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魔法科高校の神童生

作者:星屑
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九校戦編
  Episode27:ルアー

 
前書き
更新遅れて申し訳ありません!テストがあっバタバタしていたもので… 

 
七月中旬。そろそろ夏本番となり暑さが増してきたこの頃。冷房が効いて快適な教室の中、目立つ青髪を元気なさげに垂れさせて、九十九隼人は長い溜息をついた。

「あ~……九校戦、やだなぁ…」

一日の授業が終了した放課後、精神的疲労から隼人は机に突っ伏した。

理由は簡単。

夏に行われる、全国に九つある魔法科高校同士の親善試合---通称、『九校戦』の選手に抜擢されたからだ。

普通ならば喜ぶ所なのだが、如何せん隼人の魔法は常人のそれとは少々異質。なるべく人前で魔法を見せたくはないのだが、隼人の魔法実技の成績上、選手に選ばれることは事実上決まっていたようなものだった。

今回の定期試験。魔法科高校では各学年毎に上位20名までを発表するのだが、勿論のこと、その中に隼人の名前は載っていた。

理論・実技を合算した総合点による上位五名。

一位、A組、司波深雪
二位、B組、九十九隼人
三位、A組、光井ほのか
四位、僅差でA組、北山雫
五位、B組、十三束鋼

実技のみでは、ほのかと雫が逆で、鋼の代わりに森崎が入るくらいの変化で、隼人は変わらず二位。
その森崎が九校戦メンバーに抜擢されるのだから、隼人が選ばれない道理はない。

そう、頭で理解はしているのだが中々感情をコントロールできていない。めんどくさい、と今日何度目か分からぬほど言った言葉をもう一度言う。
ちなみに、ここまでのランキングでは全てが一科生が独占していたのだが、魔法実技なしの、理論のみの点数は大波乱だった。

一位、E組、司波達也
二位、A組、司波深雪
三位、E組、吉田幹比古
四位、B組、九十九隼人
五位、A組、光井ほのか

なんと、トップ3の内の二つに二科の生徒が居座っているのだ。普通、魔法は実技ができなければ理論も十分に理解することはできない。にも関わらず、魔法実技で劣るはずの二科生がトップ3に入るのは異例だった。
まあ、隼人はその二人と知り合いだったからあまり驚かなかったが。

「いいじゃん、僕は選ばれなかったんだよ?」

「鋼はほぼ対人戦しかできなくて競技種目に合わなかったからでしょ。唯一戦闘のあるモノリス・コードだって直接的な打撃や攻撃は禁止されてるんだからさ」

ちなみに鋼は当日の会場警備を担当している。隼人にしては変わって欲しいくらいだった。

「ああ、そういえば。そのモノリス・コードなんだけどさ、今年からルールが変わるらしいんだよね」

日本で九校戦が発足して以来、数年は競技種目やルールが細かく変わっていたものの、最近はずっと同じだったのだが、それが今になってルール変更。それに、隼人は少しながら興味を持った。

「参加人数が一人増えるらしいんだよ」

「へぇー…」

モノリス・コード。それは選手たちから『モノリス』と略される男子のみの競技だ。
ステージと呼ばれる試合会場で、敵味方三人ずつの選手によって『モノリス』を巡って魔法で争う。
相手チームを全員戦闘不能にするか、敵陣にあるモノリスを二つに割り隠されたコードを送信することで勝敗が決する。相手チームへは、魔法攻撃以外の戦闘は禁止されており、また、モノリスを割りコードを読み取るためには、無系統の専用魔法式をモノリスに撃ち込まなければならない。
九校戦で、最も白熱する競技でもあった。

「それにね、その四人の中の一人だけは仲間と隔離された場所からスタートになるんだって。それで、その一人が倒されればそのチームには読み取らなきゃいけないコードが増える…とかなんとか」

「ふぅーん…その一人はかなり重要だね。倒されちゃいけない、しかし相手に居場所を探られにくく、自由行動がしやすい……」

まるで暗殺者みたいだ、と隼人は心の中で呟いた。嫌な予感を、抱きながら。


☆★☆★



試験が終了してからというもの、隼人は放課後のほとんどを風紀委員本部で過ごしていた。本当なら、素早く家に帰って部屋でぐうたらしていたい気分だったが、達也にいい笑顔で脅されては仕方ない。なんでも、個室に摩利と二人きりは精神的に疲れるらしいのだ。

