SAO ~冷厳なる槍使い~
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SAO編
序章 はじまりの街にて
Ex2.異質なその人
前書き
ルネリー視点です。
あたし、内石奈緒は面白そうなことが大好きだった。
特に体を動かすこと、スポーツとかは色々やった。逆に勉強は苦手なんだけどね。
あと、興味が出たものには何でもかんでもすぐに飛びついてしまう癖がある。
双子の姉である美緒には、今までそれでかなーり心労をかけて来たと思う。
《SAO》もその一つだね。
クラスメイトが話しているのを聞いて、すっっっごく興味を引かれた。
だって、剣や盾を持って実際にモンスターを倒せるんだよ!?
女の子としてはちょっとだけ自分が他の子とは違うと解ってはいるけど、あたしだって「必殺~!!!」とか言ってみたい。
だから、あたしは姉の美緒と、クラスメイトにして親友の佳奈美を誘ってSAOをプレイしてみようと行動を起こした。
でもすぐに挫折を味わうことになる。
「か、買えないよ~~~」
そう。SAOがどこに行っても買えない。在庫が無いらしい。
せっかくお父さんに無理言って《ナーヴギア》を買って貰ったのに、肝心のソフトが無いとSAOは出来ない。
そりゃないよ~。と思っていたところに佳奈美が来て言った。
「……ふっ、わたしに感謝するッスよ。じゃじゃ~ん! どーッスか!? お探しの《SAO》ッスよ~!」
地獄に仏とはまさにこのことだった。
でも、隣の県まで探しても無かったのにどこで手に入れて来たんだろう?
そのことを訊くと――
「うっ……うぅ、わたしは……わたしはっ……穢れてしまったッス! もうこれはウルトラジャンポパフェ一週間分くらいじゃきかないくらいの貸しッスからね!?」
人差し指を突き出しながら「犯人はお前だ」的に言ってきた佳奈美。
何でも、オタクなイトコに頼み込んで条件付きで譲ってもらったという話だった。
「じ、条件?」
け、穢れてしまったということは……そ、その……つまり……あぅ。
「この前の休みにあった《コスプレ撮影会》ってのに無・理・矢・理、出演させられたんスよ~~~~!!!」
魔法少女なんてもうキライッス!なんであんなパンツ見えそうというか見えちゃうような服着てるんスか~と地団駄を踏んでいる佳奈美。
あたしはガクっと脱力してしまった。
確かに佳奈美は、同姓のあたしから見ても可愛いと思う。
癖っ毛なセミロングの茶髪を無理矢理纏めようと努力しているように見える猫の髪留めが凄く可愛くて似合っている。
そのイトコさんが、そういう服を着せたがったのも解らなくはない。
まあでも、口調のせいでお笑いキャラに見られることが多いんだけどね、うん。
ともかくそういうわけで、あたしたち三人は晴れて《SAO》が出来るようになった。
公式サービスが始まる日、あたしたちはそれぞれの部屋からSAOにログインした。
三人ともVRMMOというものが初めてだったから準備に手間取って、ログインしたのは午後二時過ぎ。開始から一時間も遅れてしまった。
別に開始時間ちょうどにログインしなきゃいけないってことはないんだけど、なーんか悔しいんだよね。
でも、そんなこともログインしたら全て吹き飛んでしまった。
あたしも、美緒も佳奈美も《完全(フル)ダイブ》っていうのは初めてだったから、SAOの世界を見たときはすっごく感動した。
物語の中に出てくるそのままのファンタジーな世界に、あたしたちは魅了された。
「うわ―――!」
「……すごい」
「こ、これ、マジで《仮想世界》なんスか? ちょっと信じられないくらい色々スゴイんスけど……」
このときのあたしは、もう興奮で周り――この場合は周囲の視線――が見えなくなっていて、最初に降り立った場所《はじまりの街》の中央広場から見える全てのものに興味を引かれて、それに突撃していった。
「ワ―――イ!!」
「もうっ、……奈緒!」
「あーダメダメ。ここじゃあ、あたしは《ルネリー》だよ? あ、ネリーのほうが呼び方としていいかな? ね、どう思う《レイア》」
「うっ……ち、ちょっと恥ずかしいよね。自分で付けた名前で呼ばれるのって……」
「2人はいいじゃないスか! わたしなんか《チマ》ッスよ? なんスか《チマ》って! チマチマ~とか語尾に付ければいいんスか!?」
