魔法少女マギステルたかね!
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3話
聖ウルスラ女子高。
名前から察するに、西洋信教徒に関する学校なのだろう。
そこに通う者全てが敬謙な教徒ではないが――一部、信徒の鑑のような者もいるのは確かだ。
この学校に通う生徒の中に、高音・D・グッドマンと云う生徒が居る。
彼女が「信徒」かどうかは、この際関係はない。
ある問題があり、その問題の当事者ではあるが、それが「教義」に反しているかどうかの判断は彼女が付けたモノではないからだ。
となれば、当人以外が「問題」として提議したワケだが……
「男性教諭との恋愛なんて、言語道断です!」
「……はい?」
当人には理解出来ないこの事態。間の抜けた返事も当然だった。
ことの発端は、昨日の登校時や昼休みの出来事――「らしい」。
良く分からない展開に、幻痛を覚え、右の手の平で俯く顔をどうにか抑える。昨日とは打って変わって、いつもの余裕ある登校――そして前例の無い追及。
これにどう反応すべきか、その追い付いていかない思考と精神の答えはこれだ。つまり、「脱力」。
目の前には親交を深めた、とは言えない級友が居る。正直に言えば、友人としての会話など一度も無い間柄。「級友」と言う学校生活に於ける、勉学に励む同士となる。……無論、恋愛がどうとか色事を語る仲でもない。
尚も、道徳観がどうとかまくし立てる級友に、「ちょっと待ってください」と左手を眼前に突き出し制止する。
現実を直視することを無意識に拒む己の身体。それをどうにか制御して、級友の顔を見よう。
黒いワンピースの制服。オランダカイウの名前の元にもなった“尼僧服の襟“は、やはり尼僧服に似たこの制服にも名残りが見て取れる。
それはいい。自身の格好と何が違うでもない。
肩までの髪は黒く綺麗で、その持ち主の顔立ちは日本人らしい少し小さめの丸みある輪郭。垂れ気味の目。
美人というより可愛い。愛衣もそうだが、ちょっと小柄な方が可愛いらしい。
――ただ、その顔を真っ赤にした上で――
眉間に皺を、眉尻は天へ。
つまり、「私、怒ってます」と。
そんな表情で問われては、可愛い顔も台なしだ。
あ、いや。それでも可愛いが。
助けを求めようと、全席中3分の1が疎らに埋まった教室を見渡す。
内、その半数は「興味はあるが関わりたくない」といった感じで。
残りはニヤニヤと成り行きを見守る――いや、訂正。見守ってなどいない。アレは「楽しんで」いる。
再びありもしない痛みに、重い溜息が出る。
さて、この酷く身に覚えのない展開について、冷静に対処しよう。そう、冷静に、冷静に……
先ず、昨日の登校時。
自身の状況は遅刻寸前。
『くっ!? この時点で頭のイタイ話しです……』
思い出すのもくじけそうになりながら、何とか持ち前の胆力で記
憶を呼び起こす。
朝の挨拶。要らない皮肉を貰う。少々物申す事在りと口を開きかけ、予鈴に阻止される。尚もニヤニヤと嫌味な笑みと共に送り出される――
『駄目、思い出したら頭が……』
更に追い討ちの幻痛を貰い、清々しい朝の空気など微塵に飛ぶ。
有り得ない。これのどこが「恋愛」などに繋がるのか……
だが、ここで「呑まれて」は、解決には程遠くなってしまう。幸い、事情は次の「昼休み」の回想だけで終わる。落ち着け、冷静に、ちょっと胃も痛くなって来ましたが我慢する。
昼休み。
自身の状況は昼食無し。ついでに金銭も。
『………………うぅ。何たる失態でしょう』
厄日ここに窮まる。人生でここまで思い出して落ち込む出来事があったろうか?
