魔法科高校の神童生
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Episode24:魔法記者
前書き
魔法科高校の劣等生、アニメ始まりましたねー!いやあ、アニメ見るとすごく執筆意欲が刺激されます。早く鋼でてこないかなぁ
「…はぁ、なるほど。了解です。取り敢えず明日の放課後に風紀委員の教室に行けばいいんですね?」
「ああ、そうだ。遅刻はしてくれるなよ?」
「信用ないですね、俺」
「日々の行いのせいだと思って改めるんだな」
いやぁ、渡辺委員長ったら容赦ないな。
結局、召集に間に合わずに遅刻した俺は事情を聞かれる前に軽く説教された。まあ、事情を話したら今回の件は不問になったわけだけど、日々の積み重ねのせいでどうやら俺の信用はガタ落ちしているようだ。もっと緊張感持ってやったほうがいいかな、解雇なんてされたら笑えないし。
「それにしても、随分急ですね。まさか、いきなり明後日に討論会を行うなんて」
「まあ、真由美にも考えがあるんだろう。そもそも、あいつが討論やらで負けているところを見たことないぞ」
「ああ、まあ確かにそんな感じがしますね。壇上に立つのは七草会長だけですか?」
「実際に喋るのは真由美だけだが、一応念のために服部も壇上に立つことになっているな」
急遽、執り行なわれることになった生徒会と差別撤廃有志団体の討論会。こういった話し合いの場を設けられたということは、有志団体の要求が通ったということか。
まあ、これであの馬鹿女との話の辻褄が合うようになったか。俺があの女になんと思われようがどうでもいいけど、俺が誤った報告を促してあの女が責任をとらされるのは、ちょっと寝覚めが悪いから嫌だった。
「じゃあ、俺らは舞台袖とかに待機ですか」
「そうなるな…詳しい話は明日にしよう。お前は、早く帰宅しろ」
「了解です委員長殿」
ちなみに俺は部活には未所属だったりする。入ってみたいっていう部活なら幾つかあったけど、お仕事の都合で不可能になってしまった。もし入ることができたとしても、幽霊部員となってしまうのは免れないだろう。
それはそれで部員の人達に迷惑をかけてしまう。だから、俺は結局帰宅部という道を選んだのだ。
「んー…!」
学校を出てしばらく、キャビネットのターミナルで俺は思いっきり伸びをした。最近はガラにもなく考えなければいけないことが多くて肩が凝る。けど、お陰様で大体敵の全貌がわかってきた。
まず、目下最大の敵はブランシュだ。明後日に生徒会と討論会を行う有志同盟はブランシュに操られていると見ていい。なら、ブランシュのほうを潰してしまえば後は操り手のいなくなった人形同然。烏合の衆となった有志同盟は勝手に分裂していくだろう。
「けど、厄介なのがもう一匹いるんだよなぁ」
そう、それが今日会ったあのアホの娘…もとい大亜連合特殊工作部隊所属の龍舜花。救いようのない馬鹿だということは確かだが、それ以上に学校側の防衛システムを掻い潜ってもケロリとしている実力者であることも確か。
取り敢えず、敵勢力は大きく分けて三つ。『有志同盟』『ブランシュ』そして『大亜連合』。明らかに一介の高校生がどうにかできる布陣ではない。でもまあ、俺がただの高校生であるはずがないわけで。
「あ、もしもし沙織さん?」
『表世界』でできることは確かに限られてくるけど、『裏世界』でなら、そこはもう俺の管轄内だ。
「あ、正体がわかったんですね。はい、じゃあ今から行きます」
思わぬ朗報に笑みを浮かべて、俺はキャビネットに乗り込んだ。
「おじゃましまーす」
カランカラン、とベルが鳴って扉が閉まる。夜になればスナックとして活動しているこの店は、昼間はまだ準備中の札がかかっている。とはいえ、ここの店主から入店の許可はもらっているために尻込みすることなく俺は店に入った。
落ち着いた雰囲気の、少し狭いスナック。どこにでもあるようなレトロな空気は、結構お気に入りだったりする。けどまあ、『天井から縄で縛られて吊るされている少女』がいて、その雰囲気はぶち壊しになってしまっている。
「おや、意外と早い到着だね」
「どうも沙織さん」
これは一体どういう状況ですか、と聞く前に、店の奥から出て来た沙織さんに挨拶を返す。父さんよりも少し年上だからもう四十代後半だろうが、その美貌は変わらない。無理を通せば二十代でもギリギリで通ってしまいそうだ。
「それで、この娘が?」
縄で、縛られ…ていうかなんかこの縛り方おかしくない?なんだっけこれ…ああ、そうそう亀甲縛りっていうやつだ。そんな縛り方のせいで少女の色んなところが強調されていて、正直目のやり場に困る。
「ああ、そうだよ。今年の二月後半あたりに、アンタをノイローゼ寸前まで追い込んで取材した『魔法記者』だ」
まさか、俺よりも年下の女の子だったとは。俺に付きまとっていたのは成人男性だったけど、認識阻害の魔法でも使ってたのかな?
