Fate/EXTRA IN 衛宮士郎
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戦う覚悟
前書き
広い心でお読みください
階段を下り、一階へ移ると普段は使われることのない、鎖が万遍無く巻きつかれた用具室の前に立ちふさがるように言峰がいた。言峰がこちらに気付き、視線を向けると、酷く愉快そうに微笑を浮かべ頬を歪ませる。
それに顔を歪ませ、俺は思わず拳を握りしめた。会った当初から変わらぬ神父の異常性を再認させる、全身を舐めるような視線に耐えつつ、意を決して言峰の前に立つ。
「ようこそ、決戦の地へ。扉は一つ、再び校舎に戻れるのも一組。覚悟を決めたのなら闘技場の扉を開こう」
どこか事務的に問いかける言峰は、同じセリフを話す村人Aようなもの。だが、それも今は些細な事。
端末を扉にかざすと、縛っていた鎖のデータが弾け飛び、一つのエレベーターが姿を現す。
「行くぞ。衛宮士郎」
「………………ああ」
アーチャーも実体化すると二人してエレベーターに乗り込む。扉の先は全てを呑みこんでしまうような黒一色で、中の様子が一切窺うことができない。
扉が閉まり、無骨な重苦しい音と共に浮遊感を感じる。エレベーターが動き出したのだ。随分下へ行くようで、脇にある回数表示は狂ったように1から9を行き来していた。回転率の速さから、下りる階層は100や200ではなさそうだ。そして視線を正面に戻すのとほぼ同時にエレベーター内の電気が点き、
「なんだ、逃げずにちゃんと来たんだ。あぁ、そういえば学校でも真面目さが取り柄だったっけ」
決戦の場へと続くエレベーターの中で俺と慎二は薄い壁を隔てて向かい合う。
「……………」
無言の俺に慎二は芝居がかった様に続ける。
「でもさ、学校でも思ってたけど、空気読めないよね、ホント。せっかく僕が忠告してやったのに。悪いけど、君じゃ僕には勝てないよ。どうせ負けるんだからさっさと棄権すればいいのに」
「……………それはできない」
そう。それだけは俺の選択肢の中にはなかった。逃げることは悪いことではないが、これは絶対に逃げてはいけない。
「負けると分かってるのに闘うなんて残酷だよ。僕はそういう不公平さは嫌いなんだよね」
慎二はエレベーターの外、ただひたすら続く闇を眺めながら言う。
「まぁ、相手が誰であれ関係ないか。僕には誰も勝てやしないんだから」
慎二は自分だけを見て、自分を最強と決め込んでいる。本当に聖杯戦争の時の慎二みたいだ。
「井の中の蛙大海を知らずということわざがよくわかるな」
後ろで、腕を組んで黙っていたアーチャーが感心するように頷く。
「おまえ、何が言いたいんだ!」
「なあに、自分の力を過信しているものをみると哀れで仕方ないと思っただけだ」
「ははは!あんたも随分というじゃないか、色男」
腹を抱えて笑うライダー。俺とは違い、どこか楽しんでいるようだ。
ガゴンッ!
