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IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―

作者:★和泉★
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Development
  第二十六話 転校生

 織斑一夏があそこまで善戦できたのは何故か。

 才能、と言うほかあるまい。

 当然、努力や経験などのバックボーンがある人間に対して安易に使っていい言葉ではないが、彼にはそれらが何もない。あるのは、世界で二番目(はじめて)の男性操縦者という事実(かたがき)と織斑千冬の弟という立場だ。そしてこれらが導くものは、やはり才能なのだろう。

 では、紫苑はどうだろうか。
 
 やはり彼も同様だろう。遺伝子操作という過去はあれど、知らぬ他人から見ればそれはやはり才能なのだ。そして、彼はそれに驕らず努力も続けた。他の代表候補生などに比べればスタートは遅く、稼働時間にも差はあれどその技術は勝るとも劣らない。それに加えて彼はISのもっとも身近にいた人間の一人なのだ。

 そんな二人の戦う姿は、人を惹きつけた。あまりにも眩しかった。

 眩しすぎるが故に……目を背ける人間もいる。



 篠ノ之箒は、この一週間は少なからず幸せだった。紫苑との一件が少なからずシコリとなって残ってはいるものの、一夏との特訓は自身のアイデンティティを保たせてくれた。かつて、自分が認めるほどの剣の腕だった一夏に、自分が教えることができる。ISの操縦に関してもこれから教えてやろう、そう考えていた。

 だが、箒は見てしまった。自分のことなど、一足飛びで乗り越えてしまう一夏の姿を。そして思い出す、かつての剣においても自分はあっさり追い抜かれていたことを……。

 彼女の剣は、一夏に自分を認めさせるために続けてきたようなものだった。転校することになり一夏と別れたあとも、続けていれば、大きな大会で優勝すればどこかで彼が目にするかもしれない。いつか会ったときに勝って認めさせてやりたい。そう思っていた。
 事実、一夏は箒が中学の全国大会の優勝を知っていて、彼女は歓喜した。素直にそれを表には出せなかったが……しかし、すぐにそれは落胆に変わる。彼は剣道をやめていたのだから。
 だが、まだ間に合う。ISでも剣の扱いが上手ければプラスになる。ましてや、一夏にはやめたとはいえ昔の杵柄もある。だから自分が……と考えていた。

 しかし、彼に成長を促したのは自分ではなかった。
 目の前で自分をあっさり超えていく少年にきっかけを与えたのは、自分がいま最も認めたくない二人(・・)のうちの一人だった。

 その戦う姿は、それだけで一夏へ影響を与えた。自分が何年もかけて磨き、ようやく一夏に対して教えてやろうという考えを一瞬で砕かれた気分だ。
 それは、箒にとって才能の差を突きつけられるよりも残酷だった……。



 更識簪もこの試合を見ていた。箒と違って、彼女の場合は一夏と紫苑の双方に因縁がある。
 一夏は、彼の出現によって自身の専用機の開発が事実上凍結されてしまったこと。
 紫苑は、いまだ簪が秘めたる何かによって……。

 半ば逆恨みに近い形で敵意を持った相手である一夏は、その才能の片りんを見せた。彼女にも日本の代表候補生であるというプライドは少なからずある。にも関わらず、専用機を後回しにされたのは国の事情、珍しい男性操縦者という一点のみ、そう考えてきた。
 そんな中で彼が見せた才能。自分が専用機を持てないでいる間に、彼は自分をあっさりと超えていくかもしれない。その考えは彼女の小さな自尊心を揺さぶるのに十分な出来事だった。

 そして、何より超えたいと思っていた自分の姉。それに比肩するも、敗れた者の戦いを目の当たりにする。それは追っている姉の姿がさらに遠のくような錯覚を覚えさせた。
 専用機の事も、姉の事も、紫苑の事も、誰かに相談できれば或いは簡単に解決できることだったかもしれない。しかし、できないからこそ彼女は袋小路へと進んでしまう……。



