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アイシャドー

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第五章


第五章

 その彼のクラスに行って彼の席の前に来た。するとすぐに言ってきたのだった。
「あれっ、唯ちゃん」
「何?」
 彼の言葉を聞いて内心会心のガッツポーズをあげた。
「どうかしたの?」
「顔だけれど」
 この言葉こそ唯の待っていたものであった。
「目の辺りだけれど」
「うん、目がどうしたの?」
 いよいよだと思った。いよいよ言うと。しかしその読みは見事なまでに外れてしまったのだった。彼女の読み以上に友樹は鈍かったのだ。
「疲れてない?」
「えっ!?」
 彼の今の言葉に思わずその目を点にさせたのだった。
「疲れてるって!?」
「何か物凄く黒くなってるけれど」
 彼はこのことを言うのだった。
「瞼の辺りがどうかしたの?」
「どうかって」
「夜更かしとかしたの?よくないよ」
 彼は真剣な顔で唯に言うのだった。その表情からそれが冗談ではないことがわかる。もっとも彼はそれ以前に嘘を言う人間ではないのであるが。
「やっぱり夜は寝ないとね」
「寝ないとねって」
「睡眠ってね、大事なんだよ」
 彼は真顔で言葉を続ける。
「本当に寝ないといけないよ、もう目にも出てるし」
「あの、目にもって」
「身体には気をつけないよ、壊したら何にもならないから」
 彼は完全に勘違いしたまま言葉を続けるのだった。唯はそれを聞くだけだ。
「しっかりとね。睡眠もね」
「え、ええ」
 戸惑いながら頷くだけしかできなかった。結局彼が気付いたのはこのことだけで話は完全に終わってしまった。こうしてアイシャドーは気付かれることはなく唯の目論みも努力も空しく砕け散ったのであった。まるで氷が割れてそれで消えてしまうかのように。
 失敗してしまった唯はその日の放課後またトイレにいた。そこで朝と同じように友人達とトイレの鏡の前で化粧をしていた。そうしてそのうえで友樹とのことを話すのだった。
「えっ、気付かなかったの?彼」
「しかも夜更かしと間違えるなんて」
「有り得ないと思わない?」
 眉を顰めさせて皆に言うのだった。その鏡の前で。
「それって。折角メイクしたのによ」
「ううん、意外」
「っていうか有り得ないわよね」
 皆唯の言葉を聞いて呆れて唖然とするばかりであった。言葉もないといった有様だったがそれでもそれぞれ言葉は発するのだった。
「それって。何なのよ」
「普通気付くわよね」
「ねえ」
「皆もそう思う?」
 またここで口を尖らせて言う唯だった。
「やっぱり」
「ええ、思うわよ」
「ずばり言うわよ」
 一人が何処かの占い師そのままの口調で言ってきた。
「あんたのそのアイシャドー」
「ええ、このアイシャドー」
「いけてるわよ」
 このことを言うのだった。
「充分ね。いけてるわよ」
「じゃあ何で駄目だったのよ」
 唯は逆説的に問い返した。
「それで何で。気付いてもらえなかったのよ」
「それよ、問題は」
「いけてるアイシャドーなのに」
 言いながら鏡に映る自分のそのアイシャドーを見た。それは確かによく映えていた。周りだけでなく自分でも納得のいくメイクになっていた。
「どうして駄目だったのよ」
「そう、それだけれどね」
 ここでその娘はまた唯に言うのだった。
「私達女の子はそれで充分だったのよ」
「このメイクでってことよね」
「そうよ。女の子は気付くけれど」
 彼女はさらに言葉を続けてきた。
「世の中って女の子だけじゃないじゃない」
「男の子もいるのね」
「そうよ。世の中女の子は半分だけ」
 かなり大雑把に言えばそうである。実際の社会では女の子がその力の八割は持っているということもざらのようだが公にはそうなっているのだ。
 
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