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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第三章 始祖の祈祷書
  第二話 ルイズの恋心

 
前書き
 デッレデレ~ 

 
 どうしよう……
 ルイズの様子が変だ……

 アルビオンから学院に戻ってきてから、ずっと困惑が続いている。 
 理由ははっきりしている。アルビオンから帰ってきた翌朝から、ルイズの態度が変わったことだ。
 一言でいうと、やたらと甘えるようになったのだ。
 確かに以前からルイズには、時折甘えてくるようなことはあったのだが、最近のルイズの態度は少し? 度を越していた。 



 例えば……朝いつも通りルイズを起こすと、ルイズは眠そうに目をこすりながら俺の服の袖を掴むと、甘えるように寄り寄ってきたり、以前まで顔を洗うのは自分でやっていたが、急に使い魔の仕事の一つだと言って、俺に洗わせるようになった。

 例えば……夜寝る際、俺はドアの近くに布団を敷いて寝ていたのだが、使い魔の仕事だと言われて一緒に眠るようになった。
 もちろん、最初断わった。しかし、ルイズにすがり付くようにして抱きつかれ、涙で潤む目で上目遣いに見上げられ、震えた声で「ダメ…?」と言われ続けたら、さすがに断ることは出来なかった。
 
 例えば……アルビオンから戻ってきてから俺は、アルヴィーズの食堂で食事をとるようになったのだが、いつもルイズの横で食事をとるよう指示されることだけで無く、たまに……
 
「ほらシロウ、これも美味しいわよ。口開けて、ほらあーん」

 なんて言っては、ご飯を食べさせようとするようになった。

 ハッキリ言ってこれが一番辛い……何といってもアルヴィーズの食堂は人が多い、その中での『あーん』だ、視線が痛すぎた。特にロングビルとキュルケのこちらを見る目が、痛みを伴うほどの視線を向けてくるのがキツかった。

 
 



 一体どうしたんだルイズは……

 今、士郎の目の前では、ルイズがクラスメイト達に取り囲まれていた。
 ルイズが教室に入るやいなや、すぐにクラスメイト達がルイズを取り囲んだのだ。
 これはルイズだけで無く、キュルケたちも同様であった。
 ルイズ達がアルビオンから戻ってきてからずっと続いていることだった。
 
 どうやらクラスの何人かの生徒たちが、士郎たちが魔法衛士隊の隊長である、ワルドと共に魔法学院から出ていく所を見ていたことから、ルイズ達が学院を数日空けていた間に、なにか危険な冒険をして、とんでもない手柄を立てたらしいという噂が流れたため、それを確かめようとクラスメイト達が質問攻めにしたのだが、ルイズが何も話さなかったことから、あれから数日経ったにもかかわらず、ルイズから何かを聞き出そうとするのを続けているのだった。



 士郎が教室の中を見回すと、キュルケとタバサ、ギーシュはすでに席についており、その周りにも、やはりクラスメイトの一団が取り囲んでいたが、その大部分は女生徒であった。
 
 どこの世界も女は噂好きか……。
 
「ねえルイズ、あなたたち、授業を休んでまで一体どこに行っていたの?」
 
 腕を組んで、そう話しかけたのは“香水”のモンモランシーであった。
 

 まあ、妥当か……。
 
 周りからどんなに質問されても、キュルケは優雅化粧を直し、タバサはじっと本を読んで相手にしていない。
 タバサはぺらぺらと話すような性格ではないし、キュルケはお調子者のように見えるが、しっかりとしており、口は軽くないだろう。  
 なら口を開く可能性があるのは、あとはルイズと……。
 
「はぁ、またか(・・・)、少しは考えろ……」


 士郎はため息をつくと、クラスメイト達に取り囲まれて浮かれているギーシュに近づいていく。

「あっはっはっはっ! そんなに君たちは聞きたいのかね? ぼくが経験した秘密を知りたいかね? ふっふっふっ」
 
 ギーシュは女生徒に取り囲まれて鼻を伸ばすと、足を組みながら人差し指を立てると、ニヤニヤしながら口を開いた。

「実はだっ――! 何をするん……だ……ね……シ、ロウ……さん……」
「お前は何をしているんだギーシュ」

 頭に走った衝撃に驚いたギーシュは、頭に手を当てながら慌てて振り返ると、呆れた顔をした士郎が立っていることに気づくと、冷や汗を垂らしながら崩れた笑顔を浮かべた。

こいつは本当に事の重大さを分かっているのか?