どうやら達也は、摩利に頼まれ(押し付けられ)て、そろそろ近づいてきた風紀委員会の引き継ぎについての資料作りをしているようだ。
達也が黙々と資料を作っているその横で、隼人と摩利は丸めたノートでチャンバラをしていた。

「セイッ!」
「っと!」
「む、今のを躱すか!やはりやるな隼人くん!」
「な、なんか潔く負けた方がいい気がしてきたぞ…」

「…………」

ピクリ、と達也のこめかみが強張った。
それを目敏く見つけたのか、隼人は話題転換をするために目先に迫ったノートに集中した。
パァン!と綺麗な音を立てて、摩利の振り下ろしたノートは隼人の両手に受け止められた。所謂、白刃取りだ。

「そ、そういえば九校戦のモノリス・コードなんですけど、参加選手が一人増えるって本当ですか?」

先程三人の話題に出てた九校戦。結局、さっきはCADの調整をするエンジニアが不足していて、摩利が自身でCADのチューニングできないという自爆話で一旦途切れたのだが、隼人はふと鋼から聞いた話を思い出していた。

「ああ、なんでも限りなく実戦を想定したものを目指したらしい。戦況で言うなら、『大事な情報を持った一人が敵陣に取り残された』というところだろう。そいつを相手に倒されるとこちらが不利になるが、どうやら同チームのメンバーがそいつを倒した場合はペナルティはないそうだ。確か、そいつの名称は『(ルアー)』だったかな?」

「…なるほど、このルールを作った人はかなり性格が悪いらしいですね」

「まったくだ」

どうやら話題転換は成功したらしいと、隼人は内心で安堵の溜息をついた。

ちなみに、このルール改正に伴って、九校戦実行委員の本部に若くして軍を退役した『生きる伝説』や『蒼夜叉』と呼ばれる青髪の魔法師が出入りしているのがしばしば目撃されたらしい。

それにしても、そろそろ力を抜いてくれないだろうかという視線を摩利に向ける隼人。しかし、摩利はそれに取り合う様子はないようだ。代わりに、ノートを押し込む手に更に力が加わる。
と、そこで一通りの作業を終えたのか、達也はそういえば、と呟いた。

「隼人、お前の参加する種目って決まってるのか?」

その言葉に、隼人もそういえば、と呟いた。他の人が既に種目を言い渡されたというのに、隼人だけは種目をまだ決められてなかったのだ。
と、思考に意識が囚われたのか隼人の手から力が抜けた。故に、今まで押しとどめていたノートが、綺麗に隼人の頭に叩き込まれた。

「あいたぁ!?」

「ふっ、あたしの勝ちだな隼人くん」

どうやらチャンバラはまだ続いていたようだ。丸めたノートは意外に硬く、隼人は半ば涙目になっていた。

「いたた…渡辺委員長、俺の種目ってまだ決まってないんですか?」

「ん?ああ、決まったよ」

アッサリと返ってきた言葉にゴクリ、と隼人の喉が鳴った。それはそうだろう。この参加種目によっては、隼人はかなりの苦戦を強いられることになるのだから。願わくば、先程話題に上がっていた種目ではありませんように、と祈る。
それが、フラグだとは知らずに。


「モノリス・コードの『ルアー』だ」


それを聞いた隼人は、ガックリと膝から崩れ落ちた。



☆★☆★


メキリ、と地が割れる音を聞いて、スバルは咄嗟にその場から飛び退いた。恐らくパックリと裂け目ができている地面に目もくれず、そのまま姿勢を低く保ち、相手と距離を詰めるべく疾走を開始する。
自己加速魔法が発動したのを感じ取るより早く、敵の目の前に躍り出るとそのまま鞘に納めたままの刀型CADを引き抜いた。