……あるかも知れないが、「色々と」我慢してまで思い出すことなどそうそう有り得ない。
今の私と同じように、酷く欝な状況に、その身を崩す。……寧ろ、今の方が酷い気がした。机に付きそうに垂れる頭を右手で支え、要らぬ腹痛を左手で抑える。
そんな私に声を掛けるのは、朝一番の皮肉をくれた男性。最悪の状況に、この相手。
『もう駄目。耐えれません』
ついに自らを支えるのを放棄し、万歳のように両手を天に。そのまま机に上半身を投げ出す。
流石にその死体じみた高音の様子に、「恋愛」という要素は皆無
と判断。困惑しながら“死体“を突く相対した女生徒。
噂はあくまで噂なのか? そう結論に到りそうな感じだ。周りの生徒も、お手上げとばかりに首を振る。
暫く死体を演じていた高音が、ゆらゆら不安定に揺れながら起き上がる。
「ええと、私にはどうやって衛宮先生と……その、恋仲になって
る、と噂になったかわかりません」
どんよりとした空気を撒き散らし、据わった目をしたまま問い掛けてきた。
何か自分達と彼女に、決定的な差異が存在するのはわかった。少なくとも、彼女は衛宮先生を意識していない。
なら衛宮先生の一方的なもの?
そこで少し考えてみた。
普段の衛宮先生。
生徒にも自身にも厳しい。が、何か困った事があると率先して助けてくれる。
学校に限った話しでもなく、困ってる人の手助けをしている。学校の備品の修理もするし、良く気が付く。
普段はムスっと近寄り難い表情をしているが、優しい人柄で誠実な人間性だ。
父親か兄か、そんな感じ。実際「ウチの兄貴と交換してくれ」などと宣う級友が居る。兄にほしいと思っている生徒は非常に多い。……私も思う。
容姿は、日本人とは思えない浅黒い肌と白髪。顔立ちは日本人だから他の血筋も混じっているのだろう。
スーツからも分かるがっしりした体つき。その割に家庭的なアンバランスさ。
アンバランスだが、その頼り甲斐のある姿が「兄」なのだろう。
では、高音の視点ではどうか?
「高音さんは、衛宮先生をどう思います?」
キョトンとする高音。暫く考え込んで、ゆっくり口を開く。
「……非常に皮肉と嫌味な笑みの多い、純真さを何処かに忘れたリアリストですね」
あまり良い感情の見えない表情と、吐き捨てるようなセリフに、今度はこちらがキョトンとしてしまう。
言っていることは解る。確かにその通りだろう。
でも、
「衛宮先生、優しいですよ?
そんな毛嫌いするような言い方じゃなくても……
人助けとか、色んな技能を役立てる姿勢とか、物凄く尊敬出来るし……
それに、リアリストかも知れませんが、それだって人生経験豊富だから――」
――ガタンッ――
――言葉を遮るように、勢いよく席を立つ高音。
何が気に入らないのか、その表情は嫌悪。静まり返る教室で、驚き以外の唯一の顔だった。
「……ごめんなさい。
確かに、私も尊敬出来ると思います。
――いえ、正直尊敬してます。
でも、彼は“諦めてしまって“いる。
あれだけの“能力“を持っているのに、“諦めてしまって“いるんです」
……わからない。何に、何が、何を“諦めてしまった“のだろう。
わかることは――私達の知らない「何か」を知っていること。そして、その「何か」が決定的に擦れ違っていること――それを赦せない。
物凄く悔しそうだった。きっと衛宮先生なら、その「何か」を達成出来る――そう「信じている」だけに。
だから、裏切られた気分なのだろう。
その「何か」さえ、衛宮先生が諦めていなければ――二人はお似合いなのかもしれない。
高音は他の誰より、輝いて見える時がある。
何かとてもとても大きな「目標」を持っていて、それに向かって真っ直ぐ進んでいるように見えるから。
それが顕著で、周りが見えないこともあったりする。それで稀に失敗したり、正直煩わしいと思うこともある。
でも――「羨ましい」。
カッコイイし、綺麗だと思う。
