魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
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第1章 『ネコの手も』
第15話 『このような理由』
「それでは、私はこれで」
トラガホルン夫妻が事前に予約したケーキを受け取り、士郎たち、なのはたちにぺこりと挨拶をして、店を後にしようとしたとき、
「ネコさんも何か食べていきませんか?」
桃子に呼び止められた。
コタロウはくるりと振り返り、
「いえ、結構です」
ぼんやりとした寝ぼけ目とは違い、すっぱりと断った。
「まぁまぁそんなこと言わずに、ウチのケーキは美味しいぞ?」
ウチの家内が作ったものは別格だ。と、にこりと笑って誘ってみるが、
「いえ、結構です」
『…………』
トーンを変えずに同じ言葉を繰り返した。
普通の人であればここから先、食い下がらずに「……そう、ですか」と相手の意見を主張してしまう――その証拠に2人の娘美由希となのはは彼の態度に少しむすりとする――のだが、高町夫婦はすぐに彼の性格をある程度、見定めていた。
「何か、お急ぎのご用件でもあるのですか? よろしければ、お伺いしても?」
「私はこのケーキをトラガホルン夫妻に届けなければなりません」
「ふむ。では、その2人から許可が下りれば、問題ないということかな?」
「はい」
「それじゃあ、聞いてみましょう?」
そこまで話し、コタロウがなのはに対し人目の無いところを伺って店内奥に引っ込んだ後、士郎は腕を組み、桃子は手を頬に当てて、
「感情が読みづらい人だが――」
「素直ないい方ねぇ」
彼に対する感想を述べる。
「美由希、お客様に対してそのような顔はよくないわ」
「え、でも」
「なのはもだぞ」
「あ、う」
新人たちは彼女たちの背後にいたため、表情を窺うことは出来なかったが、コタロウの態度を見れば、どんな表情をしていたかはなんとなく分かる。
「彼は別に、嫌だからあのような態度をとったわけじゃあない」
「ネコさんはただ単純に、トラガホルン夫妻のことしか考えていないだけなのよ」
ネコさんにはどんなお茶があうかしら? と楽しそうに桃子は思案する。
「お母さんは、コタロウさんがどんな人かわかるの?」
「ですか?」
キッチンに消える前に、彼女の背後になのはは言葉を当ててみるが、
「ん? わからないわよ? ネコさんは今までいらっしゃったお客様のなかでも、とびきりに難しいお客様ね。ねぇ、あなた?」
「あぁ、何せ感性が感情と表情をうまく結び付けてくれないからなぁ」
「でも、近道をしなければ彼を知ることはできるわ」
シナモンティーにしましょう。そういって桃子はお茶の準備を始める。
士郎が桃子を除く全員に目配せすると、その誰もが自分たちの言葉を理解できずにいることが一目で分かり、彼はすこし上目線でにやりと笑い、
「ま~だまだ」
(特になのは。先生でそれだと、気付けないし、気付いてもらえないぞ?)
魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
第15話 『このような理由』
フェイトとエリオ、キャロがなのはと合流するため、喫茶『翠屋』の扉を開き、なのはたちと久しぶりに会う彼女の両親と姉に挨拶をして、少年少女2人を紹介し、座ることを促され、
『お、美味しい』
と、フェイトはエリオとキャロがほっと息をついたのを見届けた後、ふと視線を上げたときに、
「コタロウ、さん?」
『え?』
3人はコタロウが店の扉前、隅に座席に座っているのに気がついた。
「…………」
彼はぷすりとショートケーキ――2皿目――のイチゴにフォークをさして、口に運んでいる。
声をかけた後、ふと姿がいなくなっていたリインはコタロウのお向かいに座っており、クッキーを頬張っていた。
「はい。テスタロッサ・ハラオウン執務官」
『…………』
エリオとキャロは彼を振り向くかたちで彼を見る。
「何かご用でしょうか、テスタロッサ・ハラオウン執務官?」
コタロウは名前を呼ばれたからにな何か用件があるのかと、もう一度彼女の名前を呼ぶ。
「い、いえ。用はないのですが……」
「ないのですが? はい。それではなにか」
「いえ。何もありま、せん」
「はぁ」
バンソウコウをしている彼は寝ぼけ目を彼女に向けて小首を傾げた後、またケーキに目を落とし続きをはじめた。
[えーと、なのは?]
