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東方虚空伝

作者:TAKAYA
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四十五話 月の軌跡 前編

 これは遠い遠い過去の話……
 一人の青年の永い永い旅の始まりと時を同じくするもう一つの秘話……




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 人口の光が照らす無機質の廊下を数人の人物が進んでいる。
 先頭を歩むのは蓬莱山 劉禅、その後ろを綿月 庵と黄泉 迦具土が歩き彼らの後ろには八意 永琳の母である八意 鈴音が共に歩んでおり更にその後ろには庵達の部下が五人追随している。
 彼等が居る建物は月に造られた建造物の一つで主に違反者、反乱者を隔離する為の施設だった。本来なら使う事などない方がいい類の施設ではあるのだが月への移住早々に機能する事になる。
 施設に隔離されたのは二人、その内の一人がまさか設計者本人であるというのは皮肉でしかあるまい。彼らは今此処に収容されているこの施設を、否この月面都市を設計した者の元へ向かっている所なのだ。

 地上を離れ月へと移住するという壮大な計画が発動され着々と人々が月に向け移動を行っていた最中に起こった妖怪達の襲撃、その折封印した怪物の復活が重なりその地上脱出は混迷を極めた。
 攻防戦で命を落としたのは守護団と守備隊合わせ九十八名に及んだ。もしくは九十八名ですんだ、と言えるかもしれないが亡くなった隊員達の縁者からすれば大切な者を失った事には変わりが無い。
 その地上の戦いと戦いで命を落とした隊員達の為に月に上った人々は建設途中の月の都の一角に慰霊の為の公園を造る事を決めた。
 九十七の隊員の名前を刻んだ石碑を建て英霊と呼び、そして地上の都を壊滅に追いやった『紅髪』という化け物をたった一人で押さえ込み地上に残された仲間を月へと逃がした『七枷 虚空』という隊員を英雄として奉り公園の中心に像を建てその魂に安寧を願うのだった。
 虚空に関する彼等の想像は事実とは(いささ)か異なるのだが生き残った隊員達が住人達に話した内容が誇大解釈された結果だった。ただ事実を知る者達もその事を訂正する必要も無いと判断し『英雄譚』として語り継がれる事となる。

 人々が月に移住して早一月が経ち新生活に皆が落ち着きを見せ始めた頃、施設に隔離されている一人の女性 八意 永琳の釈放が天秤の議会で可決され劉禅自らその釈放に同行している。
 一月前の移住最終日に突きつけられた兄と慕う存在の死亡という報告に彼女は狂乱し、そして地上の部隊をある意味で窮地に陥れた斎賀という男に対し怒りの感情をぶつけたのだ。
 彼女の怒りは当然であり本来なら誰も止める理由が無いのだがその怒りは凄まじく彼女自身の為にも拘束するしかなかった。
 隔離された部屋の中でも彼女は狂乱を続け母の声すら届く事はなかった。そんな彼女も漸く落ち着きを見せ始めたのは最近の事。
 庵達は念の為の同行だ。ちなみに守備隊と守護団は現在一つに統合され『月面警備隊』と呼称を変えている。
 一行が一人の警備兵が立つ部屋の前にまで来るとその警備兵は敬礼をした後、壁に備え付けられているコンソールのキーを叩き部屋のロックを解除した。
 ドアがスライドし中から姿を見せる永琳の髪は普段していたゆったりとした三つ編みではなく解かれストレートに落ちている。その表情は一月前の怒りの形相が噓のだったかのように穏やかで理性的であった。

「色々御迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

 永琳は目の前の一行に対しそう言うと頭を下げる。そして頭を上げると母である鈴音に近づき優しく抱きしめた。

「お母様御免なさい、心配させて」

「……いいのよ~永琳ちゃんの~気持ちは~痛いほど分かるもの~」

 鈴音も永琳の腰に右手を回し左手で永琳の髪を撫でながらそんな言葉をかける。

「……八意君、大切な者を失い辛いとは思うが我々には君の力、頭脳が必要なのだ」

「はい、分かっております蓬莱山様。さっそく作業に移ります、一月も無駄にしてしまいましたから」

 劉禅の指導者としての発言に永琳も研究者としての言葉を返した。そして一行は永琳を伴い施設を後にする為来た道を引き返して行く。

 ――――――誰も気付かなかった……彼女の穏やかさの違和感に―――――――
 ――――――彼女の中に何よりも純粋な願いと何よりも歪んだ計画が渦巻いている事に――――――