アイドルのように、偶像としているわけじゃない。見た目とかそんなんじゃない。
そう、云うなら「在り方」。
だから、自分達と違うモノに見えてしまう。
存在感が違うから浮いてしまう。
価値観が違うから浮いてしまう。
何だか置いて行かれたような疎外感すらある。たった一人だけが先に行っているのに、他はこちらに居るのに感じる真逆の疎外感。
だから彼女は独りが多い。
少なくともこの学校では。
そんな彼女が、衛宮先生にだけは知らない顔を見せた。
『ああ、なんだ――あながち間違ってないじゃないですか』
多分、衛宮先生は、その「目標」に一番近い所にいる。少なくとも高音にとって。
だからこそ、自分達と違う彼女は衛宮先生にだけは、こんなにも感情を顕にするのだ。
怒って、泣いて、恥ずかしがって。
そのどれも、少しばかり違う色に見える。ほら、そう……家族とかに見せるような。
「他人」とかの区別を知らない「純真」。
「他人」とかの隔壁で隠さない「全て」。
特別であり、常に近いモノ。そんな存在に見せるような感じ。
『これは――騒ぎ立てるだけ、不粋ですよね?』
恋仲とか、そうじゃないとか。そんな簡単な話しではない、と結論。
だったらあーだこーだと周りが盛り上がっても意味はない。
『なんとも、もどかしいですね』
気が付けば、自身の心境に変化があった。こともあろうに「応援したい」などと。
彼女達は恋仲云々を抜きに、非常に良好な関係を築けるはずだ。
目標に互いに向かうパートナーでも、認め合いながら競い合うライバルでも良い。友人としてでも良いし、師弟のような間柄でも良い。
とにかく、そういった「健全」で親密な間柄になることに対してなら、応援する気持ちも吝かではない。
一方で、二人が親密な間柄になるのは、やはり問題でもあるな、とも思う。この場合、「周りからの評価」が問題になる。少なくとも相対する自身は、今現状で「その様子はない」と理解出来るものの、現状を作り上げた噂話とは、端的に言えば他人の評価だ。曰く、「火の無い所に煙りは立たない」。
焚火か火事かは見る人で違う。高音の様子を「ただムキになっているだけ」とする人が居れば、ただややこしくなるだけ。伝えれた「黒い煙り」と云う小さな情報だけで「大火事だ」と言う人も居るかもしれない。
『なんとも……もどかしいですね』
直接相対して初めて彼女が身近なヒトに見えた。逆に言えば――やはり彼女はヒトと違う印象が強すぎる。
意図して目立とうとしなくても、どうしても目立つ。でも、それはあくまで表面的なモノ。華やかさで内面が隠れてしまう。
こうして思い悩み、時には泣いたり怒ったり ――恥ずかしさに頬を染めることもあるだろうに。
だが、「普段」と括られたその見える部分だけを判断材料とした結果――今は自身も後悔している ――この「事件」に繋がった。
「……私には、高音さんが衛宮先生に対して何を怒っているのかわかりません。
わかりませんけど――それは、高音さんにとって『大切なこと』ですか?」
私一人が彼女を理解したとて、物事の解決にはならないかもしれない。
だが、それでも ――級友を手助けしてはいけない理由なんて無い。
だから知ろうと思う。
彼女はこんなにも鮮烈にして――繊細なのだから。
「ええ。とても」
短く答えられた言葉に、ただ短く「そうですか」と返す。理解したつもりになってはいけない。でも、少しでも理解しようと努力するのは間違いではない。
それはきっと――
――自信に満ちたその笑顔のように。自分も「何か」を目指し、
咲き誇れる日が来るかもしれないのだから――
朝の教室での問答は、「何の根も葉も無い噂でした」と相手が折れることでことなきを得る。
不思議と、親しくない自分に「機会があれば、もっと普通にお話しましょう」と言ってくれたのが新鮮だった。
