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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百十二話 奈落

帝国暦 487年  1月 6日    オーディン  オフレッサー元帥府  アウグスト・ザムエル・ワーレン



元帥府に出仕すると会議室に集まる様にと周知が出ていた。同僚達は既に会議室に向かったらしい、慌てて俺も会議室に向かった。会議室にはメックリンガー、アイゼナッハ、ロイエンタール、ビッテンフェルト、ミッターマイヤー、ミュラーが揃っていた。

席に座ると隣のミュラーに話しかけた。
「何が有った?」
「小官も分かりません。どうやらフェザーン方面で動きが有ったようですが……」
ミュラーが首を振って語尾を濁した。フェザーンか、貴族連合軍が好き勝手にやっているらしい。フェザーン人が暴動でも起こしたか。

皆が苦い表情をしている。可能性は有るな。連中、クロプシュトックでも略奪が酷かったと聞いている。フェザーン人が耐えきれなくなって暴動を起こしたとしてもおかしくは無い。ドアが開いた、入って来たのはオフレッサー元帥だった。その後にミューゼル提督、ケスラー参謀長、クレメンツ副参謀長が続く。慌てて起立して敬礼で迎えた。

皆、緊張している。これまでオフレッサー元帥が俺達と直接接することは無かった。常にミューゼル提督を通して命令は下された。それなのに……、暴動ではないかもしれん。答礼が終わり皆が席に着くとオフレッサー元帥が話し始めた。
「本六日未明、フェザーンで戦闘が始まった」
皆が顔を見合わせた。戦闘が始まった?

「貴族連合軍に対して自由惑星同盟軍が襲い掛かった」
「……」
「貴族連合軍は不意を突かれ圧倒的に劣勢の様だ」
「同盟軍は自領内部に貴族連合軍を誘引すると聞いていましたが?」
メックリンガー少将が訪ねるとオフレッサー元帥がフンと鼻を鳴らした。機嫌は良くない。

「そう思わせて密かにフェザーンに近付いていたのだろうな。まんまと騙されたわけだ」
「……」
皆が顔を見合わせた。引き摺り込んで叩く、戦争の常道ではある。そう思わせておいて不意を突いたという事か。

「或いは艦隊をフェザーンへ一瞬で移動させたか。あの男なら出来るかもしれんな」
「……」
「冗談だ、面白く無かったか」
冗談だとは分かっている。しかし俺は笑えない、皆も笑わない。黙って顔を見合わせている。元帥がフンと鼻を鳴らした。

「戦況は貴族連合軍の劣勢との事ですが……」
「貴族連合軍は包囲された。どの程度生き残れるか……、全滅でも俺は驚かんな」
ロイエンタール少将と元帥の会話に皆が顔を引き攣らせた。全滅? 戦死者は二千万を超えるぞ。

「冗談ではないぞ。ブルクハウゼン侯達は地表に降りていた様だ。艦隊は指揮官無しでバラバラに戦っている。ヴァレンシュタインを相手に生き残るのは難しいだろう」
「まさか、本当ですか、それは」
元帥の言葉にミューゼル提督が驚いている。艦隊は指揮官無しでバラバラに戦っている? どうやら提督も知らなかったらしい。

「フェザーンのマリーンドルフ伯から連絡が有った。主だった貴族達は地表に居た様だ。今は同盟軍に追われて高等弁務官府に逃げ込んでいる。既に周囲は包囲されたようだな。逃げ出す事は難しいだろう」
「……」
誰かが溜息を吐いた。

「もっとも同盟軍の包囲が無ければフェザーン市民が襲撃しているだろうとマリーンドルフ伯は報告している。市内の彼方此方で貴族連合軍とフェザーン市民が衝突しているらしい。同盟軍に叩かれフェザーン市民に襲われ状況は最悪だな」
「……」
皆、苦い表情をしている。予想はついた事だが貴族連合軍はフェザーン市民の恨みを買いまくっていたらしい。

「既にミューゼル中将には話してあるが今回遠征に参加した貴族達には敗戦の責任を取ってもらう事になっている。領地、財産の没収と爵位の剥奪だ」
皆がまた顔を見合わせた。貴族達が素直に従う事は無い、当然だが抵抗するだろう。

「出撃の準備をしておけ」
そう言うとオフレッサー元帥が席を立った。皆が起立して敬礼を送る。元帥はそれに応えることなく部屋を出て行った。



宇宙歴 796年 1月 6日    フェザーン  帝国高等弁務官府   ミハマ・サアヤ



「ここに来るのは久しぶりですね、ミハマ中佐」
「はい、この前来てから三年が過ぎました」
私が答えるとヴァレンシュタイン総司令官代理は目の前に有る帝国高等弁務官府を懐かしそうに見ました。“そんなになりますか”と呟いています。

私はちょっと複雑です。この高等弁務官府で開かれたパーティに出た事を忘れた事は有りません。温かくて切なかったパーティ。ですが後にはあのパーティに出た事を酷く後悔しました。私が情報部から離れたのもあのパーティが切欠です。温かさと切なさの陰に有ったのはおぞましさと嫌悪でした。

