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楽しみ

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第六章


第六章

「あの時ええ思い出ってホンマないな」
「ないですね」
 僕は中沢さんの言葉に力なく頷いた。
「何も」
「言えんわな。相手のチームにいった選手は活躍するしな」
「オマリーとかな。他のチームに行けば皆アホみたいに活躍してこっちを歯軋りさせてくれたわ」
 特にオマリーはそうだった。やはりヤクルトにはこれ以上はない程に負けていった。負けてばかりで記憶に残っているのはそれだけだ。
「何処までこんなのが続くかって暗鬱になったわ」
 中沢さんはその時死ぬまでこんな調子で生きている間に優勝はないとさえ思っていた。しかしそれでも変わることになった。変わったのは一人の男によってだった。
「星野が来るまでな」
「あの時だってそうでしたよ」
 僕はぼやいた。
「絶対に無理だと思いました」
「そやな」
 中沢さんもそれは同じだった。
「一人来ただけであれは無理やろってな」
「けれど無理じゃありませんでしたね」
「ああ」
 中沢さんの顔が晴れてきた。僕もそれは同じだった。
「まさかな。あそこまでなるとは」
「確かに選手は入ってきましたけれど」
 下柳や金本だ。確かに彼等は凄かった。しかしそれ以上に阪神の選手達が大きく変わったことがあった。問題はそこだったのだ。
「意識ですかね」
「そやな」
 それしかなかった。中沢さんの目も光る。
「それしかないな」
「そうですよね」
 僕もその言葉に頷くのだった。
「意識がなければ」
「ずっと負けてばっかりやった」
 それが長い間の習慣になっていた。阪神は負けてばかりだったのだ。
「それで負け虎になっていたんやな」
「負け虎ですか」
 僕はその言葉に反応した。やはり阪神は犬ではない。猫でもない。虎なのだ。どれだけ駄目虎と言われても虎は虎なのだ。それは変わらない。
「そうや。負け過ぎたからな」
「百敗しそうやったしな」
 これも何回言われたかわからない。
「呆れる程な。ホンマに負けてくれた」
「正直あれでした」
 僕はまた言った。
「二十一世紀の優勝はないと思っていました」
「謙虚やな」
 これを言ってそう返されるのが当時の阪神だった。
「そう思えるなんて。わしは阪神って球団がある限りそうやと思っとったわ」
 中沢さんの口癖は阪神は永遠に不滅というものだった。
 巨人が永遠に不滅だというのは嘘や、中沢さんは長嶋茂雄の引退の時の言葉を真っ向から否定してきた。阪神こそが不滅なのだと。
「つまり永遠にな」
「永遠に、ですか」
「わしかてアホやない」
 中沢さんは言う。
「優勝できるかどうかはわかるわ。あの時の阪神は最下位すらな」
「辛いものですよね」
「万年最下位やな」
 言われる言葉の定番だった。
「ハレー彗星が来てもそれはないと思ってたわ」
 本当の意味での暗黒時代だった。しかしそれが本当に変わったのだった。
「そう考えるからあかんかってんな」
「そうですよね」
「実はな、わしは確かに巨人が嫌いや」
 それをまず認めてきた。
「それは変わることはない。けれどそのせいで」
「他の球団のことを忘れていましたね」
「ずっとな」
 阪神の怨敵は確かに巨人だ。巨人は全ての球団にとって憎むべき怨敵である。しかしそれだけではないのだ。阪神の敵は巨人だけではない。星野はまずそれに気付かせてくれた。このことも大きな意識改革だった。今思えばそうだった。
「これとこれだよな」
 彼がテレビの出演で言った言葉を思い出していた。彼はその時そのシーズンの順位表を出して広島、そしてヤクルトを指差したのだ。そう、ヤクルトをだ。
「何とかしねえとな」
 巨人ばかりを考えてヤクルトのことは忘れていた。僕は不思議な程ヤクルトのことを覚えていた。しかし何故か多くの人間は気付かなかったのだ。
 いや、気付いていたのだろう。あるスポーツ新聞で熱狂的な阪神ファンで知られるタレントが怒り狂っていたりもした。それを見ているとやはり意識はしていたのだ。しかしそれ以上に巨人のことだけを考えてしまっていたのだ。
 
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