東方攻勢録
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第四話
「はあ……はあ……なんだ……なにが起きたんだ……?」
辺りに散らばった黒い物体を見ながら、妹紅は力なのない声でそう呟く。しかし何があったかなんて一目瞭然だ。どう考えてもこの大量の黒い物体は、さっきまで妹紅が戦っていた大ムカデのはず。となると黒くなっているのはどう考えても妹紅自身が燃やしたからだ。
しかし妹紅はふみ江が首をはねられたのを見た後の記憶がない。となると彼女はふみ江を守ることができなかった自分への怒りだけで、この場にいた大ムカデ全員を殺したというのだろうか。いろいろと考えてみるが記憶がないなら考えても仕方がない。とりあえず彼女の心配が先だ。
「ふみ江!」
妹紅は頸から先がなくなったままの彼女に近寄る。血液は完全になくなってしまったのか、もう傷口から液体が放出されることはない。
「ごめんな……守ってやるとか言いながら守ってやれなくって……」
近くに転がっていた彼女の頭を拾い上げると、妹紅は彼女の頸に合わせるようにして地面に置く。不老不死なのでそんなことをしなくてもいいはずだが、念には念を入れたかったのだろう。
「私はここで待ってるからさ、落ち着いたら言ってくれよ」
妹紅は返事をするはずのない彼女にそう言うと、自身もその場に座って休息を取り始める。するとさっきまで感じていなかった戦闘の疲れが一気に放出され、急に体全体が重石を載せられたように重たくなった。さすがに座っているのもしんどくなり、妹紅はその場で横になった。
「……はぁ」
いろいろな念を詰め込んだ溜息を吐いた後、次第に眠気がひどくなっていった。せめてふみ江が起き上がるまで起きておこうと考えていたが、しだいに我慢ができなくなりそのまま眠りについてしまう。どうせ次に目が覚めたら彼女は起きているだろうと思いながら。
「……ん?」
眠りから覚めた妹紅の目に飛び込んできたのは、赤色に染まった森の景色だった。あたりには黒い物体がそのまま残っており、焦げくさい臭いが辺りを包みこんでいる。
「よくこんなところで寝る気になれたな……」
妹紅はまだ重いままの体を無理やり起こすと、ボーっとしたまま辺りを見渡す。彼女のそばにはまだ眠ったままの少女が横になっている。
「なんだ……ふみ江も寝てるのか」
妹紅はそっと彼女のそばに近寄ると、彼女を起こそうと体に手を触れる。
「おいふみ江起きろ。そろそろ移動しな……い……と……」
妹紅は急に体を揺らすのを止めると、なぜか驚いたように目を見開いていた。
今彼女はふみ江を起こそうと体を揺らしただけだ。確かに彼女の体は揺れていたし、少し揺らし続けていれば彼女は起きるはずだろう。だが問題はそこじゃない。彼女が気付いたのはふみ江の顔の部分だ。
「ふみ江……?」
試しにもう一度体を揺らしてみると、確かに体は横に揺れていた。しかし彼女の感じていた違和感も同時に確実なものとなった。
「……えっ?」
ふみ江の顔の部分は体の揺れに合わせて揺れることがなかったのだ。はたから見れば彼女の体と胴体は繋がっているようにみえる。しかしよく首元を見てみれば、傷口はふさがっておらずそのままくっきりと残っていた。要するに彼女の体と頭はまだつながっていないということだ。
「おいおい……どういうこと……だよ」
しだいに焦りの色を見せ始める妹紅。なんとも言えない感覚に襲われて、体中が寒気に襲われ始めていた。
「そっそうか! あれだけ重症だったら治癒に時間がかかるのか! そうだよな?」
なにも言わない彼女に向けてそう言った妹紅は、現実から離れようともっともらしい事を言っているようにしか見えなかった。
しかしそれから何分と待っても彼女の傷口は癒えない。彼女の心は少しずつ傷がつけられ始めていた。
