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嘆き

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第六章


第六章

「拙者、貴殿のその妄執断ち切らしてもらうでござる」
「断ち切るだと」
「そうでござる」
 言葉と共に腰の剣を抜いた。漆黒の闇夜の中に白銀の煌きが見える。それは墓石の青白いぼんやりとした姿さえも退けるようなものであった。
「この剣で」
「拙僧と斬るというのか」
「さにあらず」
 それは否定する。
「貴殿のその妄執を斬るだけでござる」
「戯言を」
 法善はそれを一蹴した。
「その様なことばできるものか」
「できもうす」
 しかし彼は言うのだった。
「そしてそれにより」
「それにより」
「貴殿を救ってしんぜよう」
 言いながら構えてきた。白銀の輝きがゆうるりと動く様は月を思わせた。
「この剣で」
「ならばされよ」
 法善は何をしようとはしなかった。ただそこにいるだけであった。
「その様なことができるのならな」
「歯向かわれぬか」
「その様なことはせぬ」
 法善はまた言った。
「決してな。拙僧とて僧侶」
 この自負はあるようだった。しっかりと。
「安心めされよ」
「惜しいことでござる」
 十兵衛はその剣を動かしながら述べた。述べつつ左目に強い光が宿っていく。純粋でその剣の煌きにも負けない冷たい輝きの光であった。
「それだけの御心を持ちながらもどうして」
「何が言いたいのかはわからぬが」
 わかっていればここにこうしていないのだった。法善だけがわかっていないことだった。
「拙僧は動かぬぞ」
「では今より」
 ここで異変が起こった。
「貴殿の妄執、断ち切らせてもらうでござる」
 言葉と共にであった。
「むっ!?」
「拙者は今まで隠していることがござった」 
 何と右目の眼帯が外れたのであった。そしてそこにあったのは目だった。左目と同じ強い黒い光を放つ目がそこにあるのであった。
「右目が見えるというのか」
「左様」
 はっきりと答える。見れば紛れもない両目である。
「拙者実は隻眼ではござらぬ」
「ではどうしてその様な」
「この目を出す時はまことの力を出す時」
 言葉がさらに強くなってきていた。目の光も。
「それが今でござる」
「拙僧を切る為でなくか」
「拙者の剣は真は人を斬るものではござらぬ」
「では何を斬られると」
「悪しき心を」
 十兵衛は答えた。
「それを斬るものでござる」
「拙僧の何を斬ると」
「その妄執を」
 十兵衛の返答は続く。
「今から断ち切らせて頂く」
「拙僧に妄執があると申されるか」
「御自身ではわからぬもの」
 ここであえてそれが何かを言わなかったのは彼の気遣いであった。
「だが今はこうして」
「拙僧にその妄執があるかどうかはわからぬが」
 やはり自身ではわかっていなかった。あくまで自分では気付かないのだ。だが十兵衛にはわかっていた。だからこそ今両目を出しているのであった。
「ただ剣を振るう時は片目でもよし」
 彼はまた言う。
「しかし悪しき心は右目で見るもの。その右目に見えるものを今」
 振り被る。その両目に見えるものに対して剣を向けてさらに。
 一閃させた。法善の前を斬った。彼は斬らなかったがそれでもだった。一閃させた剣は確かに斬った。目の前を剣が一閃したのを見届けた彼の赤い目は少しずつ穏やかな光を取り戻していき遂には。静かに前へと倒れていき動かなくなったのだった。
「法善殿」
 十兵衛はその動かなくなった法善を見つつ声をかけた。もう彼が動かなくなってしまったことは承知していたがそれでも声をかけたのだった。
「そのまま休まれよ。静かに」
 声をかけ終わると眼帯を取り出してきた。そしてそれを右目にかけ終え静かにその場を後にした。そのまま江戸に戻り家光のところに参上したのであった。
「まずは終わり申した」
「うむ」
 家光は礼をする十兵衛をにこやかな笑顔で迎えていた。
「御苦労であったな」
「はい。法善殿ですが」
「静かに眠ったそうだな」
「如何にも」
 はっきりとした声で家光にこのことを伝えたのであった。
 
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