「ギーシュ……口が軽いと、姫さまに嫌われるぞ」

 士郎が冷や汗を浮かべるギーシュの耳元にぼそっと囁くと、ギーシュは流れる冷や汗を脂汗に変え、頭を壊れた玩具のように上下させた。
 クラスメイト達は士郎とギーシュの様子を見て、「なにかある」と思っていたが、士郎のことにあまり知らないクラスメイトたちは、貴族さえも軽々と倒してしまう士郎に気後れし、近づくことができないでいた。
 
 調子がいいのはいいが、もう少し節度を持って欲しいんだがな、こういうところも似ているか?
 全く、人の噂は七十五日と言うが……長いな……。
 何か皆の意識を逸らすような良い案がないか……ルイズ?

 士郎がクラスメイト達からの質問の矛先を変える方法を考えていると、いつの間にかそばに来たルイズが士郎の外套の端を掴むと、微かに赤く染まった顔を逸らしながら文句を言ってきた。

「いつまで喋っているのよシロウ。さっさと来なさい、もうすぐ先生が来るわよ」
「おっ、おい、ルイズ」

 士郎はルイズから外套を引っ張られると、自然にルイズの隣りの席に着かせられる。
 
 本当にどうしたんだルイズは? これじゃあまるで……はは……まさかな……。
 ないな、ルイズに限って。まあ、多分不安なんだろう、アルビオンでの事は、年頃のルイズには辛いことだっただろうし、不安になるのは仕方ないか。
 
 士郎が的外れなことを考えて勝手に納得していると、教室にコルベールが入ってきて、授業が始まった。

 




「さてと、皆さん」
 
 コルベールは禿げ上がった頭を、ぽんと叩く。
 彼はついこの間までは、ロングビルが家出した! 学院長のセクハラでついに逃げ出してしまった! と騒いでおり、それに同調した学院の女性たちと一緒になり、学院長に『もうセクハラをしません』と一筆書かせた誓約書を書かせるなどの快挙を成し遂げ、最近女生徒たちからの人気が上がっているのであった。
 その彼が今、妙に機嫌が良いのは、別に女生徒達からの人気が上がったからではなく、何よりも好きな研究を発表出来る機会である授業が始まるからであった。
 
 士郎は最初、コルベールの事は警戒していた。落ち着いた雰囲気を漂わせ、生徒想いなところを見ても、彼から匂う血の匂いが士郎に警戒心を抱かせていた。
 しかし、何度もコルベールと話しをすることで、彼が本当に優しい人だということを理解してからは、趣味があったことからも、教師の中では一番仲良くなったのだった。

 へぇ、コルベールさんの機嫌がいいな、とういうことはアレ(・・)が完成したのかな?
 しかし、本当にすごいな。もしかしたら彼は、エジソンやノーベルと並ぶ天才なのかもしれないな。

 コルベールは嬉しそうにニコニコと笑いながら、教壇の上に、でんっ! と机の上に妙なものを置いた。
 
「それはなんですか? ミスタ・コルベール」
 
 生徒の一人が質問する。
 それは奇妙なものだった。
 長い、円筒状の金属の筒に、これまた金属のパイプが延びている。パイプはフイゴのようなものに繋がり、円筒の頂上には、クランクがついている。そしてクランクは円筒の脇にたてられた車輪に繋がっていた。
 そしてその車輪は扉のついた箱に、ギアを介してくっついている。
 
