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兄弟

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第一章


第一章

                     兄弟
 ウィリアム=スチュワート公爵がその話を聞いたのは両親が死んで間も無くだった。僅か十五歳で家督を継ぐことになった彼に届いた知らせだった。
「私の弟!?」
「そうです」
 自身の邸宅で話を聞いた。白い左右対称の薔薇で飾られたその家で彼は自身の執事から話を聞いていた。まず話を聞いて目を顰めさせた。
「弟様ですが」
「そんな話は聞いていないぞ」
 その顔で執事に答える。自分が物心ついた頃から仕えているその執事に。
「何処からそんな話を」
「お父上ですが」
「父上が」
 ついこの前に死んだその父だ。先代の公爵であり事故で妻と共に死んでしまった。彼は若いながらもその葬儀を気丈にも執り行ったすぐ後だったのだ。
「そうです。とある酒場の娘と恋に落ち」
「父上は確かに」
 ここで彼は自分の父について思い出すのだった。
「酒好きだったし若い女性も好きだったが」
「ですから。御一人」
「子供がいたのか」
「御安心下さい。弟様だけです」
 何故か執事はここで安心しろと彼に言うのである。
「それも御一人で妹様はおられませんので」
「それは安心することか?」
「何か驚いておられますので」
 何故か今も冷静な執事である。彼は傍から見てもかなり動揺しているあ。
「こう申し上げたのですが」
「驚かずにいられるか。僕・・・・・・いや私に弟がいたなんて」
「よくある話です」
 ここでも落ち着いている執事であった。
「こうしたお話は」
「確かにな」
 彼も十五だ。だからこれはわかった。イギリス貴族は使用人に手を出してもいいとされていた。ローマ帝国の法に倣いそうなっていたのだ。だがそれでも自分の家のことになるとは思わなかった。だから驚きを隠せなかったのだ。しっかりしているとはいえ彼はまだ十五なのだ。
「しかし。それでもだ」
「それでその弟様ですが」
「ああ」
 赤い髪と青い目の細面の流麗な顔で応える。黒を基調として赤で縁を飾った絹の服で身を包んでいる。その服は何処か軍服とマントを思わせるものがある。赤く長い髪にそれがよく似合っていた。
「今一歳になられます」
「一歳だと!?」
「はい」
 執事はまた冷静に答えてきたのだった。
「そうでございます」
「では父上がついこの前に」
「その通りです。お作りになられた方です」
「何ということだ。母上も御存知だったのか」
「それを知るのもまた奥方の務めでございます」
「確かにそうだが」
 この時代の貴族社会、とりわけフランスにおいては不倫は当然のことであった。結婚もまたビジネスであった時代なのである。
「しかし。一歳か」
「左様です」
「赤子だな。まだ」
「しかも御母堂はおられません」
「待て」
 執事の言葉に今度は険しい顔になった。
「母親がいないとはどういうことだ」
「残念なことに産後のひだちが悪く」
 この時代ではこれもまたよくあることだった。出産は母親にとって命懸けであった。長い間これは変わることがなかったのだ。
「それで」
「そうだったのか。それでは」
「弟様は身寄りがおられません」
 執事はこう彼に答えてきた。
「今は。誰も」
「そうか。同じだな」
 ウィリアムはここで己のことにも重ね合わせたのだった。
「私と。同じだな」
「確かにそうなります」
「親に先立たれた」
 しかも父親は同じである。このことが話とウィリアムの感情をかなり複雑なものにさせていたがそれでもこう思うのであった。
「私と同じか。しかも」
「弟様です」
「私は一人になった」
 ウィリアムはここで言った。
「しかしだ。その弟も一人だな」
「そうでございます」
「一人と一人だ」
 ウィリアムはまた言った。
「それを合わせれば」
「合わせれば」
「二人だ」
 それが彼の答えであった。二人が、である。
「二人だな。よし」
「どうされますか?」
「弟をこの屋敷に呼ぶのだ」
 こう執事に告げた。
「すぐにな。いいな」
「宜しいのですね」
「構わない。そしてだ」
 彼はさらに言う。
「私の弟だ。弟として育てる」
「弟様としてですか」
「他に何がある?」
 今執事に問うたのには理由がある。貴族の私生児は多かったがそういった子の殆どは使用人として使われることが多かったからだ。少なくとも家督相続権というものはなかった。
「私の弟だ。間違いなくな」
「左様ですか」
「そうして育てるのだ。いいな」
「わかりました。それでは」
「そして言っておく」
 ウィリアムの言葉がきついものになった。
「これは守っておくように」
「何でしょうか」
「あくまで私の弟だ」
 このことを強調するのであった。
「私のな。生まれがどうとか言う者がいたならば」
「その場合は」
「私が許さん」
 言葉がさらにきついものになっていた。
「決してだ。それは忘れるな」
「必ず。家の者達にもそれは伝えておきます」
「そう、家の者達全てに伝えておけ」
「このことをですね」
「それだけではない」
 彼はなおも言うのであった。やはり言葉がきつい。
「若しこのことに僅かでも不満があるならば」
「その場合は」
「暇を出す。即刻な」
「即刻ですか」
「そうだ。このことは特に強く伝えておくようにな」
 こうまで言うのだった。
「わかったな」
「はい。それでは」
「ではすぐに弟を迎えてくれ」
 声は普段のものに戻り執事に告げるのであった。
「迎えの用意だ。これから忙しくなるぞ」
「はい」
 こうして彼は弟を屋敷に迎え入れた。弟の名前はジョージといった。彼はすぐに弟に使用人達をつけ面倒を見させた。それと共に自分自身も何かと弟の世話をするのだった。
「そう、これだ」
 積み木を自分で手に取って彼に教えたりもしている。
「これをこうやって。わかるな」
 まだ言葉を話すことのできないジョージは微笑んで彼に答える。彼と同じ赤い髪と青い目が目に入る。
 そして彼が教えた通りのことをしてみせる。彼はそんな弟を見ていつも微笑むのだった。
「ジョージは賢い子だ」
「確かに」
 自分の家で執事に話す。執事もその言葉に頷く。
「実にな。あれでは大丈夫だ」
「その通りでございます。それではそろそろ」
「話せるようになってきたか」
「まだ僅かですが」
 こうウィリアムに答えるのだった。
「そろそろでございます」
「立つこともできるようになった。後は機を見計らって」
「家庭教師をつけられるのですね」
「そうだ。私が学校にいる間はだ」
「私共にお任せを」
「頼むぞ。幸いにして」
 ここで彼は言う。
「私は学校にはここから通える。寮には入らなくて済んでいる」
「本来は寮に入られるおつもりだったのですが」
「仕方ない」
 諦めの言葉をそれと同じ顔で出した。
「今はな。父上も母上もおられなくなった」
「はい」
「そして。ジョージがいる」
 これが最も大きな理由であった。彼は若き主として振る舞いつつもこのことを決して忘れていなかったのだ。あくまでジョージの兄として側にいたのだ。
 
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