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SAO ~冷厳なる槍使い~

作者:禍原
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SAO編
序章  はじまりの街にて
  Ex3.心配以上に信頼を

 東雲が《ソードアート・オンライン》の仮想世界に囚われてから六日が経った。

 あの日、俺が家に帰ってきた後、お袋が東雲の両親と病院、警察に連絡を入れた。
 そして一時間と経たずに東雲の両親がウチに来た。

 俺は怖かった。怖くて震えていた。

 だって東雲は俺のせいで、俺がSAOに誘ったせいでこうなってしまったんだから。
 きっと怒られる。お前のせいだって言われる。それがすごく怖かった。
 でもしょうがないんだとも思う。だって、俺のせいってことに変わりは無いんだし、実際に俺は俺を許せそうに無い。
 俺は、罰を受けなきゃいけないんだ。
 そう思って、俺は震える足で東雲の両親の前に出た。

 でも東雲の両親は、俺を怒りはしなかった。
 逆に、東雲と友達になってくれてありがとう、とさえ言われた。

 東雲の両親は共働きで、帰ってくるのも夜遅く。
 だから、東雲とも慌ただしい朝ぐらいしか話す機会が無かったらしい。
 東雲のじーさんは、そんな東雲を寂しがらせないようにって、寂しがる暇も無いほどに小さい頃から東雲を鍛えていたんだという。

 でも、逆にそのせいで東雲は祖父との稽古一筋となり、友達も満足に出来ない状態になった。
 孫を想った不器用な祖父。祖父に応えようとした孫。
 誰が悪いというわけではないが、それでもどこか歪んでしまったのだという。

 しかし、最近になってそんな東雲に変化が現れたらしい。
 唯一家族が揃う東雲家の朝食時。普段、その日の予定ぐらいしか話さない東雲が学校のことを話したという。そう、俺のことを……。

 俺は泣いた。打算で東雲に近づいた自分の卑しさが惨めだった。東雲がSAOに囚われたと聞いたときも、東雲の心配と同時にまた一緒に遊べなかったという自分本位な考えも浮かんでしまった自分に、堪らなく嫌悪した。
 だけど東雲の両親は、そんな俺を慰めてくれさえもした。俺のせいで、自分たちの息子の命が危険に晒されているというのに……。

 俺は訊いた。何でそこまで優しく、いや平静でいられるんですか、と。

 俺は怒って欲しかったんだ。俺が悪いんだと、俺のせいで東雲はあんな目に遭ってしまったんだと。
 でも今思えばそれはただ、怒られることで自分の罪悪感を少しでも軽くさせたかったからなんだと思う。俺はもう怒られたんだという事実が欲しかったんだと思う。
 だから俺はあのとき、少しやけ気味に東雲の両親に訊いたんだ。
 そうしたら――。

「……確かに。あの子は今、いつ死んでも可笑しくない世界にいると聞いている。そして、私たちはそれを心配していないわけではない」
「そうですよ。私たちは、あの子を心配している以上に、信じているんです。お父さん――あの子のおじいちゃんから授かった免許皆伝は、伊達では無いのですよ?」

 その言葉に、俺はまた衝撃を受けた。

 ――心配はする。しかし、それ以上に信頼している。 

 強いな、と思った。俺はまだ、そこまでの関係を東雲と築けてはいない。
 普段忙しくて家にいないとは言っても、それでもこの人たちは東雲の《親》なんだ。
 絆の強さには敵うわけないとは解ってるけど、それでも悔しいと思ってしまった。






 東雲の両親が来てから一時間ほどしてから、病院から簡易点滴セットが送られてきた。
 なんでも、SAOに囚われた人は東雲だけではなく、この付近でも結構人数がいるらしい。
 その全員を看護施設へ移送させるための準備の間の緊急策として、各被害者の家に救急隊員が配って回っているらしい。
 救急隊員だという人は、東雲に点滴を取り付けて、点滴の簡単な説明を俺たちにしてから出て行った。

 これは後で知った話なのだが、ウチの県には五百人近くもSAOに囚われた人がいたらしい。いきなりそれだけの人数を、更に全員が意識不明の上、長期間の介護体制を可能としている施設に出来るだけ早く移送させるというのは、かなり厳しいことだろう。

 しかし、そこで救世主が現れた。

 三十代前半という若さで県議会議員になったとある人物が中心となり、県内のSAO虜囚者の移設に積極的に取り掛かった。
 準備に人手が足りないことをボランティアや地域団体に呼び掛けることで解決し、移設先の準備をたった一日足らずで完了させたという。

 このとき、その人物はある方針を立てた。
 それは、SAO虜囚者の移設を全員同時に行うというものだ。
 これには流石に反対した者もいたらしい。事は一刻を争うのだから、準備が出来た所に順番に移設すれば良い、そちらの方がスムーズにことは運ぶことが出来る、と。
 それに対してのその人物の言い分に結局は反対派は押し切られたという。曰く。

 ――SAO虜囚者は基本的に若者が多い。つまり移設を願うのは被害者のご両親だ。早くしっかりと介護できる施設へ連れて行きたいと思うのは誰もが一緒だ。そこへ順番にと言われたら最後の者はどう思う?

 誰だってこの状況に混乱している。
 だったら少しでもその状況に救いを、安心感を求めるのは人間として当たり前だろう。
 この場合だったら、出来るだけ早く病院なり介護施設なりに移設出来れば、少しは安心ができる。心が保てる。

 しかし、それに順番があったら?

 最初の人はいい。だけど最後の方の人は?
 訳の解らない状況で、いつ死んでしまうかもしれない我が子を見ながら自分の番を待つ。それはどれ程に苦しいことだろうか。
 そんなことを言われた同時移設反対派は、何より自分たちが県民に非難されることを懼れた。







 こういう経緯もあり、翌日の午後一時、皮肉にもSAOの公式サービス開始時間のちょうど二十四時間後に、県内のSAO虜囚者の一斉移設が始まった。
 東雲には近くの総合病院の一室を充てられた。
 俺も、俺の両親も、そして東雲の両親も見守る中、東雲は移設された。
 一時的にとはいえ移設のために回線を切断しようとしたときは、言いようも無い恐怖感に襲われたが、特に問題も無く東雲は病院へ移ることが出来た。
 ニュースでは、移設への途中で予想外のトラブルが起こり、そのまま猶予時間内に回線を繋ぎ直すことが出来ずに……という人もいたらしい。
 もし、東雲がそうなってしまったら……そのニュースを見た時は思わずぞっとした。

 余談だが、茅場晶彦の犯行声明から一日と経たずに一斉移設を行うという偉業を成した若い県議会委員は、その行動力と組織力、そして被害者の家族を想っての配慮を認められ、数日後には全国的な評価を得ることになった。次は国会選に出馬するのではないかという噂が広まるのもそうそう遠くない未来だろう。









「……健太。お母さん今日はもう帰るけど、あんたも長居はしちゃ駄目よ?」
「わかってるって。もう少ししたら帰るよ」

 あれから毎日、俺は東雲の見舞いに病院へ来ていた。
 東雲が寝ているベッドの横の椅子に座り、じっと黙って東雲を見つめる。
 あの日、東雲の両親が言った、心配もするが、それ以上に信じている、という言葉が俺の頭から離れない。

「……俺にも、出来るかな? お前を信じて、お前が帰ってくるまで待つことが……出来るかな?」

 俺の問いに応える者は、応える事が出来る者は此処には誰もいない。
 要は、俺自身がどれだけ東雲を信じられるか。信じて、東雲が帰ってくるまでに何が出来るのか、なのだと思う。
 東雲の友達を続けたいなら、俺はこのままでは駄目な気がする。
 何かを、今はまだ解らないけど何かをしなければいけない。そんな気がするんだ。

「……東雲。……俺、変わるから。お前が帰って来たときに、今度はちゃんと胸を張って友達――いや、《親友》だって……言えるようになるから。……だから、さ。早く……帰ってこいよな……っ」

 俺はそう言って、病室を後にした。


 ――東雲。お前がSAOで戦っているのを同じように、俺も戦うよ。俺も……強くなるからな。
 
 

 
後書き
――――――序章 完 
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