「かな……チマは名前を打ち間違えて気付かなかっただけでしょ? 自業自得なんじゃ……」
「う、うわ~~ん! そんなことは判ってるッスよ~~! でも言わなきゃやってらんねッス!!」
佳奈美――チマは、最初は《リマ》と付けたかったらしい。RとTが隣同士だったからやねんス!と言い訳を喚いている。
キーキー騒ぐ佳奈美――《チマ》。
それを見て笑うあたし――《ルネリー》。
騒ぐ佳奈美とはしゃぐあたしを宥めようとする美緒――《レイア》。
これから、三人でスゴイ大冒険が始まる。……と、あたしたちはそう思っていた。
『…以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の――健闘を祈る』
その人、茅場晶彦という人が言ったことを、あたしは最初理解できなかった。
街中を三人で歩いていて、ようやくお互いをSAOでの名前で呼ぶのに慣れてきたそのとき、いきなり青い光に包まれたかと思ったら、さっきまでいた中央広場に移動していて……。
突然、空に現れた大きい不気味なローブの人影。上空から響く茅場晶彦って人の声。
あたしたちに、《仮想世界》から出れないと、HPがゼロになったら死んじゃうって言ってた。
「……あ、あ……ぁぅ……」
「な、なに言ってるんスかね、あの人……アハ、アハハ、ハ……」
あたしの横では、放心しているレイアと、あの言葉を否定したいのか、乾いた笑いをしているチマがいる。
あたしは周りを見回した。
多分、無意識に助けを求めていたんだと思う。
言葉では否定してるけど、あの人が言ったことは真実なんだって、あたしも美緒も佳奈美もきっと心で感じてる。
だから探した。
何をって訊かれても解らないけど……何か、この状況であたしたちに必要なもの、それを探していた。
でも、周りは想像以上に混沌としていた。
さっきまであんなに美しかった中央広場の風景は、喜怒哀楽の『怒』と『哀』で埋め尽くされていた。
その情景は、嫌がおうにもあたしの精神を更に打ちのめそうとした。
「…………え?」
そんな時、あたしは見た。
《その人》は、周囲が負の感情に呑まれている中、まるでそこだけスポットライトが当たってるかのように、一人平然と立っていた。
まるで、暗い沼地に咲いた一輪の花を思わせるような、こんな状況の中では異質とも言っていいような佇まい。
あたしには、それがどこか神々しくさえ見えた。
ふいに、その人がどこかに向かって歩き出した。
それを見たあたしは――駆け出していた。
「え? ネリー?」
「……ほぇっ!?」
後ろからレイアとチマの声が聞こえた気がしたが、今はコレがあたしが優先するべきなのだと頭の中で誰かが叫んでいた。
「――あ、あの……あのっ……!」
何を言おうかなんて考えて無い。だけどあたしは《その人》に声をかけていた。
でもその人は、あたしの声が聞こえなかったのか、その歩みを止めようとしない。
あたしはもう必死にその人の横に走っていって、再び声をかけた。
「あの! す、すみませんっ!」
「……?」
その人が、足を止めてこちらを見た。
それだけで、あたしは思わず息を飲んだ。
全てを見透かされそうな深い深い蒼の瞳。鋭く尖った氷を連想させるような表情。なによりその人からは《普通》や《日常性》といった、この状況においては“逆に”非常性を感じさせられるものがあった。
そんな理由であたしが放心していると、その人の口が開いた。
「…………何か――」
「ネリー!」
でも、その人の言葉に割り込むようにレイアがあたしを呼びながらチマと一緒に駆けてきた。
「ハァッ、ハァッ……もう、いきなり走りだして……」
「ヒー、ヒー……そ、そうッスよ! というかこんな場所で置いて行かないで欲しいッス!」
「ご、ごめんゴメン」
正直、二人のことをすっかり忘れていた。目の前のこの人に意識が捕らえられていた。
こんなことになってしまって――しかもあたしが誘ってSAOに来たのに、二人には申し訳ないことをした。
そんな気持ちを込めて、でもいきなり走ってしまった自分の奇行にちょっと照れてしまい、少し軽い謝罪になってしまった。
「…………それで、俺に何か用か?」
思わずビクッとなるあたしたち3人。そうだった、今度はこちらを失念していた。あたしのバカ!
