絶望と人を喰らう者
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第二話 二
「今のは爆発音!?」
「クソッタレ、もう奴らが来たか!」
天羅は吐き捨てると、すぐに一人で外へ飛び出した。
残された結月とアリスは呆然と彼が走り去る姿を見届け、結月が慌ててアリスの身体を掬うように両手で抱いて、天羅と同じように喫茶店の扉を開けて外へ出る。
「アリスちゃん、すぐに君が隠れれる安全な場所へ行くから少しだけ我慢して!」
「う、うん。でもナナシは?」
「彼ならきっと大丈夫だと思うよ!」
彼女はそう断言して、アリスをお姫様抱っこしながら汗一つ掻かずに走り続けた。
一人残されたナナシは、アリスを攫って走り去った結月を追いかける為に、ゆっくりと歩きだした。
喫茶店の外へ出た彼は、外で鳴り響く乾いた火薬の破裂音や爆音、大きな地鳴りに一瞬顔を歪めるもすぐに元の無表情へ戻す。
ナナシは外見こそ人間だが、本当の姿はデセスポワールで、彼は猫以上の聴覚を持っている。
人間時の姿ではその聴覚の良さも半減されているのだが、それでも、火薬音等の大きな音は嫌でも耳に入った。
彼は仕方なく、音のしている方へ歩く。
すると、足下でこつんっと何かを蹴った感覚がし、彼は下を向いた。
ナナシが蹴った物、それは、判別出来ない程に顔が潰され、割れて中身が飛び出ているスイカのような状態になっている人間の頭部だった。
「……」
ナナシはその場で四つん這いになると、両腕に力を入れる。
すると、数秒も経たずに彼の人間だった身体の背中が裂け、まるで蛹から羽化した蝶のように四足の化物、ナナシが現れた。
デセスポワールになった彼は、早速、先程見つけた無残な人間の頭部に喰らいついた。
肉を引きちぎり、啜り、骨を噛み砕く音が一定のリズムで刻まれる。
五分が経った頃には一片も残らず喰い尽くし、改めてナナシは足を進めた。
「うわあああああ!!」
「撃て! 撃て! 畜生、こいつら一体全体どこから湧いて出やがった!」
人間達は迫り来る小さなデセスポワール達に襲われていた。相手のその数は数十匹と大群で、ほとんどがぬめりとしたやもりの姿をしている。
その中でも一際大きな化物の姿があった。
大きさは以前戦ったカマキリ型のデセスポワールと同じくらいの巨体の、次は若干人間に近い体型をした硬い甲殻に身を包んだ右腕部分が鋭い爪になっているデセスポワールである。
奴は一人の兵士を捕まえて、大きな爪で獲物の肉体を簡単に引き裂き、それをポイッと遠くへ投げ捨てた。
天羅の仲間であろう、兵士達は投げ捨てられた死体の血が自分達の頭や身体に降り注ぎ、恐怖するも、日頃から生死のやり取りをやっていたので今更パニックは起こさなかった。
「さぁ、存分に働くよ皆!」
「「「おう!!」」」
結月率いる傭兵達は皆一応に絶望的な中でも士気が高く、全員武器を取って、目の前の敵に発砲する。
「人間なめんなよ、化物共!」
天羅は敵の群れに対デセスポワール用の手榴弾を仲間達と共に、一斉に投げつける。
数秒後に投げつけられた手榴弾は爆発し、爆発に巻き込まれた数匹のデセスポワールは四肢が千切れ、内蔵を辺りに撒き散らす。
爆発を逃れたデセスポワールは以前、餌である天羅達に特攻をしてきており、天羅達は銃で迎撃する。
アリスを途中でどこかの建物に隠した結月は、すぐさま天羅に合流して、目の前の敵に特殊弾の入ったピストルで数回射撃。
小さな銃でも、一体のデセスポワールは頭部にいくつもの風穴を開けられ、苦しみ悶えながら絶命した。
天羅も彼女に負けじと、突撃銃で乱射し、複数匹を倒す。
彼らに続いて仲間達も何匹か殺すも、二人程、近づかれて押し倒されたあと、数匹に無残に喰われてしまった。
