機動6課副部隊長の憂鬱な日々
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
外伝
外伝1:フェイト編
第14話:ひとりの少女
前書き
ずいぶんと間があいてしまいました。
同刻。
ヒルベルト率いるA分隊は、工場1階の探索を終えていた。
「1階に敵影はなし・・・か」
『はい。 これからどうされますか?』
ヒルベルトは探索の指揮を任せていた曹長からの報告を受けて、
今後の行動方針に迷っていた。
(どうすっかな? 1階に敵がいないってのは不気味なんだが、
これ以上はなんともな・・・。
それに地下がノータッチってのはなんともな・・・)
うつむきがちで考え込んでいたヒルベルトは顔を上げる。
「事前に指定していた4箇所に各1名を残して、残りは地下への階段前に集合。
残りの人員で地下の探索に移る」
『よろしいのですか? 余計なことをして藪蛇になるなんてことは・・・』
「そのほうがリスクが小さいと俺が判断した」
ヒルベルトの言葉に曹長は一瞬眉をひそめかけるが、
すぐにもとの表情へと戻る。
『了解しました』
結局、曹長はヒルベルトの指示を受け入れ、通信を切った。
地下に余分な戦力がいるとすれば、1階の要点防御に専念した場合
突然攻撃を受けて防御線を一気に突破される可能性がある。
地下の探索を実行してその敵を見つけておけば、仮に敵の戦力が優勢で
あったとしても遅滞戦術によって退却時間を稼ぎ出せる。
実のところヒルベルトはそんな考えのもとに地下の探索を実行することにした。
通信ではそのあたりのプロセスをすっ飛ばして曹長に指示を出したのだが、
曹長のほうでも"それくらいのことは考えているだろう"と判断して、
ヒルベルトの指示に従ったのである。
B分隊のゲオルグとルッツの関係とはまったく違った関係ではあるが、
こちらの2人もなかなかの好コンビのようである。
閑話休題。
5分ほどして地下への突入メンバーがヒルベルトのもとに集合する。
ヒルベルトは整列した彼らのほうに向いて話し始める。
「これよりA分隊は地下に降りて、隠れた敵が居ないか探しに行く。
よくある探索任務だがびっくりするような化物が出てくる可能性もある。
全員、気を引き締めてかかれよ!」
「はいっ!」
目の前の分隊員たちの返事に満足したヒルベルトは、
先頭をきって地下へと降りていく。
廃工場の地下はさまざまな配管類があちこちに通っていて非常に見通しが悪い。
その上、湿気が強くカビの匂いが充満していた。
その悪臭にヒルベルトは顔をしかめる。
「臭えな・・・」
「そうですね。 それに視界も悪いですし、敵が居ても気づかないかもしれません。
撤退しますか?」
曹長が言うとヒルベルトはニヤッと笑って曹長の方を見た。
「・・・本音は?」
「こんな臭い場所からは一刻も早くオサラバしたい」
顔をしかめながら言う曹長の言葉を聞き、ヒルベルトは苦笑を浮かべる。
「それには俺も同感だ。 できればそそくさと退却したいとこだな」
そこでヒルベルトは真剣な表情をつくり、暗い天井に目を向ける。
「けどな、上で必死になって戦ってる連中がいるんだ。
俺らが逃げていいって話はねえよな」
そう言ってヒルベルトは通路の先にある暗闇を睨みつけた。
ちょうどその時だった。
暗い通路の奥からずぅぅぅんという重たい音が響いてきたのは。
通路の壁が震え、ひび割れかけた表面の塗装がパラパラと床に落ちる。
A分隊の隊員たちは恐怖感から近くの仲間たちとひそひそ話をし始め、
その声が重なり合ってざわつく。
「落ち着け!」
ヒルベルトが鋭い声で一喝すると、分隊員たちは口をつぐみピッと背筋を伸ばす。
そのさまを首だけで振り返って一瞥すると、ヒルベルトは再び通路の奥に
目を向ける。
「あの音の正体が何にせよ、そいつに対応するために俺達はここに来たはずだ。
今さら取り乱してんじゃねえよ」
「はい! すいませんでした!」
吐き捨てるような口調でヒルベルトが続けると、後に続く隊員たちは
腰を90度に折り曲げる。
もう一度隊員たちの姿を一瞥したヒルベルトは、今度は隊員たちの方を振り返る。
顔をあげた隊員たちの目には微笑を浮かべたヒルベルトの顔が映った。
「大丈夫だ。 お前らの実力をしっかり出せば大抵の敵には
後れをとるようなことはねえよ。
これまで積んできた訓練と実戦の経験を信じろ。いいな!」
「はい!」
「よし! じゃあ先に進むぞ。 周囲の警戒を厳にな」
ヒルベルトの鼓舞によって士気をあげたA分隊の面々はそれぞれが
周囲に注意を払いながらゆっくりと進んでいく。
やがて、通路の先にぼんやりと明かりが見えてくる。
それは通路が折れ曲がっている地点のようで、壁面がぼうっと光を反射していた。
(あそこは電源が生きてるってことか・・・。嫌な感じがするな)
ヒルベルトはその口を真一文字に引き結び、わずかに目を細めて
警戒の度合いをあげる。
ヒルベルトの纏う雰囲気が少し変わったことを敏感に察したA分隊の分隊員たちは
近くの仲間と一瞬顔を見合わせ、それぞれのやり方で周囲への警戒を強める。
全員が慎重な足取りで通路を進み、折れ曲がりの直前まで来ると先頭を歩いている
ヒルベルトがピタリと足を止める。
(空気がピリついてやがる・・・)
ヒルベルトの額を汗が一滴滑り落ちる。
その滴が顎の先から滴り落ち、小さな音を立ててじめっとした床にしみを作る。
(くそっ、ビビってんのか・・・俺)
己の冷や汗が床に落ちた音でその事実を認識させられたヒルベルトは、
通路の突き当たりにあるカビの生えた壁を睨みつけながら心の中で悪態をつく。
(どうする・・・後退して抑えに徹するか・・・?)
極度の緊張の中でヒルベルトの思考が地下に降りてから初めて消極側へと傾く。
そのことに気がついたヒルベルトは己の考えを振りはらうようにかぶりを振った。
(いやいや、そりゃリスキーだって最初に考えたからここに居るんだっての。
初志は貫徹しなきゃダメだろ!)
己に喝を入れ、ヒルベルトはA分隊の面々の方を振り返る。
「先に・・・」
先に進むぞ、とヒルベルトが言いかけたときに再び先ほどと同じ音が通路に響き、
ヒルベルトは出かかった言葉を止めた。
音は先ほどよりも反響が小さく音源が近づいていることをヒルベルト達に
否応なく感じさせる。
(くそっ、近いぞ。 どうする・・・って迷ってる場合じゃねえ!)
「近いぞ! 全員警戒!!」
ヒルベルトが分隊員たちに向かって声を張り上げる。
その直後だった。
ヒルベルトが立っていた地点のすぐ側の壁が吹き飛んだのは。
壁を背にして立っていたヒルベルトは身体ごと吹き飛ばされ、
反対側の壁面に叩きつけられた。
(ぐっ・・・何が・・・・・)
「ぶ、分隊長!!」
曹長の悲鳴にも似た叫び声が響く中、ヒルベルトは何が起きたのか
把握できないまま床に倒れ伏す。
「分隊長! 大丈夫ですか!?」
分隊員のひとりが通路の床に倒れたヒルベルトの側に駆けより、
肩を叩きながら声をかける。
「・・・・・大丈夫だ」
少し間があってヒルベルトが返事をすると、声をかけた隊員は安堵から
ホッと胸をなでおろす。
その顔にはうっすらと笑みすら浮かんでいた。
「分隊長がご無事で安心しました」
心底安心したような口調で言う分隊員に対して、ヒルベルトは厳しい視線を向ける。
「んなこと言ってる場合か!」
ヒルベルトは分隊員を叱りつけると床に手を突いて立ち上がろうとする。
(くっ・・・)
その過程でヒルベルトはその表情をわずかに歪める。
(アバラを何本かやられたか・・・・・耐えるしかねえな)
歯を食いしばり痛みに耐えながら立ち上がると、ヒルベルトの正面に
巨大な猫が4本足で立っていた。
(猫? コイツが壁を破壊したってのか?)
ヒルベルトは巨大な猫をじっと見据える。
赤い色の両目は怪しく光り、ヒルベルトから見える前足の先端にある
爪は人の身体などは簡単に引き裂けそうに鋭く尖っている。
そしてその額には親指の先ほどの大きさの宝石のような物が見えた。
(こいつはやべえな・・・。 ゲオルグとフェイトが戦ったヤツと同じか・・・)
以前行われた救出作戦でのゲオルグとフェイトの戦闘をデバイスが記録していた
映像を見ていたヒルベルトは、その内容を思い返し息をのむ。
ヒルベルトとてB+ランクの陸戦魔導師であり、優秀と言っていい指揮官である。
ヒルベルト自身もその自負と誇りを持って任務にあたってきた。
だが同時に魔導師としてはゲオルグやフェイトには勝てないとも感じていた。
"あいつらは俺とは魔導師としての器の大きさが違う"
ヒルベルトがA分隊の分隊員のひとりに語ったことである。
もっともその言葉に続けて、
"指揮官としては負けねえと思ってるけどな"
と笑いながら言ったのではあるが。
そのヒルベルトにとって、ゲオルグとフェイトが組んだ上で
なお苦戦した敵と同等と思われるこの化け猫は、自分には荷が重いと
ヒルベルトは感じていた。
そんなヒルベルトの心中を見透かしたように化け猫はヒルベルトを睨みつける。
心理的圧迫感からヒルベルトはかみしめた奥歯をギリっとならす。
「分隊長・・・」
心配そうな顔で隣に立つ曹長に声を掛けられ、ヒルベルトは覚悟を決めた。
(やるしかねえ!)
「一旦距離をとって態勢を立て直す。
近接戦闘向きのヤツを前に立てて階段の方に後退するぞ」
「了解です。 では、前に出るグループの指揮は自分がとりますよ?」
曹長がそう答えると、ヒルベルトは顔をしかめる。
ヒルベルトは中距離射撃型の魔導師で近接戦闘には向かない。
その意味で曹長の進言は理にかなっているのだが、前に出るグループが
より危険な立ち位置であるのは間違いなく、その指揮を曹長に
押しつけねばならないことにヒルベルトは嫌悪感を覚えた。
だが指揮官として冷静に判断したとき、負傷した自分が近接戦闘では
ほとんど役に立たないことをヒルベルトは理解していた。
「・・・頼む」
そう短くヒルベルトが言うと、曹長は黙って小さく頷いた。
ヒルベルトは曹長に向かって頷き返すと、分隊の射撃型魔導師達を率いて
ゆっくりと階段の方向へと後退していく。
そして、少し間を開けて曹長が率いる近接戦闘を主体とするチームも、
化け猫と対峙しながらじりじりと後退し始める。
一方化け猫の方はというと、A分隊の面々が後退していくのを
じっと見据えるようにしていたが、曹長が率いる近接戦闘チームとの距離が
20mほどになったとき、足を曲げてグッと身体を低くした。
(来るっ・・・)
曹長たちがそう感じて身構えた次の瞬間、化け猫が曲げていた後脚を伸ばして
宙へと飛び上がる。
「来るぞおっ! 絶対通すな!!」
曹長が声を張り上げ前線の隊員たちがそれにおうっ!と応える。
そして・・・・・
ごんっ! どさっ!
文字にすればそんな音であろうか。
何か硬いものがぶつかり合う音に続いて高いところから
やわらかいものを落としたような音が通路に響いた。
「えっ・・・と・・・・・あれ?」
その残響の中で直前まで気を張っていた曹長が間の抜けた声を上げる。
「はあ?」
後方からことの成り行きを見ていたヒルベルトもあんぐりと口をあけて
ひっくり返った甲高い声を上げる。
2人の目線の先にはついさっきまでA分隊の面々に襲いかかろうとしていた
化け猫がぐったりと倒れていた。
何が起こったか。
端的に言えば、化け猫が曹長たちに襲いかかろうと飛び上がり、
大して高くもなかった通路の天井に思い切り頭をぶつけて
床に落ちたのである。
「えーっと、分隊長。 これ、どうしましょう?」
「あー・・・・・っと! まだ死んだとは限らないんだから気ぃ抜くなっての!
とりあえず、そいつがどうなったのか確認だ。 慎重にな」
「はい。了解です!」
気の抜けた口調で尋ねる曹長に対して、同じく気の抜け口調で返しかけた
ヒルベルトであったが、途中で化け猫が気絶しているだけという可能性に思い至り、
殊更大きな声で曹長に指示を出した。
それに勢いよく答えた曹長は近くにいた数人を連れて床に倒れたまま動かない
化け猫の方にゆっくりと近づいていく。
曹長がすぐそばまで来て見下ろしていても、化け猫は依然として
ピクリとも動かない。
(死んだのかな・・・?)
曹長はその生死を確かめるべく、自分のデバイスで化け猫の頭を数度軽く小突く。
すると、その衝撃で化け猫の頭がグルッと向きを変えた。
「うわっ!!」
化け猫が目を覚ましたと思って驚いた曹長たちは
おもわずのけぞって悲鳴のような声をあげる。
上向きになった化け猫の顔にある赤く光る目が妖しく光り、
曹長は睨みつけられたように感じてハッと息をのむ。
だが化け猫はやはり動く様子がなく、落ち着きを取り戻した曹長たちは
化け猫の顔を覗き込んだ。
化け猫の額には青く輝く宝石のようなものが埋め込まれていた。
それをじっと見ていた曹長はあるものを見つけておやっと思った。
(あれ? ひび割れてる?)
それは宝石の表面に走る幾筋かのき裂であった。
「どうした?」
ヒルベルトに背後から声を掛けられ、曹長は振り返る。
「いえ、この額にある石がひび割れてるようなんで・・・」
「なんだって?」
曹長の報告を聞いたヒルベルトはわずかに目を見開くと、
化け猫の側に屈んで額の石をじっと見つめる。
「確かにひび割れてるな・・・」
ぼそっとごちるように言ったあと、ヒルベルトは宝石に指を伸ばしかけて
寸前で止めた。
(待てよ・・・研究所でのレスキュー任務でゲオルグがコイツと似た感じのヤツを
倒した時って・・・)
引きもどした指を顎に当てたヒルベルトは、この件の発端となった
ある研究所でのレスキュー任務での出来事を思い返していた。
(確か・・・ゲオルグが宝石を砕いたら・・・爆発っ!)
焦った様子でヒルベルトが立ち上がる。
次の瞬間、化け猫の額にある宝石がパキっという音を立てた。
それに続いて青白い光が宝石の表面に入った亀裂からあふれ始める。
「総員退避っ!! はしれえぇーっ!!!!」
ヒルベルトが階段の方に向かって走り出しながら叫ぶ。
その声に反応してA分隊の面々が慌てて駆けだす。
数秒後、化け猫の額にある宝石が音を立てて弾け、
貯めこまれていた魔力が一気に解放されると、通路は爆風に覆い尽くされた。
ずぅぅぅん、という重たい音が下の階から聞こえてくるとともに
床がビリビリと振動するのをゲオルグとフェイトは自分の足で感じ取った。
「・・・・・今のって爆発だよね?」
「たぶんね。 みんな大丈夫かな・・・・・」
肩を上下させて息をしながら尋ねるフェイトに対して、
ゲオルグも同じく肩を上下させながら答える。
2人は工場3階の通路で遭遇した20人ほどの魔導士たちと戦い、
全員を魔力ダメージによって気絶させていた。
1人1人の能力はフェイトやゲオルグとは較べるべくもないものであったが、
戦力比10:1という戦力差はこの2人にとっても厳しいものであったことが
息を切らして肩を上下させる2人の様子から伺える。
「ゲオルグ」
フェイトから声を掛けられ、ゲオルグはフェイトのほうを振り返ると
無言で首をかしげながらフェイトの目を見た。
フェイトは息を整えすっくと背を伸ばしてゲオルグのほうをじっと見ていた。
「みんなのことが心配なのはわかるけど、今は・・・・・」
「わかってるよ」
フェイトの言いかけた言葉を遮るように、ゲオルグは小さく頷きながら言う。
「僕たちの役割はエメロードを捕まえることだ。
みんなのことは心配だけど、今はみんなを信じるだけだよ」
荒くなった呼吸を整えるように大きく深呼吸してから、
ゲオルグはその両目に強い意志の光を湛えて言った。
そんなゲオルグの様子を見たフェイトは一瞬だけニコッと笑うと、
再び真剣な表情に戻って2人の前にある1枚の扉に目をやった。
「で、ここにエメロードが居るんだよね」
「そのはずだよ。 準備はいい、フェイト?」
「私はいつでもいいよ。 ゲオルグこそ、どう?」
「うん、僕もいいよ」
ゲオルグはフェイトに向けた微笑を浮かべて頷く。
次いで、ゲオルグは一度目を閉じる。
数秒の間を置いて再びその目が開かれたとき、ゲオルグの表情は一変していた。
「じゃあ、行こうか」
低く押し殺した声で言うゲオルグに向かってフェイトが無言で頷く。
そして、ゲオルグはエメロードが立てこもっているはずの部屋のドアに手を掛けた。
ノブを回してゆっくりと引くと、甲高い軋み音をあげながらも
ドアは抵抗なく動いた。
ドアを開け放つと通路と同じく薄暗い部屋が現れる。
部屋は10m四方ほどの大きさでドアのちょうど反対側に大きな机が置かれていた。
その机の奥でひょろっとした細身の男が立ち上がる。
「予想よりも時間がかかったね」
通路から部屋の中の様子をうかがっていたゲオルグとフェイトは、
部屋の中から聞こえてきた男の声に、互いの顔を見合わせた。
[フェイト。 あれって、エメロードかな?]