 おお、設計図の通りだな、さて、ちゃんと動くかが問題だが。
 
 士郎が知らずの内に手に汗を握り、若干身を乗り出し気味に見ていると、それに気付いたキュルケとルイズも興味深げに見始めた。
 ……タバサは相変わらず本を読んでいた。
 コルベールはおほん、ともったいぶった咳をすると、語り始めた。
 
「えー、“火”系統の特徴を、誰かこのわたしに開帳してくれないかね?」
 
 そう言ってコルベールは、教室を見回すと、教室中の視線がキュルケに集まった。ハルケギニアで“火”といえば、ゲルマニア貴族である。その中でもツェルプストー家は名門であった。そして彼女も、二つ名の“微熱”の通り、“火”の系統が得意なのであった。
 キュルケは面倒だと思いながらもしっかりと答えた。

「情熱と破壊が“火”の本領ですわ」
「そうとも!」
 
 自身も“炎蛇”の二つ名を持つ、“火”のトライアングルメイジであるコルベールは、にっこりと笑って言った。

「だがしかし、情熱はともかく、“火”が司るものが破壊だけでは寂しいと、このコルベールは考えます。諸君、“火”はつかいようですぞ。使いようによっては、いろんな楽しいいことができるのです。いいかねミス・ツェルプストー。破壊するだけじゃない。戦いだけが“火”の見せ場ではない」
「それはどういうことでしょうかミスタ・コルベール。もしかしたら、そこの奇妙なものが何か?」
 
 キュルケが机の上にある、蛇の形をした何かを指さしながら聞くと、コルベールは奇妙な笑い声を上げながら頷く。

「うふ、うふふふ。よくぞ聞いてくれました。これは私が発明した装置ですぞ。油と火の魔法を使って、動力を得る装置です」

 クラスメイトはぽかんと口を開けて、その奇妙な装置に見入っている。士郎は、口の端を少し曲げた。
 コルベールは話しを続ける。

「まず、この“ふいご”で油を気化させる」
 
 コルペールはしゅこっ、しゅこっ、と足でふいごを踏む。

「すると、この円筒の中に、気化した油が放り込まれるのですぞ」

 慎重な顔で、コルベールは円筒の横に開いた小さな穴に、杖の先端を差し込んだ。
 呪文を唱える。すると、断続的な発火音が聞こえ、発火音は、続いて気化した油に引火し、爆発音に変わる。
「ほら! 見てごらんなさい! この金属の円筒の中では、気化した油が爆発する力で上下にピストンが動いておる!」
   
 すると円筒の上にくっついたクランクが動き出し、車輪を回転させた。回転した車輪は箱についた扉を開く。するとギアを介して、ぴょこっ、ぴょこっと中から蛇の人形が顔を出した。
 
「動力はクランクに伝わり車輪を回す! ほら! すると蛇くんが! 顔を出してぴょこぴょこご挨拶! 面白いですぞ!」
 
 コルベールさん、確かに凄いが、あまりはしゃがない方がいいのではないのか?
 コルベールと生徒たちとの間にある温度差に士郎が呆れていると、ぼけっと反応薄げにその様子も見守っている生徒の中の一人が、とぼけた声で感想を述べた。

「それで? それがどうしたって言うんですか?」
 
 コルベールは自慢の発明品が、生徒たちにほとんど理解されなかったことが悲しかったのか、唯一の理解者である士郎に涙目になった顔で、すがるように見た。

「……なんでさ」
 
 男がやっても可愛くも何ともないんだが、まあ、しょうがないか。
 
 士郎は自分に教室中の視線が集まるのを感じると(タバサは窓から差し込む陽気にウトウトとしている)、ため息を吐きながら立ち上がり、説明を始めた。

「あ~、俺が召喚される前に住んでいた国では、このような装置を『エンジン』と言ってだな。これを船や荷車に取り付けることによって、馬や風がなくても動かせるようにしているんだ」 
「そんなの、魔法で動かせばいいじゃないじゃない? なにもそんな妙ちきりんな装置を使わなくても」