「っと……着いたみたいだ」
騒いでいる内に、いつの間にか終着点まで来ていたみたいだな。エレベータを降りた俺たちを待っていたのは、
「ここって……船か?」
大きな木造船のだった。
周りをよく見渡してみると、深海の底のような空間でその中にぽつんと一隻。いかにも何百年も前に朽ちたような、古びた帆船が存在していて、その上に俺たちはいた。
「へえ……成程、沈没船か。決戦の舞台にしては、いい味出してるじゃないか。セラフもなかなかいいセンスを持っているね」
「ああ、こいつはいいねえ。アタシらにピッタリの戦場さ」
前に向き直ると、先に降りていた慎二達が待ち構えている。既にライダーは二丁拳銃を構えていて、いつ戦闘が始まってもいいように待機していた。
「ライダー。分かっているとは思うが、手加減なんかするなよ。この僕に歯向かったんだ、かける情けなんて一つもない」
「はん、情けなんざ持ち合わせてないっての。アタシにあるのは愉しみだけさね。出し惜しむのは幸運だけさ。命も弾も、ありったけ使うから愉しいのさ!ましてやコイツは大詰め、正念場って奴だ」
完全にやる気満々と言った所で、自分達が負ける未来など一切無いという自信が感じられる。
「破産する覚悟はいいかい?………一切合財、派手に散らそうじゃないか!!」
「いいだろう。海賊稼業はここまでだ。髑髏の旗は己が墓標に掲げるがいい」
「おうさ。わかってるじゃないか色男。いいねぇ、アタシの足元に跪かせてやるよ!」
アーチャーは、干将・莫邪を手にし、構えをとった。二人の間には、アリーナの時にはなかった身が切れるようなチリチリとした空気が流れる。今回は、お互いに一切の手加減なしだ。
「準備はいいかい?さあ、嵐の夜の始まりだ!」
「いくぞ。悪魔!」
そして闘技場に剣戟と銃火の二重奏が響く。アーチャーは、弾丸を弾いて剣を投擲すると、ライダーは後退してカルバリン砲を出現させる。
クラシックな銃を降ろすことを号令とし、3門の砲台は火を噴き始めた。
後退を以って回避すると、弓を投影し、矢を何本か打ち込んだ。ライダーは、2丁拳銃をうまく使い矢を弾いていく。
「いい狙いだね〜さすが、アーチャー」
「ほう。私がアーチャーだとよくわかったな」
「あたしを舐めるんじゃないよ。これでも、人の上にたってたんだ。人を見る目はあるさ」
「それは失敬した………な!」
干将・莫邪を投影し、接近戦に持ち込み、斬りかかるが、それこそ、タップダンスのように避けていくライダー。
「銃撃はあまり効かないか」
そう零すとと銃を腰に戻す。カトラスのみを武器とし、正面に構える姿に一瞬騎士を幻視するが、獰猛な笑みがそうではないと明確に否定する。互いの距離間を瞬く間に埋めてアーチャーとの鍔迫り合いを挑む。
「はあっ!」
「ほらっ!」
打ち合う瞬間、互いの獲物が火花を散らし、両者の視線が交差する。今度は完璧な拮抗状態。
「【コードキャスト・shock(32)】っ!!」
そんな中慎二の手から発せられた何かがアーチャーに直撃。今まで攻めていたアーチャーが片膝をつく。その隙に、ライダーはアーチャーから距離をとった。
「アーチャー!?」
「くっ、麻痺か」
アーチャーは、何とか立ち上がろうとするが、膝から崩れ落ちる。体がしびれてうまく動かせないんだ。これは、コードキャストの能力か。
「慎二、アレ、使っていいかい?」
「あぁ、やっちゃってくれよ。ライダー、その生意気なサーヴァントの鼻っ柱を折ってやれ!」
慎二が叫んだ瞬間、ライダーの魔力が今までとは段違いの量に跳ね上がる。これは、宝具の発動!?
「アタシの名前を覚えて逝きな!」
ゴゴゴッ……っと地鳴りが鳴り響く。一体何が……!?
「大航海の悪魔!太陽を落とした女、ってな!」
ライダーのいる後ろに、横から大きな船が浮かび上がってきた。その船に、ライダーは慎二を抱えて一っ跳びで乗り込む。ライダー達を乗せた船は、そのまま俺達のいる沈没船から離れて行き、その後ろを他の小型船が追いかけて行くようについて行った。
「総員、撃ぇえええええええええ!!!」
「離れろ!衛宮士郎!!」
アーチャーの大声に気づいた時には………。無数の砲門。数えきれぬほどに連なっている全ての船が、俺たちを狙い、大空には弾壁が張られ、縫う隙間などは与える気は無い攻撃が迫ってきていた。
「「はぁ…………はぁ…………」」
慎二たちから離れた位置にあった沈没船にもたれ、呼吸を整える。先ほどの攻撃は、間一髪アーチャーに引っ張られ、なんとか回避できた。態勢を立て直すため、かなり距離をとったところまでは良かったが、相手はいつきてもおかしくない。
けれど、沈没船の幾つかを壊したせいで、辺りが煙に包まれているので、時間が稼げそうだ。
「………………衛宮士郎」
「なん………ぐぅ!」
顔面に衝撃が走り、地面を何バウンドもして転がる。一瞬、何が起きたか理解できなかった。突然、アーチャーに殴られたのだ。
「な、なにしやがるんだ!!」
「……………何をしたかだと?」
アーチャーは眉を顰め、俺に詰め寄ると胸ぐらをつかむ。
「いつまで、腑抜けているのだ!このたわけ!!貴様からは、やる気が感じられん。勝つ気があるのか!!」
「お、俺は腑抜けてなんかな…………」
アーチャーの剣幕に押されて言葉の最後が尻込みしてまった。ピリピリとした威圧が伝わる程アーチャーの剣幕は凄みがある。
「貴様は、まだうじうじと考えているのか。わかるっているのだろ?私たちは、戦うしかない!」
アーチャーの言葉が朝、白野に言われたこととかぶった。今の俺たちは、戦うしかない。
(なんのために?)
