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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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二十一 権謀術数


静寂は事実短かった。
だがナルトの後ろで控えていた香燐には、長く重い時間であった。


森厳な翡翠の間。
さんざめく要塞の中で、唯一この広間のみが沈黙に満たされている。大広間を照らす緑の照明は、この場と室外を隔てる極光のようだ。
水を打ったように静まり返る室内にて、お互いに相手の出方を探っているのか、両者の視線が激しくぶつかった。張り詰めた緊張が、蚊帳の外である香燐の神経をも責め立てる。
ややあって、ナルトがまず話の口火を切った。

「神農さん、だよね?凄腕の医師の…」
「ほう?君のような子どもにも名を知ってもらっているとは…。わしも有名になったものだ」
彫りの深い顔に偽りの笑顔を貼り付ける神農。彼は自身の名を言い当てたナルトの様子を窺った。
「勿論。世間に名高い医者ともなると、足取りもすぐに掴める。貴方がつい先日まで木ノ葉の里にいた事や、この遺跡の傍にある村によく出入りしていたとかね…」
「……なぜそれを、」

思わぬ一言に、声が咽喉に痞える。動揺を抑えるため一度唇を舐めた神農は、頬を伝う血の鉄臭さに不快な舌触りを覚え、顔を歪めた。
ナルトの言葉、特に『木ノ葉の里』に神農は反応を示す。彼の狼狽を素知らぬ顔で流し、ナルトは話を続けた。
「貴方にぜひお会いしたくてこの遺跡傍の村に立ち寄ったんだが…。村は火事。焼け跡でメスを拾ったので、貴方の私物かと」
「それじゃ、君は…。わしに用があって来たのかな?」
言葉を選びつつも神農は紳士的に問い掛ける。そして「それだけの理由で、この建物に忍び込んだのかね?」と胡乱な目つきでナルトを見遣った。頭の天辺から足の爪先まで無遠慮に観察する彼を、ナルトは一瞬鋭く見据えた。

「その言葉、そっくりお返しする。貴方がここにいる理由をお聞かせ願いたい」
返答に窮する神農に、彼は更に追い打ちを掛けた。
「この遺跡のあちこちに設置されている蛍光灯の紋様は、今や忘れ去られた国のものだ。忍び五大国に対抗し、木ノ葉に滅ぼされた空の国。額当てから察するに、ここを警備する者も空忍だ………彼らの砦で、貴方は何をしているのか?隙を見て奇襲でもするおつもりか」

一端ナルトは言葉を切る。口を噤み、押し黙ってしまった神農に、彼は厳しい視線を投げた。言い逃れは許さぬとばかりの眼力に気圧され、神農の口端がぴくりと引き攣る。彼は暫し思案顔で眉を寄せていたが、やがてゆっくり項垂れた。
そして肩を震わせたかと思うと、くつくつと笑いながら昂然と顔を上げる。


「……―――なぜこのわしが、かわいい仲間を襲わなければならん?」
険相の色を色濃く眼に湛え、別人のように一変する相貌。今まで装っていた善人の顔をかなぐり捨て、彼はたちどころに本性を現した。


「医者は仮の姿。その正体は空の国の忍び…。お前達が立ち寄った村を燃やしたのも、わしの仲間―空忍だよ」
急変した神農に驚きながら、「なんで村を燃やしたんだ?」と香燐が口を挟んだ。
「探し求めていたモノがようやく手に入って、必要無くなったからさ。長い間隠れ蓑として利用していたがね……―――――痕跡は、消すに限る」
如何にも楽しげに神農は自白する。彼の態度に嫌悪感を抱いた香燐は、さりげなくナルトの背に隠れた。