 そして、この戦いはセシリア自身にも当然ながら大きな変化を与えていた。







「数々のご無礼、申し訳ありませんでした」

 僕の目の前で、オルコットさんが深々と頭を下げている。
 千冬さんと別れて部屋に戻ろうとした僕をオルコットさんが追いかけてきたと思ったら、いきなり謝ってきた。彼女にも一日くらい考える時間が必要だと思っていたから、すぐに彼女のほうから話しかけてくるのは意外だった。 

「頭を上げてください。私の方こそ厳しいことを言ってしまいました……ですが、いい試合でしたよ」

 僕の言葉に、オルコットさんが顔をあげる。その表情は僕に対する申し訳なさと試合を褒められた嬉しさが入り混じったような何とも言えないものになっている。

「わたくし……ようやく気付けましたの。今まで自分がどれだけ狭い世界にいたのかを。織斑さんが……そして、あなたが教えてくださいました」

 そう言いながら、今度は真っ直ぐ僕の目を見るオルコットさん。その瞳は半日前の彼女のものとは明らかに違う。

「私はきっかけを与えただけですよ。あなたが変わったのは何よりあなた自身……あとは織斑君でしょう?」

 僕との試合だけでは彼女は気付けなかった。でも、織斑君と対することで彼女が考え、そして今の彼女に至れたんだ。

「……そうですね、彼はとても不思議な男性です。今までわたくしの周りにはあんな方はいませんでした。今まで、卑屈な父がどうしても好きになれずそれが男性不信のようなものに繋がったのかもしれません。ですが彼は……」

 そう言い、彼女は俯く。心なしか少し顔が赤い気がするけど……もしかして?
 それも仕方ないか……彼女にとってそれだけ織斑君との出会いが衝撃的だってことだよね。でも、織斑君かぁ、ライバル多そうだし彼女も苦労しそうだなぁ。

 そんなことを考えていたら、その赤らめた顔を上げる。その瞳はウルウルしており、何故か僕を真っ直ぐ見ている……え?

「彼を見て、わたくしも男性と向き合ってもいいとも思えました。彼が、この先どこまでいくのかを見たいとも思えました」

 あれ、なんか嫌な予感がする……なんだろう、この感覚は。彼女は別に変なこと言ってないんだけど。

「それと同じくらい、いえそれ以上にわたくしに衝撃を与えてくれたのはあなたの存在です。ですから、その……これからもご指導くださいね、お姉さま!」
「……え、ち、ちょっと!?」

 いや、なんでさ!? さっきまでの流れだったら織斑君のことが……ってとこじゃないの!? 高島さんや小鳥遊さんも未だに僕のことを『お姉さま』って呼んでくるしオルコットさんまで呼び出したら……あぁ……想像したくない。

 僕が止める間もなく、彼女はそのまま走り去ってしまう。半ば僕はその後起こり得る出来事に頭を抱えながら茫然としてしまった。
  
「み~た~わ~よ~」
「きゃぁ!?」

 突然耳元で誰かが囁き、思わず悲鳴をあげてしまう。

「ふふふ、可愛い悲鳴出しちゃって。それにしても青春してるわねぇ、紫音ちゃん」
「た、楯無さん……」

 思わず飛び退いて、声のした方を見るとそこにはニヤニヤした楯無さんがいた。
 あぁ……僕はまたなんて声を出してるんだ……。

「そ、そんな落ち込まないでよ。それにしても、青春してるわねぇ。彼女恋する乙女って感じだったわよ」
「あぅ……」

 いろんな意味でショックな僕はそのまま項垂れる。

「ま、慕ってくれる子が増えるのはいいことじゃない。それに、別に彼女はあなたに惚れちゃったというかそういう訳じゃないわよ、きっと」
「そ、そうでしょうか……」
「……なに今さらそんなに動揺してるのよ。去年は散々周りの女の子誑かしてきたくせに」