生きるため?じゃあ、切嗣との約束は?あの約束も果たせずに死ぬか?それとも、約束を捨てて人を生きろと?なら、衛宮士郎は、ナニヲモクヒョウニ?もう限界だ………………。
「う……せ……」
「何?」
「うるせえ!俺だって……………俺だって、どうすればいいかわからないんだ!」
この数日、無意識のうちに溜まっていたものが爆発してしまった。今まで人々を生かす為に在り続けてきた。
その誓いを曲げ、人を殺し自分だけ生き残るなど……………。出来れば、誰も悲しまない方がいい。しかし、それはできないとわかっているからこそ、俺は葛藤してしまう。
「わからないだと………………?このたわけ!」
今まで聞いたことのないアーチャーの怒鳴り声が響く。
「戦わずして、死ぬつもりか?凛やセイバーのためにもここで死ぬことは、私が許さんぞ!」
「えっ?」
アーチャーの言葉に思わず間の抜けた声で驚いてしまった。アーチャーもしまったという顔になったが、何時もの表情になり、そっぽを向く。
「…………この戦いに参加してしまった以上、いきのこるためには対戦相手という犠牲が必要になる。それが善なのかそれとも悪なのかは、私にも分からない。しかし、一つだけ言えることがある」
アーチャーは再び俺のほうを見た。その目には硬い決意が宿っているのがわかる。
「これは忠告だ。おまえが今までの信念を守るのならそれでいい。だが、貴様がしんであの二人を泣かすことは私が絶対に許さん。お前は生きのびねばならんからな」
「アーチャー………」
アーチャーの言葉には、重みがあった。こいつは生前、恨まれ、憎まれただろう。今まで他人の命を、願いを、想いを踏みにじって生きてきただろう。それでも、理想を信じ、生きてきた。こいつにも好きな奴がいただろうな。
しかし、それすら理想のために切り捨てたんだろう。俺もそうなっていたかもしれないが、アインツベルンの城でのアーチャーの言葉。
『私とお前とは、もう違う存在なのだな―――』
俺とアーチャーは違う。
そう目指すのは違う理想。
目に入る全ての人間を救うという理想をあきらめた訳ではない。
心を鉄にするのでもない。
9を護るために1を切り捨てるのでもない。
ただひたすらに、自分自身の大事な人たちを護り続け、そこに俺がいること。
爺さん、俺も、ほんの少しだけわがままになってもいいかな?爺さんとの約束は絶対に守る。だけど、俺にも大事な人ができた。第一、自分の大切な人間たちをすら護れず死んでしまうなんて
(何が正義の味方だ…………!)