暫し思案に沈んでいたナルトが改めて口を開く。
「……最初は貴方が村に滞在していたという証拠の隠滅が、放火の動機だと考えた…。勿論それもあるだろうが、それならば罠を掛けた理由が成り立たない。どうも妙だ」
「ほう?どこが妙なのかね?」
「罠というのは普通思いがけない場所に複数仕掛けるものだ。だが村に掛けられた罠は、石段上の大掛かりなモノ一つだけ…。確かに石段に仕掛けられた糸は見えにくい。しかしながら複数の人間、それも村の住人全てが引っ掛かるとは到底思えない。火事の混乱に乗じて村人を拉致するのが目的なら、麻酔や催眠剤を使えばいい。それに火を既に放っているのに、わざわざ罠を張るのも腑に落ちない。…――これらを照合するに、あれはただの罠では無かったんじゃないか、と思ってね」
なにげなく石柱側へ足を運びながら、ナルトは己の推測を語る。彼の推論を神農は興味深そうに聞き入った。
「罠ではなく演出だった。それも過剰な、な」
「……過剰な演出?演技だということか?」
ナルトの後を追いながら、香燐が訊ねる。彼女の問いに頷き、ナルトは言葉を続けた。
「あれほどの量のクナイを一斉射撃とは、やけに派手な罠だ。クナイだって、代金は馬鹿にならないからな。確実に仕留めたいのなら、毒でも塗ればいい話。クナイ一本で事足りる。それに、クナイの雨が集中する地点に、あのメスが落ちていた…」
「く…くくくくく、」


喉を震わせた耳障りな笑い声がナルトの話を遮る。圧し殺された失笑は、やがて哄笑へと変わった。高笑いが大広間に轟く。
石柱を背にするナルトと、彼に寄り添うようにして佇む香燐。二人の顔が正面にくるように、神農は笑いながら数歩歩く。
壺に嵌まったらしく一頻り笑った彼は、にやりと口角を吊り上げた。

「経費ケチっちゃ、華々しく飾れないだろ?善良な名医としての神農の最期を…」

微かな笑みを浮かべつつ、神農はふてぶてしく自供した。ナルトに向かい合う形で、広間の入り口を背にする。
「つまり、医師だった神農はもういない…という事か?」
あまり気の無い口調でナルトは訊ねた。双方は当初とは真逆の立ち位置で対峙している。ナルトの問いに、神農は再び嘲笑を返した。
「ククク…むしろ今までのわしの方がおかしかったのだよ」
重々しく間を置いた後、大袈裟に彼は両腕を大きく拡げてみせた。

「忍び五大国を破壊尽くし、空の帝王に君臨する―――――ついにその野望が叶うのだ!!」

陶酔しているかのような風情で神農は吼えた。
彼の雄叫びを耳にし、虫唾が走るとばかりに「偽善者かよ…」と呟く香燐。彼女の悪態に、むしろ神農は思い入れたっぷりの演説を切り返した。

「偽善者?結構!所詮、人はうわべばかりの生き物だ。牙も爪も無く、泣く事しか出来ぬ存在……。だが他の生物より少しでも有利な地位を求め、人は群れた。繁栄を、この世を手に入れた――――それはなぜか?」
徐々に語気を強めながら彼はナルトと香燐の顔を交互に見遣る。そして一段と声を張り上げた。

「それは、人間が全ての生き物の中で一番…―――残酷だからだ!!」
きっぱりと言い切って、神農は笑った。凄絶とも言える笑みだった。




背中を石柱に預けたまま瞑目していたナルトが、ようやく瞳を開ける。そしてにわかに口を開き、話を戻した。
「それで?この砦を使って栄華に返り咲こうとでも?」
「そういう事だ。遺跡に見せ掛けているこの要塞は、数十年の長きに渡り、空の国の忍者達が研究し、作り上げた――究極の破壊兵器なのだよ。この兵器で空忍は、忍び五大国に対抗し、そして勝つ!!」
勝つという一言を、殊更語気を強めて断言する神農。
呵々と大笑いする彼の態度に、ナルトは吐息をひとつ落とした。
「夢は立ったまま見るものじゃないよ」

ナルトの皮肉が気に触ったのか、神農はついと片眉を上げる。だが直後、部下を労わるような笑顔で彼は頭を振った。ナルトの眼前に片手を差し出す。
「わしは頭の切れる奴が好きだ。共に世界の頂点を目指さないか?」
誘いを掛けてくる神農を、ナルトは無表情で見返した。


