やはり俺がワイルドな交友関係を結ぶなんてまちがっている。
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結果として、比企谷八幡はまた独りになる。
前書き
時間があったので、調子にのって書き上げました。
いつまでこのペースがもつのやら……
『〜行き、電車が発車します』
そんなアナウンスを聞き流し、駅構内を進む。
休日の割に人が少ないのは、多分現在時刻が早いからだろう。午前6:00。普段ならまだ自室のベッドで眠りについている頃だ。
『ーー大変お兄ちゃんっ!お父さんとお母さんが!!』
「…………」
「…どうしたの、お兄ちゃん」
小町が心配そうに顔を覗き込んできていた。自分がいつの間にか立ち止まっていたことに気づく。
「…………いや、なんでもない」
「そっか」
ボストンバッグを肩に掛け直し、歩きだす。その斜め後ろに小町が着いて来る。いつもならこういう場面ではしつこくまとわりついてくる小町だが、今日は歯切れが悪い。ひまわりみたいな笑みもなりを潜めている。
それを知らされたのは、あの日の夕飯時だった。
小町が受験生だったこともあって二人きりで結婚記念日の旅行に行っていた、両親の死を知らされたのは。
始めは詐欺だと思った。もしくは誰かが仕掛けたドッキリ。夢なのかとも。それほどまでに現実みがなかった。
なのに何度寝ても、何度目を覚ましても、その夢は覚めなかった。
特段辛かった訳では無い。ただ思考が停止したような状態になっただけ。親がいなくなったという事実が、実のところほとんど生活に影響しなかったからかもしれない。
学校を堂々とサボる理由ができた。本当にそれくらいだった。
停滞した俺たちをよそに、周囲だけがどんどんと変化していく。
葬式があって、それから親戚内で会議があった。
そこで俺と小町は母方の叔父さんに引き取られることにきまった。
今向かっているのは、その人の住む町。
八十稲羽という、ローカル線を何本も乗り継いでやっとたどり着ける田舎の町だ。
「…………」
俺たちの向かうホームにちかづくにつれて、どんどん人の気配がなくなってくる。
本来の俺ならそのことを喜ぶだろうに、今日は何故だか無性に不安になった。
「…ん?」
ホームへと続く階段を登るところで、小町に袖を引っ張られた。
「どした」
「うん…………」
俯いたまま立ち止まってしまった小町のほうに、体を向ける。
言葉を待っていると、小町は意を決したように、少し顔を上げた。
「お兄ちゃん、よかったの……?」
「何がだ」
「結衣さんと、雪乃さんのこと………」
補足された主語に息がつまる。
「…………昨日も言ったろ。時間も早いし、無理に起こして見送ってもらう必要はない」
「そうじゃないよ! ちゃんと引越しのこと、言ったの?」
「………言ったよ」
「それがホントなら、きっと二人はっ……」
「小町」
名前を呼んで言葉を遮る。
納得がいかないという表情の小町に背を向け、この話は終わりだとばかりに階段を登りはじめる。
実のところ、二人とはあの日以来一度も会っていなかった。
家のゴタゴタやらなんやらで学校に行けていないから。
それはきっと言い訳なのだろう。感情に疎い俺にも分かる感情くらいある。
俺は多分怖いのだ。今二人に会うのが、怖い。
ホームに出るとうららかな陽射しが差し込んできた。
キャリーケースに入ったカマクラがふすん、と鼻を鳴らす。
小町と二人で突っ立って電車をまっていると、ふるりとケータイが揺れた。
取り出して確認すると雪ノ下からのメールだった。
こんな時間に珍しいな、と思いつつも中身は見ずにポケットにしまう。
どうせいつもの生存確認メールだろう。
学校を休むようになって二日三日は、由比ヶ浜と合わせてウンザリするほどの数が来ていたが、先生が事情を話したのか、今はそれほどでもない。
それでも一日一通は必ず送られてくる。
つーか俺雪ノ下にアドレス教えたっけ?