 生徒の一人がそう言うと、他の生徒たちもそうだそうだと言わんばかりに頷きあう。

 まあ、この世界ではそうだよな。

 士郎は周囲の反応に苦笑いすると、さらに説明を続けた。

「まあ、確かにそうだな。しかし、この装置の利点は、メイジがいなくても使えるということと、疲れ知らずという点だ。例えばだな、早く船を動かすため、帆に風を送るメイジを雇おうとすると、船を出すごとに何度もメイジと契約しなければならない。しかも、メイジは人間だ、休息も必要だし食事も睡眠も取らなければならない」

 士郎はそこで言葉を切ると、教室を見渡した。
 生徒たちは、それぞれ思うところがあるのだろうか、難しい顔をする者や頷く者(タバサは読んでいた本を枕にして眠っていた……)等色々いたが、興味薄げだった生徒たちは、いつの間にか興味が出てきたようだった。
 士郎はそれを確認すると話しを続ける。

「しかし、一度この装置を取り付ければ、燃料が尽きない限り、ずっと動かすことが出来る……メイジがいなくても(・・・・・・・・・)な、もちろん、故障すれば動かなくなってしまう等の欠点等があるが、それでもメイジがいなくても、平民だけで動かせるという利点は大きいだろう。特に商人などは、これがもっと改良され、ある程度の結果を出せるようになれば、飛びつくだろうな」
「メイジがいなくても……」 
 
 生徒の一人が惚けた様な声を漏らした。

「そうです!そうなんです! やはりシロウくんは素晴らしい! まったくその通り! 私の言いたいのはそのことだったのです!」

 コルベールが胸を張ってそのように言うと、教室中の生徒が疑いの眼差しをコルベールに向ける。
 コルベールは生徒たちの反応に顔に汗を滲ませると、顔を勢い良く教壇の上にある蛇の人形に向け、乾いた笑いを浮かべた。

「ハッ、ハハハッ……さ、さて皆さん。誰かこの装置を動かしてみないかね? な、なに! 簡単ですぞ! 円筒に開いたこの穴に、杖を差し込んで“発火”の呪文を断続的に唱えるだけですぞ。ただ、ちょっとタイミングにコツがいるが、慣れればこのように、ほら」
 
 コルベールはふいごを足で踏み、再び装置を動かした。爆発音が響き、クランクと歯車が動き出す。そして蛇の人形がぴょこぴょこ顔を出す。
 
「ゆ、愉快な蛇くんがご挨拶! このように! ご、ご挨拶……」
 
 しかし、誰も手を挙げようとしない。只々コルベールに白い目を向けるだけ。
 コルベールは肩を落としてため息をついた。
 すると、モンモランシーが、ルイズを指差す。

「ルイズ、あなたやってみたら」

 最近妙に目立ってるのよねルイズってば、これで失敗して、少しは恥ずかしい思いをすればいいのよ。

 モンモランシーが内心でほくそ笑んでいると、そうと知らず、コルベールの顔が輝いた。

「なんと! ミス・ヴァリエール! この装置に興味があるのかね?」
「いえ、全く」
 
 ルイズ……容赦ないな……。

 モンモランシーの言葉を聞いたコルベールは、顔を輝かせると、喜び勇んでルイズに問いただしたが、ルイズは冷めた態度で言葉短くそれを否定する。
 コルベールは顔を俯かせると、肩をさらに落として落ち込んだが、ルイズは何か難しい顔なり、考え込むような仕草をした。
 ルイズの反応に訝しげな顔をするも、モンモランシーは挑発を続ける。

「最近、なにか秘密の手柄を立てたあなたなら、あんなこと造作もないはずでしょ? やってごらんなさい? ほら、ルイズ、やってごらん」
「そう、ね……」

 ルイズ? どうしたんだ、いつもなら、すぐに言い返すはずなのに。

 士郎はルイズの態度に違和感を感じて、ルイズの顔を見つめていると、不意にルイズが顔を上げ、士郎の顔をじっと見つめてきた。
 
 な、なんだ? ほんとどうしたんだルイズは?
 
