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碁神

作者:Ardito
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お酒だけはダメです天敵です。※

 
前書き
前話でも書きましたが、今回初めてR15設定が生きますのでご注意ください。 

 
 誰も居ない静かな教室。

 窓からは赤い夕日の光が差し込み、黒板や雑然とした机を柔らかに照らし出していた。

 ふと視線を下げれば学生服を着た自分に気づく。
 懐かしい――そんな思いが脳裏を掠め、すぐに消えていく。
 毎日着てる物なんだから、懐かしいと思うのは不自然だ。

『――隆也』

 穏やかな声で名前を呼ばれ顔を上げる。
 誰も居ないと思っていた黒板の前に一人の男性――『先生』が立っていた。

『先生……』
『こっちに、おいで?』

 僕は唇をキュッと引き結び、のろのろと『先生』の下へ向かう。
 ――そう、『先生』に逆らうことは、許されないのだ。
 悪いのは、僕だから――。

『さぁ、教えた通りにやってごらん』
『はい――先生』

 僕は先生の首に腕を回し、そっと瞳を閉じた。
 そして――

○ ● ○

「んう!?」

 崩れ落ちた椎名を抱きとめた直後、首に腕を回されて深く口付けられ、山口は目を白黒させた。

「きゃーー! 山口先生×椎名先生のリバきたーー! ずるいです、ずるいです! 椎名先生のちゅー私も狙ってたのにーー!」

 焦点の合っていない椎名を引き剥がし、山口はピロリン♪ピロリン♪と写真を撮りまくる腐った吉岡のスマホを取り上げた。

「何撮ってるんですか! 肖像権の侵害ですよ! 削除しますからね!」
「やだー返してくださいよぉ!」

 山田は、完全に酔っ払った吉岡をあしらいながら片手で彼女のスマホを操作しつつ、今度は吉岡の方へふらふら近づき始めた椎名を引っぱって抱き込み、被害の拡大を阻止した。
 その手腕は既に熟練の領域に達しつつある。

「ふぇ? せんせぇー?」
「あー! もー止めなくて良いのにー!」
「吉岡先生は女性なんだからそういうわけにもいかんでしょ!」

 呆れたように言う山口に、校長がハッハッハと育ち過ぎた腹を揺らして笑いながら近づいた。

「いやーやっぱり飲んじゃいましたか椎名先生! 毎回飲まない飲まないと言いつつ何だかんだ一口は飲んじゃいますからね~! 山口先生もすっかり世話係が板についてきましたな~!」

 そう、椎名本人は知らないが、彼は酒に酔うと何故かキス魔と化するのだ。
 その世話は、当然女性がするわけにもいかず最初の飲み会の時から同期の山口がしており、もはやそれが恒例となっていた。

「今回は私のお酒と間違えたんですよ。 こうなるともう仕方ないですから、家まで送ってきます」
「いつも悪いねぇ! それじゃあ気をつけて帰んなさいよ!」
「ええ、そんじゃあ、皆さん悪いですけどお先しますよ」
「お疲れー!」
「また月曜日ー」

 そんな声に送られて山口は椎名を担ぎ居酒屋から出た。

「でも、キス魔になるのが椎名先生で良かったですよね~! 山口先生だったら笑い事になりませんもん」

 その後、そんな吉岡の言葉で場が静まり返ったことを山口は知らない。

● ○ ●

 キス魔と化した椎名を電車に乗せるわけにはいかず、山口は駅前のタクシーに乗り込み運転手に自身の住所を伝えた。

 そうしてタクシーが走り始めると、山口は「ふぅ……」と疲れたようなため息を付いて座席に深く寄りかかり、スッと椎名へ手を伸ばした。

 虚ろな目をした椎名を引き寄せ、頬に手を這わせ髪を梳くと、椎名は気持ち良さそうに目を細め、山口に唇を寄せてくる。
 山口はそれを避けること無く薄く目を開いたまま受け入れた。

 チュッとリップ音を響かせる戯れのような椎名のキスをされるがままに受けていた山口だが、不意に椎名の頭を抱え込み、歯列を割って舌を絡ませ、何度も角度を変えて椎名の口腔を貪り始める。

「ふぅ、んちゅ……ふぁっ……んむぅ……」

 椎名の吐息に艶かしい声が混じりだし、それと共に山口の下半身へズクリと熱が集まっていく。
 やがて、名残惜しげにゆっくりと唇が離れ、二人の舌をキラキラとした銀の糸が繋ぎ、途切れた。
 椎名が物足りなさそうに小首を傾げ快楽に惚けた眼差しで山口をじっと見上げる。
 山口は椎名の、この表情が好きだった。

「う……?」
「……っ、もうすぐ着く……良い子で、待てるな……?」

 そう言って頭を撫でれば、目を細めて山口の手のひらへ頬を摺り寄せる椎名に、これ以上待てそうに無いのはむしろ山口の方であった。

 やがて、タクシーは通常時よりかなり早く山口の自宅へ到着する。
 大目の金額を握らされた運転手は、やや青くなった顔を隠そうともせず即座にタクシーを発進させ凄まじい速度で走り去っていった。