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 永琳が釈放されてから半年程たったある日。
 隔離施設の一室、今現在此処に収容されている唯一の男が部屋の隅でブツブツと小さな声で独り言を呟き続けている。
 男の名は斎賀、元天秤の議会の議員であり月に移住して初の罪人でもある。
 穢れから新帝都を救うと謳い地上で懸命に妖怪と戦っていた守備隊・守護団を穢れた者達と(なじ)り消し去ろうとした張本人である。
 本人は今だ自身の行いは正義であり何故自分が此処に投獄されねばならないのか?と本気で抗議しているのだ。
 今も聞き手など居ないのに延々と自身の行いの正当性を呟き続けていた。
 何時もの様にそうやって時間が過ぎ一日が終わる筈であったが唐突に部屋のドアがスライドし一人の人物が入室して来る。
 斎賀は俯かせていた頭を上げ入室者の顔を確認した瞬間、

「なッ!?なななッ!!何故此処に!!」

 取り乱しそれ以上後退出来ないと理解しているというのに壁に縋り付く様に張り付いた。そのあまりにも無様な格好の斎賀を冷たい瞳で見つめながら入室者の永琳は冷笑を浮かべた。

「お久しぶりですね斎賀議員、あぁ今は元議員でしたね」

 永琳は表情を崩すことなくそんな風に話しかけながらゆっくりと斎賀に近づいて行く。

「私これから忙しくなってしまうので残っている問題を片付けにきました」

 自分に冷笑を浮かべながら近づいてくる永琳に向け、斎賀の方はその場にへたり込み震える声音で喚き始めた。

「わ、わたくしにッ!な、何をするつもりなのです!!議会のしょ、承認も無くわたくしに手をだ、出せば貴方といえど―――――――」

 永琳は叫ぶ斎賀に構わず距離を詰めると左手に握っていた注射器の様なものを斎賀の右首筋に突き立て一気に中身を注入する。
 そして用は済んだとばかりに斎賀に背を向け入ってきた入り口の歩を進める。そんな永琳に斎賀は首筋を押さえながら震える声音で、

「わ、わたくしに何を――――――」

 注射した、と言葉にする前に永琳が振り返り斎賀の台詞を遮る様に口を開く。

「『酸血剤』とでも名付けようかしら?貴方用に造った特製よ」

 永琳の能力である『あらゆる薬を作る程度の能力』、それは材料さえあれば自身が望む効能を持つ薬剤を生成出来るという力。

「この薬の効能は二つ。一つは肉体の活性による治癒力の向上、もう一つは時間経過と共に血液を酸性にしていくというものよ。徐々に身体の内側を酸血によって焼かれるけど肉体の治癒力が高まっているから簡単には死なない。……完全に焼け融けるまで苦しみなさい」

 言い終えた永琳は再び入り口に向け進もうと斎賀に背を向け、その背中に斎賀は感情のままに言葉を投げかけた。

「わたくしは何も間違った事などしていないじゃないですか!!復讐だか何だかは知りませんがそんな事した所で何の意味も得もないでしょう!!」

 ドアを開け部屋を後にしようとしていた永琳は振り返らず斎賀に向け言い放つ。途轍もなく冷たい声音で――――――

「――――――確かに貴方を殺した所でお兄様は帰ってこない……けど――――――それは貴方を生かしておく理由にはならないでしょう?」

 “殺して得も無いが生かす価値も無い”結局復讐というものはこの理屈なのかもしれない。
 永琳が部屋から姿を消し、暫くすると斎賀は苦悶の表情を浮かべながら部屋中を転げ周り悲鳴を上げ続けた。そして巡回の警備が部屋を確認する頃には衣服と骨だけが部屋に残されたいた。




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 時は流れ月に移住してから二百年が経過した。
 地上の頃とは色々と変化した彼等の生活。
 一つは月の住人との邂逅。頭に兎の様な耳を持つ彼等は自らを『玉兎(ぎょくと)』と名乗った。彼等は移住してきた者達に警戒と共に興味を持ち接触してきたのだ。
 蓬莱山 劉禅は彼等が興味を抱いた自分達のが持つ文明を分け与え共有する事を決め、月の都に新たな住人達が生まれたのだった。

 一つは仮説であった不老長寿が実証された事。それと同時に発生した弊害。
 五十年を過ぎた頃には不老は実証されていた。自らの老いが来ない事を人々は驚きそして喜んだ、まるで夢のようだと!そしてそれが夢では無いと。
 しかし彼等に発生した弊害は深刻でもあった。
 出生率の激減。移住の祭に妊娠していた者達以外での出生率が皆無になったのだ。百年を過ぎた頃には出生率はゼロである。
 永琳や他の科学者の説によれば『出生率は危機意識に左右される。生物として子孫を残すというプログラムともいえるものが生物として最大の天敵である“死”に脅かされなくなった為“子を残す”という機能が麻痺、もしくは消失したのではないか』との事である。
 真相は未だに解明はされていないが人工授精すら成功しないという事実はその説を肯定するしかないと人々に認識させていた。