天羅は死体に集まっているデセスポワール達を見て、それをチャンスだと感じ、仲間に指示したあと、再び手榴弾を全員で投げた。
死体諸共、デセスポワール達は爆散し、デカイ奴を残して後は全滅した。
結月は仲間達と一緒に、残ったデセスポワールを包囲し、一斉射撃する。
だが……
「うっ!?」
「こいつ、効かない!?」
「ぎゃああ!」
全ての弾が嫌な音をして弾き返され、しかも、跳弾したものが一人の傭兵の肩に被弾した。
結月は顔を青くするものの、すぐさま、仲間達に退避命令をする。
しかし、敵はいきなり頭部がまるで食虫植物のように割れた。しかも、その頭部には無数の牙があり、どうやらそこが口のようだ。
そして、突然そこから長く細い触手を一本出現させ、仲間の一人を捕らえる。
「う、うわああ!」
「土居!」
触手に足を捕らえられ、高く吊るされた土居と呼ばれた青年は、涙目になりながらも自分を吊るし上げているデセスポワールに叫びながら銃弾を浴びせる。
「は、離せよおおお!」
しかし、敵は全く怯みもせず、土居を割れた頭部の下まで持ってくると、そのまま土居を自分の牙が無数にある頭部の中へ強制的に押し入れ、上半身を喰いちぎり、飲み込んだ。
地面にボトッという音を立てて、大量の血液と共に腸や内蔵、土居だった下半身部分が落ちてくる。
「……うぁ」
「なんて……エグい」
逃げ切った仲間達は口々に呻き、怯む。
結月も、凄惨な死を迎えた土居の最期を見る事が出来なかった。
「あいつは以前と同じタイプの化物か!」
天羅は相手に特殊弾が効かない敵だと判明し、舌打ちをする。
デセスポワールは土居を喰らい終わると、別の餌を探す為に、ゆっくりと天羅達の方へ近づいてきた。
流石にあの強固な甲殻に身を包んでいる敵は、自分の体重が重すぎて走る事が出来ないらしい。
天羅はその事に気づき、彼はある事を思いついて結月の下まで走って近づく。そして、すぐに彼女へ指示をした。
「奴はどうやら走る事が出来ないみたいだから、なんとか分散しながら走って逃げつつやればいけるかもしれないぞ」
「だ、だけど、あいつは弾が効かないわよ?」
「大丈夫だ、少々不服だがナナシの奴に任せよう」
「そういえば、会議の時に言ってたわね、四足の化物…… ナナシが銃の効かない特殊なデセスポワールを仕留めたって」
彼女はその事をすぐに思い出すと、彼の考えに賛同した。
「乗ったわ、じゃあ、彼が来るまでの間耐えてみましょう。来るかどうか分からないけどね」
「大丈夫だ、多分アリス嬢ちゃんが危険に晒されているのだから来てくれると思う。それに……」
「それに?」
「もし仮に俺達の所へ来なかった場合、俺を囮にお前はアリス嬢ちゃんをここに連れてこい。そうすれば奴は必ず来るだろう」
「貴方それ本気で言っているの!?」
天羅のアリスを餌にするという言葉に、結月は彼の胸ぐらに掴みかかって激怒した。
しかし、天羅も負けじと怒鳴り返す。
「俺も心苦しいが最小限に味方の被害を食い止めるにはそれしか無いだろうが! それともお前はあいつを連れたままずっと逃げるつもりか?」
「くっ!」
結月は確かに彼の言う事が一理あると思い、悔しく思うも、、何も言わずに彼を解放した。
「俺は少しでも人類復興の役に立つ事が出来るのならば、悪になる覚悟がある。所詮、世の中弱肉強食の世界だ。真に平和を得るならば人類が発展し、力を得て、再び人間は弱肉強食の世界の頂点に立たなければならない」
天羅は俯く彼女を放置し、そのままデセスポワールと戦っている仲間達の下へと走った。
「その貴方が言っている『人類』に、私達は入っているの…………?」
彼女は彼が走り去った後に、一人、誰にも聞こえないようなか細い声で意味深な事を悲しく呟くのだった。
それから数分後。
天羅と結月が遅いデセスポワールを引きつけ、走って逃げ続けていた時に、ナナシは現れた。
