SAO ~冷厳なる槍使い~
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第二章 曇天の霹靂
9.離別
SAOの世界で、RPGで強くなるには言葉にすると至極簡単だ。
モンスターを倒し、或いはクエストを達成し、経験値を取得し、レベルを高くする。
SAOで可視化されたパラメータは三つ。即ち《筋力値》、《敏捷力値》、そして《HP》だ。
それらの値は高ければ高いほど単純に強力になる。
そしてそれは、差があればあるほどに顕著なのだそうだ。
レベル1のプレイヤーは、レベル10には敵わない。
レベル20のプレイヤーは、レベル40には敵わない。
どれだけ技術が優れていようと、性能が圧倒的に違えば負けるのだ。
――だが。
逆を言えば、同じ性能ならば負けないということでもある。
十五年をかけた己の武術は伊達ではない。しかし、今のままでは大人と幼児ほどの体の性能差がPoHと俺にはあるということなのだろう。
まずはそれを無くす。
レベリングの時間を増やし、またルネリーたちに対する戦闘指導を一段階上げた。
単純に経験値を取得する量も増え、彼女たちは着実に強くなっている。
――それなのに、俺の不安は一向に拭えない。
こうしている間にも、あの男もまた更に力を付けているだろう。
あの時点で俺たちよりもかなり上だったのだ。このままのペースで、いったいいつになったら追いつくことが出来るのか。
しかし彼女たちに無理はさせたくない。今のままでも普通の攻略には問題がないのだ。
余計な心配もさせたくはない。あくまでも三人には現実世界へ帰ることを見つめていて欲しい。
あの男の対処は、俺がすればいい。
手を血で染めるのは《俺だけ》でいい。
そのことを思うと夜も眠れず、ある深夜ふと宿を出た。
歩き、歩き、気付くと街の出口へ。
――強くなりたい――経験値が欲しい――モンスターを倒したい――
一人でフィールドに出ることに三人への罪悪感はあったが、気付けば俺は槍を片手に足を進めていた。
ルネリーたちに黙ってのレベル上げは、既に二週間以上続いていた。
始めは宿のある街の外で一、二時間狩っているだけだったのだが、直ぐにこれでは足りないと気付いた。
街の周辺には弱い敵しか居ないので当然高い経験値なんて宛てにならない。
夜は短い。より高い経験値を。そのためにより効率的に。
「ハァ……ッ!!」
そうしてやって来たのが、《最前線の迷宮区》だった。
フィールドとは違う、限られた空間内で何匹もの魔物に囲まれ、それを捌いていく。
辛くないといったら嘘になるだろう。
しかし、嫌かと問われれば、否と答える。
四面楚歌。孤立無援。
なのに思考は澄み渡り、身体はよく動く。
――俺は、強くなる。
彼女たちを守れる力を手に入れるためなら、睡眠が一時間だとて問題は無い!
「噴……!」
そうしてレベリングを続けていたある日の深夜、敵PTの最後の一匹を倒したと同時。
【※条件達成】
【スキルを取得しました】
と、目の前にシステムメッセージが表示された。
「……?」
突如、俺のもとに顕れたスキル。
それを確認していくうちに、俺は目を見開いた。
――これは……!
それは俺の中で一番の弱点――――《ソードスキルを苦手とする》ことに対しての光明に思えた。
それからというもの、俺はレベリングと同時に、そのスキルの練習を始めた。
最初は思った通りに発動することが困難だったが、それでもソードスキルに感じる違和感ほどではない。数日練習すればある程度思い通りに発動することができた。
「ハアアアアア!!」
《穂先に纏う光》が、幾度となく虚空に軌跡を作り、敵の体を穿つ。
消えゆくモンスターをに残心を解く。
――今のは良かった。
しっかりとこのスキルは機能している。
俺に足りなかったものを補ってくれている。
――俺は、強くなっている。
不安材料が一つ消えて、俺は自然と笑みを浮かべていた。
彼女たちを守れる自信を、ひとつ手に入れたからだ。
その時だった。
「………………なんで」
「!」
この場所で。
最前線である三十五層の迷宮区で。
0時を超えたくらいの深夜に。
聞こえるはずのない声が、聞こえた。
「――なんでですか? ……キリュウさんッ」
守りたいと思っている者の、悲痛な声だった。
◆
一目見た時から、この人は他の人とは違うって思ってた。
はじまりの街で最初に感じた印象は《神秘的な人》だった。
阿鼻叫喚の中をただ一人悠然と歩く様は、どこか神聖な何かを感じた。
でも、実際に話してみると、外見の印象とはまったく性格が違うということが解った。
すごく、すごく――――《純粋》だった。
思考は常に冷静にして論理的。視点はいつも客観的。
なのに、誰よりも優しい。誰よりも他人のことを気にかけている。
どうしたら全員にとって一番良いのか。
それをずっと考えているように見える。
だから、常に難しい表情をしているんだ。
そんな――答えの出ない難しい問題を考えているから。
あたしはそう思っている。
そんなキリュウさんに、戦いなんてまったくの素人のあたしたちが一緒にSAOを攻略していくなんて、実は最初けっこう気後れしていた。
大丈夫かな? 足手纏いと思われないかな? 呆れられないかな?