「る――」
「分かったわ」

 士郎がルイズに声を掛けようとすると、急にルイズが立ち上がると、無言でつかつかと教壇に歩み寄っていった。
 それを見たキュルケは、慌てて立ち上がると、モンモランシーに向かって声を上げた。

「ちょっ、ちょっとモンモランシー。ルイズを挑発しないでよ! 爆発するでしょう!」
 
 キュルケはそこまで言うと、しまったとでも言うような顔をして、手を口に当てると、おずおずとルイズに振り向いた。
 教壇の上のルイズは、キュルケの言葉を聞くと、目尻を吊り上げた。それを見た前列の席に座った生徒たちが、こそこそと椅子の下に隠れ始める。(タバサはいつの間に移動したのか、椅子の下に隠れて、そこで本を枕にして眠っていた)
 キュルケの言葉で、ルイズの実力と結果と二つ名の由来を思い出したコルベールは、その決心を翻そうとして、おろおろと説得を試みた。

「あ、いや、ミス・ヴァリエール。その、なんだ、うむ。また今度にしないかね?」
「……」
 
 ルイズは無言である。一度士郎をチラリと見ると、ルイズはコルベールがしていたように、足でふいごを踏んだ。気化した油が、円筒の中に送り込まれる。
 それを見たコルベールがさらに必死に声を掛ける。

「み、ミス・ヴァリエール!きっ、君の実力を疑うわけではないが、魔法はいつも成功するというわけではないじゃないか! ほ、ほらっ! 言うではないか! ドラゴンも火事で死っ……ひっ!」

 コルベールが必死にルイズを止める中、ルイズは淡々と蛇の人形を動かすため、円筒に杖を差し込んで呪文を詠唱した瞬間、やはりというか何というか……爆発した。
 
 はあ、やはりか、事前に準備しておいて良かったな……っ!

 コルベールが恐怖の悲鳴をあげようとした瞬間。士郎はため息を吐きながらも、ルイズが教壇に向かう間に投影した、鋼鉄製の箱のようなものを持って教壇まで風のように走り寄ると、それを円筒と装置に上にかぶせた。
 次の瞬間、ドゴンっという音と共に、鋼鉄製の箱の中で円筒が爆発したが、教壇が破壊されただけの被害ですんだ。
 ルイズは頬に汗を一雫垂らすと、腕を組むながら顔を逸らして呟いた。
 
「……ミスタ・コルベール。この装置、壊れやすいですね……」
 
 コルベールは両目から滂沱のように涙を流すだけで何も反応しなかったが、代わりに周りの生徒たちから反応があった。

「いや! そうじゃないだろ!」
「壊れやすいって、……無茶苦茶だ!」
「どうして! ねえ! どうして! 本当どうやって爆発させてるのよっ!」

 ルイズに向かって非難轟々の中、モンモランシーが立ち上がると、教壇だけの破壊ですみ、ほっとした顔をして汗を拭う士郎に目を向け、勝ち誇ったような顔をルイズに向けた。

「よかったわねルイズ、優秀な使い魔がいて」
「っ!」
 
 ルイズは唇を噛み締めると、士郎から顔を逸らしながら席に戻っていった。
 
 ルイズ……本当にどうしたんだ?







 その夜……。
 士郎がルイズの部屋でコルベールからもらってきた椅子に座って本を読んでいると、ベッドの上に座り込み、上の空で天井を見上げていたルイズが急に立ち上がると、クローゼットに向かって歩き出し、中から寝間着を取り出した。
 
 もう寝るのか、それじゃ、そろそろ俺も軽く稽古したあとで寝るかな。
 
 ルイズが寝間着を取り出すのを見た士郎が、本を閉じようとすると、いつの間にかルイズが目の前に立っていた。  
 
「……っし、し、ししっし」
「ルイズ?」

 顔を真っ赤にしたルイズが、カタカタと震えながら、右手に持った寝間着を士郎に差し出している。
 それを訝しげに士郎は見つめていたが、何かに気づいたようにハッと真っ赤になったルイズの顔を見た。
 
 る、ルイズ……まさかお前……。

「し、士郎……き、着替えさせて……」
 
 やはりか―――! やはりそれか―――!!! さっさすがにこれはやばいだろっ!!! 
 
