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SAO ~冷厳なる槍使い~

作者:禍原
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SAO編
序章  はじまりの街にて
  5.葛藤の末に

「こ、このっ! えいっ! あ、あれ? きゃっ!?」
「ギャー! こっち来んなッス!」

 ――何をしてるんだ、あの子たちは……。

 悲鳴が聞こえた場所へ向かった俺は、数十メートル離れた場所で一匹のイノシシと戦っている――ようには見えないが――先ほど話しかけてきた少女たちを見つけた。
 金髪の少女が初期装備である《スモールソード》を振るって頑張ってはいるが、何かに気を取られているようで、敵であるイノシシに集中できていない。
 茶髪の少女はスモールソードを持ってはいるが、腰が引けてて、剣を振るときに目を瞑ってしまっているので空振りが多い。
 ふと、銀髪の少女が見当たらないことに気付く。

 ――まさか……。

 嫌な想像が浮かんだが、金髪の少女の後方にあの銀色の髪を見つけて少し安堵する。
 銀髪の少女は地面に座り込んでいるように見える。恐らく腰を抜かしてしまっているのだろう。
 金髪の少女がイマイチ集中できていないわけが解った。戦えない銀髪の少女を守っているのだ。
 だがこのままではジリ貧だろう。
 攻撃はあまり当たっているようには見えない。だがイノシシの攻撃はほとんど避けれてはいる。
 しかし、動けない銀髪の少女への攻撃は受け止めなくてはならない。

「ネ、ネリー!」
「ぐ……だ、大丈夫だって」
「くっそー! こっち来いッスよー!」

 その様子を遠目で見ながら、俺の思考は混沌に呑まれていた。

 ――何であの子たちはこんな時間にここにいるんだ?
 ――何であんな拙い戦い方をしているんだ?
 ――あの子たち、このままじゃ誰かが死ぬかもしれない。
 ――では、俺が助ければいいのではないか?
 ――俺は一度、あの子たちを見捨てた。そんな俺がどんな顔で助けに入ると言うんだ。
 ――助けるなら、最初から助けていれば良かったのに。
 ――助ける側には、助けた後の責任も覚悟する必要がある。俺にその覚悟があるのか?
 ――俺は……どうするんだ?
 ――俺は…………どう、したいんだ?

 時間にすればたった数秒。しかし、その間に幾つもの自問自答が頭の中で繰り広げられていた。
 そして、その思考の結論として俺がとった行動は――。



  ◆



 ――どうしよう、どうしよう!?

 甘かった。今更後悔しても遅いけど、そう思わずにはいられない。
 いくらHPがゼロになったら死んでしまうかもしれないとはいえ、それでもゲームなのだから攻略できないわけがない。
 それに、こちらは三人。こんなスタート地点に出てくるモンスターなんて、楽勝に勝てると思ってた。
 《あの人》の言葉を聞いて、自分に出来ることを考えたあたしは、自分がこの世界で今出来ることといったら戦うことしか思いつかなかった。
 他にも色々あるんだろうとは思ったけど、このSAOの中であたしが知っていることは少ない。そもそも自分自身が剣でモンスターと戦うためにSAOをやろうと思ったのだから、どうせならそのままやってやろうと思った。
 そして、結論が出たら止まらなくなるあたしは、浮かない顔をしてる二人を強引に説得して、すでに辺りが暗くなっている時間だというのに街の外へと飛び出した。
 これはあたしの悪い癖だ。思いついたら止まらない。あたしはこのとき、モンスターを格好良く倒す自分を想像してやまなかった。
 だけど実際にモンスターに遭遇したら、そんな考えはどこかにいってしまった。
 独特の粘液質に光る目、よだれが滴り荒い呼吸をする口、生理的に受け付けないその泣き声。
 モンスターって言うからそんなに意識はしてなかったけど、日本語で言えば《怪物》だ。
 そう、まさに怪物。勢いよく突進してくるその姿は、単調な動きなのだけど、何故か威圧感で動けなくなる。
 目の前のモンスターはイノシシに似ている。だけど本物のイノシシなんてあたしは見たことはない。きっとレイアもチマもそうだと思う。
 デフォルメされたものしか見たことのないイノシシ。だけど目の前のソレは、辺りの暗さも相まって相当に恐怖を駆り立てる姿に見えた。

 ――いくつものスポーツを経験したあたしが、こんなに動けなくなるなんて……。

 頭の中で《死ぬかもしれない》という言葉がいくつも思い浮かんだ。
 気の弱いレイアは、その重圧に耐えられなくなったのか、足を縺れさせて転んで、地面に座り込んだまま動けなくなってしまったようだ。

 ――この状況を作ってしまったのはあたしだ。だから巻き込んでしまった二人は絶対に助けたい!