まあ、それはいいけど…沙織さんなにやってんの?
「あの…流石にそれは……」
目隠しをされてぐったりしている少女に、更に口にナニカ固定具のようなものを嵌めようとしている沙織さんを止める。
「そうかい?人様に大きな迷惑をかけたんだ。それ相応の罰は必要じゃない?」
「いや、それはちょっとやりすぎかなー、と…それに俺も目のやり場に困るので」
『沙織を怒らすと、もうヤバイごめんなさい』、そう涙目で言っていた父さんの言葉に、最大の同意を返す。この人は決して敵に回しちゃダメだ。社会的に殺されることになる。
「そうかい、ま、直接被害を受けたアンタがそう言ってんだ。ここまでにしとこうかね。アタシは店の準備があるから、その娘降ろしといてくれ」
「う、俺が…?」
「ああ、頑張りなシャイボーイ」
意地の悪い笑みを浮かべて店の奥にひっこんで行ってしまった沙織さん。俺は、店の中に亀甲縛りで天井から吊るされている少女と二人きりなっしまった。
「……最近、恥ずかしい思いをすることが多い気がする」
顔を真っ赤にしながら、遂にはビクンビクンし出した少女を慌てて降ろすのだった。
「だ、大丈夫?」
「ふぁい、らいひょうふれす…」
(全然大丈夫そうに見えない…)
いつから吊るされて縛られていたのだろうか。自らを魔法記者と名乗る少女は、地面に降ろされた後もしばらくビクンビクンと震えていた。というか、隼人が指先でツンツンと突つくものだから、更に悪化してしまっている。
表面上では心配しているようで、実際は少女を虐めて楽しんでいる---、隼人にそんな意図は決してないのだが、端から見ている沙織にはそのようにも見えた。
とにかく、少女が正常に戻らないと本題に移ることができなくなる。隼人はそう判断して、取り敢えず少女を寝かせておくことにした。
「それにしても、アンタはまた厄介そうな事件に巻き込まれてるねぇ」
「その俺が毎回事件に巻き込まれてるような言い方やめてよ。事実なんだけどさ…」
そう言って差し出されたカップを受け取る。どうやら普通のコーヒーのようで、以前擬似コーヒーという実態はアルコール度数が半端じゃない酒を飲まされたことがあるために警戒していたのだけど、どうやらそれは奇遇のようだった。
「それで、敵さんの大体の構成は分かったのかい?」
「うん。取り敢えずは、ブランシュ日本支部に、それに操られているであろう差別撤廃の有志団体。そして、ブランシュに雇われているであろう大亜連合特殊工作部隊……正直、かつてないほど大きな組織になりつつあるよ」
「確かに厄介だねぇ…それで、アンタはその娘をどう使うつもりだい?」
少し落ち着いてきたのか、少女はまだ呼吸を荒げているが痙攣することはなくなっていた。立ち直りが早くて助かるよ。
「『使う』だなんて人聞きが悪い。ちょっと、『協力』してもらうだけだよ」
やだなぁ沙織さんったら。使うだなんて、まるで俺が酷い人みたいじゃないか。
「自覚はなし、ねぇ…まったく、変なところばかり櫂に似てきてるよ」
「一応褒め言葉として受け取っておくよ」
さてと、そろそろ大丈夫かな?
