アラガミになった訳だが……どうしよう
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派遣社員になった訳だが……どうしよう
22話
嫌な夢を見た。
恐らく、イザナミと同期した際に記憶が流れ込んだんだろう。おかげで見たくもない記憶を覗くハメになったし、どうにもイザナミと戦いにくくなった。
確かにこいつの目的である終末捕食によるあいつの望む世界は到底許容できるものでもないし、断じて認めるつもりもない。
だが、こいつの俺に抱いている好意は間違いなく本物だ。確かに状況は特殊なので、正しい方向かと言われると首を傾げてしまうのだが、純粋であることは確かなんだ。
だからこそ、いつかイザナミと戦う時が来たら俺はちゃんと戦えるのか心配になる。
敵意や害意をもって俺を殺そうとする奴ならなんの躊躇もなく殺せるが、純粋な好意をもって俺の為に戦おうとする奴を殺せるのか?
そんな事を考えていると、ふと気が付いた事がある。体が動かないのだ、ピクリとも。
アラガミに金縛りなんてあるのか分からないが、そもそも眠った時間を考えるといい加減日光が差してもいい。
だが、視界は真っ暗なまま……もう現実逃避はいいだろう。
珍しく……いや、初めてイザナミの事をまともに考えて、割と真剣に悩んだ直後これか!!
「いい加減離せ、イザナミ!!」
「んんっ?あ……おはよう、マキナ」
この女、寝ぼけていたのか確信犯なのか……いや、多分後者だろうが、俺の全身余すことなくあの黒い腕を巻きつけてやがった。
周りから見れば俺は真っ黒なミイラ男にしか見えないだろうな、こっちからすれば全身拘束具以外の何物でもない。
そして、この経験は二度目なんだが……うん、一回目は思い出したくもないな。
ついでに言うなら、この腕に巻き付かれると俺ではどうにもできない事は十分承知している。
「うーん……あと一時間だけ」
「はーなーせー!!」
クソ!!イザナミの奴、本当に寝やがった。
ん?ちょっと待て、背中の肩甲骨の部分に妙な圧力が?
どうにも本人の腕が俺を抱き枕の如く俺を文字通り抱き"締めて"いるようだ。
まぁ、その後のことは細かくは言う気はないが、解放された時には俺の体が「のような形にへし折れていた、とだけ言っておこう。
人間だったら確実に死んでいた、うんアラガミで良かったな、本当に。
ともかく、朝から体を胸の辺りからへし折られるという、最悪の起床を体験する事になった訳だが、それを癒すための朝食を取る間も無くサカキから連絡があった。
どうやら新型神機の開発が終わり、ごく少数だが実戦に投入され始めたらしい。で、ロシア支部で行われるその新型の運用テストにサカキが呼ばれたらしく、その護衛に俺が選ばれたそうだ。
ロシアねぇ……正直、完全に吹っ切れたと言えるのか微妙だが、墓参りも兼ねていくか。
あの家族の遺体はアラガミに喰い尽くされたらしく、共同墓地に名前だけ掘られたらしい。
向こうに着いたら、サカキに頼んであの家族の名前を調べてもらおう。こうなると知っていれば、ロシア語にも手を出したんだが……言っても仕方のない事だな。
幸いというべきか、支部長は今回の正式なテストよりも前に新型の確認は終えているらしく、今回は出席しないらしい。
ロシア、新型、支部長とこんだけ要素が絡めばそのテストをやる奴が誰かくらいは分かる。
ゲームで主人公に惹かれ、プレイヤー側としても優秀な味方キャラとして、恐らく殆どのプレイヤーが連れて行ったであろうキャラクター、アリサだ。
ここまで原作までの時間が迫っていれば、そう対した変化も起きないだろうし、そもそも今回の俺はその他大勢の観衆なんだ。それにゲーム序盤のアリサならば、周囲の有象無象など気にも掛けないだろうな。
はっきり言って、今の俺にとって彼女はどうでもいい。
ロシア行きを引き受けた理由は二つ、墓参りとまともな休暇をとるためだ。
最近、俺は休暇をとっても休めていない。
休暇をとれば八割方イザナミもそれに合わせて休暇をとり、俺を追いかけれてくる。そして、イザナミが海外に出ているなど物理的に俺を追い掛けられない時にとったと思えば、カノンの買い物に付き合わされる。
買い物はさしたる労力ではないのだが、一々服の感想を聞かれるのは割と疲れる。それに、そう言った服飾関係に疎い俺に感想を求められても困るのだ。
俺の衣服など手足の変化にどれだけ影響しないかでしか選んでいないし、強いて選んでいる点を言えば青系統が好きなのでそれを選ぶ程度だ。
そんな俺にあの手の付き合いは苦行以外の何物でもない、誘ってきたのがカノンでもなければ断っている。
はぁ……俺には父親のような役回りは向いていないのだな。
で、以上の事から護衛という名のバカンスに俺は行くんだ。
台場家には土産を約束し、イザナミには全力で頭を下げて追い掛けてこないように頼み込んで、俺はロシア行きの飛行機に乗った。
「マキナ君……随分疲れているね?」
「まぁな……今回のロシア行きは休暇だと思って付いてきたんだ。頼むからアラガミの調査に出向くとかはやめてくれ、俺は自分の食事の為以外の戦闘すら今は勘弁してほしい」
「イザナミ君か……彼女はえらく君にご執心のようだからね。何か理由があるのかい?」
やっぱりイザナミの事も知っていたのか……
「理由は絶対に教えないからな」
「それは残念だ」
それにしても飛行機に乗るのはいつ以来だ?基本的に俺は徒歩での移動で事足りていたからわざわざ乗る必要もなかったから……この世界に来る前以来か。
ざっと二十年振りか……そういえば、雲の上にまで来るアラガミはいないんだろうか?
