ワンピース~ただ側で~
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番外10話『トトもの』
反乱軍を止めるために移動する麦わら一味。
道中でクンフージュゴンにルフィが勝ってしまい、弟子入りを志願するジュゴンたちに食料を渡すことで引き下がってもらったり、ワルサギという鳥に騙されて荷物をすべて奪われてしまったり、女しか背に乗せないラクダ、ナミ命名の『マツゲ』を偶然助けたり、ルフィがメスカルサボテンという幻覚作用のあるサボテンを食べて一人で暴れている間にナミとビビをのせたマツゲが随分と遠くまで走って行ってしまい、野郎どもがその背中を見失いかけたりという様々な……本当に様々な苦労を乗り越えて。
遂に夜。
彼らは『ユバ』へと到着した。
正式名称、アラバスタ王国『ユバ・オアシス』
その名の示す通り、ユバという町は水や緑のあふれる豊かな土地……そのはずだった。
麦わら一味の目に映ったユバは、オアシスと呼べるそれではない。
人々が暮らすはずの住居には大量の砂が覆いかぶさり、地面にいたっては、ここが町であるかを忘れ去れるほどに砂であふれかえっており、はだけた地面から見えるコンクリートがどうにかして人がいた痕跡を残す程度。
ありえないほどの大規模な砂塵に、ありえないほどに何度も呑まれてきたオアシスのなれのはて。
既に人はここで暮らしていないのではないか、そう考えてしまうほどに……一言で表すならばここはまるで廃墟。
いや……『まるで』という表現は間違っているのかもしれない。
3年前からの日照り続きで砂は渇き、ひんぱんに砂嵐に襲われるようになったこの町には物資の流通もままならない。住民は転居し、最後までここに拠点をおいていた反乱軍も持久戦のためにここ『ユバ』から『カトレア』へと本拠を移している。
つまり、人はもうほとんどいないのだ。
それを廃墟と評せずしてなんと表現すればいいのか。
「……そんな」
自身が知っている町とは思えないこのユバの様子に、ビビがつぶやいた。計り知れないほどに不安ななにかがを脳裏をかすめているのだろう。呆然と町を見回している。
一味もここで水を飲めると考えていたため、気落ちしてしまい同様にこの町のありさまを眺めていたのだが、そんな彼らへと声をかける人間が一人。
「旅の人かね、砂漠の旅は疲れただろう。すまんな、この町は少々枯れている」
スコップで砂を掘りながら、ふらふらとすぐにでも倒れそうな体に鞭を打ちながら、老人が作業を中断することなく言葉をつづける。
「だがゆっくり休んでいくといい……宿ならいくらでもある……それがこの町の自慢だからな」
人当たりの良い態度を見せる老人の名前はトト。国王にこの町を開くことを頼まれた男で、ビビとも知り合いで、そして反乱軍リーダー『コーザ』の父親。
会話の最中に、ルフィがビビの名前を呼んだことからトトがビビに気づき、ビビもトトに気づくことになった。
誰よりも国王コブラを信じる男が言う。
「私はね、ビビちゃん、国王様を信じているよ……あの人は決して国を裏切るような人じゃない! ……そうだろう!」
反乱軍リーダー『コーザ』の父親は言う。
「反乱なんてバカげてる! ……あのバカどもを……頼む、止めてくれ! ……もう、君しかいないんだ!」
アラバスタを愛している男が言う。
「次の攻撃で決着をつけるハラさ、もう追いつめられてるんだ……死ぬ気なんだ!」
息子を愛し、国を愛し、国王を信じ。
だが、自分にはどうすることもできなかった男が、あらゆる感情をあふれさせた涙を零しながら言う。
「頼む、ビビちゃん。あのバカどもを止めてくれ!」
言葉とともに、砂の地面へと膝から崩れ落ちた。
トトの思いのこもった言葉に、ビビは「トトおじさん……心配しないで」とハンカチを差し出す。
顔を上げたトトへと――
国王の娘である王女として、国を愛する一人の国民として、父の無実を知る一人の娘として、コーザやトトの友人として、そしてアラバスタに起こっている真実を把握している唯一の国民として。
「反乱はきっと止めるから!」
――ビビは笑う。
