魔法使いの知らないソラ
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第四章 雨の想い編
第五話 涙のソラ
<PM13:30>
灯火病院の病室のベッドの上で、彼、相良翔は意識を取り戻した。
真っ白な天井が、彼の視界を支配した。
「ここは‥‥‥ああ、病室か」
翔は慣れたように、今の状況を理解し、上半身だけを起き上がらせる。
薄い水色の病人服であることと、倒れてからまだ、一日も経過していないことを確認する。
翔はこの病院には何度もお世話になっている。
入退院を繰り返しているため、この光景で起きれば、灯火病院の病室なのだと、すぐに分かるようになっていた。
すると人の気配を感じた翔は咄嗟に左を向く。
左には病室の出入り口があるため、恐らく誰かが来ているのだろうと悟った。
「お兄ちゃん~!!」
「ぶあっ!?」
左を向いたその瞬間、腹部を鉛がぶつかったかのような衝撃が襲い、肺に溜まった酸素が全て一気に放出され、海老反りになる。
何事かと理解するよりも先に衝撃が襲いかかり、驚きのあまり、目を白黒させてしまう。
「お兄ちゃん‥‥‥元気そうでよかった!」
聞き覚えのある声だった。
自分のことをお兄ちゃんと呼ぶのは、この世に二人いる。
義妹の護河奈々‥‥‥いや、彼女にしては声が幼すぎる。
つまり声の本人は、もう一人の少女。
「ミウちゃん‥‥‥か」
「うん!」
翔は激痛を耐えながら、なんとか声を振り絞ってそう言った。
彼女は、一ヶ月前までこの病院に入院し、相良翔とは、過去に魔法関係で知り合った――――――小鳥遊猫羽という少女である。
みんなは愛称で『ミウちゃん』ちゃんと呼び、今は翔達とは別の学園で学園生活を送っている。
翔が彼女と会うのは久しぶりで、少し髪が伸びていたり、顔の丸みがなくなってきたりと、大人びていることに驚いていた。
とはいえ、声質はまだ変わらないようだ。
「ミウちゃんは、どうしてこの病院に?」
「それはね、ショコラが朝、私にお兄ちゃんが病院に運ばれたって聞いたから、心配できたの」
そう言うと病室の窓の外から黒猫が入ってくると、翔の頭の上に飛び乗る。
頭にかかる重みは、首に負担がかかり、首の付け根に僅かな痛みが出る。
「おお、ショコラ。 久しぶり」
《やっほ~! 今日で入院何回目だっけ~?》
「ま、まだ二回じゃないか?」
「二回×十回だよ、お兄ちゃん」
「ぅ‥‥‥」
二名のダブル攻撃に適わなかった翔は、負けを認めて俯いてしまう。
ミウともう一つの声、それはこの黒猫の声だった。
ミウの愛猫にして、パートナーの猫――――――『ショコラ』である。
この猫も翔と知り合いで、魔法使い関係の事件に関係している。
ショコラが喋れる理由は、ミウが魔法使いだからである。
この二人、知らぬうちに魔法使いとしての契約をしており、その効果としてショコラが人間の言葉を話せるようになった。
「お医者さんから聞いたんだよ? お兄ちゃん、意識不明だったって」
「そうなのか?」
《気づかないのは当然だけど、ま~た随分無茶したね~》
翔も驚いた。
まさか、意識不明にまで陥っていたとは思わなかった。
二日もかからずに目覚めたのは、やはり奇跡としか言い様がなかった。
「‥‥‥ねぇ、お兄ちゃん。 聞いてもいい?」
ミウの蒼い瞳が、真っ直ぐに翔を見つめる。
「お兄ちゃんは、何のために戦ってるの? どうしたら、そんなに無茶ができるの? お兄ちゃんが優しいのは、みんな知ってるけど、ちょっと度を超えてると思うんだ。 お兄ちゃんに、何があったの?」
「‥‥‥」
翔は窓の外、曇ソラを眺めながら、記憶の彼方を探るように語りだした。
「‥‥‥今から二ヶ月くらい前かな‥‥‥。 この町に来て、俺はすぐに魔法使いになったけど、その頃は魔法使いとして身を置くことを嫌がっていたんだ。 それは、義妹の奈々との関係をやり直すためにここにきて、それ以外の目的で何かをするつもりはなかったからだ」
何の迷いもなく、翔は口を滑るように話しをしていた。
未だ、誰にも話していない過去、彼が誰かを守ることに必死になる理由。
ミウなら、話しても同情も否定もしないと思ったからだろうか。
「そんなある日、俺は、犯罪を犯す魔法使いと戦う、魔法使いの女を助けたんだ。 彼女は俺と同じように、魔法使いになりたてで、正義感がとても強い女性だった。 その上、かなりのお節介で、助けたお礼がしたいからって、俺を家に招待したり、料理を振舞ったりしてくれた」
ミウから見た、その時の翔の表情は、とても嬉しそうで、幸せそうだった。
その表情を見ると、どこか嫉妬してしまいながらも、ミウは話しを聞いた。
