ワンピース~ただ側で~
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番外4話『ウイスキーピークの夜』
海を行くメリー号はリヴァースマウンテンの麓、双子岬を出て一路、ウイスキーピークと呼ばれる町を目指していた。
双子岬から行ける島は7つ。その選択でこれからの航路が決まることになるのだが、ではなぜ既にウィスキーピークを目指しているのか。
それは双子岬で、Mr.9とミス・ウェンズデーを名乗る謎の男女ペアにお願いされたからだ。
この二人はラブーンの体内でラブーンの腹に風穴を開けようとしていた二人なのだが、ログポースを失い彼らの住む町『ウィスキーピーク』に帰る手段を失ってしまっており、それゆえに船に乗せてウィスキーピークへと連れて行ってくれと土下座をする彼らに、ルフィが「いいぞ」と了承し今に至っている。
さて、麦わら一味がどういった事情でどこを目指そうが、それがグランドラインの何かに影響を及ぼすはずもなく、グランドラインは今日も今日とて平常運転。
天候は冬時々晴れ。
常識的にみれば全くもって平常運転な天候ではないが、それがまかり通るのがグランドラインだ。
今も、メリー号が進む海原には雪が降りしきっている。
「おっしゃできた! 空から降ってきた男、雪だるさんだぁ!!」
ルフィが雪だるまに樽の帽子をのせ、マントをかけてヒーロー風に作り上げた姿を自慢げに披露するのだが「はっはっは、全く低次元な雪遊びだな、てめぇのは」と、ウソップがもともと長い鼻を高くさせて、自慢げに笑う。
「なに!?」
渾身の雪だるさんをいきなりバカにされて、ルフィどころか雪だるさんまでどことなくショックを受けた様子を見せる。そんなルフィへと、ウソップが「これだぁ!」と自身の作品を披露してみせた。
「見よ、おれ様の魂の雪の芸術っ『スノウクィーン』!」
そこにあったのは雪のソファに腰かける優雅な女性。たしかに言うだけの出来映えではある。ルフィも「うおお、すげぇ!」と感心するのだが、また別方向から「それでは創作性というものがかけているのではないかね、ウソップ君?」
「なにっ!?」
自身の魂の作品に文句をつけられ、声のほうをむくと、ハントが自信ありげに胸を張っていた。
「これを見ろ!」
言葉とともに、ハントが横にずれる。
ハントの背中から現れたのは熊のように巨大な体躯、そして長い耳。熊の体でウサギの顔をもつ謎の生物を形どられた雪だるま。それがマッチョポーズでいぶし銀な表情を浮かべて佇んでいた。
「ふふん、これぞ本物の芸術。雪の国の創造動物『ラパーン』だ!」
たしかにウソップのそれよりは創作性はあるとはいえるものの、なんだかんだで細かいところをみればあまり出来がいいとはいえない。一般的に見ればウソップのスノウクィーンに軍配が上がるはずなのだが、雪遊びに興じる彼らの採点基準は一致しているらしく、まずはルフィが「おお、かっけー!」と目を輝かせ、ウソップはウソップで「なん……だと」と両膝をついてショックを受けている様相を見せてる。
「ふふん」
勝ち誇った笑みを見せるハントの笑顔に、ルフィが何を思ったか「よし、雪だるパンチ!」と雪だるさんに腕としてささっていた棒をそれぞれスノウクィーンとラパーンに飛ばしてきた。当然のように崩れてしまうスノウクィーンに、ウソップが「なにしとんじゃおのれは!」と報復として雪だるさんを蹴りつぶす。
「がああ、雪だるさん!」
結局二人の自慢の雪だるまは壊れてしまい、そのまま喧嘩に発展してしまうかと思いきや、ハントのラパーンだけは二人の雪だるまと同じ結末にはならなかった。
「俺のラパーンは、そんなんじゃ滅びねぇ!」
どん、と誇らしげに言うその姿どおり、ラパーンは健在。まるで何もなかったかのようにマッチョポーズをきめている。
「ふ、事前に水をかけておいて正解――」
「――ゴムゴムの銃」
「お、さすがに壊れた」
「ってなにやっとんじゃバカども!」
結局3人そろって楽しそうにギャーギャーと騒いでいたのだが突然「あーーーっ!」という叫び声とともに船室からナミが姿を見せた。
「な! なんだどうした?」
首をかしげるルフィへ、ハントが肩をすくめて「やれやれ」と息を吐く。