底知れぬ沈黙が再び室内を支配する。香燐はナルトと神農の顔に視線を往復させた。彼女の瞳に浮かぶのは、隠し難い当惑と緊張。
「君達は素晴らしい!村の焼け跡に落ちていたメスだけでここまで辿り着き、そして推理してみせた。大したものだ。特に君のような天才がわしは欲しい。空忍として歓迎しよう。一緒に世界を牛耳ろうじゃないか」
畳み掛けるように勧誘の言葉をつらつらと並べる。己の雄弁に満足を覚えて、神農は相手の反応を窺った。

熱心に誘い掛けてくる彼の話を聞いているのかいないのか、ナルトは終始無表情であった。
やがて肩を竦め、事も無げに一言返す。
「あいにく世界征服には興味が無くてね」


自らの申し出をたった一言で切り捨てられ、神農は眉間に深い皺を刻んだ。
口を開き、そしてまた閉じる。何度かその仕草を繰り返していたが、ナルトの屹然たる様に諦めたのだろう。
忌々しげに「ならお前達も村の奴らと同じく要塞の動力源として利用するまでだ」と吐き捨てた。

「村の住人は生きているのか?」
神農の言葉の端から村人の生存を感じ取り、香燐は挑むように問い詰める。彼女に続いてナルトが、質問というより確認の言葉を投げた。
「村人を拉致してこの砦の何処かに監禁しているんだろう」
その発言に神農は目を見張る。彼は一抹の賞賛を込めた眼差しでナルトを見た。
「全てお見通しというわけか…。その通りだよ。わしを善人だと信じ切っている村の奴らの前で、罠に掛かってみせたのさ。普通は即死ものだが、わしの術は特殊でな。医療忍者、白眼でさえ誤魔化せる…。村人ごときの眼を欺き、死を装うのは赤子の手をねじるよりも簡単だ。そしてわしが死んだという悲しみに暮れた瞬間を、空忍に襲わせた」
そこで一呼吸置く。片眉を聳やかした神農は、秘密を打ち明けるかのような口振りで立て続け様に語った。
「人は絶望する―――悲しみに支配されんとする時、その原因を作った者に向けられる怒り・憎しみ…そして恐怖。それら全てが闇のチャクラを作りだす…。砦を動かす動力源として、その闇のチャクラを利用する」
滔々とまくし立てる神農を、香燐は怪訝な顔で見る。その一方で腕組みをしながら瞑目していたナルトが、口元に苦笑を湛えた。

「村人にはわしの野望の片棒を担いでもらう。大いにチャクラを貢献してもらうとするよ。この要塞――『アンコールバンティアン』を動かすためにな!!」

自信たっぷりに神農は話を結ぶ。長い演説がようやく終わったか、とナルトはうっすらと瞼を開けた。
満足げに顎を撫でつけている神農を静かに見遣る。彼を見つめるナルトの瞳に、哀憐の色が微かに過った。

「……ひとつ、忠告しよう。自分の得物は落とさないほうがいい。己の首を絞める事になる」
「ふん。メスの一つや二つ、無くしたところで何になるというのだ?」
ナルトの忠言を馬鹿にしたように、神農が鼻をふんと鳴らす。
翳りの入った双眸をナルトは僅かに細めた。そしておもむろに身体をずらす。


神農の視界に入らないよう背中に隠していたものがその全貌を明らかにしていく。
石柱に突き刺さったメス。だが、その切っ先は柱の壁を刺してはいない。


「刃は用途が広い。人を殺める以外に使い道は幾らだってある。メスだってそうさ」
嘲笑を浮かべていた神農の顔が瞬く間に変貌する。
彼の視線の先には、己の切っ先で無線機のスイッチを入れているメスの姿があった。

「この無線機は要塞の監視室に繋がっているんだよな?部下に指令を出す時も使うんじゃないか?……砦の中全体に響き渡るスピーカー。違うかな?」
悠揚迫らぬ穏やかな声で、ナルトは告げる。


驚愕に叩きのめされ、神農は一時声が出なかった。
だが我に返ると、精一杯虚勢を張って、「ば、馬鹿が…ッ!監視室にいる奴らが無線を切るに決まっている!」と叫ぶ。しかしながらその瞳には隠し切れない狼狽の色があった。


「まさかと思うが、侵入者を俺と彼女二人だけだとお考えか?」
意味ありげにナルトは答えた。あたかも自分の仲間が大勢いるかのような口振りで。実際は君麻呂、ただ一人だというのに。