まあ、あれだろう。由比ヶ浜あたりから教えてもらったのだろう。
女子の情報網って恐ろしいしな。特にキモい男子の悪口とか。あれは一瞬で学校中に広まるからな。
え? 何か妙に実感こもってるって? 嫌だなぁ。俺はそもそも存在を認知されていないから関係ないよ。うん、ホント。
『5番線、電車が参ります。白線の内側でお待ちください』
俺たちのホームにアナウンスが流れた。
この電車に乗れば、俺は千葉の比企谷八幡ではなくなる。
さらば、千葉。愛しのマイホームタウン。
そんな千葉愛に満ちた俺にとっては当然の感慨を抱いていると。
小町が今度は俺の前にまわりこみ、強い視線を向けてきた。
「ーーお兄ちゃん、結衣さんと雪乃さんを呼ぼう」
「お前、まだーー」
言葉は最後まで続けさせてもらえなかった。
「やっぱりダメだよ、こんな別れ方」
「別に誰に迷惑をかけてるわけでもないだろ。むしろ今から二人を呼び出すほうが迷惑だ」
二人をこんな時間に外に連れ出すのも迷惑だし、俺たちが遅れれば、向こうで迎えにきてくれる叔父さんにも迷惑がかかる。
「そんなの言い訳だよ。叔父さんには遅れるって連絡入れれば良いだけだし」
「……………」
「それに」
小町はそこで言葉を区切り。
「それに、結衣さんだって雪乃さんだって、お兄ちゃんに呼び出されたんなら絶対来てくれるよ」
確信に満ちた目が俺に、分かっているだろう、と無言のうちに問うてくる。
「…………知ってる」
ああ、知っている。そんなことは、ずっと前から。
「だったらちゃんと。ちゃんとお別れしようよ、お兄ちゃん」
小町の、俺とは違って真摯な目に見つめられ、俺はーーー
騒音とともに列車がホームにやってくる。
間からドライアイスでも漏れてきそうな音がし、その扉が開く。
千葉から八十稲羽は遠い。
そう簡単には行き来できない程度には。
遠距離恋愛は長続きする、などとよくいうが、それはあくまでお互いの間に恋人という明確な繋がりがあるからだ。
では、俺たちにはーー
俺たちには部活仲間という以外の明確な繋がりはない。
だから、きっと俺と彼女たちは疎遠になって行くのだろう。
どれだけ心の距離を縮めようが、結局人間は物理的な距離には敵わない。
だからこそ、きちんと別れを告げることが大切だと、小町は言うのだろう。
それは本当に正しい。
更には元いた場所での関係に区切りをつけ、新しい場所での新しい関係の障害にならないようにできるというのだ。
正しくて合理的。
何とも俺好みの選択肢ではないか。
選択肢に絞りはついた。
では問おう。
比企谷八幡。お前の選択はーーーーーーー
「ーーー行くぞ、小町」
「お兄、ちゃん…………」
途端にくしゃりと歪んだ小町の顔を直視できず、俺はその肩を押して扉へと向かわせる。
「そっか…………」
発車ベルの合間、俯き加減にポツリと呟かれた言葉がやけに頭に残った。
「そうだよね、お兄ちゃんはそういう人だもん…………仕方、ないよね…………」
ベルはなり終わった。時間だ。
あちらとこちらを分ける扉が閉まる。閉まってしまう。
その時。
「比企谷くん!」
「ヒッキー!」
それは現実か、それともただの幻聴か。
たった何日か聞かなかっただけなのに、妙に懐かしい声が。
雪ノ下雪乃と、由比ヶ浜結衣の声が聞こえた。
そんな気がした。
既に列車を三つ乗り換え、後は八十稲羽までは振動に身を任せるだけでいい。
年季を感じさせる客車に他の客の姿はなかった。
「お兄ちゃん、せんべい、いる?」
「…………ああ」
小町が差し出してきた個包装のパックを受け取る。
こうしていつも通りを演じようとして、こちらも気遣ってくれる小町だがやはり表情には生気を感じない。どこか惚けた印象を受ける。
間が悪くなって パリポリとせんべいを齧っていると、MAXコーヒーが飲みたくなった。
せんべいにはMAXコーヒー、何なら味噌ピーにもMAXコーヒー。千葉県民の常識である。
嘘です。調子にのりました。
今更ながらに後悔が渦巻いてきた。
何故俺はMAXコーヒーを事前に叔父さんの家に送っておかなかったのだろう。今の残金なら、少なくとも1ダースくらいは送れたというのに。
寂しい右手で暇つぶし付き時計ならぬスマホをいじる。
無料のソーシャルゲームは似たようなものばかりで飽きてしまった。
なので、今まで開封するのが面倒で溜めていた二人からの生存確認メールを開いてみることにした。
雪ノ下のものは奉仕部の依頼が今日はなかっただの財津くんが来て面倒だっただの、由比ヶ浜のものは大抵がクラスや授業のものだったが、要するに結論は全て『返信しろ』で、苦笑してしまう。
マジで生存確認メールじゃねぇか。
最後に、さっき来たばかりの雪ノ下のメールを開いた。
『 from雪ノ下
比企谷くん、五分で着くわ。電車には乗らずに待ってなさい』
「…………ははっ」
最低限の内容しか書かれていない簡素なメール。思わず乾いた笑いがもれた。
「…………ホント、バカだろ」
電源を切ってポケットにしまう。
小町がちらりとこちらを見た。
「……どうしたの?」
「なんでもねぇよ」
他に答えようなどないだろう?
