| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

箱舟

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第四章


第四章

「舟を完成させましょう」
「皆が乗るこの舟をだな」
「ええ、この舟を」
「完成させよう」
「何があっても」
 深く、心から誓い合うのだった。そして遂に舟が完成した。誰もが舟の周りにいた。ノアを慕ってあらゆる人と動物達がやって来て力を尽くした証である。
「できたぞ」
「遂にだな」
「ああ、できたんだ」
「やっと。舟が」
 人々は口々に言い合う。見れば途方もなく巨大な舟がその姿を見せている。ノアだけでなく多くの者がその舟を見て満面に笑みを浮かべていた。
「完成したんだな。長かったな」
「ノアさん」
 ノアを手伝った壮年の男の一人がここでノアに声をかけてきた。
「はい?」
「有り難う」
 何故か彼はノアに礼を述べてきたのだった。これにはノアも目を丸くさせた。
「有り難う!?」
「そう、いい仕事をさせてもらったよ」
「ああ、そうだよな」
「全くだ」
 そして他の者達もまた彼の言葉に応えて頷くのだった。人だけでなく動物達もそれに続いて口でいななきをあげている。賛同しているということだった。
「あんたのおかげだよ、本当に」
「楽しませてもらったよ」
「楽しませてもらってとは」
 これまたノアにはわからない言葉だった。やはり目を丸くさせたままになっていた。
「一体全体どうして」
「だから。あんたこの舟を完成させたかったんだろう?」
「だから健っていたんじゃないのか?」
「それはそうですけれど」
「だからだよ」
「それだからなんだよ」
 皆ノアの今の言葉に応えてまた述べてみせたのだった。
「だから手伝わせてもらったんだ」
「他ならないあんたの為にな」
「わしの為に」
 何度も言われてきたがここでも言われ。ノアの心に何かが宿った。
「それで有り難うとは」
「いい仕事をさせてもらったよ。だからなんだ」
「あんた、この舟で何かをするつもりだよな」
「ええ、まあ」
 実は理由はまだ言っていない。皆それを聞くことなく彼に力を貸してくれていたのだ。これこそが彼の決意を確かなものにさせるものであったのだが。
「その通りですが」
「その何かをする為に働かせてもらったことが有り難いんだよ」
「俺達は」
「そうだったんですか」
 そういうことだった。ノアはここでようやく彼等の心を全て理解したのであった。理解するとノア自身の心が実に温かいものになるのであった。
「それで」
「そういうことさ」
「じゃあこの舟でそれをしてくれよ」
 笑顔でノアに告げてきたのだった。
「あんたがしたいことをな」
「何があっても」
「ねえあなた」
 ここでこれまで沈黙を守って彼の横に立っていた妻が。そっと彼に囁いてきた。
「もう。行ったらどうかしら」
「どうしてこの舟を建ったかをか」
「そう、それをね」
 それを言ってはどうかと。夫に言ったのである。
「どう?もう」
「そうだな」
 ノアは素直に妻の言葉を受けて頷いた。
「いいな。確かに」
「ええ。最初から決めていたことだし」
「そうだ。それにだ」
 ノアの声が強いものになった。
「この人達なら」
「ええ、そうね」
 今度は妻がノアの言葉に頷いていた。
「大丈夫だから。何があっても」
「そうだな。よし」
 ノアは意を決した顔になった。そのうえで皆に声をかけてきた。
「皆さん、宜しいでしょうか」
「んっ、何だ」
「どうしたのですかな、ノアさん」
「お話したいことがあります」
 まずはこう前置きしてきた。
「お話したいこととは」
「一体。何でしょうか」
「この舟のことです」
 ここで一旦。舟を見た。途方もなく巨大なその舟を。この世の全てが入ってしまいそうなその舟を見て。彼は語り続けるのであった。
「この舟の」
「そうです。実はですね」
 一呼吸置く。言葉を真剣に選んでいた。
「間も無く洪水が起こります」
「洪水!?まさか」
 誰かが今のノアの言葉を否定した。
「そんな筈が。それどころか今は雨が少ないのに」
「いや、待て」
 だが今の言葉は。別の者にすぐに否定された。その根拠は。
「ノアさんの言葉だぞ」
「ノアさんの」
「そうだ、ノアさんは嘘は言わない」
 その男は強い声で言うのだった。
「違うか、それは」
「確かに」
 そしてこの言葉はすぐに受け入れられた。
「ノアさんだな。だったら」
「そうだ、今の言葉は嘘じゃない、本当だ」
「本当なのか」
 ノアの持っている徳と信頼が表われた流れであった。誰もがノアを心より信頼していたからこそ信じられたのであった。全てはノア自身の為したことであった。
「それでノアさん」
「はい」
 自然とノアへの問いになっていた。
「その洪水はどうして起こるのですか」
「神です」
 ノアは神を出してきた。
「神!?」
「そう、神が起こされる洪水なのです」
 彼は遂にこのことを皆に対して告げたのだった。禁じられていたことをしたのだった。
「神がですか」
「わしは皆の為にこの舟を完成させたかったのです」
「なっ・・・・・・」
 これを聞いて。誰もが絶句した。
「わし等の為に」
「何と・・・・・・」
「皆さん」
 ノアはあらためて一同に声をかける。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