「ナミも雪遊びがしたくなったんだろ? まったく、そんなアピールしなくても素直にいえば――」
「うっさい! んなわけないでしょうが! 180度旋回して! 今すぐに!」
「? ……あぁ、うん。なるほど……了解!」
グランドラインの異常性を知っているハントは数秒の考える時間を経て事情を察した。気づいた瞬間には遊びをやめて動き出したのだが、事情のわからないウソップやルフィはただ首を傾げる。
「180度? なんで引き返すんだ?」
「忘れ物か?」
「いつの間にか反転して進路から逆走してるの! ほんのちょっとログポースから目を離した隙に! 波は穏やかだったのに」
「波は穏やかだけどナミは穏やかじゃないな」
船を旋回させながら、ハントがぼそりと下らないダジャレをつぶやいた。もちろんハントは小さな声で独り言のつもりだったのだが、残念なことにそれはナミの耳にまで届いていたらしい。
「……ハント?」
「ごめんなさい、すぐに旋回させます」
鬼のような形相のナミににらまれて、すさまじく丁寧な謝罪をしてみせた。
ただ、こうやって無駄な会話をしている間にもグランドラインは更なる変化を見せた。
「おい待て風が変わったぞ?」
「うそ!」
「春一番だっ!」
「波が高くなってきた!」
「10時の方向に氷山発見!」
「氷山かすった! 船底にみずもれ!」
「塞いでくる、ハント手伝え!」
「おう!」
「ナミさん指針はっ!?」
「またずれてる!」
「なにっ!?」
これがグランドライン。
風も空も波も雲も、何一つ信じてはならず、信じていいものはログポースだけ。情勢は一瞬で変化し、激情のように緩急が流れていく。次から次へと襲い掛かる変化に、ただ一人ずっと寝ているゾロを除いた全員が船を駆け回ってそれに対処していく。
そして――
どうにかすべてを乗りきり、全員がぐったりとほっと一息をついて倒れこむ。
丁度その時。
「――ん~~~~~っ」
まるでそれを見計らっていたかのようなタイミグでゾロがノビをしながら起き上ってきた。
「おいおい、いくら気候がいいからってダらけ過ぎだぜ? ちゃんと進路はとれてんだろうな」
この瞬間ゾロに殺意を覚えなかった船員はいないだろう。もしも体力が余っていたのならそれはもうすさまじく文句を言っていたのだろうが、今の彼らにはその体力もなく、心の中でゾロを切り刻むだけで終わった。
荒れ狂うグランドラインがほっと一息をつけるほどに落ち着くというのは島が近い証拠でもあり、果して徐々にだが島が見えてきた。
「島だぁ!」
「でっけぇサボテンがあんぞ!」
そう、麦わら一味の一本目の航海が終わったのだ。
「それでは我々はここでお暇させていただくよ」
「送ってくれてありがとうハニー達」
Mr.9とミス・ウエンズデーが別れを告げて、船から海へと飛び込んでいく。もともと麦わら一味も彼らに対しての関心は薄いため、それに対する反応はほぼなく、それよりもウィスキーピークの反応に目を丸くさせていた。
「海賊だぁ!」
「ようこそ我が町へ!」
「グランドラインへようこそ!
住人がこぞって海賊を歓迎する酒造と音楽の盛んな町。
意気揚々とグランドラインへとやってきた海賊たちをその出鼻からくじく賞金稼ぎの町。
それが――
「――歓迎の町ウィスキーピークへようこそ!」
「いら゛っ……ゴホン。マーマーマーマーマ~♪ もてなしは我が町の誇りなのです。自慢の酒なら海のようにたくさんございます。あなたがたのここまでの冒険の話を肴に宴の席をもうけさせては頂けま゛ぜ……ゴホン。マーマーマ~♪ 頂けませんか?」
ウィスキーピーク町長のイガラッポイという男の第一声がそれだった。
なんというか特徴的な人だなぁとか考えつつも、本心から思ったのは『これはない』
いくら俺でも……うん、ない。
海賊を歓迎とか聞いたことがない……というかいくらなんでも怪しすぎる気がするんだけど。
これはいきなり大変なことになりそうだ。下手をしたらこのまま戦闘になる可能性もあるんじゃないだろうか?
そう思ってルフィたちを振り返ると「喜んでー!」
「……え?」
……あれ、幻聴か?
おかしいな。いくらルフィでもこんな怪しい誘いに乗るほど――
「肉あるか!?」
「俺様の武勇伝に腰を抜かすことになるぜ」
「おお、きれいなお姉さま方が俺をまっていやがる!」
――バカなのか?