「そっか」
それっきり会話は無くなった。
『続いては議員秘書生田目太郎の不倫問題についてのニュースです。生田目氏の山野アナとの不倫について、正妻である演歌歌手、柊みすずは…………』
八十稲羽に到着した俺たちは今、迎えに来てくれた叔父である堂島さんの車に揺られている。
誰も喋ろうとしない車内にノイズ混じりのラジオの音声が響く。
初対面ではその強面から雑破そうな印象を受けた堂島さんだが、意外にも『この度はお悔やみ〜』から始まる定型文を口に出すことはなかった。
それが気遣いからくるものなのか単純に何を言えばいいのか分からないからなのかは判別がつかないが、どちらにせよ俺にとっては好都合だ。
それは今の車内の沈黙然り。
無料に話しかけようとしない、もしくは必要以上に干渉しないその姿勢には好感がもてる。
この人となら上手くやっていけるかもしれない。
そんな風に期待してしまっている自分に気づき、少し口の中に苦いものを感じた。
…………まあいい。時間ならたくたんある。
この人のことを知るための時間は。
これから、それこそ家族のように暮らしていくことになるのだから。
「すまん、ちょっと寄らせてもらうぞ」
そんな言葉とともに、車はガソリンスタンドに入った。
堂島さんに続いて車を降りると、店員が駆け寄ってきた。
「らっしゃーせー」
…………うん、田舎だな。
ガソリンスタンドに店員を常備してる時点で田舎。
今時都会じゃセルフサービスが多いってのに。
「今日はどうされたんで?」
「ああ、こいつらが都会から越してきてな。その迎えの帰りだ」
「へえ、都会すか」
「ああ…………満タンで頼む」
「かしこまりましたー」
堂島さんは車から離れて一服しだす。
様になってんなー、なんて思っていると店員がこっちに寄ってきた。
「君、都会から来たんだって?」
「…………あ、俺っすか」
一瞬小町に話しかけてるのかと思ったよ。
見ると小町は通り沿いの商店街をうろうろしていた。
「うん、君だよ。都会からくると、ホントなんにもないとこでしょ」
「はぁ……まあ、そうですね」
ああ、出来事の端々から田舎を感じる…………何で仕事中に世間話しちゃってんの?そりゃお客様とのコミュニケーションは大事だけどさ。
「もしヒマだったら、ウチでバイトするといいよ。ウチ、高校生もオッケーだしさ」
かと思ったら勧誘でした。仕事してんねー、店員さん。
「まあ、考えときますよ」
こんな眼の腐った男に接客させていいならね。
「うん、頼むよー」
そんな風に言って、店員は手を差し出してくる。
……………………?
………………ああ、握手か。あんまりナチュラルに手を出してくるから、何かとおもった。別に殴られるのかと思ってビビってなんかいない。
変に間が空いてしまったが、とりあえずこちらも手を出しておく。
「じゃあ、そういうことでよろしく」
「はあ…………」
「おっと、仕事に戻らないと」
そう言って店員は車の方へ戻って行った。
…………あれ、さっきのって実は俺の人生初の握手だったんじゃね?
物心ついてから他人と握手した記憶ないし。
そんなことを思っていたときだった。
「…………っ」
突然の頭痛に、俺は思わず頭を抱えた。
間違いなく人生初めてのレベルの痛みだ。インフルエンザで四十度の熱を出した時でもここまでではなかった。
「…………キミ、大丈夫?」
気付くと、目の前に少女が立っていた。
…………何か、パンク? ですね。
少女のまとう不思議な雰囲気に、思わずまじまじと見つめてしまう。
「調子、悪そう」
面倒くさそうな口調からは分かりづらいが、どうにもこちらを気遣ってくれているらしい。
「…………いや、大丈夫だ」
事実、痛みはいつの間にか引いていた。
心の中に、目立つ感じの人とは極力関わりたくないという気持ちがあることは否定しないが。何ならどんな人間とも関わりたくない。
「そっか、ならいい」
それだけ言って、拍子抜けするほどアッサリと少女は去っていった。
いや、ラブコメ展開なんて期待してなかったけどね。
単純に、知らない人間にまでお節介をやくような人にしては珍しいと思っただけだ。
「おい、そろそろ出るぞ」
堂島さんの呼びかけに、小町がこちらへ戻ってくる。
俺も車に入ることにした。
後書き
少し自信のない回です。必要な情報がちゃんと伝わっているか心配です
とりあえず、最後の少女はマリーです。
そして最後に謝罪を
申し訳ありません!この小説にはななこちゃんがでてきません。期待した人ごめんなさい!
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