ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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天使炎上篇
15.天使炎上
前書き
模造天使となった夏音と謎の眷獣に瀕死のダメージを受けた古城と彩斗。
夏音は、模造天使の力を暴走させる。
それを止めるためには二人の力が必要不可欠だ。
彩斗と古城は夏音を止めることは出来るのか!?
「少しまずいことになちゃったかも」
水平線の彼方を眺めながら少女は呟いた。
海面の半径数キロの範囲が凍りついている。その中央にそびえ立つのは、巨大な氷柱。それは遥か上空まで伸びている。
その姿はまさに“バベル”と呼ばれた天を衝く聖なる塔が再来したようだ。
「それでも……大丈夫だよね……」
獅子王機関の“剣帝”の少女は、島へと不安と期待が入り混じった視線を向けるのだった。
銀色の刃が眩い輝きを放ち、雪菜の祝詞とともに周囲直径四、五メートルほどの半球状の空間が出現した。“雪霞狼”の神格振動波の防護結界を張ったのだ。
結界の外は氷河のような分厚い壁に覆われている。
結界の中央に倒れているのは、いまだに意識が戻らない古城と彩斗。
「──大儀でした、雪菜。これならしばらくは保ちますね」
氷に閉ざされた天井を眺め、ラ・フォリアが言う。
「はい。ですが、申し訳ありません。脱出するのは余計に難しくなりました」
「今は考えなくていいでしょう。外はまだ吹雪いているようですし」
雪菜の硬い表情に対して、ラ・フォリアは微笑む。
「この雪と氷。あなたはどう見えますか、雪菜?」
「わかりません。でも、叶瀬さんの想いを感じます」
氷の壁に触れながら、雪菜は答える。
「さすがですね。わたくしもそう思います。おそらく模造天使の術式の影響で、叶瀬夏音の心象風景がそのまま実体化しているのでしょう」
頭上を見上げ、ラ・フォリアが哀れむように呟く。
「ということは、叶瀬さんはまだ──」
「ええ。自我を失ったわけではありません。術を破れば、叶瀬夏音は人間に戻れます」
雪菜の質問に、ラ・フォリアは断言した。
「ですが、今のわたしたちは彼女に近づくことすらできません。それどころか、ここから生きて出られるかどうかも」
「それは問題ないでしょう。この程度の氷の壁、二人が目を覚ませばどうにでもなります」
「先輩……」
倒れている傍に膝を突き、雪菜は古城をのぞきこむ。
模造天使の神気の光を古城が貫き、致命傷を与えられた肉体は再生を果たしている。
だが、一ヶ所、胸の中央にきざまれる十字型の刺傷だけ再生していない。
「この傷は……!?」
「模造天使の剣に貫かれたところですね。古城の肉体には、今もまだ剣が刺さったままなのです。わたくしたちには触れることのできない剣が」
天使と同じ高次元の剣が、古城の回復を妨げている。
「……どうすれば助けられますか?」
雪菜が、真剣な眼差しでラ・フォリアに訊く。
ラ・フォリアは、雪菜を興味深そうに眺めて言った。
「わたくしたちには古城を癒せません」
「……そんな……」
雪菜の頬から血の気が引く。
ラ・フォリアは続けるように悪戯っぽく微笑んだ。
「わたくしたちには無理ですが、彩斗なら可能です。もしくは、古城を救える存在を喚び起こすのどちらかです」
「先輩方の……?」
雪菜は、倒れる二人の吸血鬼へと視線を落とす。
同時にラ・フォリアも自分の近くで倒れる彩斗へと視線を落とす。
彩斗の肉体には、腹部に深々と抉られた爪の後が残っている。普段の彼ならもう回復していてもおかしくない。
だが、今の彩斗の肉体からは魔力をあまり感じられない。
一体の眷獣が暴走し、それを止めるために自らの眷獣を無効化したのだ。眷獣の強制消滅は、所有者に与える負荷など計り知れないほどだ。
それほどまでに“神意の暁”の眷獣は強力すぎるのだ。
「ですから、雪菜。古城の眷獣を喚び起こしてください。わたしは彩斗を目覚めさせますので」