いたところで俺は浮遊できるので困ることはないのだが、そんなアラガミを喰えばいつでもこの風景が見れるなら、喰ってみたいな。
この雲の上の風景は割と好きだ、澄み切った青空と白い雲だけの光景は心が洗われる。
ただ、この飛行機は要人用の高速旅客機なのであと数分でこの光景も終わりなので、少なからず本気で高々度で生きるアラガミを探してしまう。
この飛行機の有用性は理解できるが折角の移動なんだ、風景を楽しむ位の心の余裕はあってもいいんじゃないか?
「ああ、一応これを渡しておくよ」
なんだ?
サングラスに……黒のスーツ?
「変装用さ、流石に金色の目はちょっと怪しまれるし、その格好も公式の場には良くない」
成る程な……お心遣いありがとう、と言いたいがこのスーツはお前が着たくないから押し付けただけだろ、コラ。
「サングラスは……明らかにネタだな」
「ははは……公式の場ではちゃんとした服を着ろって言われたんだけど、どうも苦手でね。それに正装なら君の方が必要じゃないのかな?」
つくづく、気に食わないなその見透かした態度……ただ、今回はありがとうと言わせてもらおう。
さて、サカキはテストを見にいったので、その間俺は以前住んでいた街……の跡地に向かう。護衛といっても守るのはアラガミからなので、支部まで送り届けてしまえば俺の仕事は一先ず終わりだ。
あとの仕事はせいぜい、帰りの飛行機に乗るまでの間付き添う程度なのだ。
どうやら、あの時からこの街は使われなくなったらしいが、荒れてこそいるものの街の面影は残っている。
かつての住処だった家を見つけ、使うことが無くなり無用の存在になっていた鍵を鍵穴に差し込み、捻ると埃こそ被っているものの以前と変わらない風景があった。
支部の近くの居住区で買った酒とピロシキを、椅子に腰掛けて窓から外を眺めながら口に運ぶ。
相変わらず雪だけが降り続け、変化のあってないような光景だがこれを見るのも随分と久し振りだな。
だが、もうあの少女が訪ねて来ることもないし、あの夫妻と食事をすることも出来ない。そう考えるとこうして、かつての事を思い出すのはある種の未練とも言えるのかもしれないが、人間の感情とは自分のものであっても本当にままならないな。
あー……いかん、ここでへこたれてどうするんだ。
悩むなら動け、力不足を恥じるなら腕を磨け、後悔するなら前へ進め、それが俺のできる唯一の手向けだろうが。
さっさと墓参りして、帰るか。
ん?電話……ああ丁度いいタイミングだな。
「サカキか?丁度いいタイミングだ、俺の頼んだ場所は調べておいてくれたか?」
「君……一体どこに行ったんだい?君は私の護衛じゃないか……まぁいい、君の頼んでいた墓地の場所は……」
サカキの教えてくれた場所はここからそう遠くない場所で、アラガミの侵攻によって最近では誰も訪れられなくなったらしい。
成る程な。人が集まらない場所というのは有難いな。
出来れば墓参りのような真面目な姿はあまり見られたくないからな、何というか気恥ずかしいんだ。
ロシアの墓参りがどういうものかは知らないが、俺は花束と適当な菓子、酒瓶、それとぬいぐるみを店に立ち寄って買ってから、支部でサカキから渡されたスーツに着替える。
どうせだ、サングラスもかけてしまえ。確かに金色の眼は少々目立っているようだからな、店でも店員に見られた。
さて、確か集団墓地はこっちだったな。
「マキナ少尉ですか?」
ふいに後ろから呼び止められた。
「ああ、そうだが?なっ!?」
「サカキ博士から道案内をするように言われた、アリサ・イリーニチナ・アミエーラです」
なんでこうなるんだ!!
イザナミといいサカキといい、俺がいい方向に評価を改めた直後に台無しにするようなことを!!
……はぁ、でも今回はサカキは善意でやったんだろうな。原作なんぞ知るはずもないんだからな……
「わざわざ、新型神機使いにご足労願うような事じゃないだろ?大丈夫だ、自分で行く……って、日本語喋れるのか?」
「はい、極東支部への異動が決まっているので習得しました。それと道案内でしたらお気遣いなく、私もそのつもりでしたんで」
ああ、そういやこいつも両親を喰われたって設定があったな。多分、あの時助けられなかった幾つかの街にいたんだろう……
「…………悪いな」
「え?何か言いましたか?」
「いや、なんでもない。じゃあ、そういうことなら頼む」
「はい」
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