 ルイズは顔を真っ赤にしていたが、士郎は顔を真っ青にしていた。
 
 いや、ルイズ、それはやばいだろ、ほんとどうしたんだ?
 
 士郎が混乱している中、ルイズは顔をますます真っ赤にさせていたが、突然持っていた寝巻きを背中に隠すと、後ずさりながら顔がブレる程の速度で左右に振り始めた。

「あっ、アハハ……うっうそうそ。その、そのねっ……ちょっとからかっただけなのっ! ほらさっさと出ていく、着替えるんだからもうっ!」
「あっ、ああ」

 士郎はルイズの突然の態度に戸惑いながらも、ドアに向かい、ドアノブに手を伸ばした瞬間、後ろからルイズのぼそぼそとした声が聞こえた。

「しっ、シロウ……今日も一緒に……その……ね……寝てくれる……」
「あっ……ああ、別に構わないが」
「そっ、そう!」

 士郎が戸惑いながらも頷くと、ルイズは妙に弾んだ声で頷いた。
 
「そっ、それじゃ、先にベッドにいるから……ね」
 





「士郎の世界には、魔法使いが五人しかいないのよね」
「? あ、ああ」

 夜、士郎はルイズに言われた通り、ルイズと一緒のベッドの中で横になっている。
 すると、士郎がルイズのベッドの中に入ってしばらくして、ルイズが唐突に話しかけてきた。
 
「でも、その代わりに魔術師がいるのよね」
「まあ、な」
「それで、士郎もその内の一人なのよね」
「そうだが、いきなりどうした?」
「……」

 急にどうしたんだルイズは?
 
 唐突なルイズの質問に、士郎が疑問を浮かべるも、暗い天井を眺めながら相槌を打つと、ルイズは少し黙った後、また士郎に話しかけてきた。

「士郎は前に言っていたよね、自分は三つしか魔術を使えないって」
「ああ、確かに言ったな」 
「その、ね……その」
「?」

 ああ、そうか……全くルイズは優しいな。

 何か言おうとするも、躊躇う様子をとるルイズに、何を言おうとしているのか予想がついた士郎は、暗闇の中、苦笑すると、ルイズに優しく話しかけた。
 
「ルイズ、もしかして、俺の魔術師としての実力を知りたいのか?」
「っ! ご、ごめんなさい……その」
「謝るようなことではないさ、隠すようなことでもないしな……まあ、そうだな、俺の魔術師としての実力は、三流以下と言ってもいいぐらいだな」
「えっ……そう、なの?」

 ルイズが暗闇の中、予想していた答えにも関わらず、士郎の答えに驚いたルイズは、隣にいるはずの士郎に振り返るも、雲がかかっているのか、明かり一つない部屋の中では、士郎の顔を窺うことは出来なかった。
 
「ああ、俺は才能というものに全く恵まれていないようでな、魔術の才能も……剣の才能にもな」
「えっ! 士郎に剣の才能がない?」

 ルイズは驚きのあまり、思わず見えないはずの士郎の顔をまじまじと見つめてしまう。
 魔術の方は良く分からないが、剣の方は、士郎の戦いを何度も見たことのあるルイズにとっては、今の士郎の言葉は信じられなかった。なにせ、あのグリフォン隊の隊長であるワルドを軽々と倒してしまうほどの実力を持っている士郎が、剣の才能が無いなどとは、到底納得することなど出来なかった。

「ああ、俺は一つのことを覚えるためには、十以上繰り返さなければ覚えられない、一つの技を習得するためには、百以上繰り返さなければ習得出来ない、どんなに鍛えたとしても、英雄と呼ばれる者たちのように、超一流になることは出来ない、どんなに努力したとしても精々一流が限度だな……」
「……でも、一流にはなれるのよね」

 士郎の言葉に、どんなに努力したとしても、結果が全く現れない自分のことを振り返ったルイズは、ポツリと羨むような声を出すと、ポンッ、と士郎の手がルイズの頭に乗せれられた。

