クズノハ提督録
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クズノハ提督応接
ーー都内某所。
会議室と思わしき大部屋の中で二人の男が机を挟み向かい合っていた。一人は椅子に深く腰掛け、一人は直立不動とばかりに姿勢を正し、目の前の男の言葉を待っていた。
「その情報は本当に信頼して良いのだな? ウラジオストクと思わしき方面から銀髪の少女一人だけを乗せたボートが一隻新潟に流れ着いた、なんて情報」
「ええ。隊員数名が確かに目撃したとのことです」
向かい合う二人組の内、少々年季の入った風格の男が眉をひそめて呟いた。
「我々の隠蔽に抜かりは無いが……場所が場所なだけにな。部外者が見ていなければ良いのだが」
年季の入った風格の男は、目の前で緊張した面持ちで立つ男を見据え言葉を続けた。
「引き続き調査を頼む。くれぐれも慎重な」
「了解致しました」
男は終始緊張した面持ちで部屋を後にした。
広い部屋に一人残った男は椅子にもたれかかり、安息する様に深い溜息をついた後、虚空を見つめ一人呟いた。
「Верный(ヴェールヌイ)は艦娘……か」
葛葉は机に突っ伏していた。まどろみの中、今起こっていることを考える。
船としての姿のまま現存していた帝国海軍の軍艦数隻が一晩にして突如、跡形も無く消失した。原因は不明、行方も不明。日本全国にいるものの人数は少数である提督達の噂によると、艦娘……あるいは深海棲艦となり自律行動をとったのではないか、とのこと。そして、この事件に関しては軍の上層部や全国の提督達、現地の一部の人間以外には一切伝わっていない。
「一応、俺も提督として捜索とかした方がいいのかな」
葛葉はまだ新米の為、深海棲艦と戦うことよりも、提督としての仕事に慣れることを優先するように言われている。しかし、彼よりも早くに提督となった芝田と安藤の二人は既に深海棲艦との戦闘も行っており、それと同時にこの事件で消失した艦船の捜索も行なっている。
「あまり新米が無理をするな。雷ちゃんと電ちゃんに何か大事があったらどうするんだ」
葛葉の背中に軽く咎める様な少々低めの女声がかけられた。
「ああ、安藤か。……お前は凄いよな。少しだけ調べたがお前のとこの空母二隻、赤城と加賀って相当凄い船だったんだろ?」
「そりゃあ、かの栄光の第一航空戦隊のトップ2といっても過言では無いからな。ただ、あいつらは時々大本営から招集がかかるから常に私の鎮守府にいるわけではないのだよ」
「だいほんえい?」
「……簡単に言うと軍のお偉いさんだ」
「すっげぇ!」
「大きな船になるとよくある事だ。お前も持ってみるとよく分かるぞ」
安藤は、嬉しそうだがどこか寂しそうにも見える複雑な顔をして立ち去った。
「大きな船………男なら戦艦とか持ってみたいな、やっぱり」
授業が終わり、例の如く鎮守府への道を辿る。葛葉は、昨日一昨日と玄関の前に佇んでいた少女を思い返していた。今日もまた居るだろうか。今日こそは雷と電に会わせてやれるだろうか。茜色に染まる道の中、葛葉は少しだけ上機嫌で歩いていた。
今日も鎮守府の玄関前に人が立っていた。しかし、それは少女などではなかった。
「あの、ここに何か御用ですか?」
「ん? ああ、君がここの指揮を執っている葛葉提督かな?」
背丈は葛葉よりも少し高めの180cm程で、男らしいがっしりとした体型でシワ一つ無い綺麗な黒いスーツに身を包んでいる。髪は黒く前髪を6:4くらいで分けた様な髪型。全体的に爽やかな印象を受ける30代前半といった見た目で、少女とは似ても似つかぬ男がそこにいた。
「私はこういうものだ」
そういって男は一枚の名刺を差し出した。
「大日本帝国式日本国海軍特別運営鎮守府……倉岡?」
「『倉岡』だ、以後よろしく。皆は縮めて大本営、なんて呼んでいたりするよ。」
「だいほんえい……」
どこかで聞き覚えのある名前に首をかしげながら、葛葉は倉岡と名乗った涼しげな印象の男を見上げた。
「すみません、名刺がまだできていなくて……」
「新人だものね。仕方が無いよ」
倉岡は爽やかな笑みを浮かべた後、少しだけ真剣な表情で葛葉に問う。
「さて本題に入ろうか。配布された初期資材が明らかに足りなかった……という報告を受けて来たのだけど、よければ工廠を拝見させていただいてもいいかな?」
そう言われて葛葉はようやく思い出したとばかりに顔を明るくして答えた。
「ああ、はい! 勿論ですよ。どうぞどうぞ」
葛葉は玄関の扉を開けて早速倉岡を招き、工廠へと案内した。
「知らない人なのです」
「着いて行っちゃダメよ、電?」
「行かないのです……」
一方、雷と電はというと倉岡と葛葉が工廠へ向かう様子を物陰から覗いていた。
葛葉が玄関の前へ来た頃二人は扉の前で待機していたのだが、扉の外からの聞きなれぬ声を警戒し近くにあった観葉植物の影に隠れて様子を伺っている。
「あ、工廠に入ったのです!」
「追うわよ電、突撃ーっ!」
声を潜めながらも勢い良く、お揃いの茶色い髪の小さな艦娘二人は工廠前の観葉植物へ突撃していった。
ーー工廠内。
葛葉に連れられて工廠へと辿り着いた倉岡は、工廠内で出番が無く待機していた妖精さん達を集めて話を始めた。本当に最初から資材が無かったかの確認であるようだ。