そんなことを思ってたんだけど。
キリュウさんには付かず離れず、適度な距離感をもってあたしたちを見守ってくれた。
任せられるところはあたしたちに任せてくれる。
初心者だったあたしたちにも戦闘の役割を与えられて、それを無我夢中でこなしていくうちに段々と自信みたいなのが付いてきて。
今ではすっかり冒険者が板についてきたと思う。
キリュウさんに助けられているのは変わりないけど、それでもあたしたちがキリュウさんの危機に助けに入ったことも何度もあった。
キリュウさんには悪いけど、それはあたしの自信になっていた。
あたしたちだって――あたしだって、彼の力になれる。助けることが出来てる。
それが凄く嬉しくて。
キリュウさんの傍に居られる資格を手に入れたような気がして。
――これってあたしの思い込みかな?
そうなのかもと思うことはあるけど、やっぱり違うと思いたい。
キリュウさんだって、あたしたちをちゃんと頼ってくれてるし、あたしたちも受け身じゃなくて積極的に意見だって言えてる。
第一層の頃とは違う。
あたしは、キリュウさんの正式な《仲間》に、なれたんだ。
「――――――ぁぁ」
そう、思ってたのに……。
三十五層迷宮区の三階から四階へと続く階段を上りきった所。
そこから数十メートル前方の開けた場所。
迷宮区内なのに空が見えた。
暗い、雲が覆った夜空だ。ゴロゴロと遠くから雷が鳴ってるのが聞こえてくる。
三十五層迷宮区は抜けがあるジェンガみたいな構造になっている。階によっては天井がなくて空も見える。実際に見たのは初めてだけど。
そんな曇り空の下。
見慣れた人影と、輝く幾本もの軌跡が見えた。
「…………」
人影はキリュウさんだった。
迷宮区の強力なモンスターたちと戦っている。
一人で。当然、その傍にあたしたちは居ない。
――どうして? どうして一人で戦っているんですか?
こんな深夜に。たった一人迷宮区に潜って。
あたしたちに内緒で。
――それに。
あの光の軌跡は《ソードスキル》だ。
違和感が強くて使わない、使うことはないだろうと言っていたのに。
練習していた? でも、それをあたしたちに内緒にする理由が解らない。
使えるようになってあたしたちに対するサプライズにするため? いや、キリュウさんがそういうことをする性格には思えない。
どうして。どうして。どうして。
――あたしたちは、キリュウさんの……《仲間》……。
「………………なんで」
「!」
モンスターを倒し終わったキリュウさんがあたしの声に振り返った。
いつもより少しだけ目を見開いて驚いた顔をしている。
キリュウさんの驚く顔に、あたしは内側から込み上げてくる抑えきれないものを感じた。
顔が、引き攣る。
――どうしてそんな顔をしているんですか?
あたしたちに内緒で迷宮区潜っていたことがバレたから?
後ろめたい気持ちがあったから?
「……なんでですか」
解らない。もう解らないよっ。
どうしてこんなにも自分が抑えきれないのか。
キリュウさんがあたしたちに――ううん、あたしに黙って戦ってたことがこんなにも嫌なのか。
わからない。
わかりたくない!
「なんで……ここにいるんですか……?」
「…………ルネリー、レイア、チマ……」
ポタポタと、雨が降って来た。
数メートルにまで近づいたあたしたちとキリュウさんを濡らしていく。
「なんで……こんな夜遅くに戦ってるんですか……?」
「……」
嫌だ。こんな自分は嫌だ。
なのに止められない。
この想いを止められない!
