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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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四 暮色蒼然

中忍選抜第二試験の担当試験官、みたらしアンコの案内により第二試験場に着いた受験生達は、目の前の光景を眼にすると息を呑んだ。…一人の少年を除いて。

眼前に広がるのは、鬱蒼とした不気味な森。その奥からはギャアギャアと喧しい鴉の鳴声に雑ざって猛獣のような唸り声が聞こえてくる。


「此処が『第二の試験』会場、第四十四演習場…別名『死の森』よ!」
愉快そうに笑みを浮かべるアンコとは対照的に、受験生達は蒼褪めている。
「…何か、薄気味悪い所ね…」
ナルと同班である春野サクラが、誰ともなしに呟いた。
「フフ…此処が『死の森』と呼ばれる所以、すぐ実感することになるわ」
サクラの呟きが聞こえたのか、アンコはますます笑みを深める。ニヤリとした冷笑だがどこか色っぽさを感じさせる笑みである。
「だーいじょうぶだってばよ!サクラちゃん!怖くなんかないってば!!」
サクラを慰めるように、強がりながらナルが声を張り上げた。
「そう…君は元気がいいのね…」
ナルの態度を見てニッコリ微笑んだアンコは、おもむろに袖からクナイを取り出す。下忍には速すぎるスピードでそのままソレを彼女に投げつけようとした。


その瞬間―――――――体が凍りついた。


(なにっっ!!!)

体の全機能、心臓までもが止まるような凄まじい殺気がアンコを襲った。
声どころか息もできず、殺気の出所も全く把握できない。しかも、彼女以外の人間が平然としていることから、アンコただ一人に向けられたモノだと理解できる。
実際殺気を感じたのはほんの数秒だったが、アンコにとっては未来永劫に続くかのように感じられた。
そのお蔭で手元が狂い、投げつけたクナイはナルに傷一つ負わすこともなく。
気づいた時には受験生である草隠れの下忍に、投げたクナイを返されていた。


第二試験の説明を受け、『死の森』に繰り出していく受験生達の後ろ姿を見送りながら、アンコは先ほどの殺気の出所について思案に暮れていた。
(あれほどの殺気…普通の下忍が出せるような代物じゃない…一体誰…ッ)
殺気の余韻がまだ体の芯に残っており、震える身を抱き抱えるようにしながら彼女は顔をしかめた。
「なんにせよ、今回の中忍試験…嫌な予感がするわ…」
アンコは『死の森』を、一人見据えて呟いた。







「これから俺達は単独行動に移る」

『死の森』に入ってすぐナルトが口にした言葉に、多由也と君麻呂は唖然とした。
これから五日間ナルトと共に行動できると期待していたために、彼らが受けた衝撃は計り知れない。
「どういうことだ」
不満を隠しもせずに、多由也が仏頂面でナルトに尋ねた。
「多由也にはドス達三人を見張ってほしい。彼らは器候補・うちはサスケを狙って木ノ葉忍びを襲う手筈になっている。だがドス達の力量では、返り討ちに合う可能性が高い。そこで多由也。しばらくは様子見、雲行きが怪しくなったところでドス達の回収。だが、あくまでこれは計画の一端だから、木ノ葉に手は出さないでくれ」
「そういうことか…わかった」
しぶしぶ納得した多由也に一瞥を投げ、ナルトは君麻呂に向き合った。
「君麻呂には砂忍を見張ってもらいたい。ただし、ある程度距離をとった上でだ。砂は音とつながっているとはいえ、信頼はできない。それに砂の切り札は情緒不安定のようだし…、あまり殺戮されても困る。ただ、本当に見張るだけにしておいてくれ。切り札は砂をオートで操るらしいからな」
「わかりました」
君麻呂は素直にナルトに従った。
「ナルト様は…どうなさるおつもりですか…?」
「俺は他にやることがある。巻物は俺が揃えておくから、次に会うのは塔の中ということになるな…。だが、万が一君麻呂・多由也の身に何かあった場合はそちらに向かうよ」
「それこそ、万が一にないぜ」
多由也は不敵に笑った。