 やめて! バレンタインの出来事は思い出したくない! フォルテさんなんか暫くチョコレートを見るだけでプルプル震え出したくらいだし。
 あぁ……でもそういうことか。

「そ、他の子たちと同じよ、一種の憧れね。……まぁ、多少違う子もいるようだけど、あの子の場合は大丈夫よ……たぶん。どっちかというと織斑君に興味がありそうだけど、あなたのインパクトが強すぎて自分の気持ちがわかってないって感じかしらね」

 はぁ、なんか所々不安になるような言い回しだけどそういうことなら大丈夫かなぁ。

「ま、頑張りなさいな、お姉さま」
「た、楯無さん!?」

 最後に一言、的確に僕の傷口に塩を塗り込んで楯無さんは立ち去る。
 完全に面白がってるな彼女は……。



 その後本音さんに聞いた話だと、1組でオルコットさんがクラスメイト全員に頭を下げたらしい。まだ高飛車なところは変わらないみたいだけど、試合の結果もあって代表としてクラスに認められたようだ。
 織斑君ともあれから仲良くしているようで、そのせいで箒さんと険悪な雰囲気になったとか。

 う~ん、箒さんとはこれをきっかけに仲良くなって欲しいんだけどな。織斑君に依存しているように見える彼女にはほかに頼れる友人を作って欲しいと思うんだけど……難しいかな。彼女からしたらオルコットさんはライバルに見えるかもしれないし。
 でも、是非織斑君にはオルコットさんをノーマルに留まらせて頂きたい。ミュラー先生みたいな道に進ませないで欲しい。

 え、ミュラー先生のお仕置き? あはは……思い出したくない。あれはいろいろ危なかった……。

 それから一週間くらいは僕はミュラー先生と目を合わせることができなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「はぁ……」

 この日、僕は何度目かのため息を吐く。
 
 オルコットさんとの試合以来、簪さんの様子がおかしい。ちょっとは改善されたと思った関係も以前のようにほとんど会話の無い状態に戻ってしまった。それに加えて、何かに憑りつかれたように専用機の開発に没頭している。
 原因は……やっぱり試合かなぁ。僕だけじゃなくて織斑君の試合も見て思うところがあったのかもしれない。ちゃんと話をしようにも取り合ってくれないからどうにもならない。また以前みたいにきっかけが必要かな。

 加えて……箒さんも悪化した気がする。簪さんと違って、会ったりすれ違ったりしたときは挨拶や目礼くらいはしてくれるんだけど、織斑君にほとんど付きっきりになっている。僕が近くにいるとすぐに距離を取ろうとするからあれからまともに二人とは会話できていない。
 最近はオルコットさんもその二人に加わって、三人でいるところを見かける。まぁ、彼女の場合は他のクラスメイトとも今はうまくやっているみたいだし、僕のところにもたまに話に来てくれる。
 ……僕の呼び方は変わってないけどね!  一度クラスに来て『お姉さまはいらっしゃいますか?』って言いだして、クラス中から視線を浴びたよ……。しかもそれを聞いた高島さんと小鳥遊さんがなんだか嬉しそうにしていたのが気になる。

「……はぁ」

 まぁ、そんなことを考えても気は晴れない訳で。
 暗鬱な気持ちで集中できないため、日常となっている道場での素振りを少し早めに切り上げて校舎へ向かう。まだ時間が早いため、歩いている生徒はほとんどいない。

「ねぇ、ちょっと。そこのあなた!」

 入口に差し掛かったところで急に声を掛けられる。周りに人がいないため、僕に対してだとわかった。
 振り返ると、そこには見覚えのない艶やかな黒髪をツインテールにした小柄な女の子がいた。手には、小柄な体とは不釣り合いともいえる大きなボストンバックを持っている。

「はい? 私でしょうか?」

 もし僕じゃなかったら恥ずかしいので、一応そう聞き返してみる。
 そうすると、彼女はそのまま僕に近寄ってくる。

「あ……」

 ん? 急に黙ってしまった……もしかして人違いだったかな?