それは正義の味方以前に、人間として当たり前の事。
俺はここ勝ち生き残りたい、そのための覚悟は決まった。
人を殺す、その重き罪を背負う覚悟を。
殺される、その背筋に悪寒の走ることを止められぬ覚悟を。
でも、生き残る為に誰かを殺すなら、せめて殺す相手を記憶に刻みこもう。それが俺に今できる唯一の償い方だ。
「ほう、いい目になった」
感心するかのように笑みを浮かべるアーチャー。アーチャーは俺に背を向けて、
「では、反撃といくぞ。【マスター】」
絶対に言わないであろう言葉を言った。
「!?」
正直にいうと驚きを隠せない。
なぜなら、こいつが俺のサーヴァントになって始めてマスターって…………。それは皮肉でもおふざけでもないのは態度でわかる。少しは、こいつに認められたってことかな。
「ああ、いくぜ。反撃開始だ!!」
「げほっ! えほっ!! くそ、煙が酷いな……おい、ライダー!! さすがにこの惨状じゃ、向こうはとっくにやられてんじゃないのか?」
俺とアーチャーは気配を殺し、慎二達を探してみると決戦場だった沈没船の、残っている方の上に戻ってきている慎二達を発見した。
どうやら、煙と砂埃の舞う中周りを見渡していたけれど、俺たちの確認できずにいるようだ。
「いや、気を抜くんじゃないよシンジ。前に図書室の前で嵌められた時の事、忘れたのかい?」
「ぐっ!?ああ、忘れて無いさ!くそ、今思い出しても腹が立つ!!」
そう言いながら慎二は拳を作って、もう片方の掌に打ち込んでいた。アーチャーに情報を引き出されたのを未だにねにもっているな。
「たとえ生き残っていたとしてもそれを隠して、完全に勝利をしたと思い込んでいるこっちを不意打ちする位なら、むこうはやりかねないよ。注意しときな」
やはりと言っていいか、ライダーはこういう状況に慣れているためか、隙だらけの慎二と違い、隙がまったくない。
「ああ。生きていたなら、今度こそまた宝具でぶっ飛ばしてやる!」
そんな簡単に連発するもんじゃないだろ宝具って奴は。あれだけの宝具を使ったのに慎二は、まだ余力があるみたいだ。
「そうなると後一発はあれがくるのか……………」
「いや、そうとも限らん。ライダーの宝具を見たが、あれには発動までに時間がかかる。そこを叩けばいい。それより厄介なのは、奴、コードキャストだ」
アーチャーに直撃したあれか。麻痺にする効果だったな。
「あれを回避することはできないのか?」
「できるなら、一撃目にかわせておるわ。厄介なことにあのコードキャストは、追尾型で防御不可能と見てよかろう」
「それは厄介だな」
先ほどのように、あのコードキャストを食らって宝具という流れは何とか避けたい。もう一度回避できるとはかぎらないし………。
「………………マスター、私に一つ提案がある」
「提案?」
「ああ。そのためには一分ほどライダーの相手をしてもらいたい」
「お前何を言ってるんだ!?」
思わず大声をあげそうになったが、何とか踏みとどまり小声でつっこんだ。俺に人間が英霊と渡り合えるわけがないと言ってたやつが何とち狂ったことを言ってるんだ?
「私や英雄王を倒した男が何を言っている?今回は倒せとは言わん。ひきつけるだけでいいんだ。頼むぞマスター」
それだけいうと、アーチャーは姿を消しどこか行ってしまった。
アーチャーのやつ、俺の力を少しは信用してたのかな。何か裏がありそうな感じがするが。
まあ、それはともかく三十秒ほどとはいえ、英霊とわたりあわなければならないとなると大変だ。
確かに俺は英霊と何度か戦っているが、ランサーには一撃でころされ、キャスターは遠坂が戦い、セイバーは稽古のため力を抜いているにすぎないため、勝負すら成り立っていない。
それに、戦ったと言ってもアーチャーは魔力供給がない状態で辛くも勝利。
ギルガメッシュにかんしては固有結界と奴の慢心がありなんとか退けただけだ。
さまざな要因が重なり俺は何とか英霊と戦い、生き延びてるが、今回はそんな偶然はないだろう。
ある意味、全力の英霊と戦うのは今回初めてだ。瞬殺されないためにも知恵を絞り作戦を整えよう。石橋を叩き過ぎてもいいくらいに用心してな。
「投影開始」
廃船の物陰に隠れを弓矢を投影。
弓はアーチャーが使う弓(試行錯誤の結果これが一番使いやすい)を作り出した矢は三本の剣。
無銘の剣だが、魔力を乗せてあるだけに殺傷力は十分だ。獣を狩るかのようにライダーに向けて弓を引き絞り
(狙うは一点!)