声の順に、ルフィ。ウソップ、サンジだ。
3人がまるで子供みたいに顔を輝かせているのがこちらをまたなんともいえない気分にさせてくれる。
いくらナミと一緒にいたいからってちょっと俺選択を間違えたんじゃないだろうか。本気でそんな気分になって……いや、待った。
ナミとゾロが後ろで並んで、ルフィたちを呆れた目で見つめていた。
「……」
とりあえず、本当にとりあえず。
ナミとゾロの間にそっと体をすべり込ませておくとして。
「サンジってもう少ししっかりしてそうなイメージあったんだけど……本当は違うのか?」
思ったことを尋ねてみた。
それに答えてくれたのはゾロ。
「ああ、女が絡むとあいつはいつもあんなもんだぞ」
「……へぇ」
ナミに対して異常に紳士的で、ナミもそれを当然みたいに受け取ってるからナミの『先客』はサンジじゃないだろうか、なんて思ってたけどもしかしたら違うのかもしれない。現に今も鼻の下を伸ばしているサンジに対して、ナミの視線は嫉妬とか怒りとか寂しさとかそういうのじゃなくてただただ呆れというかそういう感じだと思う。そもそもナミなら自分の好きな男がほかの女に鼻の下を伸ばしていたらすぐにでも文句を言いそうなものなんだから、きっとそうだろう。
「この島のログはどれくらいでたまるの?」
ナミがイガラッポイに話を聞こうとしている間、俺だけ先に行く気にもなれるはずもない。特にやることもないので先に歓迎場へと足を運ぼうとしているサンジたちを見てみる……まぁ、確かにきれいな人も何人かい――
「――何見てるの、ハン「何も見てないですごめんなさい」
なんでばれた。
というか今イガラッポイと会話してなかったか?
「堅苦しい話はさておき、旅の疲れを癒してください」
そういってナミの肩を抱いて歩き出すイガラッポイ。ナミも「わ」と驚いたみたいだけど大して抵抗もみせないでそのまま歩き出す。
「……」
ナミの肩が誰かに、しかも今日初めて知ったおっさんに抱かれているというのはすさまじく不快な画だ。反射的にチョップでその腕を引きはがそうとして――
「――っ」
寸前でそれを止めた。
「ねぇ、ログは」
「まぁまぁ」
俺の動きに気づかなかったらしく、二人は俺に気づかずにそのまま足を運んで歓迎場となっているらしい酒場へと入っていく。
徐々に遠くなる二人の背中がより一層に自分を虚しくさせて、反射的に出していた自分の手を見つめる。
……何やってるんだ俺は?
俺はナミの彼氏じゃない。別にナミだって嫌がっている素振りを見せていたわけじゃない。それなのに……俺にいったいなんの権利があってあの腕をはがそうとしたんだろうか。ナミにとって先約なる人物がいる以上、俺はナミとどうこうなろうとかを考えるつもりはないと、そう心に決めている。
ナミにとって大事な人とナミが一緒にいることを何よりも優先するべきだということも、既に心に決めている。
わかっているのに……俺は今まるで彼氏気取りで動こうとした。
「……」
情けない。
自然と拳に力が入ってしまって、慌てて深呼吸を3度。ゆっくりと体を弛緩させて心を落ち着かせる。
「……ふぅ」
「ほらほらあなだ……ゴホン。マーマーマ~あなたも行きましょう」
「ってうわ、いつの間に」
イガラッポイがさっきナミと酒場に入っていったはずなのにまたわざわざ俺を連れて行こうとこっちにまで戻ってきていた。どんだけ酒を飲ませたいんだ。いつもの俺ならナミと飲みたいから、とかいう理由で行くんだろうけど、今の自分はあまりにも情けなくてナミと飲むという気分にもなれない。
そういうわけで首を横に振る。
「いや、悪いけど俺はいいよ。みんな行くみたいだし、船番でもしてようかな」
「まぁまぁ、そう言わず」
ナミの時と同じ要領で俺の肩を抱いてそのまま歩き出そうとする。
けれど残念。
「むっ……くっ……ふん!」
イガラッポイが必死になって俺を動かそうとしてるけど俺が動くことはない。体格はイガラッポイのほうが大きいけれどそもそもとして筋力が違いすぎる。必死になって頑張るイガラッポイを見てると少し申し訳ない気持ちになってしまうけど、だからといってそれで動いてあげようと思うほど彼と親しいわけじゃない。
数分ほどの死闘ののち、ついにイガラッポイが諦めてくれた。
「はぁ……はぁ……わ、わかりました。ではあとで数人の町人に酒や肉をもたせて運ばぜ……ゴホン、マーマーマ~。運ばせますので彼らと酒を酌み交わすというのはどうでしょう」
放置する、という選択肢はないらしい。
その必死さがなんだかおかしく思えてきて軽く笑ってしまいそうになる。
「……ま、数人くらいとならいいかも」
「では、そういう段で」
イガラッポイが満足そうに頷き、俺の後ろでのんびりとしていたゾロにも声をかける。
「あなたも――」
「――あぁ、こいつと少し話をしたらすぐ行く」
俺と違ってちゃんと酒場に行くという言葉に、イガラッポイは「わかりました」と笑いながら酒場へと入っていった。
少しだけ疲れたような背中のイガラッポイへごめんなさいと心の中で謝罪を重ねておく。
とりあえず心の中ですっきりとしたので俺に話があるというゾロへと顔を向ける。
「別にお前が誰を好きだろうと構わねぇが態度ぐらいはきっちりしとけ」
「……ん?」
いきなりなんだ?
