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新米提督お仕事日記

作者:ぜおぅ
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いち。

 
前書き
新米提督が着任します。
敬意をもって出迎えましょう。 

 

「提督、ねぇ」

 夏の陽射しを新調されたばかりの真っ白な軍服の上から浴びながら、そんな事をしみじみ小さく呟いてみる。あぢぃ。
 時期を選べるなら爽やかな春とか、暑苦しくない秋とか冬とかを選びたかったが私にそんな権限あるわけねぇ。軍人なんてのはどんなにエラそうに言ったところで国家が運営している軍という会社というか組織にサラリーもらって生きる雇われ者なのだ。
 ……よって。ほんの数日前まで不満なく快適に暮らしていた、海風なんてまるで縁の無い内陸から、情緒に溢れきった田舎島などに飛ばされたりもする。そして車のような移動手段を一切使わず徒歩で登山なんかもさせられたりする。
 通常のサラリーマンと違うところがあるとすれば、それが単なる出張ではなく、恐らくは未来永劫、私が軍籍から退くまでここで過ごさなければならないという事だが。ああ、私が知らないだけで、サラリーマンにもそういう辞令が下ったりもするのかも知れないけど。
「……むう」
 どうも道に迷った気がしてならない。ポケットから取り出した地図を開いて周囲を見回す。
 驚くほどの数の木々と、太陽光によって輝く葉の隙間から覗く美しい海面。山の表皮を削って造った使い道のない道路は人体に優しくない地獄坂になっており、夏の熱気で陽炎むらむらである。道に迷うもクソもなく山頂まで一本道であり、つまりなんだ、迷いこんだのは私自身の人生行路といったところか。お、うまいこと言った? うまいこと言いましたか私。
 ええいどうでもいい。本当にこの島なんだろうな。視線を白が眩しい地図に落とす。……うん、間違いない。上層部からの辞令に書いてあった島の名前とちゃんと一致している。というかここまで登ってようやく確認とか頭沸いてんのか私。いや沸いてるんだろうな。辞令蹴って退役しなかった時点で沸いてたんだ。
 だって『提督』だぞ『提督』。提督ったらアレだ。遥か昔に存在したっていう『海軍』ってののお偉いさんだ。偉大なるセーラー服の起源になったっていう偉大なる軍隊だ。……そんな、在りもしないモノの提督を任されたってんだから、私もついに運が尽きたという事だろう。
 友人に誘われて『国防軍』に気軽に入隊したのがもう十年近く前。齢十二にして軍属っていうのもまぁ社会的に箔が付くだろうと気軽に応じてしまったのが全ての始まりだった。
 武力での戦争の価値がほとんど無くなってから早幾年月。しかし一応の『お飾り』としての防衛軍。この世の敵や悪は、今やサイバー世界に集約されている。物理的にトドメを刺す事ぐらいしか脳のない筋肉馬鹿など無価値も同然のこの世界で、それなりの安定を得られるからと油断したのが運の尽き。
 それこそ物心付く前からコンピューターに依存してきた我々にとって、肉体労働は基本、『体を動かすのが好き』なんていうマゾヒストな人間の独擅場である。つまり私の事だ。言わせんな恥ずかしい。
 友人が一ヶ月も持たなかった時点で一緒に辞めてしまえば違った未来もあったのだろうが、あまりの居心地の良さについ居ついてしまったのだ。で、大した仕事もしてないし成果も出していないのに、同期のほとんどがそんな私未満という事であれよあれよと出世してしまった。その経過の結果得た立場が在りもしない筈の『海軍提督』であり、そんな私の新たな配属先が───
「やっと着いたぁ……」
 ふらふらと歩き続けて何時間だろう。熱に焼かれて燃え尽きる寸前の脳と意識で、ようやく目の前に現れたやたらでっかい建物を認識する。
 築何十年……いや百年単位? ってレベルに古いデザインの建築物である。昔の資料で見た事がある。今の国家──内陸が『日本』とか呼ばれていた時代の、……なんだろう。下宿とかアパートとか、そういうの? 今の住居は基本的に高層ビルディングタイプが一般的で、富裕層は蜂の巣型のコロニーなんかに住んでいる。家と呼ばれるタイプの建築物は過疎地にわずかに残っているものだけだという。それに、目の前の住居は記憶にある『一軒家』なるものとは趣が違い、数人の家族構成ではなく、大規模な人数を収めるタイプのように見える。
「……おほぅ」
 それはそれとして。
 扉(自動で開かない!)や木造と見られる外壁にぺたぺたと触れてみる。
「はへぇ~」
 ちょっと、いやかなり感動しています。だってこんな歴史的な建築物が目の前にあるですよ。以前家族旅行で赴いた海外の建築物、お城とかそういうのにも感動したけれど、やはりアジア種としては同族の歴史の方が肌に合うっぽい。内陸にあった古代の城はもう現存していないと聞いたので、個人的にかなり残念。まぁ残っていたとしてもほとんどの地域に人がいない以上、荒れ放題枯れ放題になるんだろうけど。
「ふーむふむ。へー、これどうやって全体支えてんだろ。このぶっとい木を四角く切ったヤツが重心の中心なのかな。中はどうなって……」
「あ、あのっ」
「はひっ!?」
 おっふ。夢中になりすぎたせいで人の気配に気づかなかった。
 不覚を恥じ入りながら振り向くと、そこにはなんとも可愛らしい……学生? 綺麗な茶色い髪を大ざっぱに後ろでまとめた少女が、訝しげにこちらの様子をうかがっていた。私は背筋を正して彼女と向き合い、