君麻呂と多由也がそれぞれ別方向へ向かって行くのを見送ったナルトは、視線をそのままに、頭上へと言葉を投げかけた。
「聞いていたか?」
「はい」「ああ」
すぐさま返事が木々の合間から返ってきた。
さわさわと揺れる新緑が、姿が見えない人の存在を醸し出す。
「悪いが、二人には第二試験の課題―巻物を集めてもらいたい」
「巻物?…もしかして、先ほど森に入ってきた下忍さん達が持っているモノですか?」
察しの良い少年―白が、眼下のナルトに問いかけた。
「ああ。『天の書』と『地の書』の巻物がそれぞれ一本ずつ下忍の班に配られている。五日以内に森の中心にある塔まで、『天地』の巻物二種類を揃えて持って行くのが、試験課題だ。そこで、再不斬は『地の書』。白には『天の書』を集めてほしい。なるべく多くな」
「だが、どのチームがどちらの巻物を持ってんのかわかんねーんだろ?」
大柄な男―再不斬の尤もな意見に、ナルトは考える仕種をし、その場を見渡した。
傍で咲く黒白の百合に目を止めた彼は、それぞれの花弁を二枚ずつ手に取り、指に挟む。その状態で、ナルトは尋常ではない速さで印を結んだ。

黒白(こくびゃく)翩翩(へんぺん) 耀従之術(ようしょうのじゅつ)

次の瞬間、生を持たぬ、ましてや動くことなどできぬ花弁が空を舞い始めた。
まるでそれは、黒き蝶と白き蝶。
二枚の花弁が重なり合い、呼吸するようにひらひらと金髪少年の傍で踊る。
さながらその光景は、優美高妙な絵画かと魅せられる。

「再不斬は黒を追え。そいつは『地の書』の巻物に反応する。白は白い方を。『天の書』に反応する。巻物を持つチームが半径10メートル以内にいる場合のみ、動きを止める。それから、二人には巻物を奪う際に、二つ条件があるんだが…」
そこで一端、ナルトは言葉を切った。
「一つは、顔を見られる前に相手を昏睡させること。試験受験者以外の部外者だとバレたら不味いからな。二つは、音・木ノ葉・砂の忍びには手を出すな。黒と白が反応しても、これらの忍びの場合は見逃せ。」


彼の言葉を反芻した二人は、面倒な条件に嫌気がさしながらも、しぶしぶ承諾した。
「…殺さなきゃいいんだな?」
「それで…集め終わったら、どうやってナルトさんに渡せばいいんですか?」
「俺が二人の許へ行く。…頼んだ」
白と再不斬の去り際に、ナルトは一言声をかけた。
「…それから、草忍の髪の長い奴には気をつけろ…」
疑問を返すことなく、黒白の蝶にせかされて二人はかき消えた。



気配が完全に消えたことを確認した少年の姿もまた、音も無く消える。
人がいたことなど微塵も感じさせないその場には、不自然な百合が咲き誇っていた。









夕闇が迫る。

密集した森林に、僅かながらも差し込んでいた日差しが、ますます狭まっていた。
闇の世界へと同化しつつある林は、僅かの日光により山吹色へ染まる。
そんな中、木立の合間を全力で疾走する人影があった。
(まずい…っ。早く見つけないと…ッ!)
強張った表情で死の森を駆けるのは、中忍第二試験官みたらしアンコ。
彼女は、先ほど見つけた三体の死体から犯人をすぐに推測したため、柄にもなく焦っていた。

三体の死体の内一人は、試験が始まる直前、アンコが投げたクナイを返してきた草忍。
(あの時、既に入れ替わっていた!?…死体から顔を奪う術…【消写顔の術】。それができるのは、間違いなくアイツ…ッ)
暗部の出動を要請しておいたが、彼らが来るまでには己が時間を稼がなければ…そしてできることなら引導を渡してやる…忌まわしき過去に決別を。


(…それがあなたの部下だった…)
「私の役目よね…大蛇丸」
「無理よ」
静かに紡いだアンコの言葉に、大木から返答が返ってくる。
木と同化していた人物が、するりと彼女の前に現れた。

「【潜影蛇手】!」
アンコは、目前の人物―大蛇丸に向かって攻撃を仕掛ける。無数の蛇が大蛇丸に襲い掛かるが、大蛇丸は笑顔を絶やさない。それどころか、余裕の表情でアンコを木に叩き付ける。
しかしアンコとて負けずに体勢を入れ替えた。彼女はクナイを取り出し、己の手の甲と大蛇丸の手のひらを木に縫い付ける。

