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人狼と雷狼竜

作者:NANASI
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修行の成果と……

「俺達?」
 朱美はヴォルフの言葉の意味が分からなかった。しかし、その意味はすぐに理解することになる。
「朱美さん!」
 神無を始めとした武装した一行が現れたからだ。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
「成るほど『達』ってのはキミ達のことか。問題無いよ。それより気を付けるんだよ? ドスはもう残り一頭だけでも、他がまだ数を残してる。あと、アオアシラが近くにいる」
 朱美が神無に状況を説明すると、神無は頷いて腰の後ろにあった片手剣を抜いた。
「任せて下さい。まだ一ヶ月ですけど、修行の成果をお見せします!」
 神無の言葉と共に夏空が火砲を、梓が横に倒した弓に矢を三本同時に番えて引き絞り、その両隣に小冬が二刀を、椿がハンマーを手に構えた。
 その様子を見た残り一頭となったドスジャギィと、率いられるジャギィとジャギィノスの群れは喉を鳴らして威嚇する。
 先頭に立っていたヴォルフが腰に差した刀の柄に右手を沿え、その直後に音も無く前へ跳んだ。一足で敵の間合いまで距離を詰め、抜刀する。
 僅かな鍔鳴りと共に擦れ違ったジャギィの首に朱線が走り、一瞬遅れてその線が切り目へと変えて首がずれていく形で胴から放れた。
 僅かな間を置いて切り口から鮮血が迸り、事態を把握しきれないジャギィ達が混乱に陥った。その隙を突かれる形で二頭目、三頭目と一太刀で瞬く間に斬られて行く。
 そこでドスジャギィが事態を察知して既に群れの中に入り込んだヴォルフに攻撃を試みるが、ヴォルフは既に高く跳んでその視界から離脱していた。
 ジャギィ達が跳んだヴォルフに反応して一斉に上を向く。この状況で跳ぶのは致命的なミスだ。着地点が敵に囲まれている以上、着地点にいた者を倒せたとしても他のが喰らい付くからだ。
 だが、それは彼一人ならばの話だ。
「発射!」
 神無の声が号令となって夏空のが轟音と共に火を噴き、梓の弓から三本の矢が放たれ、上を向いていたジャギィ達に襲い掛かった。
 砲弾は固まっていたジャギィ達の足元に着弾して炸裂し、その爆風と破片が数体のジャギィを纏めて吹き飛ばした。
 三本纏めて放たれた矢はジャギィノス三体の頭、喉、目をそれぞれが刺し貫いていた。
 そこへ刀を最上段に構えたヴォルフが、ジャギィノスの正面へと降下しながら振り降ろす。
 兜割りと呼ばれる剣技の用途のままに、ヴォルフの太刀筋は一部の狂いも無くジャギィノスの頭頂部から胴の半ばまでもを両断されて地面に崩れ落ちた。
「突撃!」
「はあああああああああ!」
「やあああああああああ!」
 夏空が次弾を発射すると共に梓が二本の矢を放ち、更に小冬と椿が群れに向けて突貫する。
 砲撃と矢によってダメージを受けるか混乱していたジャギィ達はその攻撃に咄嗟に反応できない。ある者は小冬の二刀に切り刻まれ、あるものは襲い来る鉄の塊に顎から上を砕かれながら吹き飛んだ。
 だがジャギィ達もすぐに体制を立て直して小冬達に反撃を試みるも、意図的に遅れて突入してきた神無の楯と正太郎の銃槍に阻まれて返す刃の如く、切り伏せられるか殴り飛ばされる。
 そして始まる乱戦。囲まれた神無達四人だが、背中合わせの攻防を実に上手く活用している上に、側面からは炸裂弾からただの鉄の(つぶて)に切り替えられた砲弾と降り注ぐ矢によって追い詰められ、砲と矢の方に攻撃を試みれば遊撃要因であるヴォルフによって一刀のもとに斬り捨てられた。
 跳んで上空から奇襲を掛けようにも、砲撃手の夏空と弓兵の梓はそれを常に警戒した上で狙撃している為に全く効果が無い。跳んだ所で砲弾で文字通り吹き飛ぶか、矢を受けて体制を崩して落ちた所を大楯に受け止められるか怪力を持って振るわれるハンマーで殴り飛ばされる。
 囲んだ四人だけなら容易くても、そこに側面攻撃を行える射手二人と凄腕の遊撃要因が加われば、ドスジャギィが如何に統率を試みようと全く手が付けられない。それどころかドスジャギィ自身も遊撃要因の強烈な牽制の為に迂闊に動くことが出来なかった。
