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Fate/stay night -the last fencer-

作者:Vanargandr
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第二部
魔術師たちの安寧
  キャスター対策会議

 
前書き
7月16日、加筆修正 

 
「なるほど。校舎の修復が完了するまでは立ち入り禁止か」

 ようやく喋れる程度に復活したので、紅茶を飲みながら凛との対話を開始した。
 思ったことを口にする性質なので、さっきのフェンサーの暴挙にビビッてソファの端に寄ったのだが、寄った分詰められて逆に逃げ場をなくした。

 目の前の敵である二人よりも、隣にいる相棒を一番警戒しなくてはならないとはどういうことだ。
 あまりの密着度合いに凛も訝しげな表情を浮かべているが、当のフェンサーはもたれかかるくらいにくっついている。

 とりあえず気にしないことにして会話を続ける。

「損壊した校舎に魔術でボロボロの廊下や教室、荒れたグラウンドに竜牙兵の残骸。一日、二日でどうにかできる作業じゃないから、最低でも1週間は封鎖状態ね」
「助かるわー。これで大々的に理由も無く学校へ行かずに済む」
「生徒たちの容体もほとんど軽いものだったから、3日もあれば普段通りに動けるんじゃないかしら」
「そうか……それは朗報だ。ライダーの結界は強力なものだったからな」

 昨日、聖杯戦争からライダーが脱落した。

 一人の脱落を機に、これから戦況はどんどん激しくなっていくはずだ。
 ただそれが残り6組のバトルロワイヤルなら時間も掛からず次の脱落者が出るだろうが、事はそう簡単にいくような状況ではない。

 問題はキャスターとアサシンのペア。
 単騎でのぶつかり合いではまず勝機のないバーサーカーの存在。

 どちらに対しても、攻略するなら協力者が必要になる。
 残りのサーヴァントは俺のフェンサーと凛のアーチャー、士郎のセイバー、マスターの正体が未だ不明のランサーの4人。

 ここでまず、ランサーは候補から除外される。

 ランサーは俺と凛、士郎の3人と交戦経験がある。
 ある程度手の内を知られている上に、それが正体不明のマスターの指示であるなら容易に信用が置けないのは当然だ。
 協力するならマスターを探すところから、探し出せても協力するに難がある相手である以上、無理に手を組む必要はない。

 ならば候補となるのは必然的に、学園の結界問題を解決する時に手を組んでいた3人になる。

「じゃあ、そっちの今後の方針は?」
「まずはキャスターよ。ランサーは表に出て来る様子はないし、イリヤスフィールも数が減るまでは高みの見物してるんじゃない?」
「序戦以降音沙汰無しなランサーも怖いが、まずは目先の問題であるキャスター、ってのは同意見だ。
 けどイリヤスフィールの事は本当に放っておいていいのか? 万が一先に仕掛けられたり割り込みなんかあったらどうにもならないぞ」

 問題山積みなのはキャスターだが、かといってバーサーカーも軽視していいわけでもない。
 以前昼間に出会ったイリヤスフィールはどう見ても無垢な少女だったが、彼女は紛れもなく、バーサーカーを引き連れる最強のマスターだ。
 イリヤスフィールについて分かっていることは少ないが、個人的にはどうにも最初の印象と昼間に出会った彼女とが結びつかない。

 もしかしたらそこに、イリヤスフィールとバーサーカーのペアをどうにかする糸口があるかもしれない。

「サーヴァント3人相手に真っ向から挑んでくるのよ? 自分のサーヴァントに絶対の自信があるんでしょうし……まあ、彼女に関しては居場所もわかってることだしね」
「え、居場所分かってんの?」
「ええ。遠坂とアインツベルンは聖杯戦争において、全く関わりがないってわけじゃないから」

 何やら興味深いネタ──────遠坂とアインツベルンの関係。

 そういえば最初に出会ったとき、彼女は名乗ることで凛が自分の事を理解できる、という風だった。
 あの物言いは実際の面識はなくても、互いに知識として相手の事を知っていなければ出ない言葉だ。

「簡単にでいいんで、その関係っていうのを聞きたい」
「そうね……聖杯戦争があるのはいいけど、じゃあ始めたのは誰でしょう?」
「ああ。そもそもこんなこと始めたのが遠坂家とアインツベルン家ってことなのか」
「本当はもう一つ魔術の大家が関わってたけど、そこはもう衰退しちゃってるからね」

 なるほど。大まかには3つの魔術師家系が聖杯戦争を作り上げたってことか。



 恐らく英霊を召喚すること、律し制御下に置くこと、聖杯の器を用意することでそれぞれの役割があったのだろう。
 そう考えた理由は聖杯戦争において、一番重要で、無くてはならない、しかし並みの魔術師では安易に真似できない点がその3つだから。

 聖杯のバックアップがあって初めて英霊の召喚が成立する。
 英霊を召喚し使役するには制御する術、令呪が必要であり。
 聖杯を完成させるには英霊自身の魂を捧げる事が大前提だ。

 冬木における聖杯戦争が意図的なものだと言うのなら、この3点は相互協力がなければ成り立たない事柄だ。

 そして一つ、俺には気になる事があった。

「そのもう一つの魔術師の大家ってのは……慎二の家のことか」
「…………何をどう結び付けて、慎二の家がそうだと思ったわけ?」
「魔術師として自分の家系はもう衰退していると、慎二本人が言っていた。実際に令呪もなく魔術回路もなかったが、アイツはサーヴァントを召喚し使役していた。
 なら。この聖杯戦争を始めた、よく知っている人間だからこそ可能な裏技でもあったんじゃないかと思ってな」
「……………………」

 沈黙は肯定也。

 つまり慎二にも聖杯戦争に参加するにあたって、何かしら背負うものはあったのか。
 衰退しても魔術師の家系であるならば、長男に対する知識の伝授は行われていただろう。。
 しかし長い歴史を誇る魔術師家系の長男でありながら、存在意義(魔術回路)を生まれたときから持っていなかった。

 そこには彼にしか分からない苦悩と葛藤があったはずだ。

 俺の抱える懊悩とは全く別物で、どちらがより過酷かなどという比較は有り得ない。
 安い同情や上面だけの共感、紙よりも薄く軽い憐憫の言葉など出てこようはずがなかった。

 あるいはその事が原因で、アイツは変わってしまったのかもしれない。

 ただ俺は魔術師として戦い、魔術師として手を下した。
 それが慎二に対して正しいことだったのか、間違っていたのかはわからない。

「ただの馬鹿ってわけじゃなかったか……いい話を聞けた」

 だからまた一つこの事実を刻んで、慎二の死を意味あるものにする。

 居なくなった人間は忘れられていくのが人の世の常だ。
 時間が経てば経つほど忘却は顕著になり、直接手に掛けた俺は例外としても、他の人間はその時だけ印象に残っても数年も経てば記憶から消えていく。

 昨日の今日で慎二の家のことを凛から聞けたのは幸いだった。
 昔に仲良くしていたとはいっても、魔術師としての間桐慎二を俺はよく知らないままだったから。

「そこまで大仰な理由や責任を持っていたとは思えないけれど」
「あんまりそういうこと言うなよ。自分の程度を下げるぞ」
「別に侮辱の意図があって言ったわけじゃないわよ…………黎慈も律義ね。自ら手に掛けたからかは知らないけど、あんたは死者の名誉まで守ろうとするのね」
「そんな大層なつもりはねえよ。例えば俺が負けて殺されたとして、その後に誰かが俺を蔑ろにする発言をすれば、凛も同じように憤ってくれると思うしな」
「……ええそうね。なら是非とも負けるときは、私とアーチャーに叩き潰されてちょうだい」

 とんでもなく物騒なことをすげえいい笑顔で言われた。
 不意打ちとか騙し討ちとか無しに正々堂々と戦いたいとは思っているが、かといって負けるつもりは毛頭ないんだが。
 今のところアーチャーに関する情報は少ないが、戦うにあたって重要なのは距離だと踏んでいる。

 アーチャーの名が示す通り、彼の得意分野は中距離以遠からの弓による射撃戦のはず。 かといって弓兵のクラスがキャスターと違うところは、ある程度の白兵戦にも対応できるところだ。

 ていうかそうだ、キャスターだよ。

「それじゃあキャスターへの具体的な対策は?」
「先にマスターを探す────つもりだったんだけど」
「あー。学園に潜んでるマスターの気配はキャスターのマスターだと踏んでたのに、学園は閉鎖状態になったと」
「慎二のことといい、やけに頭の回転早いわね…………」

 結界はキャスター陣営の仕業かと考えていたが、それは慎二とライダーの仕掛けたものだった、が。

 慎二にマスターの気配はなかったのに、学園内には魔力跡が残留していた。
 それはつまり別のマスターが、もう一人学園関係者の中に居ることになる。

「学園でキャスターと対峙した時、近くにマスターは居なかったのか?」
「忙しくて精密に探査したわけじゃないけど、十中八九居なかったでしょうね。キャスター自身が影だったんだからきっとマスターも退避済みよ」
「それなら話は簡単だろ。あの状況下でほぼ軽症に近い奴を洗い出せばおのずと足は掴める」
「そこはちゃんと調べたわよ。1年生に3人、2年生に1人、3年生に6人と教師が2人」

 計12人。そこからマスターの可能性がある人物を絞り出すのは容易だ。

 一人ずつ面会でも出来れば確実だが、生憎とそうはいかない。
 マスターである以上、俺や凛の事も知れているはず。易々とこちらの都合通りに出会えるわけがない。

「深刻そうな顔しなくても、もう目星は付けてるわ」
「え? マジで?」
「被害が一番酷かった2年生の中で唯一軽症だった一人……あなたもよく知ってる、柳桐一成がマスターよ」
「……………………は、え?」

 自信満々に言い放たれた名前はとても身近で、だがここで出て来るのは有り得ない名前だった。

 一成てあの一成だよな。鬼の生徒会長と名高き柳桐一成くんですよね?
 学園に同姓同名の人物は居ないので、まず間違いなくあの柳桐一成なはずだ。

 そんなまさか。俺も凛も中学の頃からの同級生だというのに、アイツがマスターだなんてにわかには信じがたい。
 というより魔術師であればとっくに気づいていたはずだ。であれば、一成は慎二と同じく魔術師ではないがマスターだとでも?

「その顔、全く信用してないわね」
「いやぁ、だってさぁ……無理でしょ。何をどう考えて一成だと断定したんだよ」
「柳桐寺関係者で唯一軽症だなんて完璧な状況証拠じゃない!」
「聖杯戦争前に状況証拠だけで犯人を断定するなと教訓を得なかったか?」
「う……じゃ、じゃあマスターじゃないって証拠出しなさいよ!」
「そんなもん今は水掛け論になるだろ。まずは確実に裏を取ってからじゃないと」

 たぶん手詰まり状態で完璧に近い答えがそれしかないから思い込んでるな。
 状況的に柳桐一成が一番疑わしく、9割方マスターである可能性があるのは同意だ。

 しかしそれを100%にしてからじゃないと行動するのは危険だ。
 柳桐一成が疑わしい分、キャスターの息が掛かっている可能性も高く、下手に手を出して一成の身に何かあってからでは遅い。

 逆に軽症者が多い3年生も疑わしいし、そう思わせて1年生に犯人が居る可能性だって捨てきれない。
 学園教師が犯人の可能性だってある。学園のどの教室にも出入り可能で、生徒の把握もしやすい立場だ。

 万が一には、重症者の中にマスターが居るかもしれない。
 今まで魔術師であることを悟られなかった以上、被害にあった一般人を装っている事も考えうる。

「とりあえず、その軽症者を教えろ。俺も調べられる範囲で調べて、得た情報は全部提供するから」
「取引ね。けどあまり時間はないわよ。早くどうにかしないと被害者は増え続ける一方なんだから」

 凛から12人の名前を聞き、頭の中で名簿化した。
 この中で俺が調べやすいのは1年の一人が部活の後輩なのと、3年の2人が先輩だ。
 教師は藤村大河と葛木宗一郎。どちらもよく知る教師で、生徒からの評判も良好な二人。

 肝心の一成を含め6人。人数の半分ほどは調べることが出来る。

 一応調査可能な名前を告げる。
 残りは凛に任せておこう。自分の街だ、調べる手段は俺より多いだろうしな。

「OK、俺だけでも半分は絞り込める」
「そう。それじゃ次はキャスターと戦う場合の方針と施策について」
「サーヴァント二人も、ここからは口を出せるぞ。思ったことあれば言ってくれ」

 ここまでマスターの会話に黙していたフェンサーとアーチャーも、同じサーヴァントのキャスターに対する話なら参加できる。
 運よくマスターを特定出来れば幾らかの戦略も立てられるが、最悪の想定としては篭城戦前提の相手に挑まなければならない。



 俗に攻撃三倍の法則というものがある。

 攻撃側は防衛側の3倍の戦力を要するといった、戦争で培われた兵力比率の戦術論。
 その正確性は人員数、火力指数、戦線動態や勝利条件によって変わるものの、攻撃側は防衛側より多くの戦力を必要とする前提があるのだ。

 サーヴァント同士の聖杯戦争に単純に当てはまるとは思わないが、攻防条件が固定であれば1対1では敗北必至。
 ましてや敵は一人ではなく、セイバーとアーチャーを退ける白兵戦に長けたアサシンに固定砲台となるキャスターが存在する。

「戦闘になることを見越した場合、こちらの戦力も最低二人必要だと思う」
「そうね。あっちがサーヴァント二人なんだから、こっちも最低二人じゃないと話にならない」

 抗するには少なくとも前衛一人、後衛一人の二人のサーヴァントが必要だ。
 セイバー、アーチャー、フェンサーを候補に考えるなら組み合わせは幾らかある。

「クラスの印象を覆すが、あのアサシンの白兵戦に長けてるだろ? 逆にマスターを直接狙われる危険はなさそうだが……」
「そこについては同意しよう。一度手合せしたが、アレはこちらの手数を全て剣技のみで凌いだ。こちらも本領を見せてはいないが、真っ向勝負は避けるのが無難だな」
「遠距離から狙い撃ち……も上手くいかないわよね。実体化していなければ狙撃は難しいし、キャスターの守りもあればアサシン自身も矢を打ち払うくらいしてきそうだもの」
「かといって他のヤツが相手してるあいだに狙撃ってのも無理だぞ。その点に関してそこの弓兵は信用が置けないからな」
「う……それについてはぐうの音も出ないわね……」
「実に合理的な判断だったと自負しているのだが」
「合理的過ぎて信用以前の問題だっつーの!」

 あの夜の出来事は忘れてないぞ。

 俺としても間違った判断だったとは言わないが、そのせいでアーチャーの心証は良くない。
 後ろにキャスターが控えている状況で、凛に首輪を掛けられていたとしても、最終的にこの弓兵がどういう行動を起こすかが不明だ。
 口に出して言ったわけでもないが、あの場面での共闘は暗黙の了解だった。それをまさかあんな形で崩してくるとは想像もしなかった。

 少なくともアーチャーを後ろに置くことに関して、全面的な同意を得ることは不可能だろう。

「アーチャー後衛が信用出来ないとなると、組み合わせがかなり限られてくるな……」
「そう? 私個人としては、前衛後衛に拘らなくてもいいと思うけれど」

 この作戦会議にて初めて口を開いたと思ったら、フェンサーから目から鱗な意見が飛び出した。

「え、前衛×前衛とかってことか?」
「後衛×後衛でもいいわね。アサシンを二人掛かりで倒す、一人が足止めしてもう一人が先にキャスターを倒す。アサシンの間合い圏外から魔術と狙撃で一方的に攻める等々」


 変則型としてセイバーフェンサーを前衛二人、アーチャーフェンサーを後衛二人に見立てる戦法か。

 片方の前衛がアサシンを足止めし、強力な対魔力を持つセイバーにキャスターを任せる。
 状況次第で二人掛かりでアサシンを先に打倒することもできる、非常に強力な組み合わせになる。

 フェンサーの魔術とアーチャーの狙撃で、アサシンを一方的に狙い撃ちにする。
 いざとなれば白兵戦も出来る両者に、おそらくアーチャーの物理狙撃は柳桐寺の結界でも無力化できまい。
 ただ寺院内は無人ではないはずなので、境内に被害を及ぼしたくない場合は内側を狙撃するのは最終手段かもしれない。

「そうね……黎慈、キャスターの件は一旦私に一任してくれない?」
「おいおい、ここまで色々話し合った上で手を出すなってのか?」
「昨日ね、衛宮くんとも話してキャスター打倒まで同盟延長になったのよ。一応あっちにも話はしないといけないし、本当なら黎慈とは不戦条約は切れてるからね?」

 語尾にいやなアクセントをつけつつ、凛はそう言った。

 現状交渉はしているが、俺より士郎の方が信用度は高いのだろう。
 その点について特に思うことはないはずなんだが、複雑な気持ちが湧いてくる気もする。

「ふーん……それじゃ、今回はお手並み拝見させていただきますか。
 なら電話番号だけ教えてくれ、検証報告だけするならまた会うよりそっちの方が手っ取り早いだろ」
 
 さりげなくフェンサーからの課題(番号交換)を果たそうとする。

 意図せずして自然と番号交換が出来る流れになってよかった。
 ここで変に番号交換しようぜ! と言って警戒されるよりはよっぽどマシだ。

「え……黎慈は私の家の電話番号知らなかったの?」
「そうだよ、今更だよ。いいから早く番号を言え、ほらほら」

 ポケットから携帯を取り出してパカッと開き、早く番号を言えと急かす。

 いやちょっと待てよ。

「"俺は"ってなんだ? まさか凛は俺の番号知ってんのか?」

 実家にも自宅アパートにも電話は置いていないから携帯しか持ってないぞ。

 つまり凛が電話番号を知っているというのなら、俺のこの携帯番号ということになる。
 さすがに、いくらなんでも、凛が俺の連絡先を控えてるなんてことは──────

「知ってるわよ。090-○○~~……でしょ?」
「!?!?!」

 そんな馬鹿な、今コイツ空で言ったぞ!?
 人の番号、それも携帯のなんてよっぽど親しい人間とかよく使う宛先じゃないと暗記なんてしてないだろ!?

 まさか魔術師として何かあったときように控えられていたのか。
 それとも土地のオーナーとして住んでいる魔術師の素性やらそういうものは調べ上げられているとか。

 何にせよ、一方的に連絡先を知られていることに戦慄を覚えた。

「……まことに不本意だが、合ってる。それなら俺だけ知らないのはやっぱ不公平だろ、早く番号を教えろ」

 凛が述べた番号をぽちぽちと入力し登録する。

 どちらにせよこれである程度、連絡手段が便利になった。
 魔術師としては異端かもしれないが、個人的にこういう便利なモノは使うべきだと思っている。

「ところで番号を知られてたのはいいとして、わざわざ暗記したのか? 携帯に慣れてる俺でも、ちょっと番号を覚えるのは難しいぞ」

 それこそ電話という科学に慣れ親しんでいない魔術師であれば、ただの数字の羅列に見えるだろう。
 さすがに家の電話を置いている以上、全く使ったことがないということはないだろうが、凛が番号登録機能を扱えるとは思えん。

 だから覚えるか、どこかにメモするのが妥当だ。
 よく利用するわけでもないのなら、どこかにメモを残しておくのが一番効率的である。

「あー、それはね。1年生のときに黎慈と番号交換したーってはしゃいでる同級生が何人か居て、それでなんとなく耳に入ったのを覚えちゃったのよ。
 無関係な間柄でもないし、どこかで連絡先として必要になるかもしれないからそのまま覚えてただけ」
「へえ。そうだなぁ、高校からはあまり人に番号教えなかったから、レアな感じで騒がれてたのかね」

 なんとなく気恥ずかしくなるが、悪い気分ではない。
 番号交換で騒ぐということは女の子だろうし、喜ばれていたのなら男としては嬉しいものだ。

 一年のときと言われれば心当たりもある。
 特に何か青春的なイベントがあったわけでもないのだが。

(え、ちょっと待って、今の発言を流すの?)
(ん? いやまあ騒がれてたのは複雑だけど、悪意的なものじゃないと思うしな)
(いえおかしいわ。さっきの会話で重要なポイントはそこじゃないわ)
(なんだよ、重要なポイントって。別に番号知られた経緯もおかしくはなくないか?)
(えぇぇぇぇぇ)

 何故か落胆の感情が伝わってくる。

 全く要領を得ないが、今の話におかしなところでもあっただろうか。
 そりゃ他人からしたら引っかかることかもしれないが、まあ凛なら別に知られていても悪用されるわけもないし構わないと思う。

(マスターとリンの関係性が少し分かった気がする……)

 フェンサーが何かを悟ったようだが、如何せん俺には意味が分からないままだった。



「それじゃあ帰るぜ、また2日以内に連絡する。押しかけてすまなかったな、紅茶は美味しかったぜ」
「そう、不味いなんて言ったらこの場で制裁するところだったわ。それから、余計なことで電話してこないでね」
「はいはい。夜中に無言電話くらいしかしねえよ」
「今後無言電話があったら問答無用であんたを犯人だと思うことにしたわ」
「しまった……迂闊な発言だった……」

 そんな暇なことをする気は毛頭ないが、濡れ衣で裁かれるのは御免である。

 紆余曲折あったもののなんとか目的を果たし、俺は遠坂邸を跡にした。










 とりあえず下町の方へバイクを走らせる。

「んじゃあ早速、マスター検証を開始するか」
「学園は休校なのに、生徒がどこにいるか目星はあるの?」
「引き受けたのはほぼ部活関係者だし、連絡先は知ってる。さすがに昨日今日で外出してる可能性は低いし、今日中に片付くと思うぜ」

 俺なら簡単に済むからこその人選だ。
 軽症だったので部活関係者への見舞いという名目を立てれば、特に目立つこともないだろう。

 各部員の家を回ることになったとしても、冬木市内であれば問題もない。
 この辺りから一番距離が離れている相手の家でも、バイクで20分もあれば辿り着く。

 それに検証対象の中でも、一番近い家はもうすぐそこである。

「駐禁が怖いが、適当にそのへんに停めッ……ッ!?」
「ちょっと、マスター?」

 ほんの一瞬、本当に刹那にも等しい痛みが俺の言葉を遮った。
 例えようのない、形容できない激痛が確かに右眼に走ったのだ。 

「……何でもない。そこに停めるぜ」

 何も異常はないように振る舞い、淀みなくバイクを停める。

 もう既に痛みの余韻はなかった。

 そういえば今朝、また右眼が紅くなっていたんだったな。考えられる原因といえばそれくらいだ。
 そもそもそれを凛にでも聞こうかと考えていたのに、想定外の事態が続きすぎてすっかり忘れていた。

 だけどあれだけ面と向き合って話していたのに、凛が右眼について聞いてくることもなかった。

「そういやフェンサー、結局凛に聞くのも忘れていたが、俺の右眼、今どうなってる?」

 自分では眼を確認することができないので、フェンサーに見てもらう。
 何でもないことのように装っているが、実際は少しマズイことかもしれないと思い始めている。

 内心は隠しているつもりだが、さすがにフェンサーにはバレているかもしれない。

「あれ、紅くなくなってる。見た目にはいつも通りよ」
「え、マジか!?」

 元に戻っていると聞いて、自分の右眼球を即座にスキャンする。

 今朝と同じように、結果はオールグリーン。

 つまり異常なしだ。
 こうなってくると原因不明の赤化現象と、今後も襲ってくるかもしれない先程の痛みが不安を煽る。

「凛が何も言わなかったってことは、アイツの家に到着した時には元に戻っていたのか?」
「わからないわね。よく考えたらリンの家に到着してからマスターとちゃんと顔を合せなかったから、右眼がどうなっていたかもわからないわ」

 そういえばそうか。
 
 入るときも前を歩いてもらって、ソファに座っているときも左隣に居た。
 目の色なんてそれこそ正面からじゃないと分かりづらいし、意識していないと確認もしないだろう。

「目の色に突っ込まれなかったことをいつも通りだったからと考えて、じゃあ右眼は少しのあいだだけの変化だったのか」
「どうかしら。どちらにせよ、もう少し様子を見てみないとわからないわ」

 断続的に痛みが走るなら問題だが、今のところさっきの一度だけ。
 原因の特定が不可能に近い以上、確かにしばらく様子を見るしかないか。

 今までこんな変化はなかった以上、聖杯戦争からの何かが原因となっているのは間違いない。
 魔術行使のし過ぎや魔術回路の稼働酷使も考えられるし、それこそもしかしたら…………

「なあ、フェンサーと契約してるからって線はないのか?」

 マスターとサーヴァントは互いに影響を与えることも多い。



 一応今フェンサーがスキルとして持っている共振増幅も、共振の魔術特性を持つ俺と契約しているからこそのものだ。
 特殊能力の付与もその一つだが、それはマスターからサーヴァントへだけではなく、逆もまた然り。

 ゆえにフェンサーが何かしら眼に関する特殊能力を備えていたり、紅い眼の逸話でも持っていればと思ったのだが。

「私に眼に纏わる逸話なんてないわよ。能力自体もない。簡単な魔眼の機能ならあるけれど、現代の魔術師に可能なレベルの域を出ないわ」

 そうなるとこの右眼については完全にお手上げだ。
 赤化と痛み以外の変化が起きるまで、ひとまず放置するしかない。



「とにかく、マスター検証開始するか」

 引き受けた6人のうち一人目となる後輩の家を訪ねる。

 今日中に終わらせる心積もりで、魔術刻印を起動した────────










「あーあーもう、ハズレだハズレ」
「私としてはハズレでよかったと思うけれど」
「まあな」

 時刻は陽が暮れる前。西日に暖かさを感じつつハンドルを切る。
 数時間で6人分の検証を済ませ、結果全員白だったことに少し不満を抱きつつも安堵していた。

 また知り合いがマスターだったとなれば、さすがに気が滅入ってくるからな。
 万が一当たりだった場合を考えてフェンサーを待機させていたが、そういう事態にならなくて済んだのは幸いだった。

 本人への魔術的な検査は当然として、家の敷地から周囲1kmの精査、家に居た家族に至るまで確認したが完全にクリア。
 不在だった家族が……という可能性は0ではないが、魔術の痕跡も魔力の残り香も全く無しだったからそれもほぼない。

 アレで俺が検証した中にキャスターのマスターが居たのなら、そこはもう魔術師として完全な敗北と受け取るに否はない。

「後は凛の方か、全く見当違いかだわなぁ」
「あの騒ぎを起こした以上、尻尾は掴めるところにあるはずよ」
「そう願いたいところだ。報告はまた明日にして、今日はもう帰ろうか」

