幸せの色
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第四章
第四章
「ここでですね」
「ええ」
綾坂先生は部員達を前にしてにこりと笑った。そこは緑豊かな公園であったのだ。周りにも緑の木々が立ち並んでいる。
「ここにあるのなら好きなのを描いていいわよ」
「好きなのをですか」
「どんなものでもいいわ」
先生はかなり大胆に作画の対象を決めていた。
「自分がこれだというものをね。描いていいわ」
「よしそれなら俺はあの女の子を描くぞ」
「私は噴水」
部員達はそれぞれ描く対象を決めていく。その中には当然ながら達也と諒子もいた。
「君達もね」
先生は二人に声をかけてきた。
「好きなのを描いていいわよ」
「わかりました」
二人はそれに頷く。その彼等に他の部員達が声をかけてきた。
「中野は空か?」
「それで井出さんは黄色い風船かしら」
「まあそんなところかな」
達也はからかいに応じず素直に返した。
「私も。それがあればかなあ」
諒子それは同じであった。二人はからかわれているのはわかっていたがそれに適度に返せる程心に余裕があるわけではなかったのだ。やはりずっと色のことで悩んでいるのだ。
「じゃあ今からね」
先生が開始の合図をした。
「わかりました」
生徒達は散っていく。その中には勿論達也も諒子もいた。
達也はやはり空を描いていた。諒子は黄色い服を着た子供を描いていた。皆の予想通りと言えば予想通りで青と黄色であった。二人はそれを描きはじめた。
けれど描いていてもどうにも集中できない。考えるのはやはり他の色のことだ。それが何なのかまだ見つからないしわかりもしない。二人はそれにもどかしくもあり苛立ちも覚えはじめていた。
達也も諒子も。それをどうにかしたくてもどうにも出来ない。それが余計に嫌だった。あれこれ考えているうちにも絵を描いていく。だが絵もどうにも進まない。二人共キャンバスには何も描いていないという状況であった。
「駄目だ駄目だ」
達也はたまりかねて言った。そして立ち上がる。
「こんなのじゃ描けやしない」
そのまま気分転換にその場を離れることにした。暫く歩いていると諒子に出会った。
「君もか」
「ええ」
諒子はこくりと頷く。彼女もどうにもならず気分転換に歩き回っていたのである。
「どうにも筆が進まなくて」
「僕もさ」
達也は答えた。
「どうしたものかな」
「困ったわよね」
「ああ」
達也は苦い顔をしていた。諒子もまた。
「青い色を描こうと思ってもね」
「こっちも。何か描けないわ」
「何かある筈なんだけれど」
「その何かがね」
二人にはわからないのである。
「どうしたものかしら」
「探すしかないよね」
「それで見つかってたら今こうして悩んでなんかいないわよ」
諒子は実に率直に述べた。
「違うかしら」
「確かに」
達也もそれに頷く。二人は今緑の公園を並んで歩いていた。緑の並ぶ公園を。
美術部の仲間達があちこちで描いている。彼等の他にも街の人や小さい子供を連れた母親もいる。何処にでもある平和でのどかな公園であった。
二人の側にそんな母子が歩いてきた。若い母親が小さな子に何か教えていた。
「この葉っぱがね」
「うん」
見れば男の子であった。その男の子が母親が手に持っている緑色の葉っぱをじっと見ていた。
「皆を守ってくれているのよ」
「皆を?」
「そうよ」
母親は男の子に教えている。二人はそれをぼんやりと眺めていた。
「空気を奇麗にしてくれてお水も持っていてくれてね」
「葉っぱって凄いんだね」
「ええ、凄いのよ」
母親は優しい顔で我が子に語る。その手の中の葉っぱが眩しい位に鮮やかな緑を見せている。
「こんな小さな葉っぱでもね」
「僕を幸せにしてくれるのかな」
「幸せ・・・・・・」
二人はその言葉に耳を瞠った。
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