「彼女は魔法使いとして覚醒したとき、すぐにこの力が、みんなを守れるものだ思ったんだ。 だからその力で、この町のみんなを守りたいって‥‥‥ほんとに正義感が強かった。 俺はそんな彼女に、憧れみたいなのがあったんだ。 誰かの為に必死に立ち向かう、それは簡単にできることなんかじゃなくて、自分自身の色んなものを犠牲にして成り立つものだから。 そんな彼女の力になりたいって、俺は彼女のパートナーになった」
その少女の力は、決して強いものではなかった。
相良翔に比べてば、足元にも及ばないような、その程度の力だった。
トンファー使いで、魔力は両腕・両足に込めることで光速移動、光速連撃ができるというものだった。
本人も、自分が弱いって自覚はあった。
だが、守りたいと言う強い正義感は、何にも勝る強さだった。
翔はそんな彼女の力になりたいと思い、彼女と戦ったりしての訓練をした。
一度、『死ぬのは怖くないのか?』と、聞いたときに彼女は笑顔で答えた。
『死ぬのは怖くない。 だが、あたしが何もせずに誰かが死ぬのは嫌なんだ。 それに、あたしには魔法しかない。 この力がなくなれば、あたしには何も残らないからな』
そんなことを言っていた。
そんな彼女は、青春を謳歌しているスポーツ選手の如く、ダイヤモンドのように輝いて見えた。
彼女への憧れ、彼女を尊敬してやまなかった。
だが、二人はある事件に関わってしまった。
「事件は、彼女と出会って三日後、この町で魔法使いの犯罪組織があったんだ 組織は五人組って小規模なものだけど、その実力は確かなものだった。 その組織を壊滅させようって、彼女は勝手に突っ込んでったんだ」
彼女の正義感を、もっと理解できればよかった。
そうすれば、彼女の『死』を、阻止出来たかもしれない。
「彼女は一人で敵陣に突撃したんだ。 俺は慌てて助太刀に入った。 戦いは拮抗したよ。 敵も突然の襲撃に驚いていたからな」
次第に均衡は崩れ、こちらと敵の人数は同じになった。
あと少しで、こちらの勝ちになると思った。
「だけど、彼女も体力がほとんど残らなくてな、本当は俺一人と敵二人だったんだ。 そうなると、俺も辛かった。 前に三人相手にしていたし、体力も魔力もほとんどなかった」
そして、翔に限界がきた。
ほんの僅かなミスで、敵の一撃が翔に襲いかかった。
避けきれない‥‥‥翔はそう思った。
けれど、そんな時――――――。
「‥‥‥彼女は、俺を庇って、その一撃を受けたんだ」
パイプ椅子の上で、ミウはビクッと震える。
「そこからは、もう一心不乱だった。 我に戻った時には、敵全員、血まみれで倒れていて、俺の全身は誰かも分からない血がぐっしょり濡れていた」
後輩に話すべきような内容ではなかっただろう。
一生、黙っているつもりでいた。
だが、全てを話したとき、あの時の痛み、悲しみ、苦しみが鮮明に蘇ってきた。
翔はそんな表情をミウに見せまいと、すぐに笑顔になってミウに言った。
「俺が戦う理由は、彼女みたいに、誰かに守られないためだ。 ミウも、ショコラも含めて、みんなを守りたいんだ」
「‥‥‥」
するとミウは無言で立ち上がると、翔から見て左から、両腕を首に巻くと、自分の胸に寄せた。
翔の頭はミウの、その小さな胸に包まれる。
感じる、人の温もりと、生きている証である心臓の鼓動。
「お兄ちゃん‥‥‥もう、いいんだよ?」
「え‥‥‥」
耳元で囁く、少女の言葉。
翔の耳を通り、そのまま心にたどり着く。
そしてミウは翔を縛る鎖を断ち切るように、その想いを伝える。
「無理、しないでいいんだよ? お兄ちゃんは、誰よりも傷ついた。 誰よりも苦しんで、誰よりも悩んだ。 お兄ちゃんはもう、十分だよ。 だから、今くらいは‥‥‥素直になっても、良いんだよ?」
「ミウ‥‥‥ちゃん」
徐々に、心に限界がきていた。
何気ない言葉なのに、こんなに心が解放されそうになる。
今、翔は泣きたい気持ちでいっぱいだった
「大丈夫。 お兄ちゃんが守りたい、義妹さんも、ルチアお姉さんも、皆いないから」
「‥‥‥ごめん、あり、がとぉっ――――――」
翔はミウを力いっぱいに抱き寄せると、彼女の胸の中で泣いた。
苦しみも、悲しみも、後悔も、悔しさも、全部が行き場なく胸の中に溜まっていた。
そんな行き場のない想いを、翔はその小さな胸の中で、声にあげて吐き出した。
そして、そんな彼に救われた少女は、その悲痛な叫びを、受け止めてあげた。
「くっそぉ‥‥‥ちくしょぉ‥‥‥くそったれぇ‥‥‥!!」
この痛みは、一生消えないだろう。
この悔しさは、一生消えないだろう。
それでも、あの時守れなかった彼女は、この雨降るソラのどこかで、翔のことを笑顔で見つめていた気がした――――――。
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