「おい……ふみ江、冗談でやってるなら早く起きてくれよ……私怒るぞ?」
問いかけても何も言わないふみ江。妹紅は急に立ち上がると、大粒の涙をこぼしながら彼女の顔をつかんだ。
「なんでだよ! お前不老不死なんだろ!? だったらもう戻ってきてもいいはずなんじゃねえのかよ!!」
どれだけ怒鳴ろうが彼女が急にしゃべり始める事はない。眉間にしわをつけたままの妹紅だったが、徐々にそのしわもなくなり悲しみが顔に浮かび始めてきた。
「頼むよ……なあ、笑って冗談だよって言ってくれよ……」
ついに顔だけの彼女を抱きしめると、涙を流しながらその場に倒れ込んだ。
「私を……一人にしないでよ……」
ふみ江が動かなくなってから一日がたった。依然と彼女は動こうとはせず、妹紅自身も人形のように気が抜けたまま動ごこうとはしない。いま思っても彼女が死んだなんて考えられないだろう。
「……ふみ江……動けるか……?」
妹紅の声はもう気力を感じられるほど大きくはなかった。それに彼女の目は大きくはれ上がり、おまけにくまも出来あがっている。目もほとんどかすんで見えていなかった。
「……」
妹紅は急に立ち上がると、手のひらに炎を作り出して自分の服に火をつける。たちまち彼女の体は燃え上がり、黒くなってその場に倒れた。
しかしその数秒後には新しい彼女が出来あがる。蓬莱の薬で魂の状態になった彼女に死が言い渡される事はなかった。
「……なんで……なんで……」
そう呟きながらまたその場に座り込む妹紅。夜が明けてからずっとこの調子で、何度も自分の服に火をつけて死のうとしている。今の彼女にもう現実と向き合って立ち直る気力などどこにもなかった。
「……」
なにも考えずじっと空を見つめる。自分が何のために生きているのかわからず、かといって死ぬことも許されない。完全に生き地獄のなかに埋もれていた。
もう何もしたくない。そう思い始めて溜息をついた瞬間、妹紅は急に体が温かい感覚に包まれた。
「……妹紅ちゃん」
「えっ……?」
急に聞こえてきたのは紛れもなくふみ江の声だった。まさかと思い妹紅は彼女の死体に目を向ける。しかし彼女はこっちを見ているどころか動いてすらいなかった。
「……幻聴か」
そう呟いてまた空を見上げる。しかし今のふみ江の声は幻ではなかったのだ。
「幻聴じゃないよ。妹紅ちゃん」
「へっ……!?」
空を見上げると同時に彼女の目に映ったのは、紛れもなくたったままこちらを見下ろす彼女の姿だった。妹紅は体を起こしすぐさま振り返る。彼女の顔はきちんと繋がっており傷口も見えない。どこからどう見てもふみ江自身だった。
「ふみ江……ふみ江!」
妹紅は立ちあがると彼女を抱きしめようとする。しかしのばした手は完全に彼女の体を突き抜けてしまい、妹紅自身もそのまま彼女の背後に立っていた。
「えっ……?」
「ごめんね妹紅ちゃん……気持ちは嬉しいけど、もうできないんだ」
そう言ったふみ江は苦笑いをしていた。
「どうして……!?」
辺りを見渡して見ると彼女の死体はまだ倒れたままだった。それに顔も取れていて動ける状態ではない。しかし目の前に彼女は立っている。となると答えは一つしかなかった。
「ごめんね……私幽霊になっちゃった」
そう言われた瞬間、妹紅の心に何かが突き刺さった。幽霊になったということは死んだということ。今までそれを認識しようとしなかった妹紅は、その一言で一気に現実に引き寄せられた。
「なんで……お前不老不死だろ? 死ぬわけないじゃんか……」
感情をぐちゃぐちゃにされた妹紅は笑いながら涙を流す。そんな彼女にふみ江はただ悲しそうな笑みを返すしかなかった。
「なあ嘘なんだろ? 頼むからそう言ってくれよ……な?」
「嘘じゃないよ妹紅ちゃん。私は死んじゃったの……」
再び妹紅の思考が途切れる。不老不死なのに死ねる? そんな事を自分に聞いて答えも分からず埋もれていった。
「なんでだよ……意味わかんねえよ!」