「やあ、久し振りだね。魔法記者さん?」
「……!」
床にヘタリこんでいる少女と目を合わせてニッコリ笑いかける。すると、彼女は思い切り目を逸らした。
「君には色々と言いたいことがあるけど、一先ずそれは置いておくことにするよ」
「……」
だんまり、か。
ふむ、あまり反省の色が見られないなぁ。これは後で沙織さんに続きをお願いするしかないかな。
「君に、頼みたいことがあるんだよ」
その後、俺が浮かべた笑みを見た二人は揃って青い顔をしていた。
「大亜連合の情報が欲しいんですか?」
「うん。それも、対日問題だけじゃなくて世界全域的な情報がね」
キョトンとして問い返す魔法記者の少女に頷いて肯定の意を示す。
そう、俺が彼女と接触したかった理由は、『記者』という立場から得られる大亜連合の情報だった。
今回の一連の事件で、有志団体やブランシュの目的はなんとなく予想がついている。けど、唯一大亜連合の思惑だけが想像できない。
いや、想像ならできる。けど、想像し得るパターンが多すぎるのだ。戦争への布石、敵情調査、魔法科高校にある機密文書の奪取、生徒の誘拐……考えれば考えるほど出てきて、中々絞り込むことができない。
「さっき説明した今回の事件で、大亜連合がなにをしようとしてるのか…少なくとも、これだけは把握しておきたいんだ」
「……私が知っている情報には限りがあります。貴方が満足する情報はないと思いますケド」
「それでもいいよ。どんな些細なことでも、手掛かりになることはあるんだから」
提案に協力的な少女に安堵感を覚えながら、随分とガラじゃないことしてるなぁと思う。
今までの俺だったら、自ら事件を解決していこうとなんかしなかった。ただ成り行きに任せて、命令されればそれを遂行する。結果的にそれが解決の糸口になることもあったけど、今回みたいに自分から進んで調査とかすることはなかった。
「……なんでだろうなぁ」
「どうかしました?」
「いや、なんでもないよ」
なぜ自分がこんなに積極的になったのかは分からない。そして、それが良いことなのか悪いことなのかも分からない。
ただ、たまにはこんなのも悪くないか、と思ってる自分がいた。
「勿論、その情報にあった見返りをあげるよ。君が望むモノ、可能な限り用意してあげよう」
と、言って気づく。
「なら…」
この娘は、曲がりなりにも俺をノイローゼ寸前まで貶めた、
「私は、貴方を知りたい」
全くもってなにを仕出かすか分からない、
「九十九隼人…貴方が欲しいです」
決して、油断してはならない相手だということに。
「…………………え?」
言葉の意味をうまく理解できずに、俺は固まることしかできなかった。
「あらあらまあまあ」
ニヤニヤと笑みを浮かべる沙織さんを見る、つまり、そういうことなのだろうか。いや、違うよね?いきなり告白なんかじゃないよね?