 回復しきっていない身体で動き回るのは想像以上に疲労が大きかった。

 どちらにせよこれ以上の無理は禁物。
 今日は大人しく引き上げるのが上策だろう。

「そうだな、先に帰ってご飯炊いててく……炊き方わかる?」
「それくらいわかるわよ。お米を研いで炊飯のスイッチを押すだけでしょ?」

 ちょっと不安になる言い方だが、概ねその通りである。

「う、うん。なんかサーヴァントにそんなこと頼むのは違和感あるが、出来ればやってくれ」
「仕方ないわね。私も食べるんだし、それくらいなら構わないわ」

 承諾されたので今後の行動方針が定まる。

 タイミングよく、商店街がすぐ近くだ。
 家に帰る前に今夜の夕飯の献立を考えながら買い物と洒落込もう。

 一旦停止し、後ろに乗っていたフェンサーが降ろす。

 フェンサーにかぶせていた予備ヘルメットを受け取り、シート下の収納に仕舞う。
 サーヴァントにヘルメット必要なのかとも思うが、そこは交通ルールとしてだ。

 フルフェイスのヘルメットを脱ぎ、ちゃんと顔を合わせて挨拶を交わす。

「商店街は人通りも多いし有り得ないとは思うが、一応完全に陽が暮れる前には帰る」

 そう言うと、フェンサーが唐突にふわっと顔を寄せてきて────



「ええ、帰りをお待ちしていますわ。旦那様?」



 ────そんなことを、とても綺麗な笑顔で言われた。
 今更またコイツとんでもねー美人だなとか、仕草がすげー可愛いなとか、セリフにときめいちまったりしたのが超絶恥ずかしい。

 無意識に顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。

 多分夕暮れの赤色で誤魔化せていると思いたい。

「……じゃあ、また後でな」

 無愛想気味に別れを告げ、ヘルメットをかぶりなおしてバイクを発進させた。

 未だに胸がキュンキュンしているが、騙されてはいけない。
 あれは途轍もないワガママ娘で、急に肘鉄入れてきたりプロレスに応戦したりする女だぞ!

 しかしああいうのをギャップに萌える、というのだろうか。
 普段の素振りからは想像できない一面が逆に魅力的である、とよく言われる類の。

 キッと凛々しい表情、優しく柔和な笑顔、理知的な会話、子供っぽい言動。

 端的に言うならば無邪気さ、と表現するのが相応だと思う。

 夢の青年も、彼女のそんなところが好きだったのだろうか。
 そもそもフェンサーと彼は恋人だったのか、結婚とかしていたんだろうかと。
 普段は考えないフェンサーの人となりや人生について、よくない興味が向いてしまう。



 誰かを知りたいと思うと、まずその人の過去について興味が向く。
 現在の彼・彼女を形成しているのは過去にあるのだから、それは当然とも言えるのだが。

 他者の過去を知ることはその人を知ることと同義────そんなものは、反吐が出るような妄想に過ぎない。

 知ることと理解することは別物だ。

 本当に想うのなら、過去など関係なくその人と向き合うことが大切だ。
 知りたいが為に過去を覗きたがるのと、理解する為に過去を知るのは全く違う。



 知りたがることを悪いこととは思わないが、俺としてはあまり好ましくない傾向だ。
 人の過去など興味本位で覗くものではないし、それは親しい間柄の相手でも同様だ。

 特にフェンサーについては、つい最近決めたことがあっただろう。

 彼女の事が気になるなら、彼女に直接問う。
 もしかしたらあっさりと色々話してくれるかもしれないし、逆に受け止めきれないような半生を語り出すかもしれない。

 でも今はまだ、俺に彼女の全部を受け止める覚悟がないから。

 …………とはいっても、フェンサーが拒絶する可能性だってあるんだけども。

「やめやめ、辛気臭い気分になっちまう」

 そうだ、どちらにせよ恥ずかしがることではない。

 さっきのフェンサーは魅力的だったし、俺はそれに感じ入るものがあった。
 ついつい連鎖して変な方向へ思考が沈んだが、要はカワイイ従者が家で待ってるってことだ。

 早速張り切って献立を考えつつ商店街を回ろう。
 ぶっちゃけ例のアレを作っておけば無条件で喜ばれるのだろうが、さすがにそれでは芸がない。
 
 

 
後書き
加筆修正更新からですら4ヶ月、最新話更新としてはおよそ半年余ぶり……
とりあえず最新話になります。遅れた理由?やその他次話執筆状況などはまた余裕があるときにTwitterの方で報告します。

あ、前回の加筆修正で前話の後半に加筆した部分がありますので、お読みになられていない方はご覧いただければと思います。 
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