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金木犀

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第五章

「いつもクーラーの効いた部屋で机仕事の俺が言うのも何だがな」
「今年の暑さは異常よ」
 とにかくこう言って止まらない野菊だった、その顔はうんざりとしているものになっている。
「冬が恋しいわ」
「だから秋は絶対に来るからな」
「今の間だけだっていうのね」
「そうだ、だからな」
「その言葉信じるわ、けれどね」
 辛いことは変わりがないというのだ、野菊はとにかく今の暑さに弱り果てていて嫌で嫌で仕方がなかった。そのあまりもの暑さが。
 夏休みはまだ終わらず普段は何とも思わない家事も暑くて仕方がない、クーラーをしていても暑いものは暑い。
 お盆が終わってもまだ暑い、そして。
 残暑もだ、全くだった。
「四十度って」
「日差しも強いね」
「じゃあプール行く?」
「そうする?」
 娘達は母の横で今も気楽だった。
「今日はそうしようね」
「プールで遊んで涼しくなって」
「今年の水着いいしね」
「お弁当も作っていってね」
「あんた達は気楽ね」 
 野菊は自分の横で残暑の間も相変わらずの娘達を顰めさせた目で見ながら言った。
「全く、どうなのよ」
「だから暑くてもよ」
「そんな怒らないでね」
「リラックスして涼めばいいのよ」
「夏しか出来ないことを楽しんでね」
「今時プールは何時でも開いてるでしょ」
 温水プールだからだ、それこそ冬でも入られる。
「冬は冬で楽しんでるし」
「人生楽しんでなんぼだからね」
「だからね」
「何処まで極楽とんぼなのよ」
 野菊は娘達の言葉にこの言葉で返した。
「全く」
「私達そんなにお気楽?」
「こんなの普通よね」
「そうよね、こんなのね」
「全然ね」
「何処がよ、全くお母さんに似たのかしら」
 野菊の母はかなりお気楽な性格で還暦を過ぎた今もいつも遊んでいる、実は彼女はその母を見てああなってはと思い今に至るのだ。
 だからだ、娘達の自分の母に似たものを見て言うのだ。
「ああなったもいいの?お母さんみたいに」
「お祖母ちゃんみたいになったらね」
「ああいうお婆ちゃんになりたいわよね」
「六十過ぎてもまだ若いっていいじゃない」
「料理上手だし優しいし」
「優しくてもいい加減でしょ」
 そのずぼらさを指摘する野菊だった、自分の母の。
「しっかりしないと」
「だからお母さん暑いのよ」
「もっとね、お気楽にいかないと」
「さもないと大変なことになるわよ」
「余計に暑くなるから」
「全く、ああ言えばこう言うで」
 四人揃うと余計にそうなる、女三人で姦しいがそこに一人加わっているのだ、これで五月蝿くない筈がないのだ。
 しかし娘達はさっさとプールに行く用意をしてこう言うのだった。
「じゃあ行って来るわね」
「泳いで涼しくなってくるから」
「悪い男には注意しなさいよ」
 何だかんだでこのことだけを釘刺して送り出す野菊だった。プールなので水着から肌を出す、それで普段以上にそうした男が寄って来ることを考えての言葉だ。
 それでこの言葉を言って送り出す、しかし。 
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