ラ・フォリアは、そっと彩斗のボロボロの制服のボタンを上から順に外していく。
彩斗の上半身が露わとなる。
「……これが殿方のお身体なのですね」
興味津々に腹筋と脇腹を指でなぞる。
「あの……ラ・フォリア?」
彩斗のズボンを脱がそうとしたラ・フォリアを雪菜が諌める。
「失礼。つい後学のためにと思って好奇心に負けてしまいました」
「はあ……って、どうしてあなたまで服を脱ぐんですか!?」
ラ・フォリアが服を脱ぐのを雪菜が慌てて静止させる。
「彩斗に魔力を捧げる方法として血を捧げるのが確実な方法だと聞きました」
「そ、それは、たしかにそのとおりですけど」
雪菜は弱々しく肯定する。
「ですけど……今の暁先輩と緒河先輩にはそもそも意識が……」
「問題ありません。吸血衝動を引き起こすきっかけは性的興奮なのでしょう? 肉体的な刺激があれば、たとえ意識が十分でなくても行為が可能なはずです」
無邪気に微笑むラ・フォリアに雪菜は溜息をついた。
「心配ありません、雪菜。わたくしも今はまだ本気で彼と交合する気はありませんから」
「あたりまえです!」
雪菜はあからさまに頬を赤らめ叫んだ。
「では、雪菜。古城のことは任せましたよ」
「ですが……」
雪菜はラ・フォリアが彩斗に血を吸われることがあまりよく思っていないのだと思われる。
だが、ラ・フォリアは碧眼の綺麗な目で雪菜を見つめ、悪戯をするように微笑む。
その表情に雪菜は、自分のやるべきことをやろうと古城の身体を抱き寄せるのを見て、ラ・フォリアは彩斗に再び視線を向ける。
ラ・フォリアは儀礼服を脱ぎ捨て、その下のシャツのボタンを外す。
そして互いの素肌を密着させる。
ラ・フォリアは、自分の唇を犬歯で少し傷つける。かすかな痛みが唇へと伝わり、口内に鉄の味が広がる。
「……彩斗」
かすかに彼の名を呟いた。ここで彩斗に死なれるわけにはいかない。
ラ・フォリアは、死んだように眠る彩斗の唇に自らの唇を押し当てた。まるで死体のように冷たい感触。
ラ・フォリアは、血を彩斗の口内へと自らの舌とともに流し込んだ。
その瞬間、強い力で抱き寄せられた。意識がなかった彩斗は、ラ・フォリアの血を吸い取るように強く唇へと触れる。
口内の血を吸い付くした彩斗が唇から無防備に晒される首筋へと吸い寄せられるように肌に牙を立てる。
「ん……彩斗?」
くるはずの痛みがラ・フォリアにはこなかった。
それは、彩斗が首筋へと牙を突き立てる寸前で止めていたのだ。
「ラ・フォリア……お前はいいのかよ?」
「はい。うちの娘に手を出すような不埒なものがいれば、騎士団と軍の総力を持って叩き潰すと。その覚悟があるならかかってこいや、ともうしている父がいますがわたくしは問題ないです」
「……お前は良くても、俺が良くない状況になりそうだな」
唇を歪めた彩斗に、ラ・フォリアは一度クスクスと笑った。
「ですが、真祖さえも上回ると言われているあなたなら、わたしの父とも渡り合えるかも知れませんね」
彩斗にもう一度軽く口づけをし、いつものように悪戯っぽく微笑む。
そりゃ勘弁だわ、と彩斗は顔を真っ赤にしながら苦笑いを浮かべる。
「アルディギア王家が長女、ラ・フォリア・リハヴァインの名において命じます。“神意の暁”、緒河彩斗、わたしの血を吸いなさい」
少しの間を開けて、彩斗は恥ずかしそうな顔をしたのちに真剣な顔になる。
「ラ・フォリアの親父でも軍隊でも相手してやる。だから夏音を救うために力を借りるぞ」
彩斗がラ・フォリアの身体を優しく抱き寄せ、その露わになる首筋へと牙を突き立てた。
「動き出したか」
氷の中に閉じ込められていた模造天使が、目を開けた。
「心象風景の投影による表層人格の破壊と再構築か。計算外の事象だったが、まあいい。これでもう、お前をこの世界に繋ぎ止めるものは完全に消えたのだな……夏音よ」
どこか救われたような表情で、賢生は呟く。
突如として凄まじい轟音とともに大地が震える。
模造天使が眠る塔の根元。分厚い氷ぶち破って、巨大な獣が現れる。
