ワンピース~ただ側で~
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番外8話『気づけば』
「この!」
避けられそうにない。
黒アフロの拳が俺の腹に突き刺さった。
「くっ」
歯を食いしばって、殴られた痛みに耐える。
鉄棘のグローブで殴られた割には大したダメージにはなっていないけど、衝撃のままに吹き飛ばされてしまった。態勢を整える間もなく「ふん!」という声とともに数本の矢が飛来。身をよじってそれら全てをやり過ごして、また彼らに背を向けて逃げる。
「ええい!」
「っっ!」
突如現れる大きな口が俺を呑みこもうとする。
それをぎりぎりで避けて、慌ててまた逃げる。
どうにかこうにかワポルたちの連携攻撃から逃げながらここまで来たのはいいけど、そろそろ体を動かすことすらままならなくなってきていた。
このままでは本当にこんな奴らに殺されてしまうかもしれない。
笑えないほどにあっけない自分の姿を想像して、それだけは嫌だと、また自分を奮い立たせる。
「……ふっ!」
酸素を求める体を無視して、息を吐き出して、また飛ぶ。
「また避けやがった!」
「だがそろそろ限界のようだ」
「カバめ。我らから逃れられるものか」
好き放題言ってくれる。
ちょっとムカつくけど相手をする余裕もないのでただただ足を動かす。
――と。
「……出た」
なかなか見えてこないと思っていたそこに、ようやくたどり着いた。
「まっはっは、逃げたのも無駄だったな!」
「行き止まりだな!」
そう、彼らの言う通り。行き止まり。
ここは崖で、下をのぞき込めば……あれ、たっけぇ……予想していたよりも高いんだけど……これ大丈夫か?
ちょっと怖い。けれどさすがにここで足踏みしていては結局はダメだ。
「死ね!」
黒アフロがボクシングスタイルで殴り掛かってくる。その黒アフロの体の隙間からは巨大な矢が飛んでくる。ワポルは馬鹿みたいに口を開けて笑っている。俺がこれ以上逃げられないとわかっているから全員の顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
確かに今の俺にはこいつらに反撃する力は残っていない。
けれど、まだ最後の力だけはとってある。
だから、俺は――
彼らの攻撃が殺到する。
――それらにあたる寸前、タイミングを見計らって――
「んなにっ!?」
「ばかな!」
――崖から飛び降りた。
ドラム島に一人しかいない医者。
魔女という異名をもつその医者がギャスタという町に帰ってきている。
ルフィたちが医者の住む城を目指して出発した後、その情報を得たウソップとビビは地図を片手にソリを走らせていた。医者に城に帰ってもらうように掛け合って、一刻も早くナミを診てもらうためだ。
そのためギャスタへと向かっていた彼らだが、残念なことに二人はこの島に来たばかりで土地勘などない。難しい顔で地図とにらめっこしてしまうのは当然として、どこを見回しても雪だらけで、なおのこと地理が分かりづらい。
現在地と目的地の把握が難しい状況下にあり、大まかなギャスタの位置は地図を見ればわかるとしても、詳細の位置まではわからない。そのため、詳細の場所を示すギャスタの看板を探しながらソリを走らせていた彼らだったが、実は既に彼らはその看板を見落として道を進んでしまっていた。
もちろん道を間違えて進む彼らがギャスタにつくわけもなく――
「……てっぺんがみえねぇ」
「どこで看板を見落としたのかしら」
――きりたった崖に行きあたっていた。
「と、とにかく急いで戻りましょう」
「おう、今度こそギャスタの看板を見落とさないようにしねぇと」
慌てて引き返そうとする二人だったが、すぐさまその動きを止めた。
「――ぁぁ」
「何か聞こえない?」
「あぁ、俺にも聞こえる」
「なにかしら」
「なんだろうな」
二人して首を傾げて周囲を見回すも、特に変化はない。基本的に臆病な性格をしているウソップがなにか得体のしれない音を聞いても平然と周囲を見回してるのはおそらくはその音がどこか二人にとって聞き覚えのあるものだからだろう。
「どっかで聞いたことあるような」
「私も」
顔を見合せて、また首をめぐらすのだが周囲に変化は起こらず、この妙に耳になじむ奇怪な音も乱立する木々や切り立った崖に反響しているせいで音源の位置が特定できない。ただ音の大きさだけは加速度的に増していて、二人のいる位置へと確実に近づいている。
音源が近くなればその位置を耳で判別することもそれだけ容易になるわけで、それゆえに二人は同時に気付いた。
音源は近づいているのではない。