「あの?」
「あ、あぁ、ごめんなさい。私、今日からこの学園に転入するんだけど、えっとなんだっけ……そう、総合事務受付? の場所がわからなくて。よかったら案内してくれないかしら?」
「はい、構いませんよ」

 見たことない子だと思ったら転校生だったのか。私服だからよくわからないけど、一年生でこの時期っていうのは考えにくいから上級生かな?

「ありがと! あたしは凰鈴音(ファンリンイン)、1年2組よ。ん~……」
 
 予想は外れたようだ。入学が遅れた訳じゃなく、転入扱いなのは何か事情があるのだろうか。
 それはそれとして、凰さんと名乗った少女は僕の顔を見ながら何故か再び黙り込んでしまう。

「? どうしました?」
「いや……あなたの肌、すごい綺麗ね。それに凄い美人だし。正直、ここまでだと凹むどころかむしろ尊敬しちゃうわ……」

 あぁ、そういうことか……なんだろう褒められてるのに素直に喜べない。

「そ、そう……ですか。あり……がとうございます。はぁ」

 自分でも顔が引き攣ってるのがわかる。
 一応、お礼は言えたけど不意打ちだったせいかため息まで漏れてしまった。

「……ぷっ。なんで美人って言われて落ち込むのよ、変な人ね」

 確かに、客観的に見たらおかしいだろうことは自分でもわかる。
 気を取り直して、とりあえず職員室に向かって歩き出すも、凰さんはツボに入ったのか僕の落ち込み具合が面白かったのかそのまましばらく笑っていた。

「もう、いつまで笑ってるんですか。つきましたよ、凰さん」
「あはは、ごめんごめん、ありがとね。えっと……」

 言葉に詰まる凰さんを見て、自分が名乗ってないことを思い出した。
 いや、凰さんが名乗った時点で僕も言おうと思ったんだけど、美人って言われたショックで忘れたんだよ……。そう言われることには不本意ながら慣れてはきたんだけど、面と向かって初対面の人に言われるのはやっぱりダメージが……。

「申し遅れました。1年4組の西園寺紫音です」
「う~ん、型っ苦しいわねぇ。そうだ、私のことは鈴って呼んでちょうだい」
「ふふ、わかりました、鈴さん。ただ話し方は普段からなので許してください。これから学園ではよろしくお願いしますね」
「まぁ、それなら仕方ないわね。えっと紫音……でいいかしら? こちらこそよろしくね」

 そう言うと彼女は部屋へと入っていった。
 サバサバとした子だったなぁ、なんか最後は強引に押し切られた感があるけど悪い気はしない。さっきまでの暗い気分もいくらか吹っ飛んだ。
 転校生ということで、僕に対する先入観がないからか気軽に接してくれたのは嬉しい。でも、彼女が僕の事情を知ったらどうなるだろう……それを考えたらまたちょっと憂鬱になった。







「はぁ、やっとついたわね」

 IS学園の正面ゲートで佇む一人の少女……凰鈴音はため息とともに独りごちる。
 それも仕方ない。はるばる遠く中国からこの学園までやってきたのだ、ため息の一つくらいは出るだろう。 
 
 凰鈴音は中国の代表候補生であり、この日学園へと転入することになっている。だがなぜ、入学ではなく転入なのか。それは彼女が学園へ通うのがイレギュラーだったからだ。
 いや、その言い方は適切ではない。もともと、中国軍部は彼女に学園への入学を要請していたが彼女は拒否し続けていた。他に適切な候補者がいなかったため保留となっていたのだが、彼女が急遽入学を希望。そのころには入学候補が決まっていたにも関わらず軍部を半ば脅す形で許可を得る。
 学園へ来るのが遅れたのは、そういったゴタゴタがあったためだ。