 月の都の中央部に建つ高層のビル、そこは旧王宮と同じく政治の中心地となっている。そのビルの上階にある一室に数人の人物が集まっていた。
 議場の一つだと思われるその部屋の議長席に劉禅が、その左右に伊邪那岐(いざなぎ)伊邪那美(いざなみ)が腰掛けそして対面の席には永琳が腰掛けていた。
 その場の空気は異常に重く入室してから誰一人として口を開いてはいなかった。その沈黙を破ったのは劉禅。

「……八意君……此処に呼ばれた理由は分かっているな」

「さぁ私には全く理由が思い当たりません」

「八意!!」

 劉禅の問いに首を傾げてそう返した永琳に伊邪那岐が声を荒げるがそれを劉禅が手で制した。部屋に再び沈黙が訪れるが伊邪那美が溜息を一つ吐くと机に設置されているコンソールを操作し議場の中央にホログラムの映像を映し出す。
 ホログラムには個人の資料と思われる写真画像と細かい文章が並び、それと同じ様な映像が次々と表示される。合計で十五人分。

「……八意……彼等は貴方の研究に関わったと思われる人物です。そして……彼等全員が現在行方不明という事は知っていますね?」

 伊邪那美は鋭い目付きで永琳を射抜くが当の永琳は涼しげな表情でそれを受け流している。そんな永琳に今度は伊邪那岐が問いかける。

「とぼけても無駄だぞ八意、まだ我々の一部にしか伝えていないが……何故こんな事をした?」

「必要だったから、それ以外の理由がいりますか?」

 伊邪那岐の問いにあっさりと永琳は答えた、いや最初から答えても問題無かったのだろう。
 永琳が行った研究、実験は『世界干渉』と『人体実験』の二つ。
 あの日から永琳が研究し続けているのは“失った存在『七枷 虚空』を再生する”というものだった。
 最初に行おうとしたのは死者蘇生だったがそれはすぐに頓挫した。理由は蘇生の為には本人の遺体、もしくは一部が必要であったからだ。
 死者蘇生というだけでも一般人からすれば馬鹿げた研究だ。更には全く何も無い状況からの蘇生という馬鹿げた研究はもはや狂気の沙汰。しかし永琳はその馬鹿げた研究の成功に繋がる一つの結論に至る事になる。
 この『世界』にはこれまでの全ての出来事が記録されているはず。ならその情報の中からあの日の虚空の記録を抜き出し実体化させればいい、と。
 普通ならそんな結論に至っても辿り着ける訳が無いのだが稀代の天才はその世界の真理への道を見けた、否見つけてしまった。
 その世界の真理に永琳は実験として三人の男を挑ませた。永琳に色目を使い近寄ってきた男達であり彼女にとっては利用しやすく尚且つどんな結果になろうがどうでもいい人物達だった。
 結果は情報という暴力による消滅、例えるなら削岩機に木彫りの人形を放り込むようなものだった。その後も念の為三人使って検証したが真理の入り口で消し飛ばされるだけ。
 次に彼女が着手したのが不死身の肉体の生成。消し飛ばされても再生し続ける事が出来ればいい、と結論し様々な人体改造に取り組みだした。
 結果は六人は改造中の副作用で死亡し、成功したと思った三人は結局不完全な不死身であった為消滅した。

「……八意君、君の思いも理解は出来る、だがだからと言って他人を犠牲にしていい訳ではない!―――――本来ならば厳罰に処さねばならぬのだが……これまでの功績、そして未だにこの都は君の力を必要としている」

 永琳が平然としている訳はこれだった。例え彼女の行いが悪だとしても永琳の頭脳はこの月の発展には必要不可欠なのだ。

「君への処罰は不問とする―――――だが、『世界干渉』と『不死・不死身に関する全ての事柄』は今後禁忌として扱う。八意君、如何に君とて次は無いぞ……心せよ」

「……蓬莱山様の寛大な御慈悲しかと賜りました」

 厳しい視線でみつめる劉禅に永琳は立ち上がりそう言って優雅に一礼すると議場を後にする。しかしビルの廊下を歩きながら彼女の思考は次の実験を練り始めていた。

(さて次からは何を使おうかしら?流石に新しい行方不明者が出れば蓬莱山様は私を処罰するわね)

 指導者として永琳の存在を重要視してはいるが度を過ぎれば(既に過ぎているが)躊躇無く処断されるだろう。劉禅という男はそういう男だ。

(……あぁそういえば丁度いい子がいるじゃない)

 悩む永琳のに一人の少女が思い浮かぶ。永琳と同じ虚空と深い縁が出来てしまった記憶の虜囚――――輝夜。
 
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