「……強い」
その姿をみていたハントが、誰にも聞こえない声で漏らした。
航海中、メリー号の船の中でもビビが反乱を止めることに対して並々ならぬ思いを抱いていたことは、いくら鈍いハントでもわかっている。
数十万という人命をその小さな双肩で背負い、それに押しつぶされないように前だけを向いてここにまで来たことも、もしも反乱軍を止めることが出来るのならば自分の命すらも惜しまないほどの覚悟をもっていることも、そして誰よりも真の黒幕であるB.Wに対して悔しい思いを覚えていることも。
それら全ての思いを、多分トトからの懇願によって直接に感じている。
トトのありようにもハント自身少なからず思うところがあるのだが、今はそれよりもビビが笑って見せたということに対しての驚きに内心を占められていた。
ただただトトを安心させるための笑顔。あらゆる思いを包み込み、ただただ一人の人間のために向けられた笑い。
普通の人間には、少なくともハントにはできそうにない行為だ。
――ビビも強いなぁ。
彼女もまたルフィやゾロのような輝く強さを持っている。
今にも壊れそうなその強い笑顔に、ハントは尊敬の眼差しを送るのだった。
「――オレは暑いのダメなんだ!」
「おういい度胸だな! 誰だ今俺に吹っかけてきやがったのは!」
「あんたたち仮眠の意味わかってる!?」
「勝負だクラー!」
明日に備えて宿に宿泊することになった彼らだったが、休むということになっても彼らは騒がしい。慣れない気候と慣れない砂漠歩きは彼らの体力を何倍も削っているはずで、疲れ果てているはずなのだが、その喧噪はもはや彼らにとっては必然のものなのだろう。
その騒ぎは、砂で埋もれてしまった湿った地層を掘り起こすためにスコップで砂を掘り続けているトトと、それを眺めるルフィ、ハントの耳にも届いていた。
「……元気残ってるんじゃないか」
小さく不満げにつぶやいたハントの言葉だったが、ほかの二人はそれらの音は気にならないようで、ルフィはトトへと口を開く。
「なーおっさん、出ねぇぞ水! おれもう喉カラカラなんだ」
「喉カラカラなのはルフィがサギに水をとられたからっていうのも大きいけどな」
「うっ」
ちくりと言われたハントの言葉に、ルフィは明後日のほうを見ながら「よくこんなとこに住んでんなー、大変だ」と聞こえていないフリをして言葉をつづける。だったら、とハントはハントで考えがあるらしく口を開こうとして、その前にトトが言葉を発していた。
「水は出るさ……『ユバ・オアシス』はまだ生きてる」
手を止めずに、ひたすらに砂を掘り起こしながら。
「ユバはね、砂になんか負けないよ……何度でも掘り起こして見せる。ここは私が国王様から預かった大切な土地なんだ」
「……ふーん」
「……」
軽くふざけあっていたルフィとハントがトトの言葉に、何かを考えるように黙り込んだ。少しばかり黙り込んだ二人だったが、まず先に動いたのはやはりルフィ。
「そうか、よし! じゃあ掘ろう!」
と、素手で砂を掘り始めた……ところまでは心温まるお話とでも思えばよかったのだが。
トトにお尻を向けて、そして自分の後ろへと砂を掘り始めたルフィの行為でそれが台無しになった。
「あー、こら! ちょっと待て! 私の掘った穴に砂を入れるな!」
「ん?」
「穴を埋める気かと言ってるんだ!」
「いや、掘ってるんだよ、俺は」
「そうじゃなくて君の掘り起こした砂が私の掘った穴に入るから! 私が穴を掘る意味がなくなるだろうと言ってるんだ!」
「……? ああ、不思議穴か」
「違うわ!」
これはこれで逆にトトへと負担をかけてしまっている。
なぜ理解できないのか、と途方にくれかけたトトだったが、そこでもう一人の男、既にルフィの扱いに慣れた男が立ち上がる。
「ふっふっふ、俺に任せろおっちゃん」
「? あ……ああ」
自信満々に仁王立ちで言うハントの様子がどこか変人らしき態度が滲んでいてトトが困惑ぎみに頷く。
「ルフィ」
「ハント! 不思議穴らしいぞ!」
「よしよし、俺がおっちゃんの言いたいことを教えてやる」
「? 不思議穴なんだろ?」
――何いってんだハントは?