「っ!」

だが、一筋縄でいかないのは既に理解の上。容赦無く首筋目掛けて振り抜かれた白刃は空を切った。

「チッ!」

瞬く間に白く潰されて行く視界に舌打ちを漏らす。ドライ・ブリザードによる目潰し。既にこの手の戦線離脱は三回目。そろそろ、飽きてきたところだった。

「押し潰れなさい」

無慈悲に、無感情に魔法を放つ。スバルの持つ本来の魔法『圧神』。それは、彼女を中心とした半径30mの重力を倍増させた。
ビリビリと大気が震える。普段の倍となった圧力に耐え兼ねた地面が大きく陥没した。

だが、その全てのものが押し潰されている空間の中を疾走する一つの影。

その影を認めて、スバルは慌てて体を伏せた。すぐ上を、加速魔法の恩恵を受けた小石が尋常ではないスピードで過ぎ去っていく。その威力は、森の木々に空いた風穴が雄弁に物語っている。正直、躱せたのが奇跡に近いくらいだ。

確かに手加減はいらないと言ったが、下手をすると死ぬのではないかと内心焦るスバルを余所に、影--、隼人はスバルに照準を定めさせないように走り回り、撹乱する。そして撹乱しつつ飛来する飛び道具。正直、厄介なことこの上なかった。

もともと、隼人は魔法無しでもかなりのスピードを持っている。それに、自己加速魔法を使われてしまえば、いくらスバルとはいえそう簡単には捉えられない。

決着は、早々についた。

「っ!?」

隼人の手の一振りで、地面が両断される。バランスを崩したスバルは碌な抵抗もできず、その首筋に砂鉄の剣を突きつけられて溜息をついた。

「はい、降参よ」

「ふー、ありがとう姉さん」

汗を拭って息をつく隼人に対し、スバルは涼しい顔をしており、疲労した様子がない。

それもそのはず。今回の模擬戦で、隼人は自身の得意な体術と魔法を織り交ぜた接近戦でのヒット&アウェイ戦法ではなく、慣れない遠距離からの魔法のみの戦法に変えたのだから。
色々と考えながら戦うのは意外と体力と精神力を消耗するものだ。しかし、その分得るものは確実にあっただろう。

「あなたがモノリス・コードの時の戦術訓練したいって言うなら、手伝うわよ。そこまで酷い姉じゃないでしょう?」

「そうだね、これで勝手に料理することと暴力をなくしてくれれば文句はないけど」

「一言多いわよ」

「ごふっ!?」

容赦無く鳩尾に突き刺さった鞘に、隼人は結構本気で咽せることとなった。が、その後この二人が喧嘩を始めることはなく、立ち直った隼人とスバルは一緒に修行場所となっている山から降り始めるのだった。



☆★☆★



「ふはー…」

場所は変わって、九十九家浴室。模擬戦のあと、汗をかいたスバルと隼人は順番に風呂に入ることにした。丁度、急な依頼がない限りは外出する予定はないため、今日はこのままゆっくりと過ごす予定である。
隼人に、ゆっくりと過ごせる平穏な時間は大体訪れないのだが。

(モノリス・コードかぁ…近接格闘が禁止されてるのは少し辛いよなぁ)

頭を洗いながら、これから先の戦いへ思いを馳せる。
隼人の基本戦闘は雷帝からの徒手格闘術。なのだが、やはり九校戦は魔法実技を競い合う大会のため、近接格闘は認められていない。また、相手を死に至らしめるほどの魔法も禁止されているため、隼人の戦術のレパートリーはガクンと減ってしまう。唯一、ワイヤーを使うことができるのがせめてもの救いか。
仕方ないことだとは分かっているが、溜息をついてしまうのは仕方ないことだった。

(そういえば、エリナはどうしたんだろう?あれから全然連絡がないけど…)

頭の上で泡立ったシャンプーをシャワーで洗い流しながら、最近になって隼人の間者となったまだ幼い少女のことを思う。

(エリナなら大丈夫だと思って、大亜連合の情報の収集を頼んだけど…)

まさか、と一抹の不安が隼人の頭を過る。後悔の念に打ちのめされそうになるが、それは全くもって杞憂に終わることとなった。

「呼ばれて飛び出てササッと参上っ!!」
「へっ!?」

突如、浴室に響いた少女の声。それと同時に上から落ちてきたなにかが着地する音。
思わずその場を飛び退いて戦闘態勢を取ってしまった隼人に、風呂場に乱入してきた少女、九十田エリナは太陽のような笑みを浮かべた。