 だがそこにも綻びはあった。
「そこだぁっ!」
 正太郎が銃槍をドスジャギィに向けて引き金を引き絞る。
 地に響くような轟音と共に銃口が火を噴き、放たれた弾丸は狙いから逸れてドスジャギィの首を掠めて後方へと飛んで行く。
「きゃあっ!?」
「ふわっ!?」
 しかし、突然の銃声に怯んだ神無と小冬がバランスを崩した。
 不意に現れた好機にジャギィノスが裂けた大きな口を開き、鋭い乱杭歯が並んだ顎で神無に喰らい付かんと襲い掛かる。
「しまっ!?」
 正太郎が自分の迂闊さを呪いつつも神無を守ろうと駆け出すが、今の自分の位置からではとても援護には間に合わない。
 しかし飛来した黒い短刀が、神無に喰らい付こうとしていたジャギィノスの額に吸い込まれるように突き刺さり、もう一方では隙を見せた正太郎にドスジャギィが反撃を試みるが、その腹部にはヴォルフが手にしていた刀が投じられ鍔元まで突き刺さった。
「苦無? ヴォルフ?」
 小冬は苦無を投じて神無を助けたヴォルフの姿を確認しようと視線を走らせ、彼のその背後にジャギィノスが大口を開いて今にも噛み付こうとしていたのを目にした。
「ヴォルフ!」
 小冬が叫ぶが、その時には既にヴォルフは自身の頭を噛み砕かんとしていたジャギィノスの顎を振り向きながら躱すと、ジャギィノスの首と胸元に手を添えるとそのまま一気に地面に叩き付けるように投げ飛ばした。
 肉が地面を打つ生々しい音が響くと共に、ヴォルフは抜き放った苦無をジャギィノスの喉に突き刺し横へ抉って致命傷を与えた。
「やあっ!」
 そして椿の横殴りの一撃を受けたジャギィが吹き飛んだのを最後に、残ったジャギィ達は自分達が圧倒的に不利になったことを悟り、一目散に逃走していく。
 蜘蛛の子を散らすかのように、瞬く間にジャギィの群れは姿を消した。
「……片付いたぁ~」
「っ! あいつまだ……!」
 神無が溜息混じりに言うが、小冬が腹に刀が刺さったままのドスジャギィが起き上がるのを見て声を上げる。
 刀の刺さった部分から血を滴らせながら歩くドスジャギィは、足元がふらふらと覚束なかったがまだ戦う気の様だった。
 もう長くは持たないと悟ってはいるのだろう。だが、それでも一矢報いなければならないという、群の長たる誇りを宿した目をしてヴォルフを睨み付けていた。
「このやろ……っ!? ヴォルフ?」
 正太郎が銃槍を向けようとするが、ヴォルフはドスジャギィの前に立つ共に正太郎を『俺一人で充分だ』手で制す。
「……」
 武器は構えたままだったが正太郎はヴォルフの指示通りに下がった。
 対峙する一人と一頭。それは(さながら)ら、互いの誇りを掛けた決闘のようだった。
 しかし、ヴォルフは無手だ。刀は相対するドスジャギィに刺さったままで、ヴォルフの手元には苦無が一本。しかし、それは鞘に収められている。
 ヴォルフは両腕を下げて何の構えも取らずに相手を見据えており、対するドスジャギィも歯を剥き出しにしながらも、ヴォルフを見据えている。
 それを、神無達は固唾を呑んで見詰めていた。
 沈黙がその場を支配する。耳が捉えるのは、その様子を見る各々の押し殺すような呼吸の音……そして――――――――小さな風が吹いた音。
 舞い落ちる一枚の木の葉。ゆらゆらと不規則に揺れ落ちる様は風流でもあり、自然と季節の儚さを示すようでもあった。
 それがヴォルフに近付いて――――――――音を立てて爆ぜた。
「ギャォォォォオオオオオオオオッ!」
 その瞬間にドスジャギィは正に爆ぜたかの如く勢いでヴォルフへ突進した。渾身の一撃を持って頭を噛み砕かんと大きく開けた口がヴォルフに迫る――――――――――しかし、ヴォルフは既に刀の柄頭近くを右手で握り締めていた。
 ヴォルフは刺さった刀をそのまま振り抜きながら、一本の踏み込みと共に、肘と肩、そして腰の全ての動きが一体となった一連の動作で、左の掌を鍔元の柄に叩き付けた。
 その打撃は衝撃となって刀身へと伝達し、その威力はドスジャギィの胴を半ばから一直線に断ち切った。
 振り返るように抜かれた刃と共に、その軌道に沿って鮮やかな半円を描きながら鮮血が散って行った。
 谷間のような切り口から鉄砲水のような鮮血が噴出す中、命を失ったその体はゆっくりと地面へと倒れていった。