「え、っと…それは、一体どういう意味なのかな?」
「どういう意味もなにも…私は、貴方が欲しいというだけです。情報でもネタでもない、貴方という人が」
これは、一体なんのドッキリなのだろう。過去にノイローゼにされた少女に再会して告白されました、なんて鋼に言ったらきっと、
「…遂に童○こじらせちゃったか」
と妄想系男子にされかねない。そんなのは真っ平御免だ。
「えええええと…あの、君の気持ちは嬉しいけど、俺らまだ知り合ったばっかだからさ?い、いきなり付き合うとかっ、そういうのは、早すぎると思うんだよね!?」
「…そうですね、確かに急すぎました。なら、私と友達になってください。それならいいですよね?」
「あ、うん。もちろん大丈夫だよ。よろしくね」
どこか縋るような瞳に、少しの疑問を覚えるけど、彼女の提案に異論はない。二つ返事で了承し、手を差し出す。
「そういえば、名前を聞いてなかったよね」
「あ、はい。私の名前は九十田エリナです」
差し出した右手に、華奢な手が重なった。
「あ、そうそう。追加で、『司一』の親類関係も調べてくれないかな?」
「追加報酬が貰えるなら…」
「う…まあ、考えとくよ」
隼人が魔法記者という少女にトンデモ発言をされていた一方ーーー
ケーキの美味しいカフェにてーー
「どうしたんだいエイミィ?」
「なんか、強敵が現れた予感…」
「女の勘ってやつね!」
街中にてーー
「…急に不機嫌になって、どうしたの雫?」
「…負けられない……」
「なにに!?」
廃墟にて倒した敵を踏みながらーー
「コレは…またやったのね隼人」
「どうしたセラ」
「貴方の遺伝子が猛威を奮っているのよ」
「え…?」
生徒会室にてーー
「……!」
「リンちゃんがミスタイプなんて珍しいわね」
「確かにな…九十九となにかあったか?」
「…っ!」
「あ、またミス……これは確実ね」
深夜。昔の風情を少しばかり残している街、京都。街頭の少ない街道を駆け抜ける影があった。長い青髪を靡かせ、ターゲットのいるホテルへと侵入するスバルだ。
魔法大学の研修でここに来ているスバルだが、九十九の家業はそんな事情は御構い無しである。端末で今回のターゲットと、自分と扉一枚隔てた先で笑い声を上げる男の顔を確かめる。
男は現在、電話でなにかの商談中だった。どうやらうまくいったようで、緊張感なく雑談にかまけている。
その様子を見て、スバルは内心で舌打ちを漏らす。ターゲットの顔は一致。敵は隙だらけ。絶好のチャンスなのだが、相手は電話中。ここで殺しに行ってしまえば急に返事がなくなったことに電話の相手は不信感を抱くだろう。僅かな情報すら標的とその近辺には与えたくない。故に、スバルはターゲットが電話を終えるのを待つしかなかった。
待つこと数分、男は電話を切り、その端末をデスクの上に置いた。それを見て、動く。
音もなく扉を開き、加速魔法で一気に背後をとったスバルに、男は気づかなかった。刀型のCADが男の首筋に添えられ、視界は手で遮られる。
「アンタが、ブランシュの幹部さんね?」
「……!」
怯えを表す男に冷ややかな視線を向けて、刀を首に押し当てる。プツ、と皮膚が切れ一筋の血が流れた。
「聞きたいことは一つだけよ。目的は?」
ここにきて、動きが激しくなったブランシュ日本支部。明らかになにかを企んでいるのは確かだ。そしてそれは隼人によってある程度判明している。スバルのは、その仮定の裏付けだった。
だが、この魔法師でもなんでもない男の口から出て来た言葉は、問いに対する答えでも、悲鳴でもなかった。
「殺れ…!」
掠れた声で発せられたのは、何者かに向けた命令。瞬間、スバルは凄まじい風圧を受けて侵入してきた扉へ押し戻された。