 山口の実家は少し大きめの個人病院である。 その実家の援助もあって、山口の暮らすマンションは一人暮らしに勿体無い程広く大きい。

 椎名をリビングのソファへそっと寝かし、服を脱いだ山口はまず風呂へ向かった。 冷たい水を浴び、高まった熱を冷ます。。

 冷たい水を浴びながら、山口はふと現在のに至るまでのことを何気なく振り返った。

 思い返せば、酔った椎名を初めて自宅に連れ込んだのは去年の一学期後の飲み会だった。
 その時は純粋に椎名を介抱するためだったが、そう考えると日にちは僅かに違うものの、調度今回で一年になるのだ。 

(――気づいたら、もう後戻りできない程好きになっていた)

 椎名と初めて会った時、その暖かな眼差しに胸が騒いだことを記憶している。 椎名のことを知れば知るほど強まるその感情が何なのか、理解できなかったし、無意識に理解することを避けていた。

 そんな椎名へ向けた感情が恋だと気づいたのは始めての飲み会で、新卒であるが故に酒を断りきれず飲んでしまった椎名に唇を奪われたその時だ。
 柔らかな感触と潤んだ瞳に、無意識に働いていた『普通』からそれる事への危機感が崩れ去り、椎名へ抱き続けていた思いを自覚せざるを得なくなった。

(だから――こうなったのは椎名にも責任がある)

 キュッと蛇口を捻りシャワーの水を止め、身体の水滴を拭う。
 そうして、全裸のままリビングに戻り、壊れ物を扱うようにやさしく椎名を抱き上げ、山口は自身の寝室へ向かった。

 スプリングのきいた柔らかなベッドにふわりと寝かせ、椎名の着ているサマーカーディガンのボタンを一つ一つ外していく。
 やがて一糸纏わぬ姿となった椎名の身体を、山口は恍惚とした表情で見つめ、そっと撫でた。
 くすぐったそうに身を捩る椎名の、たったそれだけの動作で、せっかく宥めた下半身に甘い痺れが走り再び欲望が鎌首をもたげる。

 山口は親の愛という物を感じること無く育った。 両親共に忙しく、余り子どもに関心が無かったからだ。
 愛に飢えた幼少期の苦しみは、山口の心を歪ませた。
 同性であるにも関わらず椎名をこんなにも好きになってしまったのは、椎名の生徒へ対する無償の愛情に幼いころ求めて止まなかった愛情を幻視したからなのかもしれない。

 ――あんな暖かい眼差しを向けて欲しかった。
 ――あんな笑顔で笑いかけて欲しかった。
 ――あんな風に頭をなでて欲しかった。

 子どもに金だけ渡して放置していた両親に、かつて求めても決して叶わなかった儚い夢の残照が、生徒に接する椎名を見るたび脳裏に蘇る。

 もちろん、椎名の愛情は親のそれとはまったく違う物だろう。
 しかし、親の愛を知らない山口にそんなことは関係ない。
 椎名と共に暮らすことができたなら、生徒たちへ向けられる愛情を独占することができたなら、それはどんなに幸せか、そう考えずにはいられなかった。

(だが……それは、決して――叶わない)

 人当たりが良く、あまり負の感情を表に出すことが無い椎名が唯一はっきりとした嫌悪感を見せるもの。
 それが同性愛だった。
 かつて職場で偶然そういった話題が出たことがあった。
 その時の椎名の嫌悪に満ちた表情と、きっと他の誰にも聞こえなかったであろう、『気持ち悪い……』という小さな呟きが忘れられない。

 最初は同性という理由で椎名のことを何とか諦めようとしていた山口であったが、椎名にとって自分の感情は気持ち悪いものでしかないのだと、どんなに求めようとも決して得ることはできないのだと、そう思い知らされた時、山口の心に暗い火が灯った。

 ――ただ好きでいることの何が悪いのか、自分のこの感情はそんなにも気持ち悪いものなのか――こんなにも、こんなにも俺は椎名を求めているのに――!

 恋心は歪み、歪な執着心となって山口の心を焼き焦がした。

 山口が、酔って正気を失った椎名にこうしたことをするようになったのはその出来事があってからだ。
 何も知らず、こんな自分に信頼を寄せ毎日笑顔で挨拶をしてくれる椎名に、罪悪感を覚えないわけでは無い。 こんなやり方は間違っていると自分を責め、やめようとした時もあった。
 しかし、そんな倫理的感情など、椎名のふとした表情、仕草で瞬時にどうでも良い物へと成り下がった。

「――っ椎名……椎名、椎名、椎名っ……」

 山口は愛おしい名前を何度も何度も繰り返し呼びながら、ゆっくりと椎名に覆いかぶさる。

「好きだ、好きだ好きだ好きだ好きだ――好き、なんだっ……」 

 どれほど求めようとも決して得られないのならば――

(身体だけでも……俺無しでは居られなくしてやる――)

「せん、せぇ……?」
「……っ」

 不意に虚ろな表情の椎名が僅かに首を傾げ、ぽつりと呟いた。
 山口は酒の酔った椎名に度々「せんせい」と呼びかけられる。
 その「せんせい」という人物はおそらく自分のことでは無いだろうと考えていた。
 酒に酔った椎名の眼差しは焦点があっておらず、明らかに周囲の状況を理解できていない。
 今自分に触れているのが山口だということ自体認識していないだろう。
 その人物と椎名がどんな関係なのか、椎名にとってどのような存在なのか、山口は知らない。

 山口はより強く、――幼い子どもが母親に縋りつくように椎名を抱きしめた。

「――椎名……誰にも、渡さないっ……! こいつは、俺のだ――!」 
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