[たぶん。 どうしようか?]
[いつまでもこうしてはいられないよ。 気をつけて中に入るしかないって]
[うん・・・そうだね]
念話を使った短い話し合いを終え、2人は互いに頷き合うと
タイミングを合わせて部屋の中へと入った。
2人は5mほどの距離をおいて机の向こうに立つ男と対峙する。
部屋は薄暗いものの男がうすら笑いを浮かべていることを
2人ははっきりと認識できた。
「ようこそ、お二方」
ニヤケ顔をしながら、自分を逮捕するためにやってきたゲオルグとフェイトに対し
殊更明るい口調で歓迎の言葉をエメロードと思しき男が口にする。
その言葉に含まれる自分たちを嘲る色を感じ取り、ゲオルグとフェイトは
一様に厳しい表情で男の顔を睨みつけた。
「エメロードだな?」
「そうだが、何か?」
低い声でゲオルグが問いかけると、エメロードは不敵な表情を浮かべたまま
尊大ささえ感じさせる口調で応える。
エメロードの態度に苛立ちを覚えたゲオルグは、片方の眉をピクっと吊り上げると
エメロードに向けて口を開きかけた。
「エメロード」
だが、すぐ隣から聞こえたフェイトの凛とした声に、ゲオルグは発しかけた言葉を
飲み込んだ。
フェイトはゲオルグの方をちらっと一瞥すると一歩前に出てエメロードの顔を
真っ直ぐに見つめる。
「あなたを危険魔法使用・公務執行妨害・違法な生物研究などの容疑で逮捕します」
強い調子でフェイトがそう言いきると、エメロードは少しうつむいて
くつくつと笑い始めた。
ゲオルグとフェイトが少し唖然としながらその様子を見ていると、
エメロードは声をあげて笑い始める。
訳がわからずゲオルグとフェイトは互いの顔を見合わせて肩をすくめる。
怪訝な表情をした2人が見つめる中、エメロードは狂ったように笑い続けた。
やがて1分ほどたったころであろうか、ふいにエメロードの笑い声が止んだ。
「お断りだ」
急に真面目な顔になってエメロードは言う。
その短い拒否の言葉に続いてエメロードはニヤッと笑った。
「遅いじゃないか」
エメロードの目は並んで立つゲオルグとフェイトのちょうど中間に
向けられていた。
エメロードが誰に向かって話しかけているのか判らず、
ゲオルグとフェイトは小さく首をひねった。
その時、レーベンの声が響いた。
《マスター、大きな魔力反応です。 すぐ後!》
「えっ!?」
思わず声をあげたゲオルグが後を振り返りかけたとき、
何かに突き飛ばされるような衝撃を受けて飛ばされ、通路側から見て左側の壁に
叩きつけられた。
その瞬間を目にしていたフェイトはゲオルグが飛ばされた方向に飛んで
ゲオルグを守るようにして身構えた。
そしてゲオルグを弾き飛ばした者の姿を見るべく鋭い目を向けた。
「え?」
フェイトはそこに立っていた者の姿を見ると、目を丸くして驚きの声をあげた。
フェイトが見たもの、それはどうみても10歳くらいにしか見えない少女の
あどけない姿だった。
ページ上へ戻る