 崩れ落ちたドスジャギィに背を向けたままヴォルフは、刀を軽く振って血を払い鞘に収める。
「夏空と梓は周囲を警戒。小冬と神無は二人を護衛に。神無は救助者の様子を診てくれ」
『了解』
 勝利の余韻に浸ることも無くヴォルフは指示を出し、指示を受けた彼女達は一斉に行動に移った。
「さて……」
「分かってるよ。さっきの砲撃だろ?」
 自分にだけ指示を出さずに残した事で、その意図を察していた正太郎は自身が招いた危機を自ら口にした。
「一度も訓練に用いなかった武器を実戦で使う事が、どれほど危険か分かっただろう?」
 訓練で使うことの無かった武器の使用。取り分け銃槍(ガンランス)という特殊な武器は相当に慣らさなければならない物だ。担い手自身も、共に戦う者達も。
「ああ。今回は今までどおり訓練で使ってた槍を使うべきだったんだ。そうすりゃあ、皆を危険に晒させずに済んだ」
「それで良い」
 顔を歪めて悔しそうに告げる正太郎に、ヴォルフは簡潔に告げる。
「自分の非に、自分で気付き自分で認めて悔いる。それが出来ればお前はまだ伸びる。銃槍をこれからも使い続けると良い」
 ヴォルフはそう言い残すと少し放れた所にあったジャギィノスの骸に近付いて、苦無を回収し始めた。
「……敵わねえな」
 正太郎はヴォルフの言葉を脳裏で反芻させつつ、溜息混じりに呟いた。よくよく思い出してみれば、今回ヴォルフはやたらと自分達に視線を向けながら戦っていた。
 それは訓練の成果を見極めるためだろうが、自分が仕出かすだろうミスに逸早く反応できるように様子を伺っていたのだという事が、正太郎は今になって理解した。
 とても年下とは思えない、年長者のような振る舞いは流石はベテランというか、今までの人生を戦いのみに費やしてきた者との違いというか……そういった物を、改めて知った。
「怒られてやんの」
「ぬなっ!?」
 突然の背後からの呟きに正太郎は奇声を上げつつ跳び上がった。その拍子に背負った銃槍と楯の重量もあってかバランスを崩して尻餅をついた。
「ふ・ふ・ふ」
 見れば小冬が意地の悪い挑発的な笑顔で、正太郎を見下ろしていた。
「小冬嬢……びっくりさせんでくれよ」
「嫌よ。つまらない」
 正太郎は小冬の言葉に苦笑しつつも立ち上がり、彼女はそんな彼に興味を無くしたのか、後方でいつもの呑気な笑顔を浮かべた夏空の方へと向かった。
 そんな小冬を見ながら溜息を吐くと、アイルーのトラが近付いてくる。
「お疲れニャ」
 トラはそう言って背負っていた筒状の鞄から竹製の水差しを出して勧めてくる。
「ありがとよ」
 水差しを受け取りながら、次からの訓練に思いを馳せる。ガンランスを自在に使いこなす為の訓練の様子……の筈が先日の模擬訓練でボコボコにされた事を真っ先に思い出してしまい、憂鬱になった。
「ああ。本当に敵わねえや」
 余談だが梓曰く……何やら呟きながら水を飲む彼の姿は哀愁が漂っていたらしい。






「すまない。助かったよストラディスタ」
 苦無を回収し終えたところで、朱美が礼を言いにきた。
「以前、俺も助けられた」
 それに俺は今は仮住まいとはいえユクモに住んでいる。同じ地で暮らす者は助け合う物だ。
「俺もまた何処で危機に陥るか分からない。その時は頼む」
「あいよ」
 俺の言葉に朱美は肩を竦めながら答えた。
「……ヴォルフ・ストラディスタ、だったか?」
 朱美の隣に立っていた大剣を背負った男が尋ねてくる。
「ああ」
「俺は黒長(くろなが)一鉄(いってつ)だ。テツって呼んでくれ。それと礼だ。助かったよ」
「ああ。俺の時は頼む」
「人狼とか言われてる奴のピンチとか想像付かんがね……っとスマン。気を悪くしないでくれ。口が軽いもんでな」
 一徹という男は強面に似合わずお喋りな性格のようだ。
「構わん。聞き慣れた」
「そうかい。そう言えば、あいつ等を鍛えてくれているんだってな?」
 一徹は救助者の怪我の有無を確かめている神無と、アイルーと何かを話している正太郎を差して尋ねてくる。
「大したもんだな。皆見違えたぜ。特に正太郎……随分と変わったな。ヘマをやらかすのは相変わらずだが」
 一徹は何処か嬉しそうに正太郎を見て言った。
 強面だが正太郎と同年代のようだ。……どうやら正太郎はこの連中に付いて行けなかったから、門番をやるようになった訳か。
