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子供の質問

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第一章


第一章

                    子供の質問
「これ何か?」
「これ何か?」
 甥の子の由紀夫の質問はいつもこれだった。それを受けて的林兼修はいつも当惑するばかりであった。
 しかしそれでも。彼は真面目に応えるのだった。
「これは神社や」
「神社?」
「そや、神様がおるところや」
 こう真面目に応えるのである。
「そやからな。ここにお参りしてな」
「これ何か?」
 しかしここでもこれであった。今度はお賽銭箱を指差している。
「これ何か?この木の箱」
「これはお賽銭箱や」
 またしても真面目に応えるのだった。
「お賽銭箱や。これはな」
「お賽銭箱?」
「ここにお金を入れて神様に御願いするんや」
 言いながら自分の財布から十円を取り出す。そして実際に箱の中に入れてそのうえで手を合わせてみせる。
「こうやってや」
「神様に御願い?」
「そうや。こうやって御願いするんやで」
 また由紀夫に説明するのだった。
「どや。由紀ちゃんもやってみるか?」
「うん。そやったら」
 由紀夫は素直に彼の言葉に頷いて手を合わせる。今はお金を持っていないがそれでもだった。ちゃんと兼修の横で手を合わせる由紀夫だった。
 由紀夫はとにかく何かにつけて質問をする。しかもその相手はいつも兼修だった。それで彼はこの甥の子が来た時には非常に疲れるのだった。
 この由紀夫が自分の家に帰ってから兼修は。とりあえず家のコタツの中でほっとしていた。まさに五月蝿いのがいなくなってよかったといった顔であった。 
 その顔で蜜柑を食べる彼に。一人の初老の女が声をかけてきた。
「大変やったなあ」
「ああ、姉ちゃん」
 彼の一番上の姉である静子である。彼の家族と共にこの家に暮らしており幼いうちに母親を亡くしている彼にとってはまさに母親に等しい存在である。ふっくらとした身体ににこにことした顔をしている。かなり穏やかな気を出している老婆であった。
「由紀ちゃんには困るで、ほんま」
「ほんまやなあ」
 静子は穏やかな調子で兼修に応えてきた。
「いつもいつも質問ばかりやからな」
「それもわしばっかりにな」
 本当に少しばかり困った顔で言う兼修だった。
「何でやろな。質問ばかりで」
「あれちゃうか?」
 静子は兼修の向かい側に座りながら言ってきた。座るとまずは目の前にあった蜜柑を手に取った。そしてその蜜柑の皮を剥きはじめたのだった。
「兼ちゃんが学校の先生やからちゃうか」
「そやから何でも知ってると思ってるっていうんやな」
「そうちゃうか?」
 こう彼に言うのだった。言いながら蜜柑の皮を剥き続けている。
「やっぱりな」
「わしが学校の先生やからか」
 実際にそうである。彼はある公立高校で世界史を教えている。しかしこのことはまだ由紀夫にはわからないとも思うのだった。
「けれど由紀ちゃんはまだ言葉話せるようになったばかりやしな」
「まだあんたの仕事がわからへんっていうんやな」
「わかる筈がないで」
 そうとしか思えなかった。兼修は姉に言いながら蜜柑の袋を一つ口の中に入れた。そうしてそれを口の中で噛んで味あうのだった。 
 その蜜柑の甘酸っぱさを楽しみながら。さらに姉に対して言うのだった。
「そんなのは」
「わからへんっていうんやな」
「そや。それで何でわしにばっかり尋ねるんや?」
 どうしてもそれがわからないで首を傾げるのだった。
「それがなあ」
「それはあんたあれやで」
 しかし静子は穏やかな笑みで彼に言うのだった。言いながら彼女もまた蜜柑の袋を口の中に入れる。それは兼修が口の中に入れたものより幾分大きかった。
 
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