「わざわざ現場の鎮守府工廠まで足を運ぶなんて随分厳重だな……」
葛葉は倉岡に聞こえぬよう、皮肉とも取れる独り言を呟いた。
しばらくの間妖精さん達と話し込んでいた倉岡は会話を終えたのか、葛葉の元へ戻ってきた。
「妖精さんと会話出来るんですね」
「僕や君を含めて誰でもある程度の意思疎通までは出来るよ。ただ、細かい内容の会話は艦娘じゃないと出来ないかな」
妖精さんは艦娘達が現れたと同時に突然出現した存在。艦娘と何かしらの繋がりがあるのかもしれない、と葛葉は興味深げに疑った。
「そういえば、君の指揮する艦娘達はどうしたんだい? 姿を見ないが」
倉岡はふと違和感を感じたかの様に周りを見渡しながら、声をかけた。
「もしかしたら……まだ寝てるかもしれません。あいつらもまだまだ子供ですから」
その時、工廠前の観葉植物が倒れ影から二人の少女が姿を現した。
「流石にもう起きてるわよ! 夕方まで昼寝する人なんて司令官ぐらいしかいないわよ?」
「ああ、土がこぼれちゃったのです……」
「雷、電! そんなところに」
観葉植物の影から颯爽と登場した二人に半分呆れつつ、葛葉は倉岡に紹介を始めようとした。
「雷、電……特Ⅲ型駆逐艦の双子姉妹か」
ーーがその必要が無いと知り、口を閉じた。
「葛葉提督。君は、面白い運を持ってる様だね」
「面白い? といいますと?」
「偶然なのか運命なのか、この鎮守府にあの双子が一緒に配備されたことがだよ」
倉岡の話によると、旧日本海軍の艦船と同様に艦娘は艦としての種類こそ多かれどそれぞれが一人ずつしか存在しない。その為、姉妹艦といえど離れた場所に実装されるのは日常茶飯事なのだそう。
「離れた場所にいる姉妹に会いたい、って事で鎮守府を無断で抜け出してまで会いに行く……って艦娘も多くてね。ああ艦娘がそれぞれ二人以上いれば、って度々思うよ」
倉岡は心底困った様に悩みの種を吐いた。
「そりゃ会いたいに決まってるじゃない、何十年ぶりに会う姉妹なんだもの」
「それは十分承知しているけど、もしその鎮守府に何かあった時にいなかったらって思うとね……」
倉岡は更に困った様に、今度は溜息をついた。葛葉はこれはいけないとばかりに急いで話題を変えることにした。
「ええと、結局資材の件は」
「ああ、それなら問題ないよ。……この度は此方の不手際で大変ご不便を」
「大丈夫ですから、それ以上暗い顔されると困ります!」
暗い顔で謝辞を述べる倉岡の言葉を遮り、葛葉は早急に話を切り上げることにした。
「では、不足分の資材は近日中に持って来させます……ところで、葛葉君。ひとつ聞いてもいいかい?」
玄関先まで来ると倉岡は最後に一つ尋ねた。
「この間の軍艦消失事件について、何か知っている事はないかな?」
今までの友好的な雰囲気から一転、倉岡の表情が強張り緊張した空気が漂い始めた。
「……友人から事件の存在を聞かされた事と、どの船が消えたのかって事、関係者以外には他言無用って事くらいしか俺は知らないです」
一瞬だけ、ガラリと変わった空気に戸惑いながらも葛葉は正直に話した。
「そっか。ゴメン、知らないとは思っていたけど一応、デリケートな話題だから……もし行方不明の艦について何か分かったら教えてくれるかな?」
「了解しました」
最後に倉岡は満足そうな顔で頷き、鎮守府を後にした。
「とはいえ、多分俺たちには関係無いだろな……雷ー? 電ー? 飯の準備でもするぞ」
葛葉は玄関を後にした。
一人の青年が着任する鎮守府を去り、倉岡は一人考えていた。
「雷、電……もしかすると」
珍しく一つの鎮守府に揃った二隻の姉妹艦。先程の話も何かの予兆に思えてくる。
「考え過ぎかな」
ただの偶然だろう。姉妹艦が一つの鎮守府に実装されるのは珍しいことではあるが全く無いわけではない。今回もその一つだ。
ポケットの中の電話が鳴った。携帯電話が取られ、画面に通話中の文字が浮かぶ。
「何か分かったか?」
一言二言の会話が続いた後、電話は切られた。携帯電話を仕舞う倉岡の表情から察するに内容は芳しくない様だ。倉岡は一つ息を吐き、誰もいない夕空の中叫んだ。
「一体どこにいるんだ。この日本のどこかにいるのだろう? 響!!」
後書き
どうもKUJOです。
今回は1週間で更新出来ました!!
あー、久々です。この感じ……(満足
これからもこれぐらい順調に書いていければ……良いのですが。
最近、だけでは無いのですが自分の作品を読んで思ったのが「地の文少なくない?」という点。
小説で地の文少ないって、中々……。今後は意識して書いて行きたいですね、地の文。
今回からかなり大きな団体さんが出て来るのですが、その団体が出るにつき一つ注意書きをば。
この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。
……今更!? っと思う方もいらっしゃるかもですが、一度書いてみたかったんですよ。これが。
それでは次回もこの調子で書けることを祈りつつ(私にはもう祈ることしか……)頑張って執筆して行きたいと思います。
それでは皆様ごきげんよろしゅう。
追記)文章の段落の最初の空白一マスを空けれていないことにやっと気付きました……。悲しい……。
非常に申し訳ないです。
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