「へっ、捕まえた!…いくらアンタでも片手だけじゃ印を結べないでしょ!!」
勝利を確信し笑みをみせるアンコに、後方から絶望の声が響く。

「…影分身よ」
目前の大蛇丸が白煙になると同時に、背後の本体が印を結んだ。途端に、アンコの首筋を激しい痛みが襲う。
全く歯が立たない実力差。
「…今更…何しに来た…ッ!まさか…、火影様を…暗殺でもしに来たの…っ!?」
痛みに耐えながらも途切れ途切れに問うアンコを、見下しながら大蛇丸は笑った。
「いーやいや!…里の優秀そうなのにツバつけとこうと思ってね…」
冗談めかしたその言葉には、部下集めの目的が感じられる。しかし、それだけのためにわざわざ抜け忍である彼が帰ってくるだろうか…。
アンコは大蛇丸の真の目的を聞き出そうとしたが、首筋に浮かび上がった痣の痛みに耐えられず、木の幹に爪を立てた。
「ぐっ…う…ッ!」
「…さっき、ソレと同じ呪印をプレゼントしてきたところなのよ」
欲しい子がいてね、とアンコの首筋の痣を嘗めるように見ながら大蛇丸は語る。
「くっ、勝手ね…。まず死ぬわよ、その子…」
「生き残るのは十に一つの確率だけど、お前と同じで死なないほうかもしれないしね…」
「えらく…気に入ってるのね…その子…」
息も絶え絶えに紡いだアンコの言葉を、大蛇丸は愉快そうに一笑した。
「…本当は、その子よりもっと欲しい子がいるんだけどね…」




≪それは俺のことか?≫




突如として現れた人物に、大蛇丸は表情を強張らせた。
「い、いつからそこに…ッ?」
≪最初からだ≫
鈴の鳴るような澄んだ声が大蛇丸に返事を返す。
声は特徴の一つのはずなのに、男とも女とも、または子どもの声にもとれる。俺という一人称から男かと推測するが、己をオレと言う女もいるため当てにならない。
アンコは大蛇丸をも狼狽えさせる声の持ち主の姿を見ようとするが、なぜか第三者の声が割り込んだ瞬間に体が硬直しうつ伏せになってしまった。
呪印の痛みに加え、大蛇丸以上の威圧感がその場に張り詰めている。その重みに彼女の体は耐えきれず、指一本動かすことすら叶わなかった。


「まさか…あなたがこの中忍試験に来るなんてねえ…」
≪別に俺は賛成も反対もしていない。あいつらには荷が重すぎると思っただけだ≫
「まあねえ…。でも冗談抜きで、手伝ってくれることに変わりはないのよね?」
≪今回だけな≫
「…私としては、一生傍で仕えてほしいんだけどねえ」
≪それこそ冗談だ。俺はどこにも属さない。初めからそう伝えたはずだが?≫
「それでも…私は君が欲しい…」
≪返り討ちにされたくなかったら止めとけ≫


アンコはうつ伏せの状態で、二人の会話を一字一句逃がさぬように聞き入っていた。
大蛇丸の誘いを一蹴したことから、彼と対話している者は大蛇丸以上の実力を持っていることが窺える。なぜなら、大蛇丸は心底欲しいモノがあれば実力行使で奪う者。それを彼の元弟子だったアンコは嫌というほど知っている。
大蛇丸が実力行使でも手に入れられない理由、つまりそれは彼が敵わないということになる。
彼女は冷や汗をかいた。





≪ところで…そこのくノ一、まだ意識があるようだがいいのか?≫
謎の実力者に視線を投げられ、アンコの心臓は飛び跳ねた。
(殺される…ッ)
元々相討ち覚悟で大蛇丸に挑んだので、彼女は死ぬ覚悟ができていた。しかし、声の持ち主に殺されることだけは、なぜか避けたい思いで一杯になる。
「ああ…。釘をさすだけだから別にいいのよ」
大蛇丸は、アンコの存在を今気づいた風に装いながら笑う。
「くれぐれもこの試験、中断させないでね…」
その言葉を最後に、アンコは今まで保っていた意識を手放した。





辺りはすでに闇に暮れ、横たわるくノ一の姿を月の光だけが照らしていた。
 
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