「こんにちは先輩!お背中流しにきました!」

神業のような速さで腰にタオルを巻いた隼人(とても手慣れていた)に対し、空から降ってきたエリナはなぜかピッチリと肌にくっつく水着…所謂スクール水着というものを着用していた。

「なっ…なっ、なっ」

羞恥と困惑でなにも言えなくなってしまう隼人。普通ならば女の子を赤面させることが多い彼だが、エリナの場合はそれが逆になるようだった。

「取り敢えず座ってください先輩。この私が、先輩の体の隅々を懇切丁寧に洗ってあげますから!」

「いや、ちょっと待ってエリナ!その格好はなに!?なんで上から降ってきたの!?そして手をワキワキさせながら近づかないで!そして足元滑るから気をつけて!」

目からハイライトが消え、荒く息をつくエリナから本能的な恐怖を感じて隼人はこの狭い浴室の中でエリナから目一杯距離をとろうとした。

だが、こういったことにあまり耐性がないせいか、顔を真っ赤に染めて涙目になっている隼人の姿は、エリナの欲望の炎にガソリンを投下してから更にダイナマイトを投げつけたようなものだった。

「えへへ、先輩の体…うへへへへ」

「エリナが変態になったぁ!? ってちょっと待って、エリナ足もと…」

「へっ…!?」

(ほら、言わんこっちゃない!)

隼人しか見ていなかったせいか、足元に転がっている石鹸を思い切り踏んでしまったエリナは見事に滑った。
前につんのめるように倒れるエリナに、言葉を発するより早く隼人は彼女と地面の隙間に自分の体を滑り込ませる。

背中に硬い感触を受けるのと、胸に柔らかい感触がのしかかってくるのは同時だった。



☆★☆★



痛みが来ず、逆に暖かなものに触れている感触を覚えて、私は閉じていた目を開いた。

立ち込める湯気の中で目を凝らすと、どうやら私は先輩の体の上に倒れ込んでいるようだった。恐らく、足を滑らせた私を助けるためにクッション代わりとなってくれたのだろう。私の背中と後頭部に回された先輩の両手が、意外と大きいことに気づく。体にピッタリと張り付くスクール水着だからか、先輩の体温が直に伝わってきて……

「エリナ、大丈夫?」

そう、心配顔で覗き込まれてしまっては、私の精神が持つはずもなかった。ただでさえ風呂場に突撃するなど悶絶モノだったのに、ほぼ裸の状態で密着してしまったら、羞恥がピークに達してしまうのは仕方のないことだと思う。しかもそれが、大好きな人であったら尚更だ。

「えっ、エリナ!?ちょっと、大丈夫!?」

先輩の焦る声とガラッとなにかが開かれる音を最後に、私は意識を手放した。


☆★☆★


これは一体どういう状況だ、と浴室の扉を開いたスバルは自問した。
まだどこかを洗っている途中だったのか、お湯を放出するシャワー。長い時間が経って、湯気が充満した空間。そこで、倒れて真っ赤な顔に困惑の表情を浮かべてこちらを見る隼人と、その上にのしかかっている、いつか見たまだ中学生くらいの少女。

取り敢えず、訳がわからなかった。

「……」

「あ、いや、姉さん…? こ、これには色々と深い訳が……」

無言でいることに不安を覚えたのか、たどたどしく弁明しようとする隼人。
だが、上にエリナを乗せたままのため説得力などまるでない。スバルのとった行動は簡単だった。

「---ったぁ!?」

ゴツン、と鈍い音が浴室に響いた。涙目になって見上げれば拳を振り下ろした状態の姉の姿。長く垂れた前髪のせいで表情が窺えないが、怒っているのは間違いない。

なぜ怒っているのかわからないまま、隼人は死を覚悟した。



☆★☆★



「いたた…」

痛みを訴えてくる頬を撫でて、隼人は自分のベッドの上で寝ているエリナを見やった。
時刻は既に夜の0時を過ぎたところ。電気を消して薄暗くなった部屋の中でも、彼女の緑がかった銀の髪は輝きを失わなかった。

ゆっくりと、隼人の手がエリナの頭を撫でる。サラサラとした銀髪が指に絡まって、少しくすぐったそうに笑みを零す。

「…そういえば俺、エリナのことなにも知らないな」

隼人が彼女とちゃんとした形で会ったのはごく最近、沙織の店でのことだ。それより以前は、恐らく彼女の魔法で姿を変えて隼人を追い回していた。

(恐らく、その魔法は九島家の仮装行列(パレード)なんだけど…一体なんでそんな魔法が使えるんだ?)