「どっちつかずの態度が目の前にあるってのはイライラするもんだ」
「……」
あれ、これ……ばれてる?
「あいつのどこがいいかは俺にはわからねぇが」
そう言ってニヒルに微笑んで見せるゾロ。
ばれてるわ、これはばれてる。
「な、なんでそのことを」
「普通見てればわかるだろ、他の奴が気づいてるかは知らねぇが」
まだ麦わらの一味になって大した時間もたっていないのに、俺ってそんなにわかりやすい態度に出てたろうか。
「ま、今晩くらいはのんびり考えるんだな」
言葉のまま、ゾロは俺を置いて酒場へと歩き出す。
……気を使ってくれたのか?
なんとなくそんな気がする。
ゾロのどこかぶっきらぼうな優しさを感じて少し恥ずかしいような、うれしいような、そんなむず痒い気分だ。
「ありがとう、ゾロおにいちゃ――」
「――おにいちゃんはやめろ!」
「わかった、ゾロお兄様!」
「よしそこに直れ、ぶった切ってやる!」
恥ずかしいから真面目には言えないけど、本当にありがとうな、ゾロ。
「うぉばか! 真剣を振り回すな、おにいちゃま!」
「殺す!」
まったく、照れ屋なやつだ。
「雲一つない穏やかな夜の空。大きな月がぽっかりとそこに浮かんでいた。満ちた姿を僅かに欠けさせながらも、それから降る光は優しく、そして幻想的ななにかすらをも感じさせる。サボテン岩が月光に踊り、水面に揺れる月が更なる光を求めて揺れる。そう、その光はまるでメリー号の甲板で一人晩酌を楽しむ青年の心を映し出しているようだった。甚兵を着込んだ青年は酒を流し込み、そして息を吐く。けれど青年の心は所詮は水面で、決して一定の姿を刻むことはない。だから青年は結局、空を仰いで月へと語りかけるのだ……『俺って詩人にはなれそうにないな』と」
なんか詩人っぽく独り言を呟いてみた。
酒の力で頑張ってみたけど気持ち悪いからやめよう。
酒を飲んでて別の要素で気持ち悪くて吐くとか嫌すぎる。
……まあ、でも。
たぶん俺じゃなくてもさっきの意味不明な言葉を呟きたくなる男はいるんじゃないだろうか。
「……はぁ」
我ながら何度目かすらわからないため息をついて、また月を見上げる。
「態度をはっきりと、ねぇ」
ゾロに言われた言葉、それがすべてだった。
どうしたいのか、それを問われれば答えは決まっている。
なにせ俺はナミが好きだ。
それはもう自分でも気持ち悪いと思うぐらい好きだ。
ナミのう○こなら食べ……あ、やっぱこれは無理そうだけど。
まあ、でも誰に何を言われようと好きなものは好きだ。
気づけば好きになっていて……8年ほど会えない時間もあったけど。その間にも俺はナミのことを忘れたことなんかなかった。ずっと頭の片隅にナミがいて、どんな女性になっているかを想像したりして、いざ会ってみると想像なんか比べられないくらいに美人になっていて。
けど。
「先約がいるんだもんなぁ」
ナミには先約なる人物がいる。
俺の会えなかった8年の間にできた先約なる人物が。
ナミの好きな人と一緒にいるのがナミにとっていいに決まっている。ナミに好きな人間がいるのなら俺の出る幕なんかない。俺が今ここにいるのはルフィが誘ってくれて、ナミの側にいれたらいいと、ただそれだけを思ったから。