「それにしても……」

 上着のポケットからクシャクシャになった紙を取り出す。大事な書類であろうはずのそれの姿が、彼女の大雑把な性格を如実に語っている。

「なんなのよ、この本校舎一階総合事務受付って! こういうのって普通職員室じゃないの? だいたい、名前が長ったらしい上にどこにあるのかよくわからないのよ!」

 その書類にはしっかりと地図が書いてあるのだが、クシャクシャにつぶれたせいで文字が見えにくくなったりとわかりにくくなってしまっている。自業自得なのだが彼女にとってはそれも無かったことになっているようだ。名前や職員室云々に関してはもっともな意見ではある。

 再びポケットに紙くず……もとい、書類を無造作に詰め込む。

「ん~、だれかに案内してもらおうにも……」

 一人で叫び続ける少女の周りには人がいない。いや、別に彼女を避けているわけではなく単純に朝早いがためにまだ生徒が少ないだけなのだが。

「はぁ」
「はぁ」
「ん?」

 とりあえず、校舎の入口あたりまでたどり着いたあたりで再びため息を漏らす。すると、なにか自分以外のため息が重なったような気がしてあたりを見回すと、そこには銀髪の生徒がいた。チラッと見えたリボンの色は青、一年生だとわかった。ちなみに、この学園ではリボンで学年がわかるのだが一年は青、二年は黄、三年は赤となっている。とはいえ、規則が緩いのか必須ではなくつけていない生徒もいる。余談だが当然、一夏はリボンはしていない。

 ようやく見かけた人影に、これ幸いと声をかける。

「ねぇ、ちょっと。そこのあなた!」
「はい? 私でしょうか?」
「あ……」

 声をかけた少女が振り返り、その姿をしっかりと確認できるようになると思わずその容姿に息をのんだ。モデルのようなスタイルに整った顔、美しい銀髪、同じ女である自分ですら見惚れてしまうような少女だった。
 黙り込んでしまった鈴に対してその少女が訝しんで声をかけてくる。我に返った彼女は慌てて謝り、自分が転入生であることと目的の場所への案内をお願いする。

 その後名乗ったあとに思わず、先ほど彼女を見たときの感想を漏らしたのだが……。

「そ、そう……ですか。あり……がとうございます。はぁ」

 なぜか、目に見えて落ち込んでいる。先ほどまで綺麗な笑みを浮かべていた表情は曇り、心なしか引き攣っている。最後にはため息まで出ている。
 先ほどまでの凛とした姿と、容姿を褒めたら急に落ち込んでしまっている目の前の少女のギャップになんだか鈴はおかしくなり、噴き出してしまう。そのまま事務受付室に着くまで笑っていたのだが、若干彼女は少し頬を膨らませていた。本気で怒っているわけではないのはわかったが、その可愛らしい仕草にまた笑ってしまう。

「あはは、ごめんごめん、ありがとね。えっと……」

 そこまで言って、名前を聞いてないことに気付く。自分の言葉に急に落ち込んでいたからそのまま聞けず仕舞いだったのだ。言葉に詰まった理由を察したのか、鈴が聞く前に目の前の少女が口を開く。

「申し遅れました。1年4組の西園寺紫音です」

 鈴は、この短い時間で紫音という少女のことを気に入ってしまっていた。鈴が言うのも変な話だが初対面の彼女にも普通に接してくれ、その中で様々な表情を見せてくれた紫音。
 かつて日本で生活した時期がある鈴だが、一つを除いてあまりいい思い出はない。当然知り合いも少ない中で、紫音という同学年に最初に出会えたのは僥倖に思えた。別に彼女は独りが寂しいといったこともなく積極的に友人を作るタイプではないが、自分が気に入った相手がいればその限りではない。

 多少強引ではあったものの、紫音とは持ち前のアグレッシブさでお互いに名前で呼ぶようになり、別れた。

 面倒な手続きを終えた鈴はクラスに合流する。思ったより時間がかかってしまい、SHRの始まるギリギリの時間になってしまった。そして、そのSHRで一つの騒動が起きた。
 せっかく専用機持ちがきたのだから、とクラス代表を押し付けられたのだ。いや、彼女にしてみたらクラスメイトに煽てられて快諾しているのだが。