「あっ……」
「ルイズ、剣と魔術の実力のつき方は全く違うものだ。剣の実力は、努力すれば誰でもある程度は付くようになるが、魔術の実力は、いくら才能があったとしても、扱う魔術との相性などが良くないと思うように実力が付かないものだ」
「……ん」

 ルイズは暗闇の中、赤くした顔を俯かせながら、士郎の言葉に頷く。

「かく言う俺も十八を過ぎるまでは、まともに魔術を使えなくてな」
「ふ~ん……え?」

 士郎の言葉に、顔を赤くしながら頷いていたルイズは、またもや予想外の士郎の言葉に驚きの声を上げた。

「ど、どういうこと?」
「まあ、簡単に言うとな。俺は十八を過ぎるまで、自分のことをあまりにも知らなすぎたということだ」
「自分のことを、知らなすぎた?」
 
 士郎の言葉に、ルイズはベッドの上で仰向けに寝ながら、器用に首を傾げると、それに合わせるかのように、士郎は話しを続けた。

「ああ、ルイズに分かりやすく言うのなら、自分の系統を知らずにただ闇雲に練習していたようなものだな。だから魔術を使ったとしても、ある程度形にはなるが、中身が無い、といった感じになったんだ」
「その……わたしの爆発みたいな感じ?」
「まあ、そのようなものだな」

 ルイズがおずおずと士郎に声を掛けると、士郎は何の気負いも無く頷いた。
 士郎の返事を聞いたルイズは、わずかに喜色を顔に浮かべたが、慌てて士郎から顔を逸らした。

「だが、ある時、自分のことを知ってからは、それを理解して魔術を使うようになると、魔術が成功するようになったんだ」

 ふむ、そろそろルイズに話すべきか?
 
「だからなルイズ、お前も焦らなくても良い。いずれ君に合う系統がわかる……きっとな(・・・・)……」
「シロウ?」

 士郎の言葉に何かの含みを感じたルイズは、訝しげに士郎の顔があるだろう方向に顔を上げるも、相変わらず士郎の顔を見ることは出来なかった。

「シロウ、あのね……その……あっ」

 ルイズが士郎に向かって何かを言おうとしたが、それを遮るように士郎がルイズの頭に置いていた手を動かした。

「もう夜遅い、明日も学校だ。そろそろ寝ようか」
「あ……うん、そう、ね……」

 士郎の言葉に、渋々といったようにルイズは頷くと、ゴソゴソと体を動かして隣に眠る士郎に寄り添った。




 
 ああ、何か懐かしいと思えば、そうか、イリヤだ……。

 寄り添うように近寄ってきたルイズに、驚きながらも、どこか懐かしい思いに囚われた士郎は、その理由に気がつくと、懐かしげに目を細め、再度ルイズの頭に手を置く。


 自分よりも高い体温、甘酸っぱいような香り、頭に置いた手に感じる柔らかな髪の感触……細々としたところは違うが、似たような感覚を得た士郎は、まだ彼女が傍にいた時の事を思い出し、かつて彼女にしたように、頭に置いていた手を背中の方に移動させると、まるで小さな子供をあやすように軽く、優しくぽんぽんと撫でるように叩き始める。
 しばらくすると、ルイズから寝息が聞こえ始めたことから、士郎は小さく欠伸をすると、先ほどから感じていた眠気に身を委ねるように目を閉じた。





 
 
 士郎から寝息が漏れ始めてからしばらくすると、ルイズはゆっくりと身を起こした。
 
「……少しは焦ってくれてもいいのに……」

 不満げに声を漏らしたルイズは、雲が晴れたのか、月明かりで微かに見える士郎の寝顔を見つめた。
 
「初めてだけど……二回目ね」

 最近の自分の態度に士郎が戸惑っていることは理解している。
 きっと士郎のことだ、自分の態度の変化の理由にはきっと気づいていない。でも、ルイズにはそれでも良かった。
 姫さまの密命の旅では、本当に色々なことがあった。傭兵に襲われたり、皇太子が変装した海賊に拉致されたり……アルビオンに着いたら着いたで、ワルドと結婚式を挙げるわ、それを拒否すると司祭の役をしていた皇太子がワルドに殺されたり……そのワルドを態度が豹変した士郎が……