[あ、うん。コタロウさんの休暇先って、海鳴市だったの]
念話で翠屋にいるの理由も話した。
[す、すごい偶然だね]
どことなくぎこちない表情のフェイトになのはは頷くことしかできない。
「そういえば、ネコさんは今日、『正義の味方』は見れたのですか?」
『ネコさん?』
リインがコタロウをそう呼んでいることにフェイトたちは不思議がる。
「はい。拝見できました」
「その人ってどんな人なんです?」
「……正義の味方です」
「いえ、あのう――」
視線の先では外出用件を聞き出すことに失敗しているリインが言葉をうまく選べないでいた。
「その方のお名前は?」
「それは変身前のお名前でしたら、答えることはできません」
「えと、変身後で大丈夫ですぅ」
「嬰獅石ミラクルガオンです」
「ミラクル、ガオン?」
「もしかしてネコさん、デパートの『ヒーローショー』を見に行ったんですか?」
「はい」
リインが唸っていると、桃子が会話に参加する。
「ヒーローショー。ですか?」
「ミラクルガオン、子供づれのお客様が話しているのを聞いたことがあるわ」
あぁ、ヒーローショーっていうのはね。と桃子はリインに解説すると、彼女も頷いて、
「そういうことだったんですかぁ。ネコさん『正義の味方を拝見してきます』なんて書くから何かと思いましたよ」
分かりにくかったでしょうか? とコタロウは表情は変えないが、リインと桃子は意外に楽しそうに話していた。
「なのはさん、リインさんとなのはさんのお母さん、コタロウさんのこと『ネコさん』て」
「うん。お母さんがね、コタロウさんのこと『ネコさん』って」
「お知り合いなんですか?」
キャロの質問になのははふるふると首を振る。
「今日初対面だよ」
「じゃあ……」
キャロは3人の会話に微妙に参加したそうに視線を送ると、なのはは逆にフェイトの方を向いて、
「フェイト隊長が知ってるかな」
「へ?」
フェイトもキャロにあわせてコタロウの方に視線を送っていたが、突然話題を振られ間の抜けた返事をした。
「なのは?」
「私もお母さんからヒントはそれしか貰わなかったの」
テーブルの上にあるペーパーナフキンを縦に巻四つ折した後、先の方を蛇腹折にしてみせた。
『かぎしっぽ』のように。
△▽△▽△▽△▽△▽
なのはのヒントは周りも聞いていたので、スバルやティアナ、リインに聞いても同じヒントしか返って来ず、キャロとエリオの方が先に気づいたのは余談であり、フェイトが『ネコタロウ』と気付いて噴出したのもまた余談であれば、その後、名前を笑ってしまった事にどうしようもなく落ち込んだのも余談である。
「夕食、ですか?」
「はいです~」
リインは移動を始める前にコタロウに夕食に誘った。彼女の心境としては友人を紹介するというより、『せっかくなんだから一緒に食べてみてはどうか?』というものだ。
「……ふむ」
「ダメ、ですか?」
するとコタロウは顎を引いて首と傾げた後、
「ご一緒させていただきます」
と真っ直ぐリインを見て答えた。
「決まりですね」
「あらあら、私たちのお誘いは断ったのにリインちゃんの誘いは受けるのね~」
「これはこれは、妬けるねぇ」
「あ、うぅ?」
桃子と士郎はコタロウ、リインをからかうと、一方は特に表情に出なかったが、一方は素直に表情に出る。変に意識してしまったようだ。
「はい。ジャン、いえトラガホルンが『夕食を誘われたら、気にせずお呼ばれされろ』と」
「あー、確かに」
「あの人たちなら、そういうでしょうねぇ」
トラガホルン夫妻がこの喫茶店を知っている以上、以前ここを訪れたのは明白であり、士郎と桃子は当時の状況を思い出していた。
「日本の経済について侃々諤々話し出して――」
「2人しかいないのに喧々囂々としてたわねぇ」
お茶をお出ししたら、声をそろえて『申し訳ありません』と謝っていたけど。と、ふぅと桃子は息を吐き、
「この世界の主要国の経済を事細かに議論してたので、ただの外人さんかと思っていたよ」
士郎も息を吐く。
「まぁ、それはいいとして、もう行くのかい?」
「あ、はい。はやても待っていると思いますので」
「みなさんによろしくね?」
『はい!』
その後、すぐにフェイトは全員を車に乗せて、はやてたちのいるコテージに向かっていった。
△▽△▽△▽△▽△▽
「運転お疲れ、フェイトちゃん」
「うん」
コテージへは約20分程で到着し、全員が順番に降りる。コタロウは降りる前に『バンソウコウを取り替えたいので、先に降りていただいて構いません』と、一番最後に降りることにした。
「なのは、どうかした? 車の中で考え事してたみたいだけど」
「う、ううん。なんでもないの」
本当になんでもないこと。と、頭を振るが、内心、先程士郎と桃子の言葉の意味がよく分からないでいた。新人たちはそれほど気にしていないようだが、どうも引っかかる。
(『感情と表情の結びつけ』『近道をしなければ知ることはできる』ってどういうこと?)
