ボロボロの使い魔
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『パスタ』
第10話『パスタ』
「…ここは?」
目が覚める、少しボンヤリした頭で見回した部屋は全く橘の記憶に覚えが無く僅かに彼を焦らせた。
だが、この世界で見覚えがある場所などそもそも少ない。
とりあえず、ベッドに寝かせられていたこと、そして周辺に置かれている雑貨類からここが医務室(…いや学院なのだから『保健室』の方が正しいか?)に相当するものだと推測する、それなら保険医の一人くらいと思わないでもなかったがこの部屋に自分は一人だった。
だが、それも無理ない事だと窓の外で輝く二つの月を眺めてそう思う。
それなりの時間を熟睡し、今は深夜『平民』である自分にそこまでの付き合いは必要ないと、そういう事だろう。
まぁ、それならそれでいい。
今は一人で考えたい事、確かめたい事があるのだから。
ベッドの隣にかけられているボロボロになってしまった上着のポケットを探る。
…少々不安があったが、どうやら杞憂に終わったらしい。
目当ての物を探り当て改めて安堵の溜め息をつく。
自分の手にあるもの『ギャレンバックル』そして『ラウズカード』とりあえず、誰かに取られたりはしなかったらしい。
「……………」
先の決闘では疑問に感じる余裕もなかったが、しかし…
暫し、難しい顔をし…そして。
「…変身」
『turnup』
電子音と共に現れ、ゆっくりと自分の方向に移動してくるオリハルコンエレメント、それが体を潜ることで『仮面ライダーギャレン』への変身は完了する。
…ベッドに横たわったまま変身、あまり格好のつくものではないが仕方ない。
変身完了後、橘はそのままベッドで仰向けになり静かに息を整え瞑想する。
まるで内なる何かを探るかのように。
どっくん どっくん どっくん
まるで、心臓が二つに増えたかのような鼓動。
勿論、自分の心臓はひとつだ、ならば今脈動しているもの、そしてその原因は。
「封印したアンデッドが活性化している?それとも…俺の融合係数が上昇しているのか…?」
烏丸所長が作り上げたライダーシステム。
その力の基盤となるもの、それがアンデッドと呼ばれる不死生命体。
彼等を封印した『ラウズカード』それが『仮面ライダー』の力の根幹である。
今、自身が纏う姿もカテゴリーAと呼称される一際能力の高いアンデッドと融合しているためだ。
アンデッドと融合、単純に言えば『アンデッドと融合できる』=『ライダーに変身するための最低条件』であり、高い数値で深く融合できればできるほど、ライダーとしての力は高くなる。
…だが、それは同時に自身がアンデッドそのものになってしまう危険性をも秘めているという事だ。
『彼』…剣崎一真のように。
激化していく戦いの中で危険域にまで融合係数を高め戦い続けた彼の身体を調べ、今も研究を続けている自分だからこそ理解できる現状。
ー変身を解除
「……やはり、な」
流石に熟睡直後のため睡魔が再び襲うことは無かったが軽い虚脱感がのし掛かる。
戦闘を行った訳でもなく、ただ僅な時間変身していただけで今まで感じたことの無い疲労を感じてしまう。
何故、突如自身の体に変化が起きたのか、世界が変わったことで何かが変わったのか。
それともやはりー
苦い顔で手の甲に輝く契約のルーンを眺める。
これも契約したことで手にした力の一旦なのか。
『スタッグアンデッド』一体との融合ならまだいい
だが、今のこんな状態で『カードコンボ』を行うのは危険すぎる。
これでは強化ではなく寧ろ弱体化だ。
「ふぅ…」
溜め息をつく。
幸いといってはなんだが『ギャレン』そのもののスペックは上昇している、他の多彩な能力を安易に使う事は出来ないが、とりあえず自分とルイズの身を守るぶんには問題ないだろうことは先の決闘で実証済みだ。
とにかくルイズと話をしなければ、この力について彼女にだけは全てを説明し、その上で安易に周囲に漏らさないよう相談し、協力を頼むべきだー
だが、その思考は腹部から響いた音で途切れた。
ぐ…ぐきゅるるるるぅうううううっ!
