初音島の剣闘士
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◆4 呪いとの再会
12月26日―――
時刻はおおよそ5時。冬の12月のこの時間であればまだ薄暗いだろう。
0度近い気温の中、ジャンバーを羽織り1人町中を走る男がいた。
走るたびに燃える血液のような髪の毛が上下に動く。
同時に無尽蔵とも思えるほど汗が出て飛び散る。
デュエリスト、アリトの朝は早い。
デュエリストたるもの肉体面も鍛えるべき。というわけではない。
これは生前からの日課と言ってもいいだろう。それはバリアン人となった今でも変わらない。
身体を鍛えているときはデュエリストであり、自分がファイターなのだと分かる。
生前の記憶がなかったときもこういう性格だったのは、筋金入りだったというわけだ。
さくら公園を通り過ぎる途中1人の少女がいた。
身長はさくらぐらい、ブロンドの髪が印象的で緑のリボンをした少女だった。
朝早い時間からご苦労なことだ、とも思いつつその少女が妙に気になり話しかける。
「よう、花見の見学か?」
「…え?あ、うん。そうだよ」
突然話しかけたのが悪かったのか驚かれる。
確かに旗から見りゃ犯罪に手を染めようとしてる厨房にも見えなくもないが…
「それにしても奇妙な場所だよな、見渡す限りの桜色」
「そうだね。初音島には最近来たの?」
「まぁそうなるな。お前さんはどうなんだ?」
「半月ぐらい前に。でもそろそろ別の場所に行こっかなって」
旅行者、と言う感じか?それにしては手持ちが寂しい気がするが。
その疑問をそのまま口にしてみるが、愛想笑いされてそのまま流された。
まぁそこまで込み入った話をする中でもないか。これが初対面なのだから。
話もそこそこにその場を離れることにする。
彼女に自分の名を告げてジョギングの続きを始めるのだった。
これが彼女との短い付き合いの始まりだった。
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9時にもなれば完全に朝となり人通りがよくなっている。
そんな時間に自宅―居候元の芳乃家にたどり着く。
入れ違いにさくらが玄関を飛び出していく。
風見学園とかいう学校の校長をしているぐらいなのだ、忙しいのだろう。
挨拶もほどほどに家に帰宅する。玄関には靴が3足。義之と…誰の靴だ?
玄関を上がり、居間に入る。
「義之―、朝食はまだかー?」
「なっ?!」「え?」
そこには少女が2人いた。
1人は桜色の大きなリボンで髪をポニーテールに束ねた少女。
いかにも姉という雰囲気を醸し出しており、服だってちゃんとしている。
もう1人は頭にお団子が2つ乗っており、そこから髪の毛が飛び出たツインテールのような物。
メガネをかけお茶をすする緑のジャージを身にまとった少女。完全にくつろぎモードだ。
お互い初対面。初心者がダーク・ダイブ・ボンバーで1ターンキルされたような顔してる。
誰だという疑問と少女が2人でくつろいでる様に土足で入った申し訳無さ、義之は何故この場にいないのか。
というありとあらゆる感情がそんな顔を作り出してる。単純に唖然してるというわけじゃない。
そこに助け舟が入ってきた。そう義之だ。
彼ならこの状況を打破できる。そう、確信していた。
「誰だよこいつら!」「誰なんですかこの人!!」
お団子ヘアの少女とシンクロし、少々大きな声になる。
それはどうだっていい、重要な事じゃない。
「…さくらさん、何も言って行かなかったのか?」
「何もって、勢いよくふすまを開けたら朝食はまだか?っていやほんとに誰何ですか!!」
「こっちだって聞きてぇよ。この家にはさくらと義之しかいないって聞いて、次の日ジョギングから帰ってきたら、誰だよこいつら!」
「まぁまぁ、落ち着いて」
それもそうだ、熱くなってたのは間違いない。クールになろう。
そうやって落ち着いていくと、やっと話せる雰囲気かと悟る。
とりあえず義之がシャワーを浴びてこいと言ってくる。
ジョギング後で流した汗を綺麗さっぱり流してこいということだろう。
その間に彼女らに事情説明、その後俺にも、と言う流れだろう。
熱々のシャワーを浴び、汗を洗い流す。生前ではこんなものなかったが、使ってみれば滝と同じく清々しい。
少し威力が上がれば修行として使えるのではないだろうか?とも考えつつまた居間へ戻る。
時刻は9時半の少し前。朝食が並ぶ。お腹ならもう既にぺこぺこだ。
「つまり、昨晩兄さんの家に転がり込んできたのが、アリトさん、と?」
「そういうこった。…うめぇなこれ」
「女性じゃないならお姉ちゃんはなんにも言わないけど、どこの人?」
「実は俺もさっぱり。身の上を聞こうと思ったら遊戯王しようぜ!でそれっきりだからな。まぁいいやつなのは間違いない」
「ふーん」「へぇー」
朝食を流しこみつつ耳を貸す。
ポニテの方は『朝倉音姫』お団子の方は『朝倉由夢』
どちらも芳乃家の隣にある朝倉家の姉妹ということらしい。
この3人、兄弟同然に育ったらしく基本的に食事はもちろん、暇な時はこうやって顔を出すらしい。
「国なんて関係ないさ。デュエルさえ出来りゃ言葉が通じなくてもやっていける」
「や、さすがにそれは無理ですよ」
「お前らもデュエリストなんだろ?今度デュエルしようぜ。そうすりゃ俺の事も分かるだろ」
「な?これがアリトという奴だ」
「熱血漢、っていうの?勢いは渉くんに似てるね」
「あいつはただの変態だ」
などという雑談をしていく。