九島家は十師族の一つにして、かつて世界最強・最巧と謳われた九島烈が支えている家だ。
その烈が編み出した認識改竄魔法、仮装行列(パレード)。特別秘伝となっているわけではないようだが、おいそれと無関係の者に教えていい魔法でないのは確かだ。

(エリナの名字は九十田…俺の知る限りで、百家に九十田なんて家はなかった。だとすると…)

数字落ち(エクストラ・ナンバーズ)と呼称される家が日本には存在している。
数字落ち、とは『百家になれなかった者たち』のことを指す。
かつて、魔法師が兵器であり実験サンプルだった頃、『成功例』としてナンバーを与えられた魔法師が『成功例』に相応しい成果を発揮できなかったために押された烙印。
現在の日本の、『数字』の魔法師区分の『闇』だ。

(けど、九十田には『九十』って数字がついているしなぁ…)

例外なく、数字落ちとなった家はその姓に数字を残しておくことを許されていない。もしエリナが数字落ちだとしたら、九十という数字は本来捨てられてなくてはならないのだ。

(まぁ、いいか。まだそれほど重要なこととは思えないし、もし今のことが本当だとしたら、無闇に聞くのは最低だからね)

溜息をついて、ふと気づく。

「俺、どこで寝ようか?」

部屋に唯一あるベッドはエリナを寝かせているため使用不可。一応、エリナも隼人も小柄なためになんとか二人で寝れそうだが、それは隼人の立場的にマズいためそもそも選択肢には入っていなかった。

基本、隼人の部屋には必要最低限の家具しか置いていない。
ベッド、デスク、PC、TV、クローゼット、本棚、CADの保管庫。
以前訪れたことのあるエイミィに、つまらないと言われて苦笑いを浮かべるしかなかったのを思い出して、隼人は思わず光の届かない部屋を見回した。

(…趣味とか、ないんだよなぁ)

そういえば、エイミィがなんかベッドの下を覗いていたのだが、あれにはなんの意味があるのだろう…と考えて、なんとなく自分でも覗いてみる。

「…なにもないよねぇ」

不思議そうに呟いて、体を起こした隼人は再び溜息をついた。

「リビングで寝ればいいか」

音を立てずに立ち上がり、エリナの頭を一撫でした隼人は扉に手をかけた。

「おやすみ、エリナ」

パタン、と扉が閉まって、部屋には静寂が訪れる。

月明かりしかない暗い部屋の中。

「…いかないで……」

眠り、意識のない彼女の口から、小さな呟きが漏れた。

閉じられた瞳から流れ出した涙は、しばらく止まることはなかった。



☆★☆★



「…はぁ」

痛みを訴えてくる腰を叩きながら、駅から学校への道を一人で歩く。
近所に友人がいない俺は、基本的にいつも一人での登校だ。断じて、友達がいないわけではない。

結局、昨日エリナにベッドを貸した俺はリビングのソファの上で寝たのだが、それが元で腰を痛めてしまった。

「でもまあ、姉さんが納得してくれてよかった」

珍しく朝早くに起きてきた姉さんにエリナのことを包み隠さずに説明すると、不承不承納得してくれて、しばらく家で預かることにも頷いてくれた。意外と、姉さんは物分りがいいのだ。

…それを言うと顔を赤くして殴られるから言わないけど。

(そういえば、今日は九校戦メンバーの正式発表だったっけ?)