別にどうこうななろうと思ってこの船に乗ったわけじゃない。ただの兄でもいいと思ってこの船に乗ったのに……態度をどうするかなんてもう決めていたのに。
それなのに、俺はいまだにどうしたいかを考えている。
師匠がいたら『情けない』と笑い飛ばされそうだ。
ベルメールさんには『情けない』と、げんこつをもらいそうだ。
「ホント情けない」
ルフィたちが騒いでいる酒場から聞こえる喧噪のなかで、今もナミは笑っている。きっと楽しく酒を飲んでいる。
それが全て。
そう、それが全て。
「……邪魔だけはいけないよな」
ナミを困らせることだけはしたくなかった。
だから、答えは一つだ。
「……悩むことなんてない」
それを言い聞かせて、ずっと片手で遊んでいた酒の盃を飲み干す。
「……諦める。この想いは今日で最後」
左手の残っていた酒瓶の蓋をあけ、それを一気に飲み干そうとして「こんなとこにいたの?」
「!?」
両腕に酒瓶を数本ほど抱えたナミがそこにいた。
酒に強いはずのナミの白い肌を染める微かな赤が、月光に踊るように照らされている。
うむ、色っぽい。
諦めると決めた瞬間にそんな色っぽい姿で登場するのは本当にやめてほしい。
「一人で船番?」
「ん、ああ……まぁそんなところかな。ナミはどうしたんだ?」
「どうしたって……ハントがいなかったから探しに来たの」
「ぇ」
ドキリとさせられることを平然と言ってくれる。「はい」とナミに差し出された酒瓶の一本を受け取りつつも「ちょっと飲みすぎじゃないか?」と尋ねてみる。
「んふふ、まだまだいけるわよ?」
俺の隣に腰を落ち着けて、赤く染まった頬を緩ませてどこか自慢げに笑うその姿がどことなくベルメールさんを彷彿とさせるもので、ついつい笑いそうになってしまった。けど、それがあまり良くなかったらしい。
「なによ、ハントったら。ルフィたちと遊んでるときは子供っぽいくせに急に大人ぶって」
酒瓶をそのままに喉へと流し込み、文句を言われてしまった。
ちょっと飲みすぎな気がする。
俺が大人っぽくなってるとかじゃなくて多分ナミが子供っぽくなってるだけだ。
もちろんそれを言っても今のナミが認めるわけがないから言わないけど。
「はいはい、それで?」
「?」
なぜそこで首をかしげる。
「いや、俺に用があったんだろ? わざわざ探しに来たってことは」
じゃなきゃナミがわざわざ俺を探しにくるわけがない。
「……」
「宴会がやっぱり罠でウィスキーピークの連中が襲い掛かってきたとか? ……っていうわりにはまだ酒場から楽しそうな声が聞こえてきてるし、そういうわけでもなさそうだよな……あぁ、酒の肴になりそうな魚でも獲って来いってか? いやさすがに俺も軽く酔ってるし夜の海は視界が効かないから嫌だぞ?」
「……」
「……ナミ?」
あれ、返事がない。
「……」
「……ナミさーん?」
「……」
「無視ですか?」
「……」
「無視かよ!」
「……」
「しかもなんでちょっと不機嫌そう!?」
俺にどうしろと!?
エスパーですか!
俺はエスパーですか!?