 そして、昼休み。ようやく自由に動けるようになった彼女は自分が日本に来た目的の一つである……織斑一夏の元へと向かった。



「で、どういうことだ一夏」
「わたくしも興味がありますわ」
「ただの幼なじみだよ」
「……」

 そう、幼なじみ。かつて日本にいたころのたった一つのいい思い出。この学園へ急遽入学を希望したのも彼がいるとわかったから。なのだが……何故か久しぶりの幼なじみは横に女生徒二人を侍らせていた。
 箒はともかく、セシリアは流れで一緒にいる部分が大きいのだが鈴にわかるはずもない。

「何睨んでるんだよ?」
「睨んでないわよ!」

 鈴の心中を理解できない一夏はやはり一夏だった。
 幼なじみという単語に怪訝な顔をしたのは箒だ。彼女もまた一夏の幼なじみなのだが見覚えがなかった。それもそのはずで、箒が一夏のもとを離れたタイミングでやってきたのが鈴である。その後、中国に帰国して今に至るわけだ。

「初めまして、凰さん。セシリア・オルコット、イギリス代表候補生ですわ」
「へぇ、そう。あなたもクラス代表なんだっけ? ま、戦ったら勝つのはあたしだけどね、そのときはよろしく」
「なっ!?」

 悪びれず、手をひらひらさせながらそう答える鈴にセシリアは激昂しかけるも寸前で落ち着いた。なんとなく、以前の自分と重なってしまったからだ。

「お、おい鈴。いきなり挑発みたいな真似するなよ……。セ、セシリア?」

 まるくなったとはいえ、元来のセシリアの性格を知っている一夏は恐る恐る彼女のほうを見る。すると顔が赤くはなっているものの、いくらか落ち着いてはいるようだった。

「だ、大丈夫ですわ、一夏さん。お姉さまに言われましたから、わたくしは常に冷静ですわ」
「そ、そうか」

 とはいえ、そうそう性格が矯正される訳でもなく彼女の額には青筋が浮かんでいる。もっともそれだけで耐えている彼女の成長を褒めるべきか。
 ちなみに二人は和解した際にお互い名前で呼び合うようになっていた。一夏がオルコットは呼びにくいというなんとも味気ない理由で……。

「お姉さま?」

 その言葉に疑問を持ったのが鈴だ。見るからにプライドが高そうで、現に簡単な挑発で怒りに震えている彼女がそう呼ぶ相手のことが気になった。

「ん? あぁ、4組の西園寺さんのことだよ。ちょっと前にセシリアと模擬戦やって勝った人」
「西園寺さん……って紫音のこと? 銀髪のすっごい美人」

 つい数時間前にであった少女の名前が出てきて鈴は驚く。まさか、彼女が代表候補生に勝てるような人だったとは思っていなかった。彼女は基本的に国外に興味がないため、西園寺の名前も代表候補生であるセシリアの名前も実は知らなかった。西園寺の機関だったSTCの名前くらいは知っているのだが。

「そう……って知り合いなのか?」
「えぇ、朝ちょっと世話になったの」
「そっか、俺も間接的にお世話になったんだよ。いやぁ、あの人本当に美人だよなぁ。スタイルもいいし、ちょっと近寄りがたい感じはするけど」

 自分の気も知らず他の女性のことを褒めだす一夏に、鈴は若干の苛立ちを覚える。それは残りの二人も同じようで……。

「一夏!」
「一夏さん!? お姉さまに色目を使うのはやめてください!」
「え、いや違うって!? た、ただもっとゆっくり話したりしたいなぁって思っただけで」

 その明らかに狼狽した姿に鈴は新たな強敵の出現を感じて頭を悩ませた。
 ようやく再会できた幼なじみ……いや、想い人が女生徒二人を侍らせているだけでなく、あの非の打ちどころのない美人と話をしたがっている状況。

 勘違いも甚だしいのだが、それを知るものはこの場にはいない。

 鈴という新たな乱入者を交えて、紫苑の周りはさらに混沌と化していく……。


 
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