落ちてきているのだと。
「――あああああぁぁぁぁぁ」
「上っ!?」
「つかハントじゃねぇか!」
「な、なんだか体が黒いわよ!?」
「おい、こりゃ俺たちに直撃コースだ! ソリをバックさせるぞ! バック!」
「で、でもハントさんは――」
「あいつが崖から落ちてきただけで死ぬわけねぇだろ! それよりこっちの心配だ!」
ハントが巨人二人を相手にして倒してしまうほどの人物だった、ということを思い出し、ビビもウソップの意見に「そそ、そうね!」と同意した。
二人が慌ててソリを後退させて――
「――おおおおおぉぉぉぉぉぉぅ゛んっ」
つい寸前までソリがあった雪の床へと、ハントがダイブした。
「……」
「……」
「……」
少なくともこの地上から見ててっぺんが見えない位置にあるほどの高さの崖。そこから落下してきたのであろうハントを二人がのぞき込む。なかなか動き出さないことから少しだけ心配そうに動く二人に、だがハントは生きていたらしく「うぅ」と呻き、ゆっくりと上半身を起こした。
「……き、効いた」
「あの高さから落ちて生きてるなんて」
「言うな、ビビ。こいつが色々とおかしいのはもうわかってたことだ」
呆然と呟くビビと、それに同意しつつも呆れた様子のウソップ。さりげなく失礼なことを言われたハントだが残念ながらそれを耳に情報として入れるほどの元気は残っていないらしくただ乱れた息を整えることにのみ集中している。
「そういえばなんであんなところから落ちてきたんだ、ハント?」
「他のみんなはどうなったの、ハントさん?」
二人に問いかけられ、そして名前を呼ばれたことでやっとハントも彼らに気づいた。
「おお……二人とも……ふぅ……ちょうど……いい……とこ、ろに……たすかった、かな?」
「気づいてなかったのかよ!」
突っ込みを入れるウソップの言葉に普段のハントならばそれにノッて答えるのだろうが、完全なガス欠状態の彼にそれができるはずもなく、というよりもウソップのそれも聞いていないのだろう。それには全くの反応を見せずにゆっくりと呼吸を繰り返して「完全に……すっからかんだ……これ」と自嘲の色をこめたような、かすれた声でつぶやいた。
この時点で普段の様子とは違うことに二人もやっと気付いた。
「……ハントさん?」
怪訝な表情で、そして冷静な声でのビビの問いかけにハントも今度は聞き取れたらしく反応を。
「あいつらは……心配ない……俺だけ、離脱した」
「おい、大丈夫か?」
ウソップの言葉を受けて、ハントは笑みを浮かべて「限界だから……あと……頼む」と、そのまま起こしていた上半身をバタリとまた雪の床へと沈み込ませた。
「は、ハントさん!?」
「ハント!」
――目が覚めたら、ナミが元気になってますように。
それを思いながら、ハントは意識を失った。
「……」
「あ、寝てるだけかよ」
そんなウソップの突っ込みも、微かにハントの耳に届いていた。
「あっはっはっはっは!」
「めでてー! めでてー!」
居心地の良い暗闇の中、ふと耳に音が入ってきた。
何の音だろうかと、感覚的に思った。
心地よいまどろみに包まれていたはずの俺の世界に突如として侵入してきたその音は、騒がしくもどうしてか心地よくて、なんでもいいかと身をゆだねてしまう。まどろみにあった自分の意識を手放そうとして、そういえば俺は今どこにいるんだろうという考えが脳裏をよぎった。
最後にウソップとビビに会った気がしたけど、あれからどうしたんだろうか。
っていうか俺は今生きているんだろうか。
この妙に暖かい、まるで毛布にくるまっているかのようにすら感じる気持ちよさはいったい何だろうか。
もしかしてここは天国とかそういうオチで、んで気づけばナミみたいなびじかわいい天使が俺をお迎えに……ん? そういえば――
「――ナミっ!?」
反射的に目が覚めた。
ナミはどうなったのだろうか。ちゃんと医者に診てもらえのだろうか。
あわてて起き上ろうとすると、体の反応が少し鈍い。
「……?」
ベッドから立ち上がり、手を握ったり開いたりして力の入り具合を確認。
大丈夫、力が入らないというわけではない。多分、単なる寝すぎが原因だ。体がまだ寝ているのだろう。
ということは俺は随分と寝ていたのかもしれない。
「……あれ?」
今更だけど、自分がどこで寝ていたかに気づいた。
「……あれ、ベッド? ……ん? ここってナミの船室か?」
がっつりと見覚えがある。
ここは間違いなくナミの船室だ。
となるともしかしてドラム島を出たのか? それとも問題が起きて俺だけメリー号の船室で寝ているのか? いやいや、そもそもなんでナミの部屋?