彼は人間を追いかけている巨大な自分の同族を確認すると、エリマキトカゲのような傘みたいな耳をまるで毛を逆立たせ、臨戦態勢に入る。
天羅と結月はようやく奴と戦える唯一の相手が現れて、アリスを餌に出さなくなった事でホッとした。
だが、天羅はそれでも彼に油断は出来ないと思っていた。なぜなら、化物の状態になっている彼が自分達を餌だと認識して襲いかかって来るかもしれないからだ。
「頼むから襲って来るなよ……」
彼は祈るように呟く。
ナナシは早速、刃のようになっている尻尾をブンブン振り回しながら、敵に向かって駆け出した。
「行ったわ!」
「よし! それじゃあ、俺達はさっさと戦闘に巻き込まれる前に避難するぞ」
天羅は結月にそう言うと、彼女はこくりっと頷いて彼の指示に従う。
そして、二人は互いの仲間を集めて、早々に避難を開始した。
ナナシは逃げる人間達に目もくれず、以前無かった技を使った。
前足二本から鋭いブレードが肉体から生えたのだ。
あれは、ナナシが人間の状態でも使っていた技で、どうやらデセスポワールの姿になっても使用出来るらしい。
「グアァァァ!!」
ナナシは威嚇しながら後ろ足にぐっと力を入れて、飛ぶ。
そして、前足を広げて相手に喰いつこうとした。
だが、デセスポワールはナナシの行動を読んでいたみたいで、すぐさま頭を割ると触手を出して、彼の身体に思いっきり触手をぶち当てる。
ナナシは空中に居たので回避態勢も取れずに横腹を強打し、地面に二、三回転がり、朽ちた建物の壁に衝突する。
しかし、ナナシは怯む事なくすぐさま立ち上がると、涎を垂らしながら再び走る。
敵は再度触手を振って、ナナシに攻撃するも今回彼がいる場所は地面。彼はすんなりとそれを躱し、逆に尻尾の刃で伸びた触手を切り裂いた。
「ギャアァァァァ!!」
デセスポワールは触手を切り裂かれ、青紫色の体液を噴水のように吹き出しながら、すぐさま頭を閉じる。
そして、少し身震いした後に、今まで着けていた甲殻を剥がして、皮膚のない筋肉等が剥き出しな肉体を曝け出した。
人間で言えば、胸の真ん中辺りに大きな目が一つだけ存在しており、全く持って気持ち悪いほど醜悪な外見をしている。
もちろんナナシには醜悪という言葉と不快な気持ち等無い。
ナナシは相手が甲殻を外して、姿が変わっても、怯む事無く走る。
醜悪なデセスポワールは彼の突進に自分も対抗し、思い甲殻が無くなった事により走って突っ込む。
相手が一歩一歩動く事により、地鳴りが響き、一瞬ナナシの動きが止まるも耳の代わりになっているアンテナ傘を畳んで耳栓をし、再び動いた。
ナナシとデセスポワールは互いに肉迫し、ナナシは先に跳ぶ。
そして、ナナシは空中で右前足のブレードをまるで人間が剣で払うように素早く払い、相手の胸にある目玉を斜めに切り裂いた。
「ギアァァァァァ!!」
目玉を切られ、先程よりも痛みで悶えるデセスポワール。
再度ナナシは敵に近づき、相手が両目を抑えている内に、何度も尻尾の刃で斬り、払い、突いた。
切られた所から大量にデセスポワールの血液が吹き出し、辺りの地面を自分の血液と同じ色に変えてしまう。
ナナシはもう動く体力が残されていないデセスポワールに止めとして、相手の両腕を切り飛ばした後、切られてどろっと溶けているような感じになっている目玉を自分の尻尾で貫いた。
これで決着が着き、デセスポワールは大きな断末魔を上げた後、仰向けに倒れた。
ナナシは死んだデセスポワールの身体の上に上り、勝利の雄叫びを上げる。
それから、数十分もの時間を掛けて、デセスポワールの身体を喰い尽くし、残った紫色のクリスタル。デセスポワールの心臓である『コア』を口に咥え、それを噛み砕いた後、彼は飲み込んだ。
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