鬼灯の冷徹―地獄で内定いただきました。―
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伍_週刊三途之川
七話
そっとドアが開いた。控え室から出てきたピーチ・マキは、もうすでにメイクもヘアセットも完成しているようで、ミヤコは同じ女子から見てもかなりかわいいと思った。
よくある女子同士の、挨拶とほぼ変わりのない口先だけの『かわいい~』ではなく、これが本物のアイドルだということを目の当たりにした。
かわいい外見とは裏腹に、マキは訝しげに小判を見下ろすと途端に目を吊り上げた。
「小判!あんたまた来たの!?あれだけゴシップ誌なんかに載るのは嫌だって言ってるでしょ!?」
「今日はゴシップじゃニャーでさ、マキちゃんがまたCD出したってんで、その取材よ」
「どうせ載るのは『三途之川』でしょ・・・・・・って、あれ?あなた」
ようやくミヤコの存在に気が付いたマキは、目をパチクリさせて彼女を見つめた。
「確か、臨死体験中で鬼灯様のところで働いてるっていう、人間の」
「えっ、ピーチ・マキさん、わたしのこと知ってはるんですか?」
ミヤコが驚いて尋ねると、マキはニッコリした。
小判への怒りは一時忘れたようだ。
「この前、たまたまこの局で鬼灯様と会って。それで、いろいろ聞きました」
「いろいろ・・・・・・?」
「ちょっと抜けてて変に真面目な、関西のノリがたまにウザイ子が仕事を手伝ってくれてるって」
めちゃくちゃな言い草である。ミヤコは少しムッとした。鬼灯らしいといえばそうだが。
でも、少しは彼の仕事の役に立ててると思うと、何だか嬉しくもあった。
「でも、鬼たちの間ではちょっと噂になってるかも。あなたのこと、薄っすら知ってる鬼ならたくさんいると思います」
「へえ、そうなんや。やっぱり普通じゃないもんなあ」
「今日はどうしてここに?えっと・・・・・・」
「あっ、わたし加瀬ミヤコって名前です。今日は鬼灯さんが特番の収録があって、せっかくなんで暇だし一緒に来させてもらったんです」
「もしもーし。わっちのこと、お忘れじゃニャーですかね?」
小判が不満そうな表情で言った。
「マキ、おめえが新曲出したくらいでこう取材してやってんのは、わっちくらいさね。もっと感謝してほしいもんだ」
「うっ・・・・・・確かにそうだけど」
「アイドルも大変ですね。忙しそうやなあ」
ミヤコが腕を組み、ぽつりと言った。テレビで見るアイドルやタレントは華やかで楽しそうで、ファンの人にキャーキャー言ってもらえて、少し憧れる時もある。
でも実際は自分一人で自由に使える時間もあまりないだろうし、芸能界のいざこざや、こういう面倒そうな記者に追っかけられたり、決して楽してギャラをもらっている訳ではないのだ。
平々凡々な毎日を送っているけれど自分にはそれで十分だ、とミヤコは思った。
「マキちゃーん、そろそろ時間」
廊下の奥の方で、番組の関係者らしき男性の声がマキを呼んだ。
ミヤコは何となくその方を見ていると、その男性が何やら数人と話し合いを始めたのが見えた。
テレビ局の人も忙しそうである。
ミヤコは就活を始めた頃に、こういう世界で働くことも少し考えたこともあった。
マキと小判はまだ論争している。
「マキさん、ほら、早くしないとあの人がこっちへ来ましたよ」
「マキ!収録が終わったら取材するからな、勝手に帰るんじゃねえぞ」
「もう、ほんとに面倒臭い・・・・・・」
「ねえ、君さ」
「えっ、はい?」
いきなり声をかけられ、ミヤコは声が裏返った。
マキを呼んだ男性がわざわざこちらへ来たのは、ミヤコが目的だったらしい。
「アイドル、やってみたくない?」
「・・・・・・はい?」
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