「私も分からないよ。こんな事になるなんて……思ってなかった」
そう言ったふみ江もついにうつむいたまま涙を目にため始めた。そんな彼女を見て、妹紅もなにも言えなくなってしまう。
それから数十秒ほど沈黙が続いた後、ふみ江がまた笑みを作り出して話しかけてきた。
「あのね妹紅ちゃん……私がこうやって出てきたのは、お礼を言いたかったからなんだ」
そう言われた妹紅はえっと言わんばかりに目を点にしていた。
「何言ってるんだよ……私は何もできなかった……お前を守ることさえ――」
「違うの。妹紅ちゃんが一緒に来いって言ってくれて……私は久々に人とふれあうことが出来た。忘れかけてた人との温もりを……思いださせてくれたんだもん」
何十年も人と出会っていなかったふみ江にとって、妹紅は大事な事を思い出させてくれた恩人のようなものだった。彼女が言ってくれた「ついてこい」の一言が消えかけていた温もりを呼び戻し、彼女の暗かった日々を明るい日々へと変えてくれた。だから彼女は妹紅に礼を言いたくて現れたのだろう。
だが妹紅にとっては全くの間逆だった。
「そんなの……礼を言いたいのは私のほうだよ……」
ふみ江より長く生きていた妹紅にとっては、彼女こそか自分の心の支えとなっていた。退屈だった日々も彼女と過ごすことで楽しかった日々へと変り、ふみ江は妹紅にとって久々の友達……いや、親友だったのかもしれない。
「……あははっ。なんかお互い様って感じがするね」
妹紅の話を聞いたふみ江は笑いながらそう言った。
「……悪いかよ」
「ううん。嬉しいよ?」
そう言った後二人はしばらく笑い続けた。ふみ江が死んだことも一時的に忘れ、気が済むまで笑いあった。だがこうしていられる時間ももう僅か。そう思うと悲しみも込み上げてきたが、無理やり笑い続けることでその感情を抑えつけた。
そしてその時は突然やってくる。
「はあ……妹紅ちゃん、私そろそろ行かないと……」
「えっ……?」
ふみ江がそう言った瞬間妹紅から笑顔が消え去った。
「ねえ、最後にお願い……聞いてもらってもいい?」
「さい……ご?」
そう聞き返すとふみ江は小さくうなずく。すると彼女は自分の死体に近づき、懐かしそうな顔をしながら口を開いた。
「私が持ってた髪飾り……覚えてる?」
「……ああ」
「それを持って行ってほしいの」
ふみ江は優しく微笑みかけながらそう言った。
「えっ……でも……」
「大事なものなんだ。それを妹紅ちゃんに持ってて欲しい」
そう言われた妹紅は少しためらうそぶりを見せたが、その後何かを決心したように表情を引き締めると彼女の死体に近づく。そのまま彼女の懐から大事にしていた髪飾りを取り出した。奇跡的に傷一つはいっておらず、金属と宝石の光沢で美しくきらめいていた。
妹紅は数秒間それを眺めた後、自分の懐へ大事にしまう。それを見ていたふみ江は安心したような表情を浮かべていた。
「ありがとう……妹紅ちゃん」
そう言った彼女の足元は、まるで成仏し始めたかのように消え始めていた。妹紅はそれを見ながらすべてを悟り、また大粒の涙をこぼす。
「いやだ……いやだよふみ江!」
「大丈夫だよ妹紅ちゃん。きっとまた……理解してくれる人と出会えるはずだよ」
「でも! それでもいやだよ!」
妹紅は必死に手をのばし彼女を求めようとする。しかし彼女の体はもうほとんど消えかかり、目に見えなくなるのも時間の問題だった。
「……ありがとう……さよなら」
ふみ江は最後に悲しそうな笑みを浮かべたまま、妹紅の視界から消え去っていった。
ふみ江が消え去った後、妹紅はしばらく無言のままその場に立ち尽くしていた。だがさっきのように現実逃避をしているわけではない。最後の別れと彼女の思いを深く感じながら、彼女と過ごした日々を思い出していた。
「ふみ江……うああああああああああああああ!!」