もう一度考えようとするが、今は考えても分からないため、とりあえず、片隅に残しておくことにした。
「あ! お帰り~」
「なのはちゃん、フェイトちゃん!」
声のしたほうを向くと、なのはとフェイトの旧友2人が駆け寄ってくるのが見え、4人は手を合わせて、喜んでいた。
[……ティア。やっぱり隊長さんたちが普通の女の子だよ]
[同感。どうよ、ライトニング的には]
4人のやり取りに違和感を感じてやまないスバルとティアナはエリオとキャロを横目で見る。
[なのはさんもフェイトさんも普通の女性ですので……]
[そっか。エリオくんは私たちの中だと一番昔からなのはさんたちのこと知ってるんだもんね]
エリオは頷いて、彼女たちも自分たち――エリオは男性であるが――と同じであることを示す。
そして、またその光景が額縁のなかの出来事のように見ていると、もう1台車がコテージ付近に停車する。
「ハーイ」
「皆、お仕事してるかぁ?」
「お姉ちゃんズ、参上~」
ばたんとドアが閉まると、2人の女性と1人の獣耳がぴょこんと頭の上のほうから出ている少女が車から出てきた。
「エイミィさん」
「アルフ!」
「それに、美由希、さん?」
「さっき別れたばっかりなのに」
美由希はしょうがないという顔をして、
「いや~、エイミィがなのはたちに合流するっていうから、私もちょうどシフトの合間だったし……」
「そうだったんですか」
実のところ、彼女は楽しみのようにも見える顔をしている。
「エリオ、キャロ、元気だった?」
『はい!』
「2人ともちょっと背ェ伸びたか?」
少年少女2人は久しぶりに会うエイミィとアルフに嬉しさ半分、自分の成長を見てもらって恥ずかしさ半分と複雑ながらも笑顔で会話をしている。
[う~ん。誰かの使い魔かなぁ?]
[イヌ耳としっぽ。ワンコ素体?]
[見た目10歳くらい? ちっちゃくてカワイイ!]
エリオとキャロと話す間、アルフという使い魔は終始しっぽをふりふりさせていたが、1人の女性を見つけるとしっぽとぴんと張って駆け出し、跳びついていった。
「フェイト!」
「アルフ、元気そうだね」
アルフは何度も彼女の名前を繰り返して、主人にじゃれつく。
新人たちの中では先程会った人もいれば、いない人もいたりとで、後でまた自己紹介の場があるだろうと思い、全員集まって移動しようとしたとき、
「またバンソウコウ、買っておかなくちゃ」
『…………』
ばたんとドアを閉め、コタロウが出てくる。
「テスタロッサ・ハラオウン執務官、車のキィ、ありがとうございます」
「いえ。そういえば、その額の傷はどうしたんですか?」
「人とぶつかりました」
「大丈夫ですか~?」
「はい。問題ありません」
『…………』
彼はバンソウコウを張り替え、また新しいものにしていた。
『キィ(くん)!?』
『あの時のバンソウコウ(さん)!?』
『……へ?』
アリサとすずかは彼の仮名を、エイミィとアルフは彼女がしたバンソウコウを口にし、コタロウを除くそれ以外は間の抜けた声を出す。
『……え?』
『……はい?』
『…………』
今度はアリサとすずか、エイミィとアルフはお互いに目を見合わせて間の抜けた声を出し、それ以外は首を傾げる。
『…………』
その後、全員がゆっくり彼を見るが、当の本人は視線の先、つまり後ろを向く。
「あの、車に何か忘れ物でも?」
コタロウの背後には2台の車があり、自然に熱が冷めるのを微動だにせず待っていた。
△▽△▽△▽△▽△▽
「つまり、コタロウさんは午前中にエイミィさんに会って、午後にアリサちゃん、すずかちゃんに会ったわけやね?」
「はい」
全員の自己紹介が終わり、最後のコタロウが自己紹介で年齢を公開したときに、ガタン! と彼を知らない人間が驚いたこと以外は普通に歓談を楽しんでいた。
「どんな偶然やねん」
「ねぇ、はやて」
「ん~?」
「このコタロウ、さんってどんな人? なんていうか、会ったことないタイプなんだけど」
一応、彼に対して『さん』付けしているアリサだが、特に気にすることなく本人目の前にして彼のことを聞く。
「正直、私もわからんのよ。管理局にもおらんタイプやから」
管理局の人間なんやけどね。と、ため息混じりにコタロウを見る。
彼は彼女たちの視線に首を傾げるが、特に自分に対して話が振られないのを確認すