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SAO ~冷厳なる槍使い~

作者:禍原
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SAO編
序章  はじまりの街にて
  8.特訓開始、その前に

「あ、キリュウさん! おはようございます!」
「おっはよーございますッスー!」
「おはようございます」
「……ああ、おはよう」

 昨日、《はじまりの街》にある宿屋の一つ、《煙突亭》の二階に、俺とルネリー、レイア、チマの四人は泊まった。
 俺が泊まった一人部屋は、六畳ほどの部屋に簡素な机と外套掛け、そして俺一人寝るのがちょうどくらいのベッドがあった。
 厚みのない毛布と埃っぽい臭いに顔をしかめつつも、意外に疲れていたのかすぐに寝てしまった。
 いつもは目覚ましなんてかけなくても朝五時前には自然と起きている俺だが、今日起きて時間を確認したら六時半だったので少し驚いた。
 そのせいか、普段欠かさずにしている走り込みや素振りもする気になれず、一階の酒場に降りて来て、すでにカウンターの向こうで働いているらしい女性NPCに朝食を頼んだ。
 あの三人が一階に降りてきたのは、俺が朝食を食べ終わった頃だった。
 俺と同じメニューを三つ頼み、五分もしないうちに来たそれを三人は食べていた。



「……三人とも、食べながらで良いから聞いてくれ」

 俺は朝食を食べながら考えていたことを三人に話そうと思い、声を掛けた。

「はい?」
「んぐんぐ……ほむ?」
「……は、はい。なんでしょう?」

 三人が、視線を自分の朝食からこちらに向ける。

「……ああ、昨日の件についてだ」

 俺のその言葉で、三人は少しだけ緊張した顔をする。

「……昨日、お前たちは俺に戦い方を教えてくれと言ったな。……そして、俺はそれに了承した」
「は、はい」

 食べながらで良いと言ったのだが、三人とも食事を止めてしまっている。
 そういえば、前に二木に「お前の話し方は硬いんだよ! そんなんじゃこっちはビビッ……じゃなくて、緊張しちまうよ!」と言われたことがあったか。
 しかし、この喋り方以外に俺は知らないのだからしょうがない。

「だから考えた。……お前たちを、どうやって鍛えようかと」
「……っ」

 三人の唾を飲む音が聞こえる。

 ――む、この程度で緊張しているようではこの先が不安だが……。いや、それも俺に懸かっているということか。

 俺がこの先、三人に戦い方の指導をする。つまりは、この三人の師匠になることだと俺は認識している。
 師匠――祖父と同じ立場を経験するということに、俺は少しだけ高揚していた。勿論、全く同じことを教えるのではないというのは解ってはいるのだが。

「……とりあえず、今日の目標としては――お前たちに、一人であのイノシシを倒してもらう」
「…………へ?」
「…………は?」
「え…………」

 俺の言葉を聞いた三人は、普段の整った顔からは想像出来ないくらいな間抜けな顔をした後、同時に叫んだ。

「ええええええええ~~~~!?」






 食事を終えた俺たちは、煙突亭のすぐ右斜め向いにある雑貨屋に向かった。

「…………っしゃぃ」

 店の中に入った俺たちは、此処《雑貨屋ナウザス》の店主だと思われるNPCのやる気の無い挨拶で出迎えられた。
 入口から見て、店の奥の正面のカウンターに片肘つけて本を読みながら座っている偏屈そうなご老人のNPCが、ここの店主なのだろう。
 店内は一言で言えば、狭い。入口からカウンターまでの両脇に大きな棚がいくつも並んでいて、まるで一本の通路みたいだ。更に薄暗く、埃っぽい店内は少し怪しげな雰囲気を醸し出している。

「ほえー、年季を感じる店ッスねー」
「あ、このポーチ可愛いっ」
「ちょっと二人とも、ここに来たのは別の目的でしょ……」

 ルネリーとチマが珍しいものに飛びついて、レイアがそれを諌める。
 まだ会ってから一日しか経ってはいないが、俺にはその光景がすでに日常に思えてきていた。
 そんな三人を放置して、俺はNPCに話しかけた。

「……すまない。《回復ポーション》というものを買いたいのだが」

 俺たちはこれから街の外に出て、この三人にイノシシへ再戦させる。
 流石に最初は無傷で、とはいかないだろう。
 俺も一応は見ているとはいえ、治療手段はあるに越したことは無い。
 今後は自分だけではなく、この三人の命も守らなければならないのだ。こういう準備はちゃんとしておきたい。
 ちなみにこれはチマの提案だ。俺は、そんな物があるなんてことは頭から抜け落ちていた。

 ――普通なら、そんなにすぐに傷が癒えるわけが無い。

 そんな考えもあって、二木には聞いていたのだが俺はその存在を忘れていたようだ。
 まあ、チマ本人も今さっき思い出していたようだが……。
 そんなことを煙突亭の酒場で話していたら、近くを通ったウェイトレスNPCが、「回復ポーションならぁ、すぐそこのぉお店にありますよぉ」と教えてくれたのだ。
 そんな経緯もあって、俺たちはここに来ていた。
 
 店の中は乱雑としていた。様々な色のガラスの小瓶に入った液体。毛皮の小物にアクセサリー、お面に……土偶?
 このような中、四人とも見たこともないものを買うのだから、NPCに訊く方法が手っ取り早いと考えた。

「…………」

 NPCは、本から視線を外さずにカウンターを指でトントンと叩いた。

「……?」

 その行動の意味が解らず、俺はもう一度同じことを訊いた。

「……店主。回復ポーションを買いたいのだが?」

 今度は少し大きめに声を上げてみた。
 するとそのNPCは、横目でチラリと俺を見て、再び本に視線を落としながら、またカウンターを指でトントンと叩いた。

「……」

 ――もしかして……。
 俺はNPCの真似をしてカウンターを叩く。
 そうすると、俺の目の前に店の商品リストのウィンドウが現れる。

「…………」

 つまりコレを見て買えと、そうこのNPCは言っている、もとい示しているのか。

 ――随分ものぐさなNPCもいたものだな。

 顔をしかめてそう思いつつも、俺は商品リストを確認する。
 目当てである回復ポーションはすぐに見つけることはできた。リストの一番上にあるのだから、どれほど需要があるのかも分かるというものだ。
 俺は回復ポーションの説明を見た。

 《回復ポーション》:Fランク HPを毎秒5ポイント回復。効果は六十秒間。金額30コル。

 ――毎秒5ポイントで六十秒、ということは最大で300ポイントの回復か。

 確か今の俺のHPが342ポイント。これ一瓶では全快にはならないのか。いや、そこまで減らさなければいいだけの話だな。
 む、再使用までの《クールタイム》というものもあるのか。このポーションは一回使用すると、三分間のクールタイムを置かないと再使用が出来ない、ということか。
 だが、これは今は気にする必要はないな。何本も連続で使用することが現状であるとも思えない。
 数は一応全員に一つずつとして四つ、120コルか。
 代金はとりあえず俺が出しておこう。……何というか、流石にこういうものは自分で出させたほうがいいのかもしれないが、こちらから切り出すのが難しい。
 こういうとき、あまり他人と話をしていなかったことが悔やまれる。SAOに対話スキルとかあっただろうか。
 いやしかし、今は俺はこの三人の師匠役だ。単なる見栄かもしれんが、言われるまでは黙っておくことにしよう。
 俺は小さく溜め息を吐きながら、購入ボタンを押そうとした。

「……む」

 押そうとした購入ボタンのすぐ横に売却ボタンを見つけた。
 そのことで、昨日倒したモンスターから手に入れたアイテムのことを思い出す。
 モンスターが落とすアイテムは、一部を除いてほとんどは何かの生産に使えるらしい。しかし、レベルが低いうちは扱えるスキルも少ないし、熟練度も高くないのでほとんど必要無いという。
 故に、基本低レベルではモンスターから得たアイテムは売ってお金にするのだと二木は言っていた。
 俺は回復ポーションを買う前に、売却ボタンを押した。
 手元に別ウィンドウが現れ、そこには俺の所持アイテムの一覧が書かれていた。
 昨日の戦利品《フレンジーボアの革》×5、《フレンジーボアの牙》×2、《フレンジーボアの肉》×2、《メドウワームの体液》×3。
 俺はそれら全てを選択し売却した後、回復ポーションを四つ買った。

 ――所持残金は、314コルか。

 もう少し回復ポーションを買っておこうか迷ったが、止めておいた。
 何事も適度に、だ。買った分以上の回復ポーションを使うことになる状況は避けるべきだ。
 命が懸かっている状況なのだ。準備を十二分にすることも大事だが、余計な危険を回避させることを第一と考えよう。

「……三人とも、買うものは買った。……行くぞ」

 俺は未だ珍しい商品に釘付けになっている三人に声をかけて雑貨屋を出た。

「え、あ、はいっ」
「ま、待って下さいッス!」

 三人は慌てて俺を追いかけてきていた。いつの間にかこの構図が定着してきている気がする。





 そうして俺たちは、ここから一番近い外への門、北西ゲートに向かっていた。

「あ、あの~。ほ、ほんとに一人で倒すんスか? むしろ倒せるんスか?」

 俺の顔を覗き込むようにチマが訊いてきた。

「……問題ない。煙突亭でも言ったが、昨日は時間も時間だったから周囲が暗く、そのせいもあって初めて見たモンスターに強く萎縮してしまったのだろう。今日はまだ九時にもなっていないが、すでに辺りは十分に明るい。今度は相手をよく見ることが出来る。……それに、もし危なくなったとしたら俺がすぐに助けに入る」
「キリュウさん……」

 そう。俺が三人に最初に行おうと思ったのは、モンスターと対峙することに慣れさせるということだ。
 昨日の件で、恐らく三人ともモンスターに対して苦手意識が植え付けられているだろう。
 しかし、この先に進むのだとしたら、それは最初に排除しておかなければならないものだ。
 冷静に対処すれば、あの程度のモンスターなら怖いことは無い。まずはそれを知ってもらう。
 死の危険に対する《恐れ》というのは確かに大切な感情でもある。これがあればこそ、人は危険を回避することが出来る。
 しかし、《怯え》はいけない。それは緊張をもたらし、緊張は体を強張らせて動きを妨げる。
この《恐れ》と《怯え》のさじ加減が難しいところだが、しばらくは俺自身が三人を見守ることで調和をとるとしよう。
 五分ほど歩いて見えてきた巨大なゲートを潜り、俺たちは街の外へと出た。



「わぁ――っ!」
「すっっっごいッスね~」
「うん、夜のときとは別の場所みたいだね……」

 三人は、明るい街を外を改めて見て感嘆していた。かく言う俺もちゃんと見るのは初めてなのだが。
 昨日は暗くてよく見えなかったが、日の光に照らされたこの風景は確かに思わず感嘆してしまうほどだった。
 ゲートから太く伸びている一本の土色の街道。その街道は段差のある丘のせいか、数百メートル先からはぐねぐねと曲がっているように見える。
 そして、その街道の両脇には、はじまりの町をぐるっと囲うようにある広大な草原。草原の向こうに見えるは緩い山脈や深い森林。
 更に遠くには一層と二層に挟まれた青空が見えた。
 どこか新鮮さを感じる冷たい風に乗って飛んでいく草の葉や花びらが、頬をかすめる。
 あの森の先には何があるのだろうか、あの山の先には何かがあるのではないか、あの空の先へ行ってみたい。そう思わせるような光景だった。
 そんな光景に魂が抜けかかっている三人に俺は声をかけた。

「……では、特訓を開始するぞ」
「ほえ?」
「あ、は、はいッス!」
「……お、お願いしますっ」

 俺は三人の前に立って、これからすることをもう一度改めて説明した。




「……という訳で、お前たちには一人ずつイノシシと戦ってもらう。……三人とも、自分の武器を持て」

 その言葉で初期装備の《スモールソード》を各々装備する三人。俺も今回は三人と同じようにスモールソードを装備した。
 片手で何回か振って感触を確かめてから、俺は三人に向いて言った。

「……とりあえず、準備運動がてらその場で素振りをしてみてくれ」
「す、素振り……ですか?」

 肩透かしを食らったような顔をする三人。しかし、これを欠かすことは出来ない。

「そうだ。昨日、俺はお前たちの戦いを少し見た。ルネリーはまだマシな方だったが、それでも三人とも武器の扱いが下手過ぎる」
「うっ……」
「耳が痛いッスねぇ……」
「……あぅ」

 三人は昨日の自分を思い出しているのか、各々微妙な顔をしながら素振りを始めた。
 プレイヤーが初期装備として持っている《スモールソード》は、一番最初の武器だけあってレベル1の身体能力でも軽々に振れる。
 しかし、それでも武器ではあるので重さはちゃんとある。心得の無いものが振れば剣の重みと勢いで体が前につんのめってしまうだろう。
 武器を振るときに大事なのは《踏み込み》だ。踏み込みは相手に近づくだけではなく、武器を振ることによって生まれる勢いを止めてくれる支えでもある。
 踏み込みの仕方や重心の位置を変えることによって、次の攻撃へ繋ぐことも、逆に攻撃をしてからすぐに相手から距離をとることも容易となる。
 そのことを三人に説明しつつ、俺は素振りの仕方と踏み込みの種類をいくつか教えた。



 その後、一時間ほどで三人の動きは見違えるほど良くなった。
 ルネリーやチマは元々運動神経が良い方らしく、俺の言ったことは手本を見せればすぐに吸収していった。
 現実では運動が苦手だというレイアは最初は苦労していたようだったが、二人とは逆に論理的な指導をしてやれば、頭の良いレイアはすぐに理解して、動きも良くなっていった。
 つい忘れそうになるが、このSAOの世界では最初は誰もがレベル1で、同じ身体能力を持っているのだ。
 俺も、ルネリーも、チマも、そしてレイアも。
 理論上では、周りの誰かに出来ることは時間を掛ければ誰にでも出来るということになる。……あくまでも理論上では、だが。

「キリュウさん! 次は何をするんですか?」
「なんか、初めは素振りって聞いてエ~とか思ってたんスけど……実際にちゃんと剣を振れるようになるって、結構感動するッスね」
「……うん。私、自分がこんな風に動けるなんて思ってもみなかったよ」

 三人は、自身の上達を確かに感じているようだ。それはそれで良い。それは自信となり、敵と対峙するときの勇気となる。
 自信が過信となる場合もあるにはあるが、今は三人に再びモンスターと対峙させ、ちゃんと自分の力で戦わせることが大事なのだ。
 昨日の恐怖を少しでも振り切れるだけの《勇気》に、その自信がなってくれれば良いと俺は思った。





 そうして基本が出来てきた三人に、今度はイノシシとの実戦の手本を見せることにした。
 先ほどイノシシを発見したときは三人とも顔を強張らせていたが、俺が「……よく見ると滑稽な顔をしているな」と明るい所で改めて見たイノシシの感想を呟いたら、いきなり噴き出して大笑いをしだした。 その後はもう先ほどの強張りはなくなっているように見えた。
 特に狙ったわけでは無いのだが、緊張が少しでも解けたなら由としよう。
 そして俺は、三人に話を切り出した。

「……お前たちが実際に戦う前に、俺が一度あのイノシシとの戦いを見せる。……よく相手の動きを見て、自分が戦うときのイメージを固めておくように」

 神妙な顔で頷いた三人に背を向け、俺はすぐ近くを暢気に歩いているイノシシに背後から斬りかかった。

「ぴぎーっ!」

 イノシシは長めに一鳴きして距離をとり、いつも通りの突進を仕掛けてきた。
 このイノシシは、突進の方向を変えるのに必ずその場で止まってから方向転換をするか、または飛行機のように動きながら大きく旋回することで進行方向を変えるようだ。
 俺は、イノシシの突進を斜め前に跳躍して移動することで避け、イノシシが止まってこちらに方向転換をしている隙に、首筋目掛けて側面から袈裟斬りを食らわせた。
 このとき、先ほど三人に教えた素振りと踏み込みを意識して、三人が自分の戦いを上手くイメージ出来る様に攻撃をする。
 イノシシが止まっているときには背後からの連続攻撃。走っている最中ではヒットアンドアウェイのように一撃離脱。
 そうして十回ほど攻撃しただろうか。最後に正面から鼻っ面に刺突を食らわせることで、イノシシは爆散、光滅した。
 俺は胸の前で剣を水平に構えた残心を解き、三人に振り返った。

「ほ……え~……」
「な、なんか、すごく簡単に倒しちゃったんスけど……」
「……う、うん」

 三人娘は口を開いて呆然としていた。
 だがこれで、自分たちにも簡単にイノシシは倒せるのだと理解してもらえたと思う。俺のHPは全く減ってはいないのだし。
 今回の戦いで俺が使った動きは、先ほど三人に教えて全員がちゃんと使えると確認した動きだけだった。
 俺の言ったことをちゃんと考えて、戦いのイメージを思い描くことが出来ればそうそう難しいことはない。


「……さて、自分たちが戦うイメージは出来たか? 今度は、お前たちの番だ」


 俺は、覚悟を決めろという意味合いも含めて、三人に言った。

 
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