ナルトが前もって君麻呂に頼んでいた事柄の一つは陽動作戦。砦を警備する空忍達の視線を、自分達から逸らす事。
そしてもう一つは要塞の重要な地点を抑える事にあった。君麻呂の第二の目的がそれである。
だが【念華微笑の術】で村人の行方が知れたナルトは、土壇場で考えをめぐらせ、今一度君麻呂に頼んだ。

「悪いが、この砦の要所は全て押さえさせてもらった。無論、監視室も制圧済みだ。それに、周囲の騒乱は貴方がたが拉致した村人の暴動も含まれる」
神農が信じられないと眼を大きく見開いた。それを尻目に、ナルトは淡々と語る。
「人は残酷な生き物だと言ったな。同意見だ。言葉は剣よりも鋭い――――人の口に戸は立てられず。いい噂より悪い噂の方が流されやすい。特に悪評には羽が生えてるからな。一度飛び立てば、たちまち広がる。そうなれば、世間は貴方の認識を改めざるを得なくなる」

この広間に入る直前に出したナルトの指示に、君麻呂は従った。牢に監禁されていた村人全員を解放する。
君麻呂の手によって自由の身となった彼らの耳朶に触れたのは、死んだはずの医師の声。
そして彼らは真実を知った。



「つまりここの会話は全部、筒抜けだったというわけだ」

そう結論づけたナルトを神農は呆然と見つめた。瞠目する彼の前で、ナルトはメスを石柱から引っこ抜く。微妙な力加減で無線機のスイッチを入れていたメスはあっさり抜けた。
「自分の得物が何処を刺したかぐらい把握しておくべきだよ」
さりげなく無線機を切ったナルトが軽く手首を捻る。彼の拳上で、神農の得物であるメスが銀の光を放ちながら飛び跳ねた。

悪事千里を走る。文字通り神農の悪事が、村人の口を通じて世間へと広まるだろう。村の罠に掛かり死んだと見せ掛ける演出。それを「最期を飾った」と神農はふざけて言った。
そして、今確かにこの瞬間を持って、善良な医者としての神農は死んだ。



「…この、クソガキ…ッ!!」
愕然としていた神農の顔が、見る見るうちに色をなした。今にも殺しかねまじき剣幕で、彼は歯軋りする。
自分は目前の少年に踊らされていたのだ、とようやく気がついたのだ。今現在、ナルトの拳の上で踊るメス同様に。
更にナルトはこの広間に足を踏み入れて以降、君麻呂・香燐、自身の名さえ口にしていない。仮に香燐がナルトを呼んでも、ダーリン呼びの彼女の場合それは無効になる。
彼は自分の名前すら明かさずに、神農の悪事を暴いてみせたのだ。全てはナルトの目論み通りに事が運んだのである。




既に無線機が切れたため、室内の会話は砦中に響かない。しかしながら神農は要塞にいる者全てに宣言するかの如く、絶叫した。

「貴様も貴様の仲間も、そして村の連中も…ッ!この『アンコールバンティアン』から生きては帰さん!!」

激昂し、怒気を全身に帯びた神農が歯を剥き出しにして怒鳴った。眼を血走らせ、憤怒の形相でナルトを睨みつける。変貌した彼の顔に、善人だった神農の面影はもはや無い。



神農が殺気立つにつれ、地下で何かがドクンと脈打った事に香燐は逸早く気づいた。足下からゆっくりと這うように、異常なチャクラが神農の身をじわじわと蝕んでゆく。
それはまるで彼の全身全霊を喰い尽くさんとばかりに蠢く闇そのもの。
そのチャクラを思わず感知してしまった香燐は、悄然とした。神農という男よりも、彼の身に宿る得体の知れないモノに彼女は戦慄を覚える。

後ずさった香燐を目の端で捉え、内心ナルトはやはりと得心がいった。そして、最初の会話で神農をうろたえさせた里の名を再度口にする。

「木ノ葉の里から強奪した巻物を譲っていただこう」

計り知れぬ闇のチャクラをその身に纏った神農を、ナルトは青い双眸で見据える。
彼の瞳は、神農を依身とするその闇すらも慈しむかのような、澄み切った青であった。
 
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