万華鏡
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第六十八話 秋深しその一
第六十八話 秋深し
ハロウィンもわんこそば大会も終わった、野球ももうストーブシーズンだ。それで琴乃達は今は何をしているかというと。
プラネッツの五人で高等部普通科の図書館にいた、そこでだった。
琴乃は大きな席に五人で座る中でだ、一緒にいる四人に言った。五人共それぞれの前に本を置いている。
「ねえ、読書感想文ってね」
「全員の課題ね」
「秋の」
「そうよね、何かね」
琴乃は五人の返事を聞きながら首を捻ってこう言った。
「私読書感想文って苦手なのよ」
「読んで思ったこと書いたらいいだろ」
美優は自分の本を開きながら琴乃に顔を向けて言葉を返した。
「そんなの」
「難しく考える必要ないの?」
「ないだろ、好きな本を読んでな」
「それで読書感想文書けばいいの」
「ああ、何でもな」
「何でもなのね」
美優の話を聞いてだ、琴乃は考える顔でまた述べた。
「好きな本を読んで思ったことを書けば」
「感嘆だろ、そんなの」
「ううん、本ねえ」
琴乃は自分の前を見た、見ればそこには数冊の本がある。どの本も教科書に出て来る作家の代表作だ。
「好きな本って」
「あるだろ、琴乃ちゃんにも」
「ライトノベルとか携帯小説は」
「最近そういうので読書感想文書く人もいるわよ」
今度は里香が琴乃に答えてきた。
「そうした人もね」
「前にそんな話してたわね」
「そうでしょ、だからね」
「好きな本読めばいいのね」
「何でもね」
「じゃあ」
ここでまただった、琴乃は自分の前を見た。そのうえで自分自身でとりあえず持って来た本達に目をやった。
「どれにしようかな」
「ふうん、斜陽に」
景子が琴乃のその本達のタイトルを見た。
「或る阿呆の一生、鍵、野火、白痴ねえ」
「どれがいいかしら」
「全部駄目じゃないの?」
景子は真顔で琴乃に返した。
「というか鍵って普通にアウトでしょ」
「アウトって?」
「それ谷崎潤一郎の作品だけれど」
明治から戦後に至るまで活躍した作家だ、文豪と言っていいだろうか。数多くの作品を残したことで知られている。
「確かその作品国会で問題になったわよ」
「国会で?」
「そう、やばいんじゃないかってね」
景子は琴乃にこのことを話すのだった。
「芸術か猥褻かってね」
「猥褻って」
「その作品そうした描写が危ういのよ」
「じゃあ読書感想文には?」
「あまりよくないと思うわ」
こう琴乃に話すのだった。
「あと野火は相当暗いらしいわよ」
「えっ、暗いの」
「斜陽も戦後の自殺に向かう時の太宰の作品だし」
この作品のことも話される。
「白痴もねえ」
「坂口安吾ね」
「その作家も破滅的だったし」
「じゃあ或阿呆の一生は?」
「それ芥川の遺稿だったけれど」
この時点でまずいと思えればそこそこ日本の近現代文学に通じていると言えるだろうか。芥川の遺稿と聞いて。
「芥川も自殺してるじゃない」
「授業で先生言ってたね、そういえば」
尚これは太宰もである。自殺した作家といえばこの二人を挙げる者が多い。
「何か精神的にやばくなって」
「そのやばくなった時期の作風よ」
まさに自殺する直前のだ。
ページ上へ戻る