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たかが芸人

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第一章


第一章

                        たかが芸人
 醜い男である。何もかも。
 顔立ち自体はそれ程度悪くはない。穏やかな目元に細長い顔。それはよく街で見るごく普通のサラリーマンのものと言っても問題はない。スーツがよく似合いそうな身体つきでもある。
 しかし表情がだ。常に歪み卑しいものを見せている。そしてそれが言葉にも出ていた。
 鬘麦助は芸人だ。その仕事はというとだ。
「また来たよ」
「本当にね」
「来るなっての」
 誰かの家にあがりこんでただ飯を食らうのが仕事である。それだけで食っていると言っても過言ではない。そしてその他にもだ。こんなことをしている。
 野球について造詣が深いと自分では思っている。そしてである。
「あのね、虚塵軍こそがですね」
「球界の盟主なんですよ」
「常に正しいんですよ」
 こう言っているだけである。しかもだ。
 毎年春にはだ。こう言うことでも有名だ。
「今年は虚塵がぶっちぎりですね」
「また優勝ですよ」
「他の球団のファンの皆さんすいません」
 他人を馬鹿にしきった顔で言う。こんな男だ。
 とにかく浅ましく卑しい男であった。それで自分以外の全ての人間から蔑まれ卑しく見られていた。実際にあるチームの監督はこう言っていた。
「あいつをわしの前に連れて来るな」
 かつて一代の名キャッチャー、そして強打者だった村野監督だ。今では知将と言われている。白髪とずんぐりした身体、それに眼鏡がトレードマークだ。
 その彼は麦助が嫌いだった。それでこう言っていたのだ。
 そしてだ。こうも言っていた。
「あいつは野球が好きなんやない」
「じゃあ何が好きなんですか?」
「自分を野球通って言ってますけれど」
「あいつが好きなのは権力や」
 それだというのである。
「それと金や」
「そういうのがですか」
「好きなんですね」
「虚塵のゴマすっておこぼれにあずかってるだけや」
 かなり辛辣だが事実であった。何しろ麦助はだ。虚塵の太鼓持ちや犬と呼ばれていた。犬と呼ぶと犬が可哀想という言葉もあった。
「それで何で野球ファンなんや」
「そうですよね。嫌な奴ですしね」
「僕もあいつ嫌いですし」
「俺もです」
「あんなん好きな奴はおかしいんや」
 村野はこうまで言った。
「ああいう奴が大手を振って歩ける。日本はおかしな国になったわ」
「全くですね」
「それは確かに」
 周りもその言葉に頷く。
「全く。どうにかなりませんかね」
「あいつは」
「どうにかなって欲しいんですがね」
「ああ、あいつはな」
 村野はその彼のことを忌々しげに話した。
「そのうち終わるわ」
「終わりますか」
「ああ、終わるで」
 また話した。
「ああいう奴は自滅するのが常やからな」
「だといいんですけれどね」
「本当にね」
「まあ見ておくんやな」
 村野はここでは余裕を見せた。
「どうなるかな」
「まあそこまで言われるのなら」
「ちょっと見させてもらいますね」
「それじゃあ」
 周りは村野のその言葉を今一つ信じられなかった。だがそれでもここは言うのであった。
 そして見ているとだった。
 
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