「……たの」
せっかく何か言ってくれたけど声が小さすぎて聞こえなかった。
「ん、なんて?」
「……飲みたかったの」
「……?」
なんだかナミの態度がしおらしい。急にどうしたんだろうか。
「お酒を」
「…………?」
いや、うん。それは見てればわかるけど。
「ハントと」
不意打ちだった。
心臓が跳ねた。
「………………なん、で?」
できるだけ冷静に言ったつもりだったけど、口がどうしてかぎこちなくしか動かなかった。
「だって……飲みたかったんだもん」
「……っ」
俺の質問に、ナミの答えは答えになっていない。
それなのに。
その言葉は、今晩の俺の結論の全てを瓦解させた。
――ああ、だめだ。
気づいた。
いや、気づいてしまった。
――俺には。
だめだ。
ナミには好きな人がいる。
絶対にだめだ。
ナミには好きな人がいる。
わかってる。
わかってるんだ。
なのに。
俺の血が、肉が、衝動が、心が、思考が、すべてが。
言うことを聞かない。
「船番するなら私にも言いなさいよ、ハントのバカ」
口を尖らせて、軽くすねたように呟くナミが――
きっといつもなら軽い照れ隠しを混ぜながら俺を怒鳴りつけているだろう。でも、今はもしかしたら酒が入っているせいかもしれない。両手の人差し指の指先をつんつんと重ね合わせながら何かをこらえるように、いじらしく言うナミが――
――好きだ。
「きゃ!?」
気付けばナミを抱きしめていた。
「っ」
離れないといけない。
反射的にそう思って、なのに、体は動かない。
動きたくなくて、動けない。
いっそのことナミに突き飛ばされでもしたら俺はナミのことを諦められる。そんなことをぼんやりと思った。
けど、ナミは俺のことを突き飛ばさずに、それどころか――
「な、ナミ?」
――背中に腕を回してきたわけで。
「あたたかーい」
ナミが俺の肩に頭をのせて、言葉を落とす。
「……っ」
ナミの甘い香りが鼻を突き抜け、理性に直撃する。
ナミの柔らかい感触が肌を突き抜け、本能に訴えかける。
もっと強く抱きしめていいんだろうか、とか。このままもう押し倒してもいいんだろうか、とか。体に力を込めようとして、ナミの先約の人はいいんだろうか、とか。そういえば歓迎会が開かれてにぎわっていたはずの酒場からの騒音が消えてるな、とか。理性が働いて、止まる。
もう何が何やらわからない。いろんな思考が脳内を巡り巡ってほとんど思考停止状態に陥ってしまっていた。
そんな状態で数分か……いや下手をすれば数時間か。多分それぐらいの時間が過ぎて、どうすればいいかわからなくなって「な、ナミ」と声をかけてみる。
そっと、俺の肩に乗っていたはずのナミの頭が動き、俺の眼前にまで迫っていた。俺の視界を埋め尽くすほどのナミの顔に目を外せなくなる。
こんなに近くでナミの顔を見て、ただ思う。
きれいだなぁと。
いや、まぁ正確にはあれだ。
びじかわいいだけど。
……久しぶりにこれを使った気がする。
「ハント」
「……」
あまりにも近いナミの言葉に、俺はとっさに返事をできなかった。
金縛りにあっているかのように体が動かず、脳が何かに浸食されているかのように思考が働かない。
ナミの吐息が酒臭い……はずなのに、どうしてか甘い。
「ねぇ、ハント?」
確認するかのように俺を呼ぶナミが、今度は俺の言葉を待たずにまた口を開こうとして――
――ドン、と。
穏やかとはいえない音が響いた。
「……銃声?」
やっぱり罠かなんかだったわけか。
多分、唯一まともだったゾロが戦闘を開始したということだろう。この町には大したことのある人間はいない。それはもうわかっていたけども、もしも町ぐるみの罠ならば多勢に無勢もありうる。
ゾロがやられるとも思えないけどさすがに放置しているわけにもいかない。
「……ふぅ」
そっと、ナミを離す。
「……行くの?」
「ん、まぁさすがに無視ってわけにもいかないだろ?」
「……そうね」
立ち上がる。
あぁ、ナミの温もりが欲しい。
ナミを置いて船から降りて、一つだけため息を落とす。
俺はナミが好きだ。この気持ちを諦めることはできそうにない。
だから諦めない。
突っ走る。
あとのことはなるようになれ、だ。
それを、決めた。
「ゾロには報告しとかないと」
ゾロの後押しもあったから今回俺の考えもまとまったようなものだ。報告しないわけにはいかない。
とりあえず銃声のほうに行くか。
うん、なんか決めたら楽になったな。
……しかし今日のナミはなんかエロかった。
船から徐々に離れていくハントの背を追って視線を動かしていたナミがため息を落とした。
「もう」
置いてあったタオルで顔をぬぐいながら苛立たしげに呟く。
「……ヘタレすぎ」
じっとハントの行く先を見つめるナミの表情を月光が照らし出す。
彼女の綺麗な白い肌が夜の光に映えていた。
この後、ミスウェンズデー、本名はビビというアラバスタの王女とその飼い鳥を船に乗せ、さらには王下七武海の一人、クロコダイルに狙われるようになることを、まだ彼らは知らない。
後書き
ウィスキーピークはこれで終わり。
番外はこんな感じでざっくりといきます。
原作覚えてない方はきついかもしれませんが、これが作者の技量の限界です。
申し訳ないです(汗)
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