 あたしはレイアの前に立って、イノシシに向かって必死に剣を振った。

「こ、このっ! えいっ! あ、あれ? きゃっ!?」

 結果は空振り。逆に剣に重みでバランスを崩してしまう。

「ギャー! こっち来んなッスー!」

 あたしの剣を潜り抜けたイノシシは、その勢いのまま旋回してチマの方に向かった。
 バンザイしながらイノシシに追いかけられるチマの姿は、こんな状況にも関わらずコミカルで、あたしは少し冷静になることが出来た。

「――っ、えーい!」

 チマを追いかけるイノシシを先回りするようにして、あたしは剣を振り下ろした。でもあたしの攻撃はイノシシのお尻をかすめただけだった。
 攻撃を受けたイノシシは、びぎっと鳴いて今度はあたしに向かって突撃してきた。

 ――でもあたしなら、避けられるっ!

 そう思ったが、自分の後ろにレイアがいることを思い出す。
 あたしはとっさに剣の腹を支えるようにして防御体制をとり、イノシシの突進を正面から受け止めた。

「ネ、ネリー!」
「ぐ……だ、大丈夫だって」

 後ろから聞こえるレイアの心配する声に応える。
 よかった、ちゃんと守れた。漫画で見た防御を真似してみたけど結構上手くいったみたいだ。
 痛みというより、痺れたような感覚が体に残ってるけど。

「くっそー! こっち来ーいッスよー!」

 剣をブンブンと振り回してイノシシの気を引こうとしているチマが見える。

「ネ、ネリー……え、HPがっ……」
「……え?」

 目を見開いて指をさすレイアの声に、自分のHPを確認する。

「…………あ」

 見ると、あたしのHPは一割ほど減っていた。
 一割。あと九回攻撃を受けたら、あたしは――死ぬかもしれない。
 あたしは再び体が強張って動けなくなっていくのを感じた。

「ネリー! そっち行ったッスよ!」

 チマの叫ぶ声が聞こえるが、金縛りにあったようにあたしの体は動かない。
 一度、自分の死を意識してしまったら、もう駄目だ。
 多分、レイアは早くにこういう状態になってしまったんだろうな。
 イノシシの姿が段々大きくなって来るのを見ながら、あたしはそんなことを考えていた。

「ネ――奈緒っ!!」

 後ろから美緒の叫び声が聞こえる。

 ――駄目だよ美緒。SAOではあたしはルネリー……でしょ?

 視界いっぱいにイノシシが見える。防御はもう間に合わな――

「キャッ…………え?」

 ドゴッ!という打撃音が目の前から聞こえた。
 でもそれは、イノシシがあたしにぶつかった音ではなかった。
 あたしはとっさに瞑った目を、ゆっくりと開ける。

「……あ」

 あたしの目に映ったのは《背中》だった。その背中を見るのは、これで三度目。
 一度目は、中央広場であたしが追いかけたとき。二度目は、別れの言葉も無くあたしたちから去っていったとき。

「……あっ……あぁ……」

 《その人》は、いつ見ても変わることの無いその横顔で――あたしの前で槍を構えていた。




  ◆




 ――仕方ない。

 そう、思うことにした。
 何故この子たちがこんな時間に街の外へ出ていたのかは解らないが、それでも解ることはある。
 この子たちは今、命の危機に瀕していること。
 そして、俺はそれを助ける力を持っていることだ。
 これで助けないことを選択するのは、まず人間としてありえない。俺はそう思う。
 助けた側の責任。助けた後のことは――助けた後に考える。
 そういう結論に至った。

「――っ」

 槍が得意としている攻撃は、その長いリーチを活かした《刺突》だ。だがそれは、一番強力という意味ではない。
 槍での一番強力な攻撃、それは《薙ぎ払い》や《振り下ろし》だ。
 その長い柄から生まれる遠心力の乗った《薙ぎ払い》、そして重力をも上乗せした《振り下ろし》。
 刃渡りが短いので、剣や刀には殺傷力という点では叶わないが、一撃の威力、威力の乗せ易さは、槍に利点がある。
 俺はイノシシに向かって走りながら、槍の上下を持ち、真横に限界まで振りかぶって、槍の中腹を自身のわき腹で押し込むようにして、イノシシの直前で体ごと回転させる。
 わき腹あたりで押されて撓(しな)って曲がった槍は、槍の上部を持つ手を離すことで、体から離れるとともに元に戻ろうとする。
 テニスのバックハンドスウィングのような槍の横薙ぎ。東雲流《弓風》。

「――ハッ!」

 回転横薙ぎの速度と撓(しな)りの反動の速度が丁度重なり合った一閃が、イノシシの横っ面に直撃した。
 吹き飛ばすこと目的としていたので《斬撃》ではなく、槍の刃の腹を当てるようにして《打撃》として放った。
 目論見は上手くいき、打撃音にしては高い音を響かせて、イノシシは横向きに転がっていった。

「…………」

 金髪の少女の前で残心を取りながらイノシシを睨む。
 イノシシはすぐに動きを止め、輝きを放ちながら粉々に砕け散った。

「…………ふぅ」

 この仮想の世界でも、攻撃速度や命中箇所によってダメージはかなり違ってくるようだ。
 今の攻撃は、速度だけなら現在の俺の身体能力では最高の一撃だった。
 己の力の無さを、撓(しな)るという槍の特性を最大限利用することで補って、放った一撃。
 それでも、あのイノシシの体力が全快ならば一撃では倒せない。
 今、倒すことが出来たのは、恐らくこの子たちが少しづつイノシシのHPを削っていたお陰だろう。
 俺は振り向いて、少女たちを見た。三人とも驚いたような顔をしている。