ふと思い出して、懐の端末に手を伸ばす。市原先輩から送られてきたメールの内容を見ると、確かに今日の五時限目は九校戦メンバーの正式発表となる発足会となっていた。それに伴って、選手である俺は少し早めに会場である講堂へ行かなければならないみたいだ。

(めんどくさ…いやいや、これは選ばれなかった人にとっては失礼になるよね……選ばれたからには、頑張らないと)

気合いを入れ直すために、ぐっと拳を握る。俺にとっては不利な戦いになるだろうけど、やれるだけやってやる。

そう、前向きに考えてみると、少しだけ楽しみになった気がした。



☆★☆★



時間は進んで、四時限目終了から少し。軽めの昼食を済ませてから、俺は鋼より一足先に講堂へ足を踏み入れた。

「な、なんだか緊張しちゃうね」

「…ほのかはしすぎ」

「俺もそうでもないかな?」

なにやら緊張した面持ちのほのかと、雫と一緒にだ。今回は一人じゃない。

「隼人さんはともかく、雫はよく緊張しないよね」

「私も少しは緊張してる。ほのかがしすぎなだけ」

「ていうか俺はともかくってどういう意味?」

二人が言うに、こういうことに慣れてそうだと。
まったく経験がないのだけれど。まあ、弁明することでもないからいいか。

「そういえば、達也さんが技術スタッフとして選ばれたらしい。よかったね、ほのか」

「しっ、雫!? 隼人さんの前でそういうことは言わないで!」

「へぇ、流石は達也だね」

とか言いつつ、大体は予想してたんだけどね。だって達也はトーラス・シルバーなんだし。

というか、なぜ達也の代表入りを聞いてほのかが慌てるのだろうか。そして何故俺には言っちゃいけないのだろうか。

……もしかして、これが俗に言うハブられているということなのだろうか。

「大丈夫、隼人は鈍感だから気づかない」

「いや、なんで今の一連の流れで俺が鈍感だってわかるの? というか雫さん痛いです」

無表情で、そしてなぜか棘のある声で、更に俺の足をゲシゲシと踏みつけながら言う雫。
そんな雫に同情の眼差しを向けるほのか。

なにこれ、俺が悪いの?

「あ、そういえば雫って俺のこと呼び捨てに変えたんだねー」

「…ダメだった?」

「いやいや! なんか二人の距離が縮まったみたいで嬉しいよぉぅふ!?」

「き、綺麗な回し蹴りだったね、雫…」

「…鈍感と無自覚は罪だよ、隼人」

なんで、雫は赤い顔して俺の脛を蹴ったんだろう。というかすごく痛い。それなりに鍛えてるはずなのに。まさか魔法使った?

「なんか、ごめんね? 雫」

「別に。鈍感なのは承知してる…」

「雫、ファイト!」

「?」

結局、二人の話についていくことができなかった俺は頭の上に疑問符を浮かべていることしかできなかった。



☆★☆★


そうしている間に時間が経ち。
今は発足会の真っ最中。会はつつがなく進み、今は選手一人一人の紹介だ。プレゼンターは勿論のこと会長。
紹介を受けたメンバーは、並んでいる列から一歩出て、競技エリアへ入場するためのIDチップを仕込んだ徽章をユニフォームの襟元につけてもらう。
その役目は、やはりと言うかなんと言うか、深雪さんだった。
選手で41名、その中から深雪さんと会長を抜いて39名。物凄く面倒くさそうなのだが、深雪さんは流石と言うべきか。その淑女然とした笑みを崩さずに一人一人丁寧に徽章をつけていった。

『一年B組。九十九隼人』

マイクを通した呼名に、俺は一歩進み出て一礼した。

「がんばってくださいね」

「はい、ありがとうございます」

にこり、と微笑んで息がかかるくらいに近づいてくる深雪さんの顔に自然と顔が紅潮して鼓動が早くなってしまう。それでもなんとか平静を保って、深雪さんの激励に答える。

「……!」

隣に立っている雫からムッとした雰囲気が伝わってくるのと同時に、先ほどのように足を踏みつけられる。けれど、彼女自身の体重が軽いためか、さほど痛くはない。

よくわからないけど、これは俺が悪いのだろう。大人しく、踏まれていることにする。

(ん…?)

