箱舟
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第二章
第二章
「それを考えたら」
「しかしだ」
ノアは妻に対してまた言うのだった。
「多くの命を見捨てることなぞ。正しいわけじゃない」
「しかし神は仰った」
「だが。それでもだ」
今度は妻に対してかけた言葉だった。
「御前もそうなのだろう?わしと同じ考えだな」
「ええ、それはね」
それは否定しない妻であった。
「その通りよ。他の人達も動物達も誰も見捨てられないわ」
「よし、決まった」
ここで遂に彼の考えは決まったのだった。ノアの考えが。
「それではだ。船を作ろう」
「ええ」
妻はノアの言葉に対して頷いた。
「とてつもなく大きな舟をね」
「皆に乗ってもらう」
ノアは断言した。
「シモンさんやヤコブさんだけではない。皆がだ」
「動物達も全てね」
「そうだ、わしはもう迷わない」
妻に対してだけでなく自分自身に対してもかけた言葉であった。そうして自分自身に決意を促していたのである。固い決意をさらに固いものにする為に。
その日からノアは家族に全てを話したうえで舟を作りはじめた。その舟のあまりにも大きなのを見て誰もが大いに驚くのであった。
「ノアさん、これは一体」
「何の舟ですか?」
「皆が乗る舟です」
ノアは周りの問いにこう答えるのだった。答えながら舟を作っていく。その山よりも大きな舟を。黙々と建っていくのであった。
「皆が!?」
「そう、皆です」
汗をそのままにして語るノアだった。
「皆がこれに乗って助かる為に」
「助かる!?何が何だか」
「わかりませんな」
誰もがノアの返答に一度は首を捻る。しかしノアは正直者で嘘をつかない、またいつも誰かの為に動く男と知っていた。つまり信頼があったのである。
「いや、ノアさんのことだ」
早速誰かが言い出した。
「これは間違いなくわし等の為に舟を建っておられるのだ」
「わし等の為か」
「そうだ、ノアさん」
また別の者がノアに対して尋ねてきた。
「どうしてその様な大きな舟を建っておられるのですか?」
「そうですな。それです」
彼等もそれを尋ねるのだった。
「どうしてまたそんなものを」
「一体全体」
「それは」
ノアは語ろうとする。しかしここで。不意に彼の心の中であの声が聞こえてきた。
「ならん」
まずは話すなと言ってきた。
「助かるのは御前達だけだ」
「貴方は」
「我が誰かわからぬ筈があるまい」
その通りだった。それがわからないノアではなかった。あの声だったのだ。
「我はこの者達を見捨てた。語ってはならぬ」
教えることはない。そう言っていたのだった。
「わかったな」
「それは」
「わかったら黙るがいい」
神は言う。
「この者達に対しては。よいな」
ここまで言うと声は聞こえなくなった。ノアは心の中で神の声を聞いて迷った。その迷いは否定できない。だがそれでも。彼は否定したことがあったのだった。
「皆さん」
ノアは口を開いた。愛する者達の為に。
「お話して宜しいでしょうか」
「ええ、どうぞ」
「お話して下さい」
彼等もそれを受けてノアに話すよう促してきた。
「ノアさんのお話なら是非御聞きしたいです」
「ですから」
彼等も話すように促す。その言葉はノアを信じているからに他ならない言葉であった。そう、ノアは信頼されていた。ノアもまたそれを感じていたのだった。
「お話下さい」
「ノアさん、どうして」
「わかりました」
皆の言葉をまた受けて。ノアは遂に話す決意を完全なものにした。彼はここで遂に神以外のものを選ぶことを完全に行動に移したのであった。
「お話しましょう。私が今こうして舟を建っているのは」
「はい」
「どうしてでしょうか」
「理由あってのことです」
彼は言うのだった。
「理由が?」
「そうです。間も無く洪水が起こります」
彼は言った。遂に。
「ですから皆さんが乗れるような舟を今こうして建っているのです。その為に今」
「成程、そうだったのですか」
「それで」
彼等はその言葉を受けて頷いた。これがノアにとってはいささか意外なことであった。
「信じて頂けるのですか?」
「ええ、勿論ですよ」
「ノアさんの言葉ですから」
彼等は笑顔で述べる。彼を信じている、それ以外のものはない言葉であった。ノアもまたそれを今見たのであった。他ならぬ己の目で。
「皆さん・・・・・・」
「他の人なら信じませんよ」
「なあ」
彼等はここで互いの顔を見合わせる。そのうえでまた言葉を続けるのだった。
「ノアさんだからですよ」
「ノアさんの御言葉ですから。信じますよ」
「そうなのですか」
「それなら手伝いますよ」
「わし等も」
それどころか。彼等は笑顔で前に出て来た。そうしてその手にもう様々な道具を握りだしていた。そのうえで舟に向かうのであった。
「えっ、まさか」
「そのまさかです」
「手伝いますよ、ノアさん」
笑顔でノアに言ってきた。
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