貴族連合軍との戦闘は既に終結しています。あっけない程の包囲殲滅戦でした。包囲するまでも容易でしたが包囲してからも貴族連合軍からは手強さはまるで感じられなかった。兵力は膨大でしたが纏まりが無く連携の取れた反撃は無かった。同盟軍の攻撃の前に為すすべも無く撃破されていきました。貴族連合軍は数だけは多い烏合の衆だったのです。

最終的に貴族連合軍は残り三万隻を切った時点で降伏してきました。それも全体で降伏したのではなく疎らにバラバラと降伏してきたのです。全軍を指揮する総司令官も居ないまま戦っていた。総司令官であるブルクハウゼン侯爵は地表に降りていた。結局戦闘中は連絡が取れなかったとか。余りの惨状に皆が呆れていました。

地上戦も終結しています。こちらは艦隊戦よりも早く決着が着きました。貴族連合軍はブラスター等の軽火器しか持っていなかったのです。完全装備の陸戦隊の前に為すすべも無く圧倒され降伏しました。残っているのは目の前に有る高等弁務官府に逃げ込んだ貴族達だけです。

「如何しますかな? 我々は何時でも踏み込めますが」
シェーンコップ准将が総司令官代理に問い掛けました。楽しそうな声です。
「話し合いで解決します。これから私が中に入ると伝えてください」
「……」

はあ? 眼が点です。私だけじゃありません、シェーンコップ准将、リンツ中佐、ブルームハルト少佐、デア・デッケン少佐……。閣下、分かっています? 貴方は総司令官代理で貴族連合軍を叩き潰した張本人なんです。貴族達にとって閣下程憎い存在は他に無い筈です。それなのに中に入る?

「あそこにはマリーンドルフ伯が居ますし彼には娘が居ます。困った事にここへ同行している。戦闘になれば巻き添えになりかねません。話し合いで解決します」
意志は固そうです。シェーンコップ准将が肩を竦めました。総司令官代理が外見からは想像できないほど頑固な事を准将は知っています。私も知っています。

三十分後、総司令官代理、シェーンコップ准将、ブルームハルト少佐、デア・デッケン少佐、私の五人は高等弁務官府の中に入っていました。通されたのはあのパーティが開かれた部屋です。あの時は着飾った招待客が大勢いましたが今は目を血走らせた人間が……。気が重いです、嫌な感じがします。それなのに総司令官代理はにこやかな表情をしている、なんで?

「良く来たな、ヴァレンシュタイン」
言葉は歓迎していましたが粘つく様な口調には憎悪が有りました。変な髪形をした血色の悪い男性が総司令官代理を睨むような目で見ていました。それを見て総司令官代理がクスッと笑いました。

「ミハマ中佐、あの人はフレーゲル男爵です。ブラウンシュバイク公の甥にあたりフレーゲル男爵自身もそれを誇りに思っています」
フレーゲル男爵がちょっと誇らしげな表情を浮かべました。
「もっとも他に取り柄は有りません。髪型も変ですし」
シェーンコップ准将達が失笑しました。私も吹き出しました。フレーゲル男爵が顔を真っ赤にしています。

「貴様、殺されたいのか!」
フレーゲル男爵が脅迫してきましたがヴァレンシュタイン総司令官代理は“怖いですねぇ”と茶化しました。
「でも止めた方が良いと思いますよ。私を殺すと大変な事になる」
「……」
怖いです、総司令官代理が楽しそうに笑っています。

「同盟軍は包囲を解きますからね、フェザーン市民がここに押し寄せてくることになる」
貴族達がギョッとしたような表情を浮かべました。
「暴徒というのは軍隊とは違う、非常に残忍です。嬲り殺しにされますよ、ボロ雑巾みたいになります。マリーンドルフ伯、貴方も、貴方の御息女もです」

総司令官代理が視線を向けた方向には初老の紳士と若い女性が居ました。二人とも顔が強張っています。初老の紳士が咳払いしました。
「フレーゲル男爵、自重して頂こう。私が卿らを此処に入れたのはあくまで一時的な避難として認めただけだ。我らの安全を脅かす行動を取るというなら出て行って頂く」

「我らを追い出すというのか!」
フレーゲル男爵とは別な貴族が激高しました。
「卿らの出兵は政府とは無関係に行われたものだ。である以上ここに匿う義務は無いものと私は考える。違いますかな、ブルクハウゼン侯」
「……」

あらあら仲間割れ? マリーンドルフ伯の言葉に貴族達が渋い顔をしている。それにしてもあの激高した人がブルクハウゼン侯? 貴族連合軍の総司令官がこんなところで隠れていたなんて……。ちょっと無責任じゃないのかしら。戦死した兵士が可哀想……。