なんの気もなしに生徒席のほうに目を向けてみると、なんと前から三列目、いつもなら一科生が陣取っているはずの最前列に、見覚えのある人たちがいて、こちらに手を振っていた。

勿論、それはエリカ、レオ、美月、そして、俺の古い友人である吉田幹比古だった。そしてその四人の周りにエンブレムがない生徒がたくさんいるから、あれは恐らくE組の人たちだろう。達也が選ばれたから、勇気を出して、もはや悪しき習慣となっている一科生と二科生の枠組みを壊してきたのだろう。
いい人たちだなぁ。と思いつつ手を振り返す。

少し暖かな気持ちになって、ふと横を向くと。少し離れたところに、顔をこれでもかというほどに蕩けさせた深雪さんの姿があった。なるほど、達也の番ですね、分かります。

最後の生徒--達也の襟元に徽章がつけ終えられたとき、生徒席の前列から、具体的にはE組の人たちから大きな拍手が鳴りはじめた。

ただでさえ、達也という二科生が九校戦のエンジニアメンバーに選ばれたことで一科の人たちの気が立っていたというのに、その行為は火に油を注ぐものだった。

E組の人たちに向かってブーイングが飛びそうになったとき、深雪さんと会長も手を叩いた。

それに伴って、他クラスにも拍手の波が伝播していく。

達也に向けての拍手が、九校戦メンバーに向けての拍手にすり替わっていた。



☆★☆★



発足会が終わり、校内では九校戦に向けた準備が一気に加速した。各選手の出場種目も決まり、各々に魔法で特訓している中、隼人はある人物の特訓に付き合っていた。

「まだ発動が遅いよ! その魔法(風槌)はあくまで牽制用なんだから細かく座標を設定する必要はない! それよりも発動スピードを意識するんだ!」

透明な砲弾を、あらん限りの身体能力で躱す隼人に対し、特訓を申し出た生徒--森崎は肩で息をしていた。

ここまで約一時間程。隼人はずっと森崎の攻撃を避け続けている。被弾した魔法は一つもなく、一時間動き回ってるにも関わらず疲れた様子がない。

今回の修行において、隼人が森崎に指示したことが一つある。
それは、『自分の命令には従うこと』。これにはやはり、いくら隼人を尊敬している森崎でさえも反発せずにはいられなかった。

結局隼人に押し切られ、一体なにをらさせられるのかと身構えた彼だったが、隼人が命令したことは何の事は無い。使用魔法と戦法の指示のみだ。

それは、圧縮空気を砲弾とし、それを飛ばす『風槌』をブラフとし、風槌を更に圧縮した空気を飛ばす『エア・ブリッド』でノックアウトを狙うというシンプルなもの。

だが、その魔法は空気を元にするためどちらも一目には判断して躱すことのできないもの。広範囲に影響のある風槌で怯ませた後に、圧縮して威力を上げた弾丸を躱すのは、イデアの世界を直接視れる隼人か、起動式を読み取れる達也でなければかなりの困難だ。
恐らく、領域干渉を使われない限りはかなり優れた戦法だと言える。

そしてそれを行うのが、『クイック・ドロウ』、即ち早撃ちを得意とする森崎なのだから、敵としては厄介なことこの上ない。

だが、隼人には当たらない。森崎では、隼人には届かない。

彼の持っていた『エリートとしてのプライド』は隼人にへし折られつつあった。

しかしそれこそが隼人の本当の狙い。自分の腕に自信を持つことはいいことだが、過信することは極論、前へ進むことを辞めるということだ。森崎は、程度が低いとはいえそれに近い状態にあった。
このままいけば、近い内に本当の実力というものを知って立ち直れなくなるかもしれない。ならば、森崎の自尊心が肥大化する前に、圧倒的な実力差を見せつけることが重要だと隼人は判断したのだ。

「ラスト! 気合い入れて!」

手持ちの時計で時間を確認すると、特訓開始から既に二時間近くが経過していた。これ以上はオーバーワークだと判断を下した隼人は、次の一手を最後とした。

力を失っていた森崎の瞳に、闘志が宿る。
ただ、目の前の強敵を倒すために。超えるべき壁を、超えるために。

だらりと下げていた腕が、前触れなく隼人に向けられた。刹那、魔法式が展開され、広範囲に及ぶ圧搾空気の砲弾が隼人を飲み込んだ。

「おおおおお!!」

そして、隼人が風槌を防ぎ切った直後、更に圧縮された空気の銃弾、凡そ10発が隼人を襲った。

「合格、かな…」

森崎の最後の精神力を振り絞って放った十発の圧縮空気弾。間違いなく、彼にとっての最高魔法だと断言できる魔法だ。

(これなら…!)

閉じそうになる瞼を懸命に開いて、魔法の行方を見る。
だが、森崎が放った渾身の弾丸は、隼人の目の前から突如吹き荒れた竜巻によってすべてを掻き消された。

(ダメ、か…やっぱり僕じゃあ、足元にも及ばない…)

最後に苦笑いを漏らして、森崎はその場に倒れた。



☆★☆★



「……ん」

「あ、起きた」

夕暮れの医務室。自分でも少しやりすぎたと反省した特訓後、精神的疲労で意識を失っていた森崎くんは純白のベッドの上で目を覚ました。

「健康状態は問題ないって医務室の先生は言ってたけど、大丈夫?」

心配そうな顔で覗き込むと、森崎くんは頷くことで問題ないことを伝えてくれた。
よかった、と言ってベッドの傍らにある丸椅子に座る。

「……僕は、弱いんだな」

ポツリと、森崎くんが呟いた。
悔しさが滲む表情で、けど、納得したような声音で。

プライドの高い森崎くんが、自分の弱さを認めた。ならば、俺にできることは一つだ。

「うん、そうだね。君は弱い」

現実を突きつける。
それが今の俺にできる最良のことで、森崎くんに一番必要なことだと思う。

スッパリと言い切った俺の言葉に、森崎くんは悔しそうに唇を噛んだ。

「干渉力、キャパシティは平均。処理能力は、常人に比べれば早い。それに加えて、君にはクイック・ドロウという技能がある」

そう、彼の強みはそこだ。誰よりも早い魔法の発動。だが、

「けど、その程度だ」

「っ!」

そう、幾ら森崎くんがこの学校の中で優秀だとしても、もっと広い世界に行けば、彼を超える能力を持っている人は山ほどいる。

「君のその力はこの学校内でしか輝けない。君程度の魔法発動の早さでは追いつけない。君程度の干渉力では貫けない。君程度のキャパシティでは、対応できない」

「…そう、だな。僕は、どうやら自惚れていたらしい」

自嘲気味に言う森崎くんの顔はどこか吹っ切れたようなものだった。
もう、大丈夫かな?

「でも、そんな卑下するほどでもないことは事実だよ。確かに君はまだ弱い。けど、それがどうした?」

森崎くんの目が、俺を見る。

「君は魔法を学ぶためにここにいるんでしょ? だったら、学べばいいじゃないか。ここにいる全ての人たちから技術を学ぶんだ。他人を見下してる暇なんてないよ。君は、ひたむきに強さを求めるべきだ」

大きく見開かれた目に、戸惑いはない。彼の瞳には、確かな決意が漲っていた。

「伸ばすべきは、君の処理能力とクイック・ドロウだ。やられる前にやる、古典的な考え方だけど、できれば最良の戦法になる。森崎くん、君はそれを極めるべきだ」

そう、彼の強みを最大限まで伸ばす。干渉強度を高めるのではなく、また魔法の規模を広げるのではなく、ただひたすらに早さを追求する。
敵が領域干渉を使うのならば、それを使われる前に神速で無力化。キャストジャミングを使われても、簡単な基礎単一系魔法を高速で発動させれば倒すことは難しくない。

「九校戦まであと一週間…それまでに俺が君を強くする、いいよね?」

「っ! ああ!」

森崎くんは俺と同じ新人戦モノリス・コードの出場選手だ。一応、俺がそのチームのリーダーとなっているけど、『ルアー』として碌に作戦行動もとれないため、事実上の指揮官は森崎くんになる。
だから、がんばってもらわねば。それに、目の前で知り合いが挫折していくのを見ているだけなのは忍びないからね。

「じゃ、がんばろう!」

九校戦まで残り一週間。できる限りのことはしておこう。







----to be continued---- 
 

 
後書き
九校戦前の話でした。少し、無理やりですがモノリス・コードのルールを変更しました。森崎の強化フラグが立ちました。しかし彼は主要キャラにはなれないのです。残念!

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