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自殺の後で

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第三章


第三章

「生きている。嘘だろ」
 そしてこう思った。しかし周りは確かに地獄ではなかった。現実の世界であった。
「地獄じゃなかったのか」
 だがとりあえず起き上がった。そうして電車から出てそのまま駅も出る。家に戻ってみるといきなり女房が彼に声をかけてきたのであった。
「あっ、あんた戻って来たんだね」
「んっ、どうしたんだよ」
 いつもと同じ元気のない声で驚いて慌てている調子の女房に対して問うた。
「何かあったのかよ」
「借金だけれどね」
「増えたのか?」
「それがなくなったんだよ」
 こう彼に話してきたのであった。
「これが。なくなったんだよ」
「なくなった!?」
「あたしの親戚の人が肩代わりしてくれるってさ」
「親戚!?」
「ほら、言ってたじゃない」
 ここで女房はさらに話すのだった。
「お母ちゃんのお兄さんの奥さんのお兄さん」
 少なくともかなり遠い親戚である。
「不動産やら色々やって大金持ちだってね」
「ああ、そういえばそんな人もいたな」
「その人がさ。借金肩代わりしてくれるっていうんだよ」
「それは本当なのかい!?」
「嘘でこんなこと言いやしないよ」
 女房はこう言ってそれをすぐに否定したのだった。
「そうだろう!?言ってどうなるんだよ」
「じゃあ本当にか」
「そうだよ。それにね」
 しかも話はそれで終わりではないのだった。
「訴訟の件もその人が弁護士を雇ってくれてね」
「そっちはどうなったんだ?」
「訴訟していたのが騙りだって見破ってくれてそっちもなくなったんだよ」
「そうか。そっちもか」
「あと利恵子もさ」
 二人の娘のことだ。その事故で入院している。
「もうすぐ退院できるよ」
「えっ、もうか!?」
 彼はそれを聞いてまた驚きの声をあげた。
「もう退院できるのか」
「そうだよ。急に怪我がよくなってね」
 だからだというのである。
「もうそれでね」
「そうか。利恵子もか」
「おい親父、お袋」
 ここで店から二人を呼ぶ声がした。
「何そこで喋ってるんだよ」
「んっ!?稔か?」
「稔かじゃねえよ」
 金髪の少年だった。年齢は十七程度であろうか。アメリカのストリートミュージシャンそのままのラフなシャツに破れたローライズのジーンズという如何にもな格好をしている。
「お客さん一杯来てるのに何処に行ってたんだよ」
「何処にって」
「学校から帰って来たら急に繁盛してて大変なんだぜ、おい」
 その稔はこう父に言うのだった。
「だから早くお店に入れよ。お客さん相手にしなくてどうするんだよ」
「あいつが何で店の手伝いなんかしてるんだ?」
 小早川はそのことに驚いていたのである。稔はぐれていて学校でも問題ばかり起こしていたし店の手伝いもしない。そんなどうしようもない有様だったから今こうして店の手伝いをしているのが信じられないのだ。
 呆然としている彼に。また女房が告げてきた。
「心を入れ替えたのかもね」
「心をか」
「少なくとももう今よりは真面目になったみたいだよ」
 笑顔で夫に言ってきたのだった。
「ちょっとはね」
「そうか。それでも更正しだしてるんだな」
 彼にとってはそれが嬉しかったのだ。息子がぐれているのも彼にとっては悩みの種だったからである。
 そして彼はここで。女房に顔を向けて言うのであった。
「じゃあ俺達もな」
「そうだね。頑張ろうか」
「ああ、そうしよう」
「だから早く来いって」
 息子の威勢のいい声がまた聞こえてきた。
 
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