 あれは(・・・)、なんだったんだろう……アルビオンから脱出した際、さりげなく聞いてみたが何も話さなかったし、魔法学院に戻ってからも、何度も士郎に聞こうとしたが、結局今まで聞くことが出来なかった。士郎のあれ(・・)……空に逃げたワルドに向けて放った歪な矢。今までに感じたことの無い、異常としか言いようのない力……。

あれ(・・)は、なんだったの士郎……」

 眠る士郎に声を掛けるが、士郎はもちろん答えなかった。
 
 士郎が眠りに着くまで、自分の頭を撫でていたように、ルイズは士郎の頭に手を置くと、同じように優しく想いを込めて撫で始めた。

 そして、士郎の頭を撫でながら、ルイズは士郎が眠る前、先程の話の中で、士郎が言った『自分のことをあまりにも知らなすぎていたんだな』との言葉を思い出すと、自然とワルドとの結婚式の際、結婚の誓いを拒否した後の、ワルドの言葉を思い出していた。
 
 ワルドはあの時言っていた、『きみは始祖ブリミルに劣らぬ、優秀なメイジに成長するだろう! 君は自分で気づいていないだけだ! その才能に!』と、先程の士郎と同じようなことを。
 士郎は何か知っているの?わたしの系統って……。
 でも、わたしは四系統の魔法のどれもだめだった…本当にあるのかな、わたしの系統……。
 
「……」
「はあ……まったく、何か知っているのなら言いなさいよ」

 ルイズは、のんきな顔で眠りこける士郎を見てため息を吐くと、撫でている手を止め、眠りこける士郎の額を人差し指で軽くつつく。


 いつも気配に敏感で、ちょっとした物音にも反応するにも係わらず、ルイズの悪戯に起きない士郎を見たルイズは、どこか微笑ましいものを見るような顔をすると、また士郎の頭を撫で始めた。

「意地悪、ね……でも……」



 ルイズは目を閉じる…思い出すのはアルビオンを脱出する際に見た夢。
 今の自分のように眠る士郎を撫でながら、話しかけている女性が現れた夢……。 
 あの女の人が一体何者か分からないが、ただ士郎の事を大切に思っていることは痛いほど感じた。
 


 段々と士郎との距離が短くなる。

 それでも、気付いてしまったのだ。

 心臓が痛いほど高鳴り、頭がボーとする。

 自分の気持ちを……シロウに恋していることを……。

 思考がまとまらなく、取り留めのないことが頭を過ぎる。

 だから、とめられない……とまりたくない……

 そして、士郎とルイズの距離がゼロとなる。双月の明かりに当てられて、現れる二つの影が一つになった。
 その瞬間、ルイズの周りから音が消えた……虫の音も風の音も……その代わりに、ルイズの心臓の音だけがうるさいほど高鳴っていた。
 
 
「シロウ……好きよ……」

 
 双月の明かりに照らされ、浮かび上がる影が二つに分たれた。
 二秒にも満たない短いキス、それでもルイズにとっては永遠にも感じるほどの長さだった。
 








 士郎を見つめるルイズは、瞳は熱にうかされたようにぼんやりとしており、体は緊張と興奮の汗で濡れた体に服が張り付き、下着を着ていないためか、体の線がはっきりと見えている。

 そして、惚けたよう顔で頬を桃色に染め、無意識に唇に手を当て、士郎を見つめるルイズのその姿は、まだ少女としか言いようのない体つきにも係わらず、酷く扇情的であり、男の欲望を強烈に刺激するものがあった。


 私は士郎が好き……


 そんな様子で、ルイズは士郎を見つめ続ける……
 
 
 だから……絶対に……


 双月が見守る中……

 

 とまらない……

 

 ルイズは誓った……




  
 
 

 
後書き
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