「…用意周到ね……」
思わずそう漏らしてしまったのは仕方のないことだった。
舌打ちをしたスバルの視線の先。そこには、黒鞘の刀を持った異様な雰囲気を持つ女が佇んでいた。
ソレは例えるならば、『亡霊』。目の前にいるのに、知覚できない。確かに視界に入っているはずなのに、存在を感じ取ることができない。
(…BS魔法かしら…?どちらにせよ、存在が認知できないのは厄介ね)
背筋に冷や汗が流れるのを感じて、スバルは内心の焦りを悟られないように納刀したままの刀を構えた。
チラリと部屋の中を窺い見ると、どうやら男は早々に逃げ出したようだ。
「貴女はブランシュの人間かしら?」
油断なく刀を構えて、亡霊に向けて問いを紡ぐ。だが、返ってきたのはやはり殺気のみ。交渉は無理、とスバルはその選択肢を切り捨てる。
「……!」
ユラリ、と影が動いた。そう認識した時にはスバルは反射的に刀を前に突き出していた。ガキン、という硬い感触が柄から伝わってくる。
どうやら防げたようだ、と安心するのも束の間。背後から強烈な殺気を感じて慌ててその場を飛び退る。
(本当に厄介…存在を感知できないから、全ての動作が後手後手に回ってしまう)
BS魔法は、現代の魔法理論では実現不可能な特異能力だ。それには様々な説があるが、過去に存在していた魔法師ではない御伽噺的な『魔法使い』の血縁者の所謂先祖返りというのが有力視されている。
故に、敵の能力は全てが未知数。現在スバルが相対しているのは認識をあやふやにするという能力を有しているようだが、本当にそれだけの能力なのかは断定することはできない。
だが、それは敵とて同じこと。
「…っ!?」
スバルの背後を取り、その凶刃で首を刎ねようとした亡霊だが、突如感じたこともない圧力がそれを力尽くに押しつぶした。
「ふぅ…」
軽く息を吐き出して、スバルは地面に押し潰され倒れ伏した亡霊を見下ろした。
「さて、と。今回の標的は貴女じゃないの。これ以上、邪魔しないでくれるかしら?」
ズシン、と更に重さがのし掛かる。思わず呻き声を漏らしそうになるのを堪えて、亡霊はせめて自分が太刀打ちのできなかった敵の姿を見るべく頭上を見上げた。
「おやすみなさい」
穏やかな声音で伝えられ、亡霊は瞳を閉じた。その瞼の裏に、白い仮面を焼き付けて。
「さぁ、ターゲットさんは何処まで逃げられたのかしら?」
亡霊が昏倒したのを確認して、スバルは携帯端末を起動させた。表示されたディスプレイには、ここ京都の地図が表示されている。そして、その中の細々とした道をゆっくりと動く赤い点。
「発信機を付けといて正解だったわね。さて、行きますか」
意識を失って倒れている女には目もくれず、スバルは今なお逃げ続けるターゲットにトドメを刺すべく、夜の街へ身を躍らせた。
それが、後になって後悔することになるとは知らずに。
翌日の朝。京都の裏路地にて、ある企業に勤めている男が刺殺体で発見された。
「ふわぁ」
「…寝てないの?」
魔法記者という心強い間者を手に入れたものの凄いことを言われて精神的に疲れた翌日、隼人は何故か雫と二人だけで昼食をとっていた。
「うん…ちょっと考え事してたら眠れなくなっちゃって」
「ちゃんと寝なきゃ、いざという時危ないよ…」
「うん、気をつけるよ」
本当なら、隼人は鋼と、雫はほのかというようにいつも通りのメンバーでいつも通りの昼休憩だったはずなのだが、よく分からない連携を鋼とほのかが見せてあっという間に隼人と雫は二人きりになっていたのだ。
彼らの思惑に気づかないまま、いや、隼人だけが気づかないまま二人は顔を見合わせて、どちらともなく溜息をついて昼食をとりだして、現在に至る。
「それにしても、あの二人は急にどうしたんだろうね?」
「さ、さあ?私にも分からない…」
少しどもってしまった雫は内心しまったと思うが、鈍感な隼人はそれに気づいた様子はない。「そっかー」なんて言いながら自作のサンドイッチを頬張る。
そんな隼人の反応に、雫は安心するも少し残念がる。あの二人は明らかにわざと二人きりの空間を作り出したというのに、それに気づかないとはどれだけ鈍いのだろうか。
雫は客観的に自分のことを捉えることができる冷静な人間だ。だから、彼女の周りの不器用な人達よりも、自分の気持ちに気づくのが早かった。
ただ、今の自分が抱いている気持ちが、恋心だというのは断言することはできない。そう断言するには、まだ彼との付き合いが短すぎた。
しかしモヤモヤとして気持ちが悪いのは確か。それなのに目の前の元凶である彼は呑気に欠伸なんてかいている。
それに対してムッとした雫は、彼のバゲットの中にある最後のサンドイッチを拉致して、隼人が静止する間もなくその小さな口に放り込んだ。
「あああ、俺の最後のサンドイッチがぁぁ!?」
「隼人さんが悪い…」
「なんで!?」
モキュモキュと咀嚼する雫に、隼人は空になったバゲットを見て涙を流すのだった。
「いやぁ、青春してるなぁ隼人は」
「あの、なんで十三束さんはわかったんですか?その、雫のことを」
所変わって、隼人と雫から少し離れた角で、今の状況を作り上げた元凶の二人はその様子を眺めていた。
「堅苦しいのは嫌いだから鋼でいいよ。まあ、僕は隼人と比較的付き合いが長いからねぇ…あいつに好意を寄せる女の子はいっぱい見てきたんだ。だから、なんとなーくだけどわかっちゃうんだよねぇ。ほんと、訳わからない能力が備わったものだよ」
あいつは鈍感だったから、僕が色々手を回してあげなきゃ女の子が可哀想だったんだよ、なんて言う鋼だが、彼とてかなりの朴念仁である。
隼人と鋼の二人でお出かけしていた時に、かなりの視線が二人に集まっていたが、二人はまったく気づく様子はなかった。つまり、鋼は決して他人のことを言えないのである。
「た、大変だったんですね…」
しかしそこは流石と言うべきか、自分の気持ちには鋭い上に思い込みが激しいのに周りの気持ちには疎いというほのかは、鋼に同情の視線を向けるだけに留まった。
物陰から見つめる二人の生暖かい視線に、隼人は最後まで気づくことはなかった。
「…ふう、ただいまー」
玄関を開けて靴を脱ぐ。誰もいないのにただいまと言ってしまうのは、もうそれが習慣になっているからだろう。しかし、それに返事がないと少し寂し「お帰りなさい!」い。
「なんでいるのさ。そしてなんでくつろいでるのさ」
そこには居間でくつろぐ少女の姿。昨日、協力関係になった九十田エリナがいた。
「私は魔法記者ですよ?あなたの家の場所を特定した上で鍵穴の形状を調べて合鍵を作るなんて朝飯前です!」
「なにその無駄なハイスペックさ」
それにしてもまずい。もしこんな所に姉さんが帰ってきたら…
『アンタ、年下家に連れ込むなんて…○貞でもこじらせた?』
なんて言われかねない。いや、あの姉さんのことだから絶対に言う。
「うーーー…だだいまぁ…」
「本当に帰ってきたぁ!?」
玄関から聞こえてきたのは物凄く気怠げな姉さんの声。結構長い研修だったから疲れているのだろうなあ。
「うぅ…隼人ぉ!」
「うわぁ!?姉さんどうしたの、って酒くさ!姉さんまだ未成年でしょ!?」
俺の姿を見るなり抱きついてきた姉さんから、強烈な酒の匂いがした。まさか、酔ってるのか?
