 そこまで話は決まっていた。
「式はどうするかわからないけれど」
「式は挙げないのかも知れないのね」
「まだ。よくわからないのよ」
 これに関しては首を傾げるのだった。
「まだ」
「まあそれはあんた達で話せばいいわ」
 彼女はそれは亜紀達に任せることにした。
「それよりもね」
「それよりも?」
「あれよ。そのあの人と結婚すること」
 そのことの話だった。
「幾ら何でもないだろうって。皆言ってるのよ」
「そんなのどうでもいいわよ」
 だが亜紀はそれを気にしてはいなかった。今食べているオムライスの方が気になる程であった。彼女にとってはその程度でしかない話だった。
「どうでもね」
「そうなの」
「そういうこと」
 また彼女に話す。
「だって。顔の問題じゃないから」
「心なのね」
「顔って。変わるじゃない」
 亜紀は言う。
「性格が顔に出て」
「そうそう、出るのよね」
 彼女は亜紀の今の言葉を指し示す。指し示すのに使っているのは今オムライスを食べているのに使っているスプーンだった。その銀色のスプーンで指していた。
「性格が顔に出てね」
「変わるわよね」
「性格が悪いと人相まで悪くなって」
 これは本当のことだ。実際に悪い生き方をしていると人相もまた悪くなっていく。性格というのは隠せはしないものであるのだ。
「そういう意味で男前とか不細工ってあるわよね」
「じゃあ泉水さんは」
 彼女が言った。
「どうなのかしらね」
「男前よ」
 亜紀の答えは決まっていた。
「あの人は。はっきりと言えるわ」
「そうね、あの人は確かに男前よ」
「ええ」
 亜紀は彼女の言葉にまた頷いた。
「それを言ってもらえて嬉しいわ」
「本当のことよ。あの人はいい人よ」
 それをまた亜紀に告げる。
「これから幸せになれるから」
「幸せに。私が」
「いい相手見つけたじゃない」
 亜紀に顔を向けて微笑む。
「おめでとう」
「そんなこと言われたら」
 笑顔になっている。しかしそれと共に目が少し潤んでいる。
「オムライスが塩辛くなるわ」
「そうね。そうなるわよね」
「だから。今はこれ以上は話してくれない方が」
「いいじゃない。辛いオムライスでも」
 けれどまた言うのだった。
「滅多に食べられないんだし」
「そうなの」
「これからは。もっと美味しいオムライス」
 今度はこう告げる。オムライスが美味しくなると。
「美味しいオムライス!?」
「幸せだと食べ物が余計に美味しくなるのよ」
 それが理由だというのだ。
「だからよ」
「そうだったの。それで」
「そういうこと。わかったわね」
「ええ。そういえば」
 ここで亜紀もそのオムライスを食べながら気付いた。今の味に。
「普段よりも美味しいかも」
「幸せは最大の調味料」
 これが彼女の返事だった。
「空腹にも勝るわよ」
「そうなの。幸せが」
「願わくばその幸せが永遠に続かんことを」
 こうも亜紀に告げる。
「頑張りなさいよ、亜紀」
「ええ」
 亜紀はにこりと笑って親友の言葉に頷いた。涙の塩辛さはなく幸せの味がした。その味を与えてくれた泉水に感謝しつつ。今もそのオムライスを食べるのだった。そしてこれからも。


美味しいオムライス   完


                 2008・4・20
 
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