「えー、大変ご無礼を。私、本日この島の……なんだっけ」
 挨拶するつもりが色々ド忘れた。というかそうだ、後々確認しようと思ってたんだ、今時『漢字』とか難しすぎて読めないって。先ほどの地図ではなく、辞令をポケットから取り出して開き、女の子に見せる。
「すみませんお嬢さん、この……この文字を読めませんか」
「はわわ?」
 なんとも不思議な声を上げて少女が紙に吸い寄せられる。どう見ても年下の子に訊かなければならないこの体たらく。これで「分からない」なんて返答だったら詰みである。だが彼女は数秒、ぶつぶつと口の中で何事かを呟き、顔をあげて私を見据え───
「気をつけぇぇええ!! なのです」
「は、はいィッ!?」
 信じられない声量の怒声が周囲の木々や建築物をぶるぶると震わせた。当然、私の全身も。しかしそこは何年もかけて身体と魂に刻み付けたアレである。無意識の内に姿勢はきっちり『気をつけ』だ。つまり、なんだ。今、私は委縮しているのか。こんな小柄な少女を相手に。鬼のように厳しかった教官達を前にした時と同様の感覚で。
「ふん、軍人にしてはアレだけど、訓練くらいは一通り積んでいるみたいなのです。貴様、所属と階級、名前は」
「はっ! 統合国家アジア区極東防衛軍所属、カズイ=アリマ少佐であります!」
「それは昨日まででしょ? 今現在の貴様は何者なのかを聞いているの」
「あ、えーと」
「こんな事で言葉を詰まらせる馬鹿がいますか馬鹿者」
「げふっ」
 本来なら頭でもしこたま殴られただろうところだが、少女の体躯はあまりに小柄だった。故に彼女の拳は見事に私の鳩尾に突き刺さる。しかし膝を突くワケにもいかず、なんとか直立不動の姿勢を保つ。私ってば軍人の鑑。
「ま、いいのです。アリマ少佐……いいえ、アリマ『提督』」
「はっ」
「ようこそヨコスカ鎮守府へ。最初の質問の答えはこれで分かりましたか」
「ちんじゅ……ふ?」
「そう。『我々』艦隊がこの地、この海域を鎮守する。故に『鎮守府』。難しい事はないでしょう?」
「はっ、了解であります!」
 今度こそお腹を殴られないように姿勢を正し、理解しましたのポーズ。……いや実のところあんまりよく分かってないんだけども。
「……貴様ねぇ」
「はい?」
 少女は険しかった目つきを更に厳しくする。
「何もかも間違ってるって気付いてる?」
「な、何がでありましょうか」
「敬礼の仕方から口調までよ。それは陸軍式。海軍式はこうです」
 少女は出来の悪い子供に教えるように敬礼の仕方を私に教えてくれた。真似してみせると、ようやく機嫌が直ったのか年齢相応の笑顔を見せる。……しかし、なんなんだろうこの子は。色々圧倒されすぎてまったく口を挟めなかったぞ。
「質問、よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「先ほどの話から察するにお嬢さ──貴方は軍関係者、なのでしょうか。というか、ええと……あんまり考えたくないのですが、上官でいらっしゃる……?」
「馬鹿なのですか貴様は。貴様はこの鎮守府の総司令官、軍部は内陸に引き籠もり。ここには貴様以外の軍人はおらず、この海域は貴様が治める陣地なのですよ?」
「待って。じゃあなんで貴方はさっきから妙に偉そうに──んん? 他に軍人が居ない? 私だけ? では、君は……?」
 他にも色々と気がかりではあるが、とりあえず一番気になった事を口にしてみる。だってそうでしょ。これだけ怒られて殴られて、それじゃあ目の前のこの子はなんだって話だ。
「はわわぁ? 聞いていないのですか? 貴様、どこまで間が抜けて───いや、軍部がボカしたの? それにしたってなんの意味も……ま、どうでもいいのです」
 彼女は心底バカにしきった目つきでこちらを睨みつけてから表情を一変させ、
「電は、暁型4番艦──駆逐艦『電』なのです。
 貴様の秘書艦として働きますので、これからはどうぞよろしく」
 こぼれんばかりの笑みで、そう言い切った。
 私はそれに対し、
「えぇと、聞きたい事や分からない事が山ほどあるんだけど」
「なんでも訊いていいですよ、司令官さん」
「うん、じゃあひとついいかな」
 とりあえず優先順位を付けてみた結果、言いたい事を言う事にした。
「秘書官チェンジできない?」
「同じ台詞をもう一度口にしたくなったら、その小奇麗な首から上が消えてなくなるところを想像するといいなのです」

 ダメっぽい。
 
 

 
後書き
☆電ちゃん一口メモ★

 なんだかもの凄く頼りにならなさそうな新米さんが提督として着任してきやがったのです。
 内陸の軍人は腑抜けばかりだと風の噂に聞いてはいましたが、ここまでとは思いもよりませんでした。いくらなんでもなよなよしすぎでしょうあの人。
 ……そういえば流れで聞きそびれましたが、あの人は男なのでしょうか、女なのでしょうか。顔が中性的だったのでよく分かりません。
 男だとしたらタマとかその辺が抜かれてそうな感じがしますし、女だとしたら同性としてあまりにもアレなのです。なんにしろ調教の必要性有といったところか。
 ああでも、思った事を物怖じせず口にできるところは評価できそうかも。次なんかアホなこと言ったら10cm連装高角砲の出番ですが。電も46cm三連装砲とか装備してみたいなぁ。 
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