その人にもすぐに謝罪をした。
「あ、す、すみません! こっちから声かけたのに……」
「……いや、それはいい。で、何か用なのか? 正直、声をかけられる覚えはないが……」
溜め息ともつかない小さな息を吐くその人。呆れられちゃったのかな……?
と、それは置いておいて用件、用件。えーと、うーと、あーと……。
「あ、はい。えとですね。私たち、そのVRMMOって初めてなんです。……なのに、こんなことになっちゃって。どうしていいか解らなくて……それで、その……色々と教えてくれる人を探してるんです」
正直なにも考えていなかったのだけど、自分の口から出た言葉は結構理由としてはちゃんとしているように思う。……ふぅ、あぶないあぶない。
「…………すまないが、人選を間違えている。俺もVRMMO――いや、ゲームというもの自体これが、《SAO》が初めてだ。俺ではお前たちの疑問には答えられない」
――え……?
今度は完全にフリーズしてしまった。断られる場合の言葉なんて全然考えてなかったから。
あたしは必死に言葉を考えた。
「あ、え……じ、じゃあ、ど、何処に向かおうとしていたんですか?」
そうだ。どこかへ行っちゃうんじゃないかって思って声をかけたんだった。
少し、必死になっていたかもしれない。
「……武器屋だ。さっき街を回った時に場所を確認していた」
その人の言葉に、再び一瞬思考が停止したような感覚を受けた。
「何で武器屋に……? もしかして、外に出る気なんですか? し、死んじゃうかもしれないんですよ!?」
ありえない、そう思った。だってもしも、もしも自分の視界に映っているこの青色の横線が消えてしまったら、ホントに死んじゃうかもしれないのだから。自分でもよくわからないけど、あたしは叫んでいた。
もしかしたら、さっきのことで溜め込んでいた負の感情が、今更になって吐き出されたのかもしれない。
でも目の前のその人は、あたしの叫びにも顔色一つ変えずに言った。
「……茅場晶彦と名乗る者が言ったな。第百層のボスを倒さなければ俺たちは開放されないと。……だから俺は、自分に出来ることをするまでだ」
――自分に、出来る……こと……?