凄まじい振動が大気を歪めて、陽炎のような肉体を形成している。緋色の鬣をもつ、双角の召喚獣。
「──第四真祖の眷獣だと!?」
賢生は愕然としながら目を細めた。眷獣が消滅し氷の裂け目から、見覚えのある四人組が現れる。
古城と雪菜、そしてラ・フォリア・リハヴァインと彩斗だ。
「生きていたのか、第四真祖。さすがは世界最強の吸血鬼、と言ったところか」
「オッサン、あんたは──」
「だが、ありがたい。もう一度きみと戦えば──強敵との戦闘で霊的中枢をフル稼動させれば、夏音は今度こそ最終段階に進化する。これ以上、新たな敵を求めて彷徨う必要はない。夏音はもう傷つけなくて済む」
古城の言葉を遮って、賢生が一方的にそう告げた。
「テメェは、もう黙ってろ」
あまりにも身勝手な言い訳に頭に血が上がる古城の後方から先ほどのように膨大な魔力を感じ取る。
それが彩斗のものだと考えるまでもなくわかった。
「あんたがなにをしたいかなんてわかんねぇ。だが、テメェがそこのババアとかとは違う考えで夏音を模造天使にしたのはなんとなくだがわかる。……だが、俺はお前を許さねぇよ!」
彩斗の冷ややかな口調には、先ほどまでの怒りもあったが、それ以外に同情するような声が感じられる。
「……黙れ……お前ごときに私の夏音に対する気持ちがわかるか!」
賢生が声を震わせる。信念の揺らいだ彼の表情には、憎々しい苦悩が混乱していた。
「──下がりなさい、賢生!」
ラ・フォリアが鋭い声で警告した。
だが、その言葉が届く前に、賢生の頭上で爆発が生じた。
何者かの攻撃で氷の塔が爆発した。
鋭く尖った氷塊が賢生へと降り注ぐ。だが、それは賢生に激突する前に飛来した巨大な梟の黄金の翼が拒んだ。
「ベアトリス・バスラ───!」
雪菜が叫んだ。
古城たちの背後に紅いボディースーツの女吸血鬼と獣人化したロウ・キリシマがいる。
「のんびり育児方針についてお話ししてるところ悪いんだけどさァ、時間外労働だし、あたしたち、そろそろ帰りたいのよね。さっさと第四真祖をぶっ殺しちゃってくれないかしら」
槍の眷獣を自らの手に戻し、ベアトリスは、気怠そうに息を吐いた。
「でないと、せっかく造ったこいつらが売れ残っちゃうからさ──!」
手に持っていた制御端末を起動させ、金属製のコンテナの蓋が、轟音の内側から弾け飛んだ。
その姿は、以前の絃神島ないで見た奇形な仮面。
「“仮面憑き”!?」
雪菜が、槍を構えて愕然と叫んだ。
不完全とはいえ彼女たちは、古城を追い詰めるほどの戦闘力を持っている。それが二体。
「どういうことだよ。おまえらが造った模造天使の素体は七体だけじゃなかったのか?」
古城が顔をしかめて賢生を睨む。
「そのはずだ。私は、儀式に必要な最低数しか用意してない」
「つまりは、クローンか」
翼を展開した“仮面憑き”たちが上空へと舞い上がる。
「あんたは、話が早くてほんと助かるわ。わたしは好きよ」
「ババアに好かれてもうれしくねぇよ」
ベアトリスが彩斗を睨む。
だが、彩斗から流れ出る魔力に後ずさる。
「そういえば、あんたの正体だけ聞いてなかったわね」
「あぁ? 俺か、神意の暁は夏音の友達だ」
ちっ、とベアトリスは眷獣を再び喚び出して彩斗を睨みつける。
彩斗は突如として古城の肩に手を置いて後方へと下がる。
いつもの気怠そうな顔をしながら彩斗は上空へ浮かぶ、“仮面憑き”を見上げている。
「王族とか霊媒とか知ったことか。叶瀬もラ・フォリアも普通の女の子だろうが。それを天使にするだの、クローンで増やすだの、好き勝手なことばっか言いやがって──!」
古城の瞳が赤く染まる。それは怒りの色だった。
「いい加減に頭にきたぜ。叶瀬を助けて、おまえらのくだらねえ計画をぶっ潰してやるよ! ここからさきは、第四真祖の戦争だ!」
禍々しい覇気を放って、古城が吠えた。
真祖の魔力に反応した“仮面憑き”が、光剣を古城へと撃ち放つ。
その剣を撃ち落としたのは、銀色の槍の一閃。
「──いいえ、先輩。わたしたちの、です」