「心配ない、マリーンドルフ伯。あの男を人質にすればよい。船を用意させ帝国に帰るのだ。あの男を連れて帰れば伯父上も御喜びになるだろう」
フレーゲル男爵が厭な笑みを浮かべながら総司令官代理を指差しました。周囲の貴族達が口々にフレーゲル男爵を褒めています。

「無駄ですよ、そんな事をしても」
総司令官代理の言葉に貴族達が不満そうな表情を見せた。
「同盟政府は私諸共始末しろと命じるはずです」
「……」
「亡命者にしては武勲を挙げすぎましたからね。目障りなのですよ、私は。死んでくれた方が同盟にとっては望ましいのです」
「……」

「ヴァレンシュタイン中将は人質になりながらも卑劣な貴族達に屈せず自分諸共攻撃するように命じた。同盟政府はそう発表するでしょう。そうは思いませんか、フロイライン・マリーンドルフ」
総司令官代理が伯爵令嬢に問い掛けると彼女が頷きました。

「その可能性は有ると思います」
「分かりましたか?」
総司令官代理の言葉に貴族達が渋い表情になりました。シェーンコップ准将も“有り得ますな”と頷いています。確かに有り得ないとは言えません。

「安心しなさい、帝国に帰してあげます」
総司令官代理が含み笑いを漏らしました。怖いです、間違いなく何か良からぬ事を考えています。貴族達も何か禍々しいものを感じたのでしょう、不安そうな表情をしています。

「どういう事だ。何故我らを帰す?」
或る貴族が疑い深そうに問い掛けてきました。総司令官代理が名を問うとシャイド男爵と答えました。この人もブラウンシュバイク公の甥だそうです。
「女帝夫君であるブラウンシュバイク公の親族が居ますからね。これからの両国の関係を考えれば殺すのは控えた方が良いでしょう。それに貴方方を殺す事にそれほど意味が有るとも思えません。ああも戦下手では……」
総司令官代理が笑い声を上げました。

「降伏しなさい」
「……」
「マリーンドルフ伯、貴方にも降伏して貰います。降伏すれば同盟軍の庇護を受けられる。それ以外にここで安全を得る方法は有りません。フェザーン人に嬲り殺しにされるだけです」
貴族達が顔を見合わせました。躊躇っています。

「降伏した後は輸送船でイゼルローン要塞に移送します。そこからオーディンに戻れば良い」
「……船を寄越せば我々だけで帝国へ戻る。イゼルローンに行く必要は無い」
総司令官代理が笑い声を上げました。
「ブルクハウゼン侯、貴方達に船を与えて逃がしたらフェザーン人が後を追いかけますよ、貴方達を殺そうとして」
貴族達が顔を引き攣らせました。

「同盟軍の捕虜になり同盟軍がイゼルローン要塞に移送する。当然ですが護衛を付けます。そうなればフェザーン人達は何も出来ません。イゼルローン要塞に着けば後は帝国軍が貴方方の安全を保障するでしょう。如何です?」
「……」


貴族達を乗せた輸送船がゆっくりと宇宙港から浮上しました。護衛の駆逐艦が五隻、上空から周囲を警戒しています。
「宜しかったのですか?」
シェーンコップ准将が問い掛けるとヴァレンシュタイン総司令官代理は微かに苦笑を浮かべました。
「心配ですか?」
「ええ、後々政府から何か言われるかもしれません」
総司令官代理の苦笑が大きくなりました。

「ブラウンシュバイク公の甥が二人いますからね。殺すのは拙いし見殺しにするのも良くありません」
チラっと准将が総司令官代理を見ました。
「捕虜として同盟に留めるのは拙いのですか?」
「拙いですね。この後同盟と帝国の間で交渉が行われるでしょうがあの二人を使って交渉を有利に運んだ等と言われては将来的に面白くありません」
シェーンコップ准将が“なるほど”と頷きました。輸送船が徐々に上空に上がっていきます。少しずつ小さくなっていく。

「心配は要りません。あの連中はもう終わりです。ブラウンシュバイク公は門閥貴族達を排除したいと考えている。今回の敗戦は良い口実になるでしょう。彼らは抵抗したくても兵を失っています、何も出来ない。滑稽な事に彼らはその事に何も気付いていない」
「……」

「それに彼らを処断する事はフェザーンに対する謝罪にもなる。我々が手を下してブラウンシュバイク公に恨まれる事は有りません。フェザーンもあの連中を殺して恨まれることは無い。ブラウンシュバイク公に任せておきましょう。政府にもそう伝えます」

なるほど、と思いました。甥二人を処断すればブラウンシュバイク公は情に流されない公正な人物だと評価されます、平民達からも信頼もされるでしょう。押付けられた事を不満に思ってもこちらを恨むことは出来ませんし効果を考えればあの二人を処断せざるを得ない……。

相変らず性格が悪いです。呆れて顔を見ていると視線に気付いたのでしょう、私を見て困った様な表情をしました。そんな顔をしてもダメです、私は騙されません。これまでに何度も騙されてきたんですから……。

 
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