「………………」
そう、彼は今とても腹が減っていた。
大食堂、その厨房にて。
ルイズは一人机に座り込み、ただぼんやりと目の前に置かれているものを眺めていた。
それは気味の悪い彩りをした『なにか』
異臭を放つ『なにか』
それが一目で『パスタ』だと理解できるものは恐らくいないだろう。
ルイズは疲れたように溜め息をついた。
決闘の直後、橘が倒れた時には慌てたが、その後保健室に運び込み怪我の治療及び診断をさせた所、とりあえずただの疲労だろうと判断された。
…それを信用していいものかは疑問だったが、眠り続ける彼にそれ以上自分が出来ることなどないのも事実であった。
自分は、何かをしなくてはならない。
そう、思った。
言わなくてはいけない言葉を言えなかったせいもあり、その思いは焦りに近く強く彼女を悩ませた。
そして、ルイズは思い付いたのだ。
自分は朝、彼にまともなご飯をやっていなかったのではないか。
ならば用意してやろう、使い魔があれだけの働きを自分の為にしたというなら、自分も主として報いてやらねばなるまい。
何を用意すればいいだろうか、あの男は何が好物なのか
…勿論、橘の好みなどわかるわけはなかった。
だから、朝、彼が食べたいと言っていた物を用意してやろうと考えた。
ギーシュに絡まれていたメイドを捕まえ、朝食に出ていたパスタのレシピを訪ね、厨房を使用する許可を取り付けた。
当然、ルイズに恩義を感じる彼女が断る筈もない。
…というか、ご飯がいるなら自分が作ると言ったのだが、それをルイズは断った、作り方だけ教えてもらえばそれで充分だと。
何故、貴族である自分がそのような事をする気になったのか。
主人の手作り料理という最大の栄誉を与える事で彼をひれ伏させ改めて従える為か。
もしくは、自分の手で為さなければ彼に顔向けが出来ないと思ったからなのか。
しかし、結果は無惨なものだった。
次の日料理長が食堂にくれば激怒…いや泣き寝入りするだろう。
綺麗に整えられ清掃されていた台所は見るも無惨に荒れ果てていた。
それは、当然の結果だろう、いかにルイズが才媛でありレシピ、及び手順を一度の説明で完璧に記憶していたとしてもそれだけで料理はできるものではない。
作り直し作り直し作り直し、様子を見に来、手伝いを申し出たメイドを苛立ちから怒鳴りつけ、邪魔だと下がらせ再び作り直し、そしてまた失敗した。
それでも諦めず作り直し続けー
遂にまともな材料が残らず消えた時、漸く彼女は今が深夜であることに気づいたのだった。
「何、してるんだろ…私…」
目の前にあるもの、それを眺めながら力なく呟く。
そのパスタは自分に似ていると思った。
誰の言葉にも耳を貸さず、受け入れず
人との関わりを一切拒否して 作り上げてしまったが故に どこが間違っているのかわからない。
そして、そんな物を好んで食べるものは誰もいない。
「………………」
所詮、自分はこの程度の存在なのか。
魔法もろくに使えず、庶民が作るご飯一つまともに作れない。
こんな自分があの強大な力を持つ橘を従えるというのか。
乾いた笑いが漏れた、それは瞼から溢れそうになったものを止めるための行為でもあったが。
もういい、どうでもいい。
こんな生ゴミさっさと捨ててしまえ、こんな物に存在価値などあるはずがないのだから。
しかし、手に取り棄てられようとしたものは一人の男によって救われた。
「捨てるのか?勿体ないな」
「タチバナ…」
いつの間にかそこには使い魔の男が立っていた、思わず目を剃らす。
もし、当初の予定どおりまともなものが作れていれば、自分は堂々とこの男に感謝しろと言えたのに…!
「貴方…体はどうなのよ」
「悪くない、怪我もあらかた治ってる…すごいもんだなこの世界の魔法ってやつは」
男が手にしているものについて話をしたくなかったから、敢えて別の話題をふった。
橘はまだこの世界に詳しくないため自身の怪我の治療が所謂RPGなどでよくある『回復呪文』によって容易く治されたと考えているのだが、実際は少し違う。
無論、そういうものもないではないのだが実際はルイズが自身の身銭の大半を使い果たした事で彼の治療は行われた。
だが、その誤解をルイズが解くことはけしてしないだろう、そんな事でこの男を従わせるなど彼女自身が自分に許せないから。
「…そう」
会話が途切れた。
元々、ずっと孤独をよしとして過ごしてきた少女だ。
ろくに知りもしない男と喋り続ける能力は持ち合わせていない。
そしてルイズの話が終わったと認識した橘は
ルイズの前に『それ』をつきだす、量だけは大量にあったから両手持ちで、笑顔で。
「なぁ、これ食ってもいいかな?」
「…好きにすれば?」
異臭や見た目を気にしていないのは、それだけ空腹だからということだろうか。
だが、一口食べれば橘も理解し吐き出すだろう。
また、朝のように剣呑な視線で睨まれ不機嫌な顔で出ていってしまうかもしれない。
それがわかっていながらも、ルイズは橘が『それ』を食べるのを止めなかった。
もう、何もかもがどうでもよかった。
朝から苛々し続けて、モンモランシーと喧嘩して、橘の『変身』に驚いて、食堂で延々失敗し続けて。
ルイズの精神はボロボロだった。
もう、どうでもいい、さっさとこの不味いパスタを食べて怒ればいい。
何一つまともに為せない自分など見捨てて、どこになりとも行ってしまってくれればいい。
そう、思った。
…そう、思っていた筈なのに。
「貴方…何で…何でそんなもの食べられるのよ…!」
男はそれを捨てず食べていた、笑顔で。
「?いや…結構ウマイぞこれ…君が料理を得意だとは思わなかったな」
そして、また食べる、ガツガツと美味しそうに。
「そんな訳ないじゃない…!そんな訳…っ!」
絶対に嘘だ、自分も味見をしたからこそわかる。
『それ』は人間の食べる物の味では無かった。
なのに何故、あんな不味い物を旨いと言い張り食べるのか。
「…………っ!」
わかっている、もうルイズにもわかっていた。
この男はどうしようもなく馬鹿で、馬鹿で…そして優しいから。
だから、私を傷つけない為に、この不味いパスタを笑顔で食べている…!
「ぅ……っ…ひっく…ぅ…ぅう」
駄目だ駄目だ、こんな所で泣くわけにはいかない。
自分は立派な主になると決めたのだ。
これ以上、彼の前でみっともない所は見せられない、見られたくない。
だけど、もう止まらなかった。
「ぅぁ…ぁあああっ…ぅわぁああああああぁああん!」
情けなくて、申し訳なくて。
そして…嬉しかった、ただ嬉しかったから。
涙が止まらなかった。
そして、橘は何も言わず、ただパスタを食べていた。
何も言わず
ルイズが見られたくないであろう姿に視線を向けることもなく。
ただ、ずっと橘はパスタを食べ続けていた。
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