実の所、魔法関係者以外の人とは目標が目標だけに、イマイチ話しが合わない。魔法の秘匿は当然。故に一般人にそんな話しは出来ない。恋愛話やTVの番組について語るくらいなら自身を高める為の修練に勤しむべきだと思っている。
――マギステル・マギ――
魔法を使う者達にとって、この言葉は深い意味を持つ。「偉大な魔法使い」を意味し、それは我欲を捨て、他者の為にその力を使う者。その在り方に憧れて、それを目指している。
他者の為に力を――つまり、それだけに「力」が必要だ。
自身を鍛えねば、他者に回す力など無くなる。常に高みを目指し、頂きに向かい駆け登る。
それが幼少から鍛え上げた己の矜持であり――その為に切り捨てたモノもある。
自分にはたわいもない話しをする相手がいない。
別段それが寂しいわけではないが――それに憧れに似たモノを感じる。
しかし、やはり自身が目指す頂きへの過程に於いては必要の無いモノ。「他者の為」と云う概念は、その基準の曖昧さから自身への妥協が許されない。いざその力が必要な時、「基準がわからなくて鍛えていない」など笑い話にもならない。
故に、その「戯れ」を切り捨てたのだ。
それでも、必要性が無い“戯れ(コミュニケーション)“に、無意識の何処かで憧れを感じている。
いや、無意識の何処かに追いやっていたのだ。意識に昇らないように、自身を律する為に、目標の為の必要な犠牲の一つとして。余分に溺れて自身を見失ってしまう気がして……
それを思い出した。だから、返答に窮する。自己に施した戒めは、その役目を十二分に果たした。
……果たしてしまった。
そんな私を見て、彼女は気分を害した風も無く、綺麗な微笑みで「今すぐでなくても良いのです」と言ってくれた。
嬉しくあり――言いようの知れぬ自身への怒りを感じる。
「他者の為」と謳いながら、その実他者を蔑ろにしている自分に気付く。
魔法と云う力でしか救えない現実があり、魔法でなくても救える事もある。
その境を明確に別けてしまえば、魔法を使える高音は前者だけを見れば良い。――ヒトの心を度外視すれば。
気付いたことは“ソレ“。他者の為と思っていた事が、結果見えない所で他者を傷付けているのでは? という疑問。
確かに、自身には余計かもしれないが――他人には必要なのかもしれない。
「余計」「無駄」そういった高音の目標たる「偉大な魔法使い」の道程に、不必要とされていたモノを求めるヒトがいる。その求めに応えを窮した時点で、高音は「救済」を放棄したも同然だった。
淡い憧憬の念は、強い理想に追いやられる。しかし、どちらも自らの裡から生まれたモノ。消える事なく裡に燻っていたソレは、ここに来てより強い疑問を投げ掛ける。
――貴女はその切り捨ててきたモノも必要だった――
理想とするモノが「魔法」を冠する為に、選択肢は無いと思っていた。その結果失う“何か“を知らなかった故に。
それは、果たして「偉大な」者と呼べるのか――
力なくては「理想」を追えない。
力だけでは「理想」に届かない。
そう……不必要なモノなど始めから無かったのかも知れない。
「――まあ、それでも『恋愛』にかまけているヒマはありませんが」
今回の事の根底にある「問題」は、今の高音には要らないモノ。
恋を知らぬ高音には、所詮裡から出た「自身の為の」気持ちと云う認識だ。それこそ「我欲」。マギステル・マギには不要。やはり、余分はあるのだ――と。
そう、まだ高音は知らない。
「ヒトを好きでいる」と云う気持ちこそ、「他者の為に」と力を奮うその在り方の源泉なのだと云うことを。
そして、それが――
――彼女の淡い憧憬の根源だと謂うことを――
後書き
オリキャラっぽいけど、限りなくモブ。
高音と衛宮さんは「思春期の娘とその兄」的なポジション。なんという俺妹。
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