叶瀬夏音が覚醒した影響か、海風に粉雪が混じっている。
「Kyriiiiiiiiiiiii──!」
天使が咆哮する。
すでに二体の“仮面憑き”は雪菜が止め、女吸血鬼と獣人の男も雪菜とラ・フォリアが止めた。
「苦しいか、夏音」
彩斗が、静かに呼びかける。その声が届いていることを信じて彩斗は呼びかけ続ける。
「大丈夫だ。おまえは俺たちが絶対に助けてやるからな。ちょっと待ってるよ。今すぐそっから降ろしてやるからな」
天使の翼に浮かぶ眼球から、光の剣が放たれる。
だが、その攻撃は夏音の意思ではない。防衛反応だ。
降り注いだ光の剣は彩斗の身体から衝撃波が生まれ、全て消し去る。
「古城、あの翼は任せたぞ。俺が隙をつくる」
古城は無言で頷いた。
上空に浮かぶ、夏音へと目掛けて右腕を突き出した。その腕から鮮血が噴き出した。
「“神意の暁”の血脈を継ぎし者、緒河彩斗が、ここに汝の枷を解く──!」
鮮血が膨大な魔力の波動へとなり、凝縮された波動が、実体へと変化する。それは鮮血の鬣の眷獣。
「──降臨しろ、九番目の眷獣、“戦火の獅子”!」
出現したのは獅子。鮮血の鬣、鋭く尖った爪と牙。
それは、先ほど彩斗の意思に反して出現した獅子の眷獣。
緒河彩斗が、“神意の暁”から受け継いだ眷獣の一体。
ラ・フォリアを霊媒として従えることができた眷獣。
「“戦火の獅子”行け!!」
鮮血の獅子が主人の意思に従い空を駆け抜ける。
だが、鮮血の獅子は模造天使へと向かうのではなく海の方へと駆けた。その予想外の行動に模造天使の翼が鮮血の獅子を襲うがそれは全く当たらない。
鮮血の獅子が島から離れた位置で制止する。
「一応忠告しておく。お前ら全員耳を塞いだ方が身のためだぞ」
彩斗は不敵な笑みを浮かべる。
「まぁ、もう遅ぇけどな……吼えろ、“戦火の獅子”!!」
彩斗の叫びとともに島から遠く離れた鮮血の獅子が空気を吸い込む。吸い込んだ空気が一気に大気中に解き放放たれる。いわゆる咆哮と呼ばれるものだ。
その咆哮は、大気を震わせ衝撃波を生みだす。衝撃波は、彩斗たちがいる島へと到達するとともに島の木々をなぎ倒し、岩を破壊し、巨大な津波を巻き起こす。
これが鮮血の獅子が持つ衝撃波を生みだし、次元干渉さえも行う能力だ。
これを恐れ、彩斗は暴走したとき自らの眷獣を使い消滅さえさせたのだ。
「今だ、古城!!」
次元干渉を行う衝撃波は模造天使の身体にダメージを与えることができる。
だが、この攻撃は離れた位置からの衝撃波で模造天使の肉体の隙をつくることになった。
「“焔光の夜伯”の血脈を継ぎし者、暁古城が、汝の枷を解き放つ──!」
古城の左腕から鮮血が膨大な魔力の波動へと変わり、それが実体を持った召喚獣へと変わる。
「──疾く在れ、三番目の眷獣、“龍蛇の水銀”!」
艶やかな銀色の鱗に覆われた龍。ゆるやかに流動してうねる蛇身と、鉤爪を持つ四肢。そして禍々しい巨大な翼。水銀の鱗に覆われた蛇龍。
それが、二体──
二体の龍は、螺旋状に絡まり合って、前後に頭を持つ一体の巨龍。すなわち双頭の龍。
雪菜を霊媒として目覚めた眷獣。
だが、雪菜だけでは、“龍蛇の水銀”は目を覚まさなかった。それはラ・フォリアの血を吸うことで目を覚ました。
この眷獣は、二体で一つの眷獣。だから雪菜だけでは目を覚まさなかった。
「Kyriiiiiiiiiiiii──!」
模造天使は叫ぶが、衝撃波で動くことすら出来ない。
それでも高次元世界の天使に攻撃は出来ない。
「馬鹿な……!」
叶瀬賢生が驚愕の声を上げる。
水銀の眷獣が、決して触れられない天使の翼を、周囲の黄金の光ごと喰いちぎった。
「模造天使の余剰次元薄膜を、喰った……だと!?」
翼を失った模造天使は堕ちる。
「あの眷獣──次元喰いか! すべての次元ごと、空間を喰ったのか!?」
あれが第四真祖の眷獣。双頭龍の顎が喰ったものはこの世界から消滅する。
これが遥か高みの高次元から地上へと引きずり降ろす力だ。