「なんで…………あたしたちに黙って戦ってたんですか!!」
「――!?」
言いたくない。こんなことは言いたくない。
「あたっ、あたしたちはキリュウさんの……仲間じゃなかったんですか!?」
やめて。やめて。
「――今、レベルはいくつ、なんですか……?」
雨が強くなってきた。
ザーザーとあたしたちに滴が叩き付ける。
後ろにいるだろうレイアたちは無言だった。
でも今のあたしにはそんなことを気にしている余裕はなかった。
「…………五十、四……」
「!!?」
――54レベル!?
あたしたちよりも、10レベル近く高い……!
凄く気まずげに口を開いたキリュウさんから聞こえた数字はあたしの想像を超えていた。
昼間のレベリングは全員に平均的に経験値が入るように調整しているはず。
つまりそれだけ、何日もこうして深夜一人でレベル上げをしていたということ。
キリュウさん一人だけで、身を危険に晒していたということ。
あたしたちに、頼らずに。
「そんなに……」
「……?」
「そんなに、あたしたちは頼りないですか? あたしたちはキリュウさんの仲間として不足なんですか……っ!?」
「ち、違っ」
大粒の滴があたしの顔を打つ。
雨で、前が見えない。
キリュウさんの顔が見えない。
彼の表情が、彼の感情が、今のあたしには見えない。
「…………俺、は……」
役に立ちたい。頼ってほしい。
お互いに背中を預けられる関係に……なりたかったのに。
「あたしは! あなたの傍に、居ちゃ駄目ですか……!!?」
「!!」
駄目だ。もう駄目だよ。
わからなくなっちゃったよ。
自分が何を言っているのか。
自分が何をしたいのか。
キリュウさんに何をしてほしいのか。
こんなことを言っちゃったあと、どうすればいいのか。
わからない。わからないよ。
――でも。
一つだけわかることは……。
「……ッ!!」
「あ! ネリー!?」
「ど、どこ行くッスか!?」
今はもう、あの人を見ていることが辛い。
それだけだった。
◆
地面を打つ雨音が響く。
視界の端、遠くの空で微かに光が走った。
「ネリー! 待って!」
「ちょ、何処に行く気なんスか!!」
ルネリーが踵を返して走って行った。
雨に濡れていたが、その瞳から涙が零れていた気がした。
レイアとチマは何も言わず、気まずげにチラリとこちらを見た後、ルネリーを追っていった。
――ルネリーが、泣いていた。
レイアもチマも、悲しげな顔をしていた。
俺のせいで。
どうしてこうなった……?
ルネリーたちを守りたい一心で、強くなりたくて。
昼間だけでは足りなくて、でも彼女たちに無理はさせたくなくて。
深夜に一人レベル上げを行っていた。
何がいけなかった?
あの子たちに黙っていたことか?
――否。
違う。本当は解っている。
俺は、彼女たちを仲間と思っていながら……仲間として接していなかった。
『俺が守る』? それは《仲間としての発想》か?
違うだろう。保護者視点ので発想だ。
無意識に見下してしまったんだ。彼女たちのことを。
守ってやるなんて、なんと上から目線なのだろうか。
こんな俺に、彼女たちを追う資格などない。
彼女たちの仲間でいる資格などない……!
「…………ッ」
力が抜けた。
立ち尽くす俺の手から槍が零れ、カランと音を立てて地面に落ちた。
なんでだろう。
何故、こんなにも辛いのか。
俺はただ、みんなで居たかっただけなのに。
三人の笑顔を、守りたかっただけなのに。
何処で間違ってしまったんだろうか……?
「二木……」
ふと、現実世界に残してきた友人の顔を思い出した。
「……俺は、どうしたら良かったんだ――――」
しばらくの後、足元で、パリンと乾いた音がした。
落とした槍が砕けたのだ。
ルネリーたちと苦労して手に入れたあの槍が。
――彼女たちとの思いでが…………ひとつ、消えた。
ゴロゴロと、雷鳴と激しい雨が、俺をずっと打ち付けていた。
後書き
ルネリー……ヤンデレ要素アリ……?
――いえいえ! ただ純粋に想いが強いだけですよ!
互いを想い、相手の為に最善を選ぼうとするも、それが本当に相手にとっての最良とは限らない。
想い合っていても、それを相手に伝えなければ、相手と通じ合わせなければ、ただの独りよがりとなってしまう。
それに自分で気付いた時、心に残るは――後悔のみ。
PS.
ついに、ようやく!
『冷厳』オリ主のオリスキルが登場!
……登場?
しかしてその実態が公開されるのは、まだまだ先なのだった。
――残念っ!
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