妹紅は我を忘れたように泣き叫ぶ。その声は山にいた妖怪たちすべてに聞こえるほど大きいものだった。
「これが……私が頭を切り落とされることに恐怖を感じるようになった原因だ」
過去話を終えた後、妹紅は悲しそうにしたままそう言った。
「……ごめん。なんか悪いこと聞いちゃったかな……」
「いや、別にいいんだ。隠すことでもないから」
妹紅はそう言った後、ふみ江と別れた後の話もしてくれた。
正直なところそこから先の記憶はほとんどないらしい。元に戻った日常を過ごしているうちに妖怪と戦うことも嫌気がさした妹紅は、ただ歩いたり食料を調達して過ごしていた。それから人間にも忘れ去られた彼女は、幻想となって幻想郷に流れ着く事になったらしく、そこで彼女の父親に恥をかかせた張本人の輝夜と再開する。しかし輝夜自身も蓬莱の薬で魂の存在となっており、不老不死として生きてきた彼女達は共感出来る部分もあったのだろう。それでも妹紅は輝夜との因縁をはらすべく戦いを挑むことになり、それが彼女の生きがいとなったのかもしれない。それに幻想郷に来てからは人里ともコミュニケーションが始まり、慧音という理解者もできた。彼女にとっては今が一番充実しているのだろう。
「あれ以降ふみ江の事を忘れたことはない。でも、もう悲しんだりはしてないよ」
「そっか……」
俊司はなぜか安心したように溜息をついて表情を和らげていた。さっきまで悲しそうにしていた妹紅ももうそんな顔をしていない。前を向いて自分のやるべきことを見ているようだ。
そんな中二人の背後にあった部屋のなかで、着物を着た黒髪のロングヘアーの少女が静かにその話を聞いていた。
「ふーん、あんたにもそんな過去があったのね?」
「えっ……?」
急に二人の背後から女性が声をかけてくる。その声を聞いた妹紅はなぜか青ざめていた。
「あんたもつくづく不器用なのね?」
そう言って部屋から出てきたのは、妹紅のライバルとも言っていい輝夜だった。
「かっ輝夜!?」
「なーに驚いてんだか。言っとくけど盗み聞きしてたわけじゃないから」
と澄まし顔で言っている輝夜だが、どうせ妹紅をからかおうと思って盗み聞きをしていたのだろう。思ったよりも話が深くて何を言ったらいいかわからないらしく、少し困っているようだった。
「うるせえ! 盗み聞きしてたんだろ!?」
妹紅は顔を真っ赤に染め上げていた。一番聞かれたくない相手に聞かれてよっぽど恥ずかしいのだろう。
「何言ってるのよ? だいたいここは私の家よ? どこで聞かれるかもわからないのにそんな事をしゃべるからいけないのよ。居候」
「うるせえ! 聞いてんのが悪いんだよこのくそニート!」
ニートと言われた輝夜もついに頭に血が上ったらしく、しばらく口げんかが続けられた。
「ああ分かったわ! こうなったらきちんと決着付けようじゃないの!」
「望むところだ!」
一連のやり取りを終えた後、妹紅と輝夜は決着をつけに竹林へと向かっていった。そんな二人を俊司はただ苦笑いをしながら見送るしかなかった。
「まるで子供みたいだな……でも、妹紅にとっては今が一番充実してるんだろうな」
「そうだね」
「えっ?」
急に俊司の背後から少女の声が聞こえてくる。すぐさま後ろを振り向いてみるが、そこには少女の姿など見受けられなかった。
「なんだ……ん?」
ふと視線を下ろすと、さっきまで妹紅が座っていたところには、古くなった大切な髪飾りが置かれたままになっていた。俊司はそれを拾い上げじっと見つめると、何を思ったのか笑みをこぼしていた。
「まさか……いや、ありえるかもな。さて……あとで届けるとするか」
俊司は髪飾りをポケットに入れると、妹紅たちを探しに竹林へと向かう。そんな彼の背後には、水色の着物を着た少女が笑みを浮かべたままうっすらと立っていた。
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