朝の朝食にこんな家族みたいな風景。悪くないな。
家族、家族か。そういえば家族っていう記憶がない気がする。
こういう暖かな関係が俺にはあったのだろうか。
いや、過ぎ去った日々を思い返すのはよそう。俺には戻るべき場所と再会しなくてはならない親友がいるんだからな。
「そういや、今日カードショップに行くんじゃなかったのか?」
「あぁー、そういえば」
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初音島商店街。島のショッピングモールみたいなところ。
服は古着屋から最新の流行物が並んでおり、
食であれば和から洋、中まで兼ね備えている。ここに孤独のグルメ家がいれば迷うこと間違いない。
娯楽はカラオケ、ゲーセン、映画館。普通に暮らす分では問題はない。
その一角、風景に溶け込めない派手な看板。「高く買い取ります」という意思表示。
見れば分かる。カードショップ「ハツネ」だ。
「へー、いろんなもんがあるんだなここって」
「本島に行かなくてもだいたいのものは揃ってるしな。カードショップなんてその最たる物だ」
「物好きしかやらないからな、カードゲームなんて」
「おいおい、デュエルディスクまであるのに物好きしかやらないってのは間違ってねぇか?」
遊馬ん所ほどじゃねぇが、デュエルディスクを持ち歩いてる奴だってちらほら…
「バトルシティとかじゃ盛り上がってるでしょうけど、こんな辺境で持ち歩いてる人なんていませんよ」
確かにあんまり持ち歩いてる奴は見かけない。
確かに俺が持ち歩いてる時に何度か二度見されたが…
まぁ店の前で眺めてるのも飽きるので、義之と由夢の3人で店に入る。
音姫は後から合流するとかしないとか。セイトカイとかいうやつの仕事が残っているらしい。
中はそこそこ、デュエルスペースが中に入った直後にあり、カードは脇にある。
対戦がメインなのかもしれない。
由夢は欲しいカードがあるとのことで一時離脱。
俺はといえばデッキに活用できるカードを探していた。
店内が初めてということで義之にも手伝ってもらっている。
「マジック・ジャマーにトラップ・ジャマー。そうじゃねぇんだよな…」
「お前どんなカードを探してるんだ?BKならブラスターとかエクスカリバーとかか?」
「いや、名前に『カウンター』がついてるカードが今は欲しいな。☆1BKとかも欲しいが…」
「ならこれとか、あとはこういうのは?」
「いいな、こういうのがいいんだ。あとは☆1BKっと」
「☆1BKなんて何に使うんだ?そりゃないことはないが、ちょっと使いづらいっていうか」
「これの事か?ならこれと、あと地獄の暴走召喚を使えば☆1が3体並ぶな」
「てか地獄の暴走召喚買うお金なんてないだろ」
「しまった。ストレージの中だった…」
これは失念した。
☆1BKを入れる機会がなかったために地獄の暴走召喚はストレージの中だ。
バリアン世界に行けるとも知らないし、今はちょうどベクターの奴がパーティしてるところか。
ナッシュやギラグには悪いことしたな。俺もこうしてる場合じゃないのに。
これはまた今度にするか。
「次は、ショーケースの中になんか欲しいのあるか?」
「なんだ、おごってくれたりするのか?」
「あんまり高い物はダメけどさ。アークナイトとか」
見れば未回収のNo.や俺達が使うオーバーハンドレッドナンバーズまである。
俺の使うセスタスやカオスナンバーズのカエストスまである。
確信した。ここは俺がいた世界なんかじゃない。
No.は基本的に世界に1枚のカード。ワンオフのカードだ。
聞いてみれば在庫が余るほどのNo.もあると聞く。そんなのは俺達の世界じゃ考えられない。
デュエルディスクがあり、ソリッドヴィジョンもある。似ている、かつていた世界に限りなく似ている。
遊戯王の知名度だって多少はあるだろう。ショップの客層が子供から老人、男女と豊かだ。
だが決定的に違う世界。ここにはアストラル世界やバリアン世界なんていうトンデモ世界はない。
あるのはただ平穏が訪れる世界。決して揺らぐことのない、平凡な世界。
正直、俺の取る道は分からない。どうやって来て、どうやって帰るのか。
戻ったとしても今の身体があるかもわからない。ベクターが俺の全てを奪ったのだから。
皮肉な話だ、戻りたいと願っても戻れる保証はない。
これが生涯を壊され、ドンサウザンドの戦士として呪われた男の末路なのだから運が無い。
遊馬、ギラグ。俺はいったいどうすればいいんだろうな?
No.105、かつての相棒が俺の目に入る。
その拳で切り開いたものは数知れない。今となっては楽しいデュエルばかりだった。
遊馬とのデュエルもそうだった。こいつと俺は戦い、心ゆくまでのデュエルが出来た。
たとえ呪いだとしても、その思い出はきっと俺のものだ。
楽しむ心はお前と分かち合ってきた。お前とならこの先取る道も分かるかもしれないな。
「セスタスとカエストス、あとはこいつを頼む」
「最後のはちょっと出費がかさむけど、ま、買っといてやるよ」
「サンキュー」
他人にとってはただの紙切れかもしれない。
No.という力だって無いようなもの。だからこそかも知れない。
お前と再会したことに、また使えるようになったことに対して歓迎しようじゃないか。
俺の想いを、拳を守るお守りとして。
後書き
由夢と音姫の登場。残念ながらヒロインはもう一人の彼女ですが…
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