言外にそう言いたげなルフィの表情にハントはどうにかこらえて、言う。
「ルフィ、おっちゃんの方向を向け」
「?」
首を傾げながらもルフィが向きを反転させる。
「掘ってよし! これで不思議穴じゃなくなったぞ!」
「ホントか! おめぇスゲーな! よし穴掘るぞ、ハントも手伝え!」
「任せろ」
ハントはトトへと親指をグッとたてて、ルフィと同じく素手で穴を掘り始めた。
「……」
たしかにルフィの掘った砂がトトの穴に入ることはなくなった。しかもルフィもハントもスコップをもっているトトよりも素手で何倍も効率よく穴を掘っている。
――……うーむ。
目の前の二人とはもう二回り以上の年齢が離れている自分では理解できる世界ではないのだろうと、トトは少しだけ考えながら穴掘りを再開するのだった。
……ルフィの頭がちょっと残念なだけで、ハントもまたそれと同様だという事実を、トトは知らない。
さて、それから少しだけ時間が進む。
ルフィとハントを除いた麦わら一味が泊まっていた宿からの喧噪はいつしか鳴りを潜め、トトよりも数倍の速さで穴を掘り続けていた二つの穴の一方からも音が止んだ。
「……」
「……」
それに気づいたトトとハントが一斉に顔を見合わせて軽く笑みを浮かべ、一旦作業を中断させた。息を吐きながら腰を砂の地面へとおろす。
「君は休まなくても大丈夫なのかい?」
「……いや、俺もそろそろ限界かなぁ」
穴の底で眠ってしまっているルフィを背負ったハントが、トトの問いに欠伸を噛み殺して答えた。ルフィもハントも、トトの穴掘りを手伝い始めたのは良いがやはり慣れない気候と土地にあっては体力が底をつきかけていたらしい。
特にハントに至ってはそのほとんどを魚人島という水に囲まれた環境で暮らしてきた。ここアラバスタ王国はハントの慣れている環境とは正反対に近く、その分体力の消費も大きいものがある。
そのハントがルフィと違って穴を掘りながら寝てしまうという状況に陥っていないのは体力の有無云々というよりも、いつでもどこでも寝られるかどうかというその性格の差にあるのだろう。
ともかく、眠そうなハントへとトトは言う。
「あとは私一人でやっておくから、ルフィ君と一緒に宿で休むといい。明日も大変なんだろう?」
トトの穏やかな笑みを浮かべながらの言葉に、ハントは答えず、少しだけ難し顔をした。
「……ちょっとだけ聞いてみたいことがあるんだ」
「聞いてみたいこと?」
この国に起きたことを、ハントはビビから聞いて知っている。
国では王が住む町以外は雨が降らないという異常気候。
宮殿に見つかる大量の、周囲の雨を奪うというダンスパウダー。
何も知らない民衆がみれば完全に王が黒という状況。
ビビやイガラムがそれを信じないのはわかる。誰よりも王に近い人間だったのだから。
だが、今ハントの目の前にいるトトは違う。
首都を離れていたトトは、ビビやイガラムとは違い、民衆側に属する人間だ。
それのに――
「――どうして……国王さんを信じられるんだ?」
国王コブラという人間を知っているから? 親しかったから?
それだけで、完全に黒という状況にあっても国王のことを信じられるものなのか?
それがハントにはわからなかった。
だからハントはトトの目を見つめて、問いかけた。
その問いに、トトは遠い目をして、ため息を一つ。
「……」
少しだけ黙り込んだかと思えば「うーむ」と唸り、立ち上がった。
「……」
「……」
一つの言葉が紡がれることもなく、ただただルフィの規則正しい寝息が二人の間に降り注ぐ。
じんわりと広がる静寂な空間に、トトがゆっくりと口を開いた。
「国王様はね……本当にそんな人じゃないんだ」
「いや、でも――」
それじゃ納得できない。
そう言おうとしたハントに、トトはゆっくりと言葉をつづける。
「反乱軍はね……みんな若者なんだ」
「……?」
「私らのような、いわゆる老人はね……そのほとんどが国王様に対して疑いすらもっちゃいない……理由なんてないんだ。国王様はこの国が好きで、民衆を大事にして、そういう人で、国王様がそんなことをするわけがないから。するわけがないとわかっているから――」
「……」
「――それだけなんだよ」
子供に言い聞かせるようにこぼされた言葉は、ハントにとっては想定外で、衝撃的なソレ。
国王コブラという人間を知っているから。それだけで、完全に黒という状況にあっても国王のことを信じられるものらしい。ずっと国王の政治下にいた人間ならば誰でも国王を信じられると言っているトトの発言に、このアラバスタの国というあり方のすべてが詰まっていた。
――すごい。