「…………」

 俺は、この子たちに聞くことがあった。聞かなければならないことが。
 金髪の少女が、俺を見上げて口を開いた。

「……あ、あの……ありが――」
「どうしてだ」
「――え……」

 少女の言葉を遮り、俺はその言葉を言った。

「どうしてこんな時間に街の外に出ているんだと聞いた」
「……あ」

 この子たちよりも前に出ていた俺が言えた義理ではない。だが俺は、自分の持つ技術なら大丈夫だという自信があった。
 ともすれば過信とも思われるかもしれないが、それでも《戦い》ならどうとでも出来ると自負していた。
 俺には何年も鍛えてきたという実績がある。それが今、俺を支えてくれる柱となっている。
 この子たちにそれがあるとは思えない。この子たちの行動は、俺から見たら《無謀》としか思えなかった。
 だから、ここに来ることになった理由があるなら、俺はそれを知りたかった。

「そ、その……」

 金髪の少女が言い難そうに口を開く。

「あ、あのときっ……あなたに、じ、自分に出来ることを考えて……それを行うことが、今のあたしたちがするべき事だろうって言われて……」

 少女の瞳が、俺の目を真っ直ぐに捉える。

「だから、考えたんですっ! あたしに出来ることってなんだろうって……でもあたし、このSAOで出来ることって戦うことしか思いつかなくて……だ、だったら戦いを頑張ろうと思って……その……うぅ」

 舌足らずに言いながら、その瞳に雫を溜めていく少女。

 ――そうか。この少女は《戦うこと》を自分がするべきことと考えついたと、そういうことなのか。

 しかしそれは――どうなのだろうか。
 考えが足りない、自分に出来ることと出来ないことが解っていない、そう断ずるのは簡単だ。
 だが、それでもこの少女は自分で《考えた》のだろう。そこは、ちゃんと評価したいと思う。

 ――それに……どうやら俺の言葉も、この少女が戦うことを決めた要因の一端を担っているらしいしな。

 しかし――。

「……なるほど、それは解った。……だが、こんな時間に街を出た理由にはなっていないな」
「…………あ、ぅ」

 俺がそう言うと、今度こそ金髪の少女は下を向いて黙ってしまった。
 俺の言い方がきつかったというのもあるだろうが、これは――何も考えずに出てきた、というふうに見える。
 それを見た茶髪の少女が、慌てた様子で言ってきた。

「こ、これは~その~、違うッス! あ、いや、違わないッス! ……あ、あれ? で、でも違うんス!」

 多分、責められてる金髪の少女の助け舟を出そうとしたようだが、何を言うか考えていなかったんだろう。本人が混乱していて意味が不明だ。
 そして、ようやく立てるようになった銀髪の少女も、こちらへ――俺から金髪の少女を庇うような位置へ来た。

「す、すみませんっ。……その、私たち……」

 金髪の少女を、二人の少女が庇おうとしている。
 先ほどは、イノシシから金髪の少女が二人を庇おうとしているように見えた。

 ――友達……か。

「…………ふぅ」

 自分が吐いた溜息が、何のことに対しての溜息だったのかは、よく解らない。
 しかし冷静になると、俺には彼女達を責める資格なんて無いのではないかとも思う。
 彼女らは彼女らの考えで行動した。それだけだ。
 問題があるとするなら――それは俺のほうだ。
 俺は初め、彼女らを助けることを拒否した。しかし、結局は助けてしまった。
 助けたこと自体は後悔はしていない。それははっきりしている。
 俺はこれからどうするか。どう、したいのか。

 ――いや、一人で考えることもない……な。

「…………とりあえず」
「は、ひゃいっ!」
「ひっ!?」
「……うっ」

 俺が声をかけると、三人はギュッと目を瞑って体を硬直させた。

 ――俺は、そこまで怖いのだろうか……?

 少しだけ――少しだけ傷付いた。

「……とりあえず、街の中に移動しよう。いつまでもこんな所にいるわけにも……いかないからな」

 俺は三人にそう提案した。

「あ……は、はいっ」
「そ、そうッスね、いつまたあのイノシシが襲ってくるとも限らないッスもんね」
「……そう、ですよね。はい、移動しましょう」

 先に歩き出した俺の後を、三人は並んで付いて来た。

 ――妙なことに、なった……。

 はじまりの街のゲートをくぐりながら、俺は心の中でこれからのことを考えていた。
 
 

 
後書き
2014/06/16 追記

一巻の最初を見ればわかりますが、ソードスキルの使い方も知らず、生のSAOの戦闘も知らず、レクチャーもなければ初心者はスライム相当のフレンジーボアにさえ苦戦してしまうのです。 
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