ほうれん草
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第一章
ほうれん草
丸木哲章は幼い頃母にこう言われた。
その時彼はテレビでアメリカの古いアニメを観ていた。やけに顎が大きい水兵が主人公の有名なアニメをだ。
丁度主人公が缶詰の野菜を食べた、その時に言われたのだ。
「あのお野菜を食べるとね」
「あの人凄く強くなってない?」
「ああなれるのよ」
母は息子に笑顔で教える。
「あれだけ強くね」
「そうなの?」
「そうよ、あのお野菜はほうれん草っていうけれど」
「ほうれん草を食べると強くなれるの」
「ええ、そうよ」
その通りだというのだ。
「ああしてね」
「そうなんだ、じゃあ僕も?」
「そうよ、ほうれん草を食べればね」
母は我が子に語る、それも優しい笑顔で。
「あんたも強くなるのよ」
「そうなんだ」
「強くなりたいわよね」
「うん」
笑顔でだ、哲章は母に答えた。
「僕強くなりたい、誰よりもね」
「だったらいいわね」
「ほうれん草を食べるんだね」
「勿論他のものも食べないと駄目だけれど」
それでもだというのだ。
「ほうれん草を食べなさい、いいわね」
「わかったよ、僕ほうれん草いつも一杯食べるよ」
幼い頃の母とのやり取りだ、この時からだった。
哲章はほうれん草をいつも食べる様になった、勿論他のものもだ。しかしその中でほうれん草を特に食べるのだった。
しかし何も変わらない感じだ、食べても。
あのアニメの主人公の様にはならない、それで母に尋ねた。
「ねえ、ほうれん草を食べても」
「急に物凄く強くならないのね」
「うん、そうならないけれど」
こう母に言うのだ。
「あの主人公筋肉とか出て凄く強くなってるけれど」
「それも食べてすぐにね」
「ならないよ」
母に怪訝な顔で話していく。
「全然、しかもね」
「まだあるのね」
「うん、あの主人公ほうれん草の缶詰を食べてるけれど」
食べているのはいつもそれだ、その主人公はほうれん草の缶詰を握り潰してその中のものを豪快に出して一気に、それも飲み込む様にして食べて急激にパワーアップするのだ、このことはそのアニメの特徴の一つだ。
そのことをだ、哲章は母に言うのだ。
「ほうれん草の缶詰なんて何処にもないよ」
「お母さんも見たことないわよ」
「じゃあないの?」
「ないんじゃないかしら」
母は思わせぶりな笑みで息子に答える。幼い我が子に。
「実際は」
「じゃあほうれん草食べても強くならないの?」
「そう思うの?」
「だってあの主人公みたいにならないから」
だからだというのだ。
「それじゃあ」
「お薬はすぐには効かないわよ」
しかしだった。母は彼に今度はこう言ったのだった。
「それはね」
「あのアニメみたいにはなの」
「そう、ならなくても」
それでもだというのだ。
「強くなるのよ」
「そうなのかな」
「食べていればわかるわ」
ほうれん草、それをだというのだ。
「じゃあいいわね」
「わかったよ、じゃあね」
哲章は釈然としないながらもほうれん草を食べ続けることにした、そのうえでだった。
彼はそれからも食べ続けた、そうして成長すると。
彼はかなりの長身になった、しかも筋骨隆々だ。大学でラグビーをしておりそのチームの花形選手だった。
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