そんなこと考えもしなかった。こんな状況で、こんな場面で、そんなことを考え付くなんていったい何人いるのだろうか。
あたしがそんなことを思っていると、あたしの背中からチマがその人に向かって言った。
「……な、なに言ってんスか! 危ないッスよ! ここで、安全な場所で外からの救出を待ったほうが――」
「救出は無いだろう」
「――な!?」
チマの言葉を、チマの考えを真っ二つにするかのように、その人は言った。
「もし、俺が茅場晶彦の立場だったら……1パーセントでも、自分以外の外部の手によってこの状況を打破できる可能性があったのなら、そもそもこんなことを実行しないだろう。天才と呼ばれる人物なのだったら、尚の事そこは解っているはずだ。……ならば、茅場の言う通りにするしかない。このゲームをクリアして、茅場本人に開放してもらうしか……無い」
確かにそうだ。あたしだって、自分が犯罪者になるかもしれないって分かってて、それでもしなければいけないことがあるなら、失敗の確立は出来るだけ無くしておきたい。そして無くしてからそれをするだろう。
「…………」
その人の正論に、反論が出来なくなったチマが黙る。
「……俺は街を出てモンスターを倒す。レベルを上げて強くなる。……それが今、俺に出来る最良の事だと思うからだ」
無表情にそう淡々と告げるその人。でもふと雰囲気を緩め、さっきとは違う、やや優しさを含んだ声で続けた。
「……だが、別に無理に戦おうとしなくても……街に留まっていてもいいとは思う。人には向き不向きだってあるだろう。戦いたいと思う者、戦う決意をした者だけが戦う。逆に戦いたくはない、戦いが怖い、死ぬのが怖い者は……無理に街を出なくても良いと俺は思う。本当の命が懸かっているのだから怖くて当然だろう。それを誰も責める事は出来ないし、逆に……俺のように外に出て行く者を引き止める事も出来ない。……自分に出来ることを考えて、それを行う。それが、今俺たちがすべきことだろうしな……」
再び言った、自分に出来ること。この人は、きっとそれを見つけたから――ううん、それを見つける力を持ってたから、あんなにも輝いて見えたんだと、今更ながら思う。
「あ、あのっ……あなたは、こ、怖くないんですかっ……?」
あたしの双子の姉――今はレイアが、人見知りで震えながら、それでも頑張って言った。
その人は、数秒間レイアを、レイアの瞳を見てから、やや嘲笑めいた声で言った。
「……別に、死ぬのが怖くないわけではない。……ただ、俺はこの《SAO》の世界で出てくるどんな怪物よりも怖い存在を知っている。……俺が平然としているように見えるのは、恐らくそのせいだろう。それより怖い物なんて、想像できないのだから」
その人が言ったことは、あたしにもレイアにもチマにも解らないことだ。
逆にあたしの思う一番怖いものを想像してみた。……ぬ、思いつかない。
怖い物は確かに有るにはあるけど、そこまでかと言われるとそうでもない。
「…………」
レイアもチマも、その人の言った言葉を自分なりに考えているようだ。
「……あ」
いきなりその人は、あたしたちに背中を向けて、別れの言葉もなしに歩いて行ってしまった。
背中を向くときにチラリと見えたその人の横顔。最初の平然とした顔ではなくて、申し訳なさそうな、どこか寂しげな表情に見えた。
やや早足で歩き去るその人の背中を見つめるあたし。
「…………ネリー」
「……行っちゃったッスね」
ネリーが呼びとめた理由なんとなく解ったッス、と言ってくれるチマ。
その言葉に、レイアも小さく頷いた。
「~~~~~っ、さて! これからどうするッスかね!?」
暗い雰囲気を無理矢理吹き飛ばそうとしているのか、大きな声でチマが言った。
「…………うん。そうだね……」
レイアも、さっきよりは顔色が良くなったようだ。
あたしも人の事は言えないかもだけど、レイアもチマも、先ほどの顔の青さといったらなかった。
「ん~~~~~~~」
あたしは腕を組んであたりを見回した。
気が付けば、中央広場からは結構人が減っていた。……それでも残って放心している人が圧倒的に多いけど。
あたしはさっきからずっと考えていた。あの人の言った《今、自分に出来ること》というものを。
「ねぇ」
「……?」
「なんスか?」
だから――あたしはその提案を、未だ眉間に皺を寄せて唸ってる二人に言った。
「――街の外に出て、モンスター……倒してみない?」
予想通りというか、その提案に二人は目をまん丸にして驚いていたので、こんな状況だっていうのにあたしはつい笑ってしまった。
そう、こんな状況だったけど、笑うことが――出来たんだ。
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