これで古城の攻撃は模造天使へと通用する。
だが、夏音の身体は神気が勢いを増す。
夏音の身体は巨大な翼に不釣り合いなほどの神気が炎を噴き上げる。
「そうだ。まだ同じ次元に墜ちただけ──高次空間から流入する神気が失われたわけではない」
喰いちぎられた翼が再生する。その翼は無数の光剣が無差別に放たれる。
「やめろ、叶瀬!」
古城が必死に叫ぶ。
無限に再生する天使を倒すには、夏音の霊的中枢を破壊するしかない──
「そうだ。たとえ真祖の眷獣が相手でも、模造天使が敗北するはずがない。我々は負けない。負けられないのだ──!」
「くそっ! なんでだ!? これでも駄目なのかよ、叶瀬──!?」
「いいえ、先輩。わたしたちの勝ちですよ」
「あぁ、俺たちの勝ちだ」
彩斗の横には制服姿の小柄な少女が、銀の槍を構えて古城の前に立つ。
「──姫柊、彩斗!?」
彩斗は勝利を確信したといわんばかりに右腕を模造天使へと向ける。
「──来い、”海王の聖馬”!」
海王の一角獣が顕現とともに彩斗へと向かい突進してくる。
彩斗の身体に直撃するとともに一角獣は強烈な閃光を放ち爆発的な魔力を生じる。
魔力は凝縮され、彩斗の身体を包み込む。
それは、膝丈まである漆黒のロングコートへとその姿を変える。
漆黒のコートが翻るとともに彩斗は右手再び、強く握り締める。
大気中の漂う水分。さらには原子である水素と酸素を結合させる。
出現した水は、模造天使へと続く階段へと姿を変える。
「いけ、姫柊!!」
雪菜は迷いなくその階段を駆け上がる。
「獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る──」
雪菜が構えた銀色の槍が、祝詞に呼応する。あらゆる結界を切り裂く魔力を無効化する降魔の光だ。
「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」
雪菜の槍が、模造天使の肉体に接触する。
魔力を無効化する“雪霞狼”の一撃が霊的進化術式を消し去った。
「な……!?」
魔術の呪縛から解き放たれた夏音が、本来の背中から三対六枚の翼が抜け落ちた。眼球の形をした霊的中枢が、制御を失って暴走する。
「──喰い尽くせ、“龍蛇の水銀”!」
飛来した巨大な二つの顎が、その眼球をすべて呑み込んだ。神気が消滅する。
「夏音!」
彩斗は落下してくる夏音の身体をしっかりと抱きかかえる。
抱きしめた夏音の身体は、冷え切っていた。
だが、確かにその鼓動は感じる。
「よかった……本当によかった」
彩斗は夏音の無事に安堵して一粒の涙がこぼれ落ちた。
事件の始末を那月が引き受けてくれるということで彩斗たちはあっさり帰された。絃神港に到着して三十分。
古城は、ボロボロの制服の代わりにアロハシャツを着ている。
彩斗の制服もボロボロであったがそれを着る気にはなれずそのままの格好でいる。
「叶瀬は?」
「しばらく入院することになるそうです。魔術儀式の影響で、衰弱がひどいので──」
「まぁ、第一に至らなくてよかったけどな」
「緒河先輩は、叶瀬さんのことが本当に心配なんですね」
その言葉に彩斗は顔を真っ赤に染める。
「い、いや、……そ、それは」
雪菜は、安堵するように微笑む。
「──こちらにいたのですか、彩斗。それに古城、雪菜も」
「ラ・フォリア? もう帰るのか?」
古城が訊く。
ラ・フォリアは、彩斗を一瞥して、優雅に微笑む。
「これから病院に向かいます。墜落した飛行船の生存者が収容されているそうなので」
「救助された人たちがいたんだな」
いい知らせだな、と彩斗は顔を赤くしながら口にする。
「はい。そのあとは東京に。非公式の訪問のつもりだったのですが、こうも騒ぎが大きくなっては、そういうわけにもいかないでしょう」
「外交か……大変だな、王族ってやつも」
ラ・フォリアは心配そうに見つめる彩斗と古城に微笑む。
「──お別れは申しません。あなた方のおかげで、無事にこの地に辿り着くことができました。この縁、いずれまた意味を持つときがありましょう」