言葉を失い、ハントに浮かんだ言葉はただただ稚拙な一言。
だが、それ以上になんと思えばいいかもわからないような感覚がハントの中に浮かんでいた。
ハント自身この感情はトトに向けられているものなのか、国王に向けられているものなのか、それともこの国のありかたに向けられているものなのか、わからない。
ただ彼は思ったのだ。
すごい、と。
「……そ、か」
何かを言わなければならないと思うも、やはりまともな言葉は出ない。どうにか頷くだけの言葉を返したハントへと、トトがふと顔を向けた。
「さっきはとんだ醜態を君たちに見せてしまったね」
頬を人差し指で軽くかきながら苦い笑みを浮かべるトトが肩を落とす。
「いや――」
「――ビビちゃんにも随分と無茶をいってしまった」
ずっと行方不明だったビビがいきなり目の前に現れて、おそらくだがトトの心のタガが外れてしまい、そういうことを言ってしまったのだろうがビビはまだ16歳だ。いくら王女とはいえ、まだまだ少女でしかない年齢に反乱軍を止めてくれというのはさすがに無茶なお願いだったと、トトは思っているのだろう。
実際に、一般的に考えればそれは確かに無茶な話だ。
だが、少なくとも今回のビビという件に限ってはそれは決して無茶な話ではないということを、ハントは知っている。
ビビがどれだけ国のことを思ってここまでやってきたか。
どれだけ国民の命が失われることに重圧を感じてきたか。
真実をつきつけ、反乱をとめ、国を普段の姿に戻すことに苦心してきたか。
それらを、ハントは仲間として側で見てきた。
だから、ハントは知っている。
たしかにトトという男のお願いはビビにさらなる重圧をかけることになったかもしれない。けれど、ビビならばそれを本当にやり遂げるだろうということを。
「あの子が無茶をしないか心配だよ」
呟くトトに、だからハントは言う。
「……まぁ、それに関しては大丈夫、かな」
「え?」
先ほどからずっと驚いていたのはハントだったが、ここで逆転。今度はトトが驚きの顔を見せた。それを目の端でとらえながら、ハントは言葉をつづける。
「俺が知る限りだけど、ビビはずっとこの国を想ってここまで来た……反乱を止めるために、無駄に命が散らないように――」
――本当の黒幕をたたき出すために。
最後の言葉だけは胸の中で呟き、ハントはさらに言う。
「だから、ビビは反乱を止める。きっとおっちゃんとここで会うことがなくてもそうしてたし……だからおっちゃんが反省することなんてない。それにビビには俺たちがついてるしさ。どれだけビビが無茶をしても、俺たちがあいつを助けるし、守る。おっちゃんは何の心配もしないでただ明るい話題がわいてくるのを待ってればいいよ」
一瞬前まであったはずの、どこか抜けていたハントの表情。それが気付けばトトですらはっとさせられるほどに大人びた表情を浮かべて、ハントは最後に笑って付け加えた。
「俺が約束する。ビビはこの国を守る。そのビビを俺たちが守る。それで本当の黒幕は俺が倒す。それで全部が終わる……だからおっちゃんはそんな辛そうな顔をしなくてもいいんだ」
トトはビビが行方をくらませていた理由を知らない。どういう事情でハントたちとビビが一緒にいるのかも知らなければ、当然ビビが真実をつかんでいることも知らない。だから、ハントの言葉はトトからしてみれば一切の根拠がない言葉だ。
人によっては鼻で笑ったりするのかもしれない。いや、むしろルフィたちは全員がまだトトから見れば子供といっても過言ではない年齢だ。聞き流したりするほうが普通で、自然だろう。
けれど、トトは違った。
「……う、む」
目頭を押さえ、空を見上げた。
それはハントの言葉や表情に説得力を感じたのかもしれない。言葉のどこかでトトの心の琴線に触れたのかもしれない。それはトトにしかわからないことで、もしかしたらトトにすらわからないことかもしれない。
ただ、トトは呟いた。「ありがとう」と。
「……」
「……」
少しだけ。
ほんの数秒ほどの静寂の後、ハントが「さて」とルフィを担ぐ。
「そろそろ寝るよ、明日に備えないと守れるものも守れないし。おっちゃんもキリのいいところで寝ないと体壊すぞ?」
「あぁ、ありがとう……おやすみ」
「おやすみ」
挨拶をして、二人が別れる。
徐々に距離が離れていく二人の表情は笑顔だった。
翌朝。
トトに別れを告げて『ユバ』を出た一行は、反乱軍の新たな本拠地『カトレア』を目指していたのだが『ユバ』が見えなくなってすぐに「やめた」という言葉とともにルフィが腰を下ろしたことからルフィとビビの喧嘩へと発展していた。
殴り合いにまで発展したその喧嘩の最中。
「おれたちの命くらい一緒に賭けてみろ! 仲間だろうが!」
「!?」
ルフィの言葉でビビから涙がこぼれ落ちた。
「……なんだ、出るんじゃねぇか、涙」
「……う」
「本当はお前が一番悔しくて、あいつをブッ飛ばしてぇんだ……教えろよ、クロコダイルの居場所」
こうして麦わら一味はクロコダイルのいる町『レインベース』を目指すことになった。
ルフィの言葉に、一行の士気は高まり、当然ハントも更なるやる気を内心に秘めることとなったのだがその一方で。
――クロコダイルのいる町と反乱軍のいる町って違う町なのか……よく考えたら当然だよな。
自分の勘違いに気づき、内心で冷や汗を流していたりとか。
――そして。
ユートピア作戦。
王下七武海クロコダイルが率いるバロックワークスの最終作戦名で、この作戦が成功したとき、アラバスタ王国はクロコダイルの手に落ちる。
その最終作戦が発動するまで残り1時間を切った時、麦わら一味も既にクロコダイルの拠点『レインベース』へと到着していた。
「あいつらに任せて大丈夫かな」
広場で休憩をとりながら水を買い出しに行ったルフィとウソップを心配して、サンジが言葉を漏らした。もちろんこの場合の心配とはルフィとウソップの身を案じて、というわけではなくあの二人が何の問題も起こさずに水を買ってこられるかという心配である。
「お使いくらいできるでしょう、平気よ」
「そうかね、どうせまたトラブルしょって帰ってくるんじゃねぇか?」
ナミとゾロが木の柵に体をもたれかからせたままリラックスした様子で答えたのだが、他のメンツからの返事はない。ビビはサンジの問いになんと答えるのが良いかという苦笑を滲ませていたし、チョッパーは「おれ小便いってくる」と既にトイレに向かっていたからだ。
皆それぞれの反応を見せつつも、やはり砂漠歩きで来たというわけあって全員リラックスした態度で体を休めている様子は共通している。なにせここは既に敵の本拠地で、いつ戦闘が起こってもおかしくはないという場所だ。戦闘がある前に一息を入れるのは当然と言えば当然だろう。
全員が息を入れている中、ただし一人だけ鬼気迫る表情をしている男がいた。
「……まずいな」
ハントだ。
どこか血走った目で周囲を見回している。
それに、ナミが気付いた。
「どうしたの?」
「……ん、ああ」
「?」
ナミの問いにもどこか上の空で、よく見ればハントの顔色が普段のそれよりも悪い。
「大丈夫?」
ナミが心配そうにハントの側へ近づこうとするのだが、それをハントは「だ、大丈夫」とやはり辛そうな声とともに遠ざかり、拒否の態度を見せた。近づいてくるナミから遠ざかるというハントにしてはありえない態度に、さすがにナミ以外の面子もその異常な態度に気づいた。
「ハントさん、本当にどうしたの?」
「なんかあったか?」
ナミだけでなくビビとゾロも怪訝な顔で尋ね、サンジも無言で不思議そうな視線を送り、そして心なしかラクダの『マツゲ』もハントへと視線を送っている。買い出しのウソップとルフィとトイレのチョッパーというここにいない面子からの視線はさすがにないものの、ここにいる面子全員から注視されてついにハントもため息をつき、観念した。
「……実は、さ」
「……」
ナミを始め、全員がごくりとつばを飲み込んだ。珍しいハントの真剣な表情に、もしかしたら既になにか大事件が起きているのかもしれないという嫌な憶測が彼らの中に渦巻き、自然とハントの次の言葉を待つ。
どこか厳かな空気すら流れ出した彼らの空間で、ハントはついにつぶやいた。
「漏れそうだ。けつから……うん――」
「――てめぇ、レディの前で何言おうとしてんだ!」
確かにハントから放たれた言葉はある意味で衝撃的で、慌ててサンジがそれに割って入った。
「いいから行ってきなさい! 5歳児じゃないんだから!」
ナミもまるでお母さんのような口調でトイレのあるであろう方向を指さす。
「お、おう……悪いな、なんか」
おそらく走ると危ないのだろう。
そういう速度で歩き出した彼に、一同がため息をついて、甚平の背中を見送る。
「……時々見せるあいつのギャップはなんとかなんねぇのか?」
「そのせいで真剣なのかふざけてんのか、ルフィよりわかりづれぇよな」
ゾロとサンジが苦虫を噛み潰したような表情で呟き、ナミはそれに何とも言いづらい表情で佇んで、ビビはそんなナミにどう声をかけようか迷う態度を見せる。
なんとも表現のしづらい空気が彼らに流れていた。
決戦前とは思えない彼らだったという。
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