「いいのよ一つくらいサバ読んだってー…えへへ、隼人の匂いだー」
「ねねねねね姉さん!?」
抱きついてきた姉さんがそのまま俺の胸にスリスリしてきた。やっぱり確実に酔ってる。そうか、姉さんって酔ったら甘えん坊になるのか。
「隼人は渡しません!」
「エリナはなにやっんの!?」
姉さんに対抗してか、エリナに何故か後ろから抱き締められる俺。
あ、エリナのほうが大き…
「…アンタ誰よ?」
「貴方こそ誰ですか?私の隼人にベタベタベタベタと」
「私は隼人の姉よ、どこの馬の骨とも分からない小娘に、私の隼人はあげないわ」
「その年になってもまだ弟離れできないブラコンさんでしたか。隼人が嫌がってるんで、離してもらえませんかね?」
「あら、果たしてそうかしら?アンタからは見えないでしょうけど、顔真っ赤にしてるわよー」
「それでしたら私に抱き着かれて興奮してるんじゃないですか?ブラコンさんは貧乳ですし」
「なんだとコラァ!?」
「やりますか!?」
「あの、苦し…ぐふっ!?」
「……で、エリナはなんでうちに来てたの?」
「……し、調べ物が一段落ついたので、報告をと思いまして…」
あの惨劇からしばらくして。九十九家のリビングにはギザギザの台の上に正座させられ、その上に重りとして大きな石を乗せられたエリナの姿があった。ちなみに、酔いが酷かったスバルは自室に寝かせてある。
「へぇ、なにがわかったんだい?」
「あ、あの…その前にコレどかしてくれたり、しないですよね?ごめんなさい石追加しないでください重力操作しないでくださいぃ!」
無言で、笑顔で拷問を強化しようとする隼人に涙目で懇願するエリナ。だが、心無しかその頬は火照っているように見えた。
「報告して?」
「ぁ…なんか気持ち良くなってきた…」
「ほ・う・こ・く」
「イエス・サー!」
顔を赤らめ、息を荒くするエリナ。普段の隼人ならテンパり出すはずだが、先程の事で耐性ができたのか感情が麻痺してしまったのか黒い笑みで一瞬の内にエリナを涙目にした。
「わかったのは、司一の親類関係です」
「流石、早いね」
隼人の素直な賞賛に笑みを浮かべて、エリナは恍惚とした表情を引っ込めた。真面目な話をしたいのだろう、隼人は理解して重りとして使っていた石を消失で消した。もともと裏庭に落ちていたただの石だから消してしまっても問題はない。
「司一の本当の両親は離婚しています。現在の彼の親類は、元々の父親と、その再婚相手の義母、そしてその連れ子である弟、司甲です」
「ふむふむ」
「残念ながら一についてはこれくらいしか分かりませんでした。代わりとしてですが、司甲についても探りを入れました」
「ありがとう……それって追加報酬つく?」
コクリと頷いたエリナに、隼人はガックリと肩を落とした。一の情報の報酬に加え、甲の情報への報酬。一体、ナニをされるか分かったもんじゃなかった。
「司甲。魔法大学付属第一高校三年剣道部所属。旧姓、鴨野甲。両親、祖父母共に魔法適性はなし。しかし鴨野家の実態は賀茂家の傍系にあたり、一種の先祖返りによって司甲に魔法適性が現れたと見ています」
「剣道部…?」
そこで、隼人は剣道部と剣術部の乱闘を止めた時に感じた奇妙な視線を思い出した。もし、それが司甲のものだとしたら。
「恐らく、司甲が第一高校に入学したのも兄である司一によるものかと思われます。つまり、司一は大分前の段階から今回の作戦を考えていたことになります」
「なるほど、兄弟で協力関係にあるってことね…ありがとうエリナ」
「いえ…っと、すみません」
エリナの端末に通信でも来たのだろう。会社の上司か、通信先の名前を確認した途端にエリナの顔が青褪める。
「も、もしも…ヒィィ!すみません!ごめんなさい!はい、はい。い、今すぐ戻りますぅぅ!」
通信相手は相当お怒りのようだ。エリナの端末から男の怒声が聞こえてくる。締め切りがどうとか、隼人には聞こえた。
「うぅ…申し訳ありません。社長が激おこぷんぷん丸なので今日は帰ります」
「激おこぷんぷん丸っ、て…かなり昔の死語を使うね…」
苦笑いする隼人を置いて、エリナは物凄い勢いで玄関へと駆け抜けていった。恐らく、加速魔法を使って。
「さて…明日は討論会か。仕掛けるには絶好のタイミングだね」
恐らく、風紀委員である隼人は警備に回されるのだろう。ならば、有る程度は自由が確保されている。
「ブランシュ、どう来る…?」
思案顔になる隼人だが、突如上から聞こえてきたなにかが落ちる音に、思わず苦笑いを浮かべた。
ベッドから落ちたであろう姉を介護すべく、隼人は急いで階段を登って行った。
----to be continued----
後書き
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