標準を合わせ、放つ。
すると、三本ともライダーの足に命中し、矢の威力で十メートルほどライダーは弾き飛ばされた。足を狙ったのは機動力を奪うためだ。
「なっ!?い、いったい、ど、何処から……………」
ライダーが弾け飛んでいったことに驚きの表情を浮かべる慎二。辺りを見ているが俺の姿を発見できないでいる。今がチャンス。俺はすぐさま新たに一本の剣を投影し、ライダー同様に慎二の足に向けて放つ。
放つ速度は正に弾丸で、狙う精度は正に狙撃銃と言っていいが、慎二に当たる直前、銃声と共に剣が真っ二つに折れた。
「かあ〜ラム酒より効いた〜」
ライダーの銃撃によって弾かれたのか。攻撃が浅かったのかすぐ起き上がるなんて…………。
「何やってるんだよライダー!?こんな目に合わせやがって!それでも僕のサーヴァントか!!」
弾かれ地面に落ちた剣を見て、自分が狙われたことに気づき、青ざめながら怒鳴る慎二。一方、慎二とは対象的にケラケラと笑うライダー。
「まあまあ、位置がわかったからいいじゃないかい」
そう言って、ライダーは俺のほうを見てきた。中途半端な攻撃で位置がばれたか。だが俺は怯まない。
弓を構え姿すら見せぬ早撃ち。
先ほどと違い、魔力をかなり載せた三本の無銘の剣。今度は胸を中心に三角の軌跡で放つ。
「効かないね」
ライダーは2丁拳銃で剣を撃ち落とすと、慎二を脇に抱え、猛ダッシュでこちらに向かってきた。
足に攻撃があたったとはいえ、このスピードならすぐに俺のところにくるだろう。密接距離で戦うのはまずい。何とかして遠距離か最悪、中間距離で対処しないと…………。
俺は弓を構え、三度目の三本の無銘の剣を投影。一度目、二度目とは違い、
(ねらうは只一点、心臓)
束ねられた三本の矢を一点に集中させる。一本なら折れても三本なら折れないってヤツだ。少し長めの時間をかけて、三つ束ねられた一本の矢を放つ。
先ほどまでの矢が鉄砲だとすれば、今度の矢はミサイルだ。いくらサーヴァントでも、この矢はそう簡単に弾くことはできまい
「だから、効かないって言ってるだろ?」
と思われた三束中もカトラス刀に弾かれてしまった。三本束ねられているだけに、それまでよりも少しだけ力を込めて。
先ほどとは違い、ほんの少しだけの時間差ができた。そこをつく!
「我が骨子はねじれ狂う」
「なっ、二連射!?」
束ねられた三本の矢の後ろに隠れたその螺旋剣はさぞ見えにくかっただろう。
今回は不意をついて三本の矢と一本の矢を放ったのだ。しかもその矢は宝具、威力は言うまでもなく最強分類。気づいたとしてももう遅い。
「それまでの矢と同じと侮ったお前の負けだ!」
続けて放った螺旋剣は慎二達に近づくに連れて加速する。それは弾丸やミサイルがいくら努力しても決して追いつけない領域。
「くっそ!ライダー………………!」
慎二が何か言っている間に激突。
地面はえぐれ、衝撃によって壊れた廃船の木材が飛び散る。目の前にはもくもくと煙が上がり、飛び火した火は辺りの廃船を燃やす。それは正にあの時の墓場の再現だった。
あの時のバーサーカーは耐え切ったが、今回は間違いなく木っ端微塵だろう。それがダメでも少しくらいダメージを与えれることができたらいいけど……………。
ゾクッ
「っ!!??」
言いようのない感覚が突然襲いかかり、その場から飛び退く。コンマ数秒後俺のいた場所に弾丸が撃ち込まれた。
「ちっ!外したかい。いいかんしてるねぇ」
「う、嘘だろ…………」
五メートルくらい離れた場所に慎二とライダーが立っていた。それも無傷で……………。完璧なタイミングで撃ち込んだのに何故!?
「ハハハ!不思議そうな顔をしてるね衛宮!訳を教えてやろうか?」
手の甲を見せびらかすかのように手を動かす慎二。そうか!令呪を使ったのか。
「全く、お前のせいで貴重な令呪を使っちゃったじゃないか。ところで、あのムカつくサーヴァントはどうしたんだ?」
「さあな」
俺の言い方が癪に障ったのか慎二の顔に怒りの表情が浮かぶ
「ふん。まあいいや。早速で悪いけど令呪を使わせた責任をとってもらうよ。ライダー!衛宮をいたぶってやれ!!」
「了解。親友をいたぶれとは悪党だね慎二!」
銃口が向けられた瞬間
「投影開始!!」
全ての工程をすっ飛ばして最速で二対の剣を完成させると同時に銃弾が撃ち込まれた。しかし、それでは間に合わない。剣は完成しても、俺の体は反応してくれなかった。
「があっ!」
弾は俺の肩を貫く。傷口からは血は流れ激痛が走る。即死には至らないがいずれは致命傷となるだろう。痛みに耐えながら、慎二達から距離を取る。
「おや?アンタ、おかしなものを作るね?」
ライダーは俺の手にある干将・莫邪を見て不思議そうに尋ねるが
「ライダー!さっさと衛宮をやれ!!」
慎二が切り捨てた。どうやら、慎二は早く俺が倒れるのを見たいようだ。
「せっかちな主人なこと……………まあ、あたしもそろそろ終わらせたいんでね。観念しな」
銃口を俺に突きつけ一歩一歩近づいてくるライダー。それに合わせて俺も足を引きずりながら下がる。
「どうしたんだ衛宮。まさか今更になってビビってるのか?」
下卑た笑みを浮かべ笑う慎二。何を言っているだろうか?
「………………もう俺は何もしなくていいんだ」
「はっ!諦めて死ぬのか?いいよ。親友として楽に殺してやるよ」
諦めるだって?慎二お前には悪い癖がある。自分が優位にたつと油断するところだ。俺が何もしないのはな慎二、お前達の遥後方に
「喰らいつけ」
弓を構えたあいつがいるからだよ。
「赤原猟犬!」
真名開放と共にアーチャーから放たれた矢は、紅い彗星となって疾走する。先ほど俺は遥後方といった。具体的にいうと二、三キロくらい離れている。切り裂く大気の悲鳴は一瞬、音速を超えた紅い彗星は、普通なら届かない距離を刹那で踏破する。そして俺が気づいた時には
「悪いねえ、慎二」
「ら、ライダー、はは、は……? お前、何言って……!?」
胸を撃ち抜かれたライダーと某然と立ち尽くす慎二。二人の姿だけが俺の目に飛び込んだ。
「こいつはしてやられたねぇ……」
口から血を吐血して、傷口を抑えるライダー。満身創痍といえば、今のライダーの状態をさす。だが、安心できない。今のライダーの目はまだ負けを認めてないからだ。
「………………まだ終わっちゃいないよ。最後っ屁を受けてみな!」
俺たちとアーチャーの間にそのまま己の船を召喚される。この障害物の意味を一瞬で理解した。幾らアーチャーとはいえ三キロ近くある距離を一瞬で来ることは不可能。こちらに来るまで数秒はかかる。その上船が障害物となりさらに時間をくう。その僅かな時間で俺を殺すつもりだ。
「これで終わりだ衛宮!」
「海の藻屑と消えな!」
俺に銃の標準を合わせ引き金を引こうとするライダーと意図に気づき勝利を確信する慎二。サーヴァントがいないマスターなどすぐに殺せる。だが、
「させるかぁあああっ!」
手にしている干将・莫邪でライダーに斬りかかる。俺の行動に一瞬の不意をつかれたが、ライダーは攻撃を中断して干将・莫邪を弾く。弾かれた剣は工程を無視したためすぐに砕け散った。
「あんた、サーヴァントに勝負を挑むきかい。たまげたねえ!」
不敵に笑うライダー。通常ならマスターが英霊であるサーヴァントに勝負を挑むなど愚の骨頂とも言うだろ。
「同調開始!」
今度は工程を踏み干将・莫邪を投影すると再度ライダーに繰り出す。ライダーはアーチャーの時同様タップダンスで攻撃をさばいていくが動きがかなり鈍い。
「そらっ!」
ライダーも銃で応戦してくるが、アーチャーの攻撃が引きずっているらしく、技にキレがないためかわすことができる。
「あっ、ぐっ!」
けれど、流石はサーヴァント。俺の攻撃など当たることなくかわされていく。その上体を動かすたびに血は流れ激痛がはしる。たが、気にしてなどいられない。
「お、お前正気かよ!サ、サーヴァントと渡り合ってるなんて…………な、なんなんだよ!?」
血まみれになりながらも戦う俺を畏怖をだくかのような表情で呟く慎二。俺がなんなのかって?
「ただの正義の味方だ」
「随分というようになったマスター」
俺が答えると同時に遠くにいたアーチャーがやってきた。時間にしてわずか二十秒もなかったが、なんとかなったみたいだ。アーチャーを目にしたライダーははぁ〜とため息をつき
「……最後のあがきも無駄になったか」
「ああ、これで終わりだ」
構えていた銃を下ろし諦めたように棒立ちになるとアーチャーは干将・莫邪を手にしライダーの体を切りつける。アーチャーの一撃がとどめとなりライダーはゆっくりと地面に崩れ落ちた。斬撃の痕は致命傷。
誰が見ても勝敗は決した。
「何だよ…何を勝手に負けてんだよ!?おまえが不甲斐ないからこんなことになったんだろうが!!」
「こんな、アタシに鞭打つのかい……はは、さっすがアタシのマスター」
自分が負けたことを信じられず怒鳴りつける慎二に力なく横たわるライダーは小さく笑った。その際に血も吐き出され、彼女たちがいる場所を更に赤く染めていく。
「やれやれ。ここまでくると、もはや子供だな」
いつの間に俺の後ろにいたアーチャーが呆れたように言う。
「う、煩い!サーヴァントの癖に!!!これは間違いなんだ。本当は僕が勝ってたんだ。全部、コイツが悪いんだ。コイツが!!」
そういって、慎二はライダーを指さす。ライダーは何処か諦めの表情だが、それでも笑みは絶えない。
「……ま、仕方なかったのかもね。敗者は敗れるべくして敗れる。こっちの方が強いように見えてもね―――きっと何かが、アタシたちは劣っていたんだ」
「な、なに他人事みたいに言ってんだよ!僕は完璧だった!誰にも劣ってなんか無い!こんなはずじゃ無かったのに………とんだはずれサーヴァントを引かされた!使えないやつだ!」
この場にいる誰よりも、勝負は決していると口にしたライダー。そして、それを認められない慎二。
そんな話をしている内に、ライダーの傷口から、さらに血が流れ落ちる。冷静を装っているが辛そうに見えた。
「くそっ!僕が負けるなんて!こんなゲームつまらない、つまらない!!!」
まるで子供の癇癪のように、声を張り続ける慎二。すると何かを閃いたのか俺に歩み寄り
「な、なぁ衛宮。お前に話があるんだ。僕に勝ちを譲らないか?だだ、だってほら、今回は偶然だったけど。次は100%負けるんだ。だから僕に勝ちを譲ってくれよ」
「慎二。それはできない相談だ。俺は負けるわけにはいかないんだ」
「くそ!ふん、お前もこんなゲームで勝ったからって調子に乗るなよ!!地上に戻ったらどこの誰か調べて復讐してやる!!大体死ぬ?何を言ってんの?これはゲームなんだよ?死ぬ訳ないじゃ―――――」
慎二の言葉が最後まで告げられる前に彼の腕が黒く染まる。否、染まるのではなく消えていく。
「な、なんだよ、コレ!?し、知らないぞ。こんなアウトの仕方、僕は知らない!!!」
半透明の赤い防壁が完全に俺たちの間を仕切り、世界そのものを変える。何もない勝者と、消滅する敗者に。離散を始めた慎二達の体は、外装をゆっくりと剥がすかのように行われていった。腕を、顔を、足を、腹を。容赦なく消去の意志が異物を排除するのである
「聖杯戦争で敗れた者は死ぬ。マスターとして最初に訊いた筈だろ?」
「はい!?死ぬってよくある脅しだろ?電脳死なんて嘘に…………」
ライダーの言葉に尚も現実を受け入れない慎二が叫び返す。ライダーは鼻を鳴らす。
「そりゃ死ぬだろ、普通。戦争に負けるっていうのはそういうコトだ。舐めてんのかい?」
倒れながらも、慎二と同じように体が崩壊していっているライダーから、冷徹に事実を告げられる。誰よりも、この状況を当たり前の事だと、理解しているように。
「だいたいね、此処に入った時点で、お前ら全員死んでいるようなもんだ……生きて帰れるのは、本当に一人だけなんだよ」
「な……やだよ、今更そんな事言ってんなよ……!ゲームだろ?これゲームなんだろ!?なあ!!!」
「一番初めに契約した時に言っただろう。……覚悟しとけよ?勝とうが負けようが、悪党の最期ってのは、笑っちまうほどみじめなもんだってね。この終わりだって贅沢なもんさ。愉しめ、愉しめよシンジ」
そう言った彼女の右手も跡形もなく消滅した。止まらない消滅に、慎二に焦りは一層増していく。
「い、嫌だ!嫌だああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
慎二の思考はそこで停止したのだろう。意味を成さない言葉を喚き散らしながらその場にうずくまり、嫌だ嫌だと言い続けるだけの人形のようになってしまった。ライダーは俺たちのを見つめ何処か自暴自棄になったかのように呟く。
「アンタ等も容赦なく笑ってやれ。ピエロってな笑ってもらえないと、そりゃ、哀れなもんだからね」
「あいにく私には敗者に鞭を打つのは趣味ではない。私たちそろそろ消えるとしよう」
アーチャーは背を向けるとと出口へと歩き出した。それに続き俺も歩き出す。前までの俺ならここで慎二達に何かを言っていたかもしれないが、何も言わない。勝者が敗者にかける言葉などないからだ。
「何も言ってくれないとは冷たい男だね。まあ、偶にはこういうのも………悪くないかな」
チラリとライダーは慎二のほうに視線を移す。既に八割型が消滅し、ほとんど見えなくなっている。
「やれやれ……あのくそがき、もうちょい傍に置いて鍛えてみたかったんだけどねえ……」
呟きと共に呆気なく、どこか滑稽に彼女は消滅した。星を廻った海賊は死ぬ瞬間まで楽しげに笑っていたのを俺は一生忘れないだろう。
「お、おい!勝手に消えるなよ!助けてくれよ!!」
彼女がいた場所に叫ぶ慎二。自らのサーヴァントだった残滓を掴もうと肘から先が無くなった腕を伸ばし、そのまま力なく崩れ落ちた。
「お前!そうだ、お前が助けろよ!!僕がこうなったのもお前が原因なんだから!!!」
目の前でライダーの消滅を見て、必死にすがりつくように壁に寄り掛かる慎二は、既に首元まで浸食されている。消えるのも時間の問題だろう。
壁の向こうで泣き叫ぶ慎二を見て思わず駆け寄ろうとしたが、その場に踏みとどまった。俺はその場で慎二にむけて頭を下げる。
「御免、慎二。俺を恨んでくれて構わない」
助けることなら助けたいが俺は頭を下げることしかできない。今俺にできることは目の前の失われようとする命への謝罪が、精一杯だった。
「はぁ!?謝るんなら助けろよ!僕はまだ八歳なんだぞ!!こんな…………」
言葉を続ける前に慎二の身体が完全に黒く染まり、彼女の様に消える。
それを見て、再確認した。俺は生き残る為に慎二を殺したんだ。そしてこれからも殺すのだろう。
「………貴様、後悔しているのか?」
「………忘れたのかアーチャー。俺は何があっても後悔だけはしないって言っただろ」
下げていた顔を上げる。
恨まれるだろう。
憎まれるだろう。
この戦いが進むに連れてこれから他人の命を、願いを、想いを踏みにじるのだから。それでも、絶対に生きぬくんだ。こうして、俺は親友を破り、聖杯戦争の一回戦を終えた。
後書き
読んでいただきありがとうございます。戦闘描写や士郎とアーチャーのやりとりなどツッコミたいところがたくさんあると思いますがこれが作者の限界です。中傷などやめてください
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