 かと言ってこいつ等が悪い訳じゃない。当時の正太郎は自分を変える事が出来なかっただけだ。それでは見放されるのも無理は無い。
 だが、この男は素振りから正太郎の事を気にしていたようだ。
「確かに強くはなった。だが、あんた達にはまだ追い付いていない」
「そう簡単に追い付かれたら困るけどな」
「そうそう」
 一鉄の言葉に朱美が相槌を打つ。それもそうだな。だが今回の件を機に、このチームは更なる高みを目指すだろう。特に一徹には競争意識を向けられている気がする。
 追い付かれまいと焦らなければ良いんだが。高望みして大物に挑み、返り討ち……何て事になったら目も当てられん。
「ヴォルフさん! アオアシラが!」
 滅多に声を出さない椿の声がアオアシラの接近知らせる。
「怪我人を中心に円陣を組め!」
 指示を下すと全員がすぐに救助者と怪我人の周りに集まる。アオアシラか……そう言えば近くに居ると言っていたな。先程までの騒ぎを聞いて現れたか……だが、ジャギィ達の動きの変化に気付いていない筈が無いのだが。
 モンスター達は危機に敏感だ。取り分け天敵を持つ類は常に気を張って周囲に意識を向ける。
 自分の勢力圏に入り込んだドスジャギィ達の異変に気付いたのなら、わざわざ近付こうとはしない筈だ。それともアオアシラは前に現れた固体のように、横取りやお零れ目当てに現れるのがアオアシラの生態か?
 だが、アオアシラはドスジャギィに対して自身が優位に立てる点は膂力(りょりょく)位の物だろう。単なる力技で集団戦を駆使する群に戦いを挑むものか?
 考えている内に円陣が出来た。そして椿が見たという方向に対し、俺が先頭に立つ。勿論、左右に夏空と梓の射出武器を持つ者を、後方には一徹ともう一人槍を持ったハンターを配置して万一包囲された際に対応できるように構える。
「来たか」
 俺の言葉に全員が反応する。
 木々の向こうからアオアシラが姿を現した。
 ……だが妙だ。しきりに後方を気にしているようだ。まるで―――――――
「全員防御体制! 12時方向!」
 俺の急な指示の変更に全員が戸惑う。
「オイ! どうなってんだよ!?」
 朱美の仲間の一人、太刀を持った男が声を荒げた。俺は言葉を返さずに前に出た。
 俺の姿を見たアオアシラは一度立ち止まると、左へと方向転換して去っていく。やはりな……
 他の面々はアオアシラの行動が理解出来なかったようだ。単に大勢で待ち構えられて、諦めたとでも思っているのだろう。
「え?」
 小冬が声を漏らした。
「どうしたの小冬ちゃん?」
「……(まず)い」
「え?」
 小冬は気付いたらしい。もう少し速く気が付ければ形にはなるのだろうか。
「ここ、拙い」
「ええ。嫌な予感がしますぅ」
「に、逃げないと……」
 夏空と神無も気付いたようだがもう遅い。俺は腰の刀の鞘を握った。いつでも抜刀できるように――――――――そう。アオアシラは逃げていたのだ。自分が狙われていたのではない。相手の視界に入らない為に。
 大きな何かが地面を打つ音が聞こえた。重い音だ。一定のペースで此方に近付いて来る。近くに水溜りでもあれば波紋が起こるだろう。
「お、お母さん」
 救助者の中の子供の声が聞こえた。だが、母親は何も答えない。声を出す精神的な余裕すら、一般人には存在しない。
 そして、それが姿を現した。
「ジン……オウガ……!」
 誰かの搾り出したような声が僅かに耳に入るが、そんな者は最早雑音に過ぎない。
 碧の双眸が俺を捉える。間違いない。あの夜のジンオウガだ。
 俺は陣の先頭から右に逸れるように歩を進めた。決して背後の者達への道を譲るわけではない。奴の目は――――――――――俺以外見えていない。
「ヴォル君……」
 神無が何か言っていたが、瑣末事だ。今はただ……己の牙で語り合うだけだ。
 不意に風が吹いた。強い風だ。激しく揺らされた木々が周囲に無数の落ち葉を流れるように散らし―――――――
「アウォオオオオオオオオオオン!!!!」
「はああああああああああああっ!!!!」
 俺とジンオウガの咆哮でその全てが鋭い音を立てて破裂し、その直後には俺と奴は互いに交差していた。
 
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