「? ……? ……??」
状況がわからない。
ただ、ここでずっと首をかしげていても俺の頭でわかるわけがないということに今更ながら気づいた。とりあえずなんだか騒がしい甲板のほうに行ってみようとは思うのだけど、メリー号は構造的に、女部屋から甲板に行くためには倉庫に出なければならない。そのためまずは階段を上り、倉庫につながる階段扉を開ける。そのまま階段を上って倉庫に出たところで――
「――あ、目覚めたの?」
「……」
ナミがいた。
病気で辛そうにしているナミじゃない。いつもの元気で明るいナミだ。
その姿に、頭が真っ白になってしまってとっさに反応ができなかった。
「……ハント? おーい」
「……」
心配そうな顔で俺の顔をのぞき込んだり、目の前で手を振ったりしているナミは幻なのかもしれない。
意味もなくそう思って、顔の前で振られていた手をそっとつかんでみる。
「は、ハント?」
掴めた。
柔らかくて小さな手だ。
「……よかった」
やっと理解できた。
目の前にいるナミは本物で、もう病気も治って、いつものナミだ。
「ほんとよかった」
安堵しすぎて、膝から力が抜けた。
「……ちょ、ちょっとハント、大丈夫!?」
「ああ、安心したら……ちょっと」
アーロンをブッ飛ばした時はナミが腰抜かしてたけど、今度は俺が似たような状況になってしまった。
……恥ずかしい。
「ふふ、そんなに心配だった?」
おお、完全にいつも通りのびじきたない笑顔じゃないか。
美人と意地汚いと掛け合わせてみた……これは自分で評価するのもなんだけどうまい気がする。
いやいや、そんなことはどうでもよくて。
「ナミ」
「?」
「頼むから無理はしないでくれ」
「無理なんてしてないわよ?」
俺の顔をのぞき込むナミは、元気で笑顔で、いつも通りで……だから、少しだけ――
「俺はずっと寝てたからナミがどういう病気だったかなんてわからないけど、あれが尋常じゃない状態だったってことぐらいはわかる。倒れたお前は大丈夫って言ってアラバスタに行こうとしたけど本当に死んでたらどうすんだよ」
――むかついた。
「な、なによ急に……真面目な顔して」
珍しくナミがどもった。
普段ならそんな姿を見ただけで怒りが引っ込みそうなものなんだけど、この感情は収まりそうにない。どうやら俺は少しムカつくとかではなく随分とむかついているらしい。
「船のみんながどれだけお前のこと心配してたか、ナミだってたまに意識があったんだからわかってるだろ?」
「……」
俺はナミと喧嘩をしたことなんてないし、こうやって真面目な表情でナミに問い詰めるような真似だってしたことなかった。
今日が初めてだ。
多分、だからだろう。
結構短気なナミが、俺よりもずっと頭のいいナミが文句を言ってこないのは。
怒りとかそういう感情よりも、なによりもまず今のナミの中には驚きの感情が入ってるはずだ。
「大丈夫じゃないのに大丈夫なんて言わないでくれよ」
「仕方ないじゃない! だって急がないとアラバスタがどうなるか! それに本当はビビだって辛いのにそれを我慢して――」
わかってるんだ。ナミの心根は誰よりもやさしくて、これ以上、国に追いつめられるビビが心配で、そんなビビを見ているのが辛かったんだって。だからアラバスタへ急ごうって言ったんだって
わかってる。きっと理はナミの方にあるって。
わかってるんだ。でも――
ナミの言葉を遮ってでも、言わせてもらう。
「――ナミが死んだら俺が生きてる意味がないだろうが!」
「……へ」
ナミの言葉が止まった。
ナミの瞳を見つめて、言う。
「俺はナミの側にいたいのに……お前の側でルフィたちと一緒に海賊をやっていきたいのに! ……肝心のお前が俺から離れようとなんでしないでくれよ……ずっと一緒にいるって約束を破ろうとしないでくれよ! ……死んだら……お前が死んだら……俺がその後を追いかけたって会えるかどうすらかわからないんだぞ!?」
自分で言っていて両親のことを……ベルメールさんではなく俺を生んでくれたほうの両親のことを思い出した。
別にトラウマになっているわけじゃない。