気品溢れる口調で、ラ・フォリアは彩斗たちの前に出た。そして雪菜を抱き寄せ、彼女の左右の頬に順番にキスをする。少し驚いた表情でそれを受ける雪菜。
ただの挨拶なのだろうが、彩斗たちにそんな文化がないためやはり驚く。
続けてラ・フォリアは古城に一歩近づいて、同じように左右の頬に順番にキスをする。
古城は、少し身体を硬直させる。その光景を見て、雪菜と紗矢華が少しムッとしている。
最後にラ・フォリアは彩斗に一歩近づいて、同じように顔を寄せてきた。一瞬見えた彼女の瞳には、いつもの悪戯をするような感じを感じた。そして彼女は、彩斗の唇に自らの唇を押し当てた。
「───ッ!?」
その場のラ・フォリア以外の時間が止まった。
誰も今何が起きているのか、理解出来ずにいる。
彩斗も動けずにいる。ラ・フォリアは、それをいいことに好きなだけキスをし続ける。
それは、吸血のときよりも長いキスだった。
ようやく彩斗を解放する。
「それでは、ごきげんよう」
天使のような笑顔で手を振りながら、降りていくラ・フォリア。
「あ……王女、お待ちを……」
紗矢華がラ・フォリアを追いかける。
自分でも起きたことが全く理解出来ずにいる。
だが、彩斗の少し遅れて顔が赤面していく。それは先ほどなど比べものにならないくらいにだ。
「彩斗君!」
必死で顔を元に戻そうと奮闘している最中に、声が聞こえた。
その声の主は、長髪をショート風にまとめた小柄な少女。古城の妹の凪沙だ。
「ね、な、今の誰!? 夏音ちゃんにそっくりだけど外国の人だよね。すごい美人ていうか、王女様みたいっていうか。なんであんな人と知り合いなの。なんで彩斗君とキスしてたの。どうしたのその制服。なんか切られたみたいにまってるけど。ていうか古城君はどこに行ってたの。なにその格好。昨日も家にも帰ってこなくて心配したんだから!」
「な、凪沙!? おまえ、なんでこんなところに……!?」
早口の少女の言葉に古城が応える。
凪沙にどんな言い訳をしようかと考えているとそこに新たな人影を見つけて、彩斗は顔を引きつらせる。
ここで彩斗は、大事なことを忘れていることを思い出す。
「あたしが連れてきたの。煌坂さんが、あんたたちがこの船に乗ってるって教えてくれたから」
「あのやろう……余計なことを……」
紗矢華を少し罵倒しながら、必死でこの場を逃れる言い訳を考える。
「まあいいわ。時間はたっぷりあることだし、絵のモデルでもやりながら、ゆっくり聞かせてもらおうじゃないの」
「って……勘弁してくれよな」
赤面する顔が一気に青ざめながら緒河彩斗の長く過酷な夜が始まろうとしていることに深くため息を洩らすのだった。
同時刻。
「やっぱり、止めてくれたんだ」
少女は、安堵したようにため息を漏らす。
船上ではしゃぐ皆の姿を見ながら少女は笑みをこぼす。
“第四真祖”暁古城を殺すためにこの島にやってきた“剣巫”姫柊雪菜が普通に彼と会話し、接している。
「いいな、雪菜……」
愚痴を漏らすようにボソッと呟いた少女は、地面に置いた黒い大きなギターケースを背負い直す。
「ボクもそんな風になれるかな……」
ボソッと再び呟いた少女は、夕陽を背にその場から立ち去っていく。
獅子王機関の“剣帝”逢崎 友妃は、“神意の暁”の少年と出会う日はそう遠い未来でもない。
後書き
天使炎上篇完結
次回、叶瀬夏音を助け出し、平和を取り戻す”伝説の吸血鬼”緒河彩斗と”世界最強の吸血鬼”暁古城だった。
だが、彼らの日常には監視者の存在、獅子王機関”剣巫”の少女、姫柊雪菜がいつもついている。
彼は、”第四真祖”の監視役であって”神意の暁”の監視役ではないことに彩斗は少し気軽にいた。
そんな彼の元にあの少女が姿を再び現れるーー
剣使の帝篇始動!!
この話は、オリジナルで天使炎上篇と蒼き魔女の迷宮篇との間のお話となります。
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