俺には死んでしまった両親と、まだ生きてくれてる母親がいるからこそ、余計に死んでいることと生きていることの違いを考えてしまうのかもしれない。
「だから、頼むよ」
「……」
「もっと俺のことを頼ってくれ、迷惑をかけてくれ……ナミと一緒にいさせてくれよ……な?」
「……」
「俺は……ずっと……ずっとお前と一緒に……お前の側にいたいんだ」
「……」
あれ?
「……ナミ?」
「……」
反応がない。
少し好き勝手言い過ぎただろうか? そう思ってナミを見るけど、ナミの表情は別に怒っているわけではなさそう。
というか少し呆けてるというかボーっとしてるというか……そんな感じだろうか?
あ、あれ……俺けっこう熱弁したつもりだったんだけど聞いてなかったパターンとか?
「……ナ、ナミ?」
ナミの顔の前で手をふる。
「ぅ」
お、反応あった。
けどそこからのナミの様子がまたおかしい。
赤い顔をして俺から視線をそらして、顔を天井に向けたり、床に向けたり、俺に向けたと思ったら、またどっか別方向に向けたり。
……ん?
……あれ?
そこで、気づいた――
「……え、えと……そ、その……私も、その……ハントと、ね? あの……私もハントと一緒にずっと――」
――ナミの顔が赤いことに。
「――ナミ! 顔が赤いぞ! お、おおおまおまお前ままままさかまた病気が再発したのか!? ちょ、大丈夫か!?」
「いや、あの……そうじゃなくてね、ハント? 私もハントとずっと――」
「――いやいやそうじゃないわけないって! 顔真っ赤だぞ!? 真っ赤!! 病気にうなされてた時ぐらい真っ赤だって!」
「は、ハン……――」
「――ダメだ! これはだめだ! とりあえずベッドで寝て安静に!
「……」
「あ、いやそれよりも上で騒いでる奴らに言ってまた医者のところに連れってもらわないと!」
ナミの手をとって走り出そうとして、その手が力を込めて連れていかれることを拒否するという態度を示した。
「ナミ!? どうしたんだ! 今はまだ体力あるかもしれないけど――」
「――違うわ、どアホ!」
「うぉぬふっ!」
いきなり殴られた。
あぁ、自分から漏れた声が恥ずかしい。
というかあまりの威力に床にたたきつけられてしまった。
「ふん! 顔が赤いのは病気のせいじゃないし、なによりこの船にはもう船医のってるの! 今、歓迎会やってるからあんたもすぐに甲板に来なさいよ!」
そのまま、ずかずかと踵を返して行ってしまうナミに俺はいまだに床にたたきつけられていて声をかける暇すらなかった。
ま、まぁ船に船医がいるなら大丈夫だな……うん。
というか俺だってずっと……って言ってもどれくらいかわからないけど、たぶん結構長い時間寝てたんだからもうちょっと俺の心配をしてくれても……あぁ、医者がいるなら睡眠不足とただの疲労って判断もらって終わりか……大して心配することもないよな、そりゃ。
にしてもそんなすぐにどっかに行かなくたって……とか女々しいことを思うのがよくないんだろうなぁ。
「……ま、とりあえず甲板に行ってみるか」
……どんな医者だろうか。
ナミに惚れてるとかじゃなきゃなんでもいい。
そう思って倉庫から出ようとして、新たな人物が入ってきた。
もちろんナミじゃなくて、かといって新しく入ったという医者でもなくて、それは――
「……」
――サンジだ。
煙草をくゆらせて、なんだか俺を睨み付けているようにすら見える。
「……なんだよ。怖い顔して」
「もう体はいいのか」
「ん、ああ、おかげさまで」
「……そうか」
そういえばナミを無事に医者に見せてくれたようで、そのことに関してお礼を言おうかと一瞬思ったけどどうせまた『ナミさんのためだ、てめぇに礼を言われる筋合いはねぇんだよ』と怒られそうだからここは我慢しておく。
「俺に用でも……っていうか用がなきゃわざわざ二人になろうとしないか。なんだ? 全然思い当ることがないんだけど」
「てめぇにちょっと聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
なんだろうか。
「……雪山で雪崩を消した時のことだが」
「ん、ああ」
あれがどうかしたのだろうか。
逃げなかったことで怒られるとか?
いや、でもあの場合逃げても絶対無駄だった気がするんだけど――
「――言ったよな、魚人空手って」
「……」
なるほど。
察した。
サンジの考えていることを。
いくら頭の悪い俺でも、普段のサンジの思考回路を考えれば、わかる。
「答えろ」
「ああ……言ったよ」
「てめぇがどういう経緯でそうなったかはしらねぇし興味もねぇが、技の名前からして魚人がかかわってきたんだろ」
「……あぁ」
「それ……ナミさんは知ってんだろうな」
やっぱり。
サンジらしい。
本当に。
ずっとナミが魚人に虐げられてきて、でも俺は魚人の師匠にずっと良くしてもらってきて、そしてその技をひっさげて今の俺がここにいる。他の誰でもないナミにとって家族の俺が、ナミを虐げてきた魚人としての戦闘術をもっている。
その事実がナミをひどく傷つけるのではないかという心配を、サンジはしている。
人によっては余計なお世話だって言って喧嘩になってしまうかもしれないけど、これは余計なお世話なんかじゃない。サンジの顔を見れば、なんとなくだけどわかる。
サンジはただナミが傷つかないかという心配をしてくれている。
それは下心でとか、男としてとか、そういうものではなくて、サンジという一人の人間としてナミのことを心配してくれている。なんだかそんな気がして嬉しかった。そんな風に感じたのはなんとなくサンジがそういう風に見えたからという理由だけだけど、本当にそう思えた。
もし違っていても、サンジが男として、という理由でも深くナミのことを心配してくれるのならそれはそれでやっぱり嬉しい。
俺はナミのことが好きだけど、ナミの兄でもあるわけだから。ナミのことをそれだけ思ってくれるのならば、やっぱり嬉しい……もちろん嫌な気持ちもないって言ったらウソにはなるけど。
まぁ、ともかく。
ナミのことを心配してくれるサンジが嬉しくて、俺はその彼の心配に答える必要がある。
「知ってるよ、アーロンをブッ飛ばした日に……ナミを含めて家族には言っておいた。みんな『気にしない、いい魚人もいるんだ』って言ってくれた。それどころか『だったらあんたを鍛えてくれたその魚人は私たちを救ってくれたことにもなるんだから、感謝しないと』って、笑ってくれた」
それを聞いて、サンジが大きくため息を。
「……そうか、ならいいんだ。俺がとやかく言うことじゃねぇってのはわかってる。悪かったな」
言いながら一人で甲板に出ようとするサンジが、なんだかいぶし銀に見えた。
ありがとう、と。
また心の中で言うことにした。
ハントとチョッパーが握手を交わす。
「おれはチョッパー。トニートニー・チョッパーだ」
「……?」
――たぬ……いや角がある……鹿か? しゃべる鹿? ……うーん、グランドラインだし、なんでもいいか。
「俺はハント、よろしくな。ドクターチョッパー」
「ど、ドクターなんて言われてもうれしくねぇよ、このヤロウがー!」
「嬉しそうだな」
降りしきる氷の桜が、満開の月のもとで咲きつもる。
「新しい仲間に……乾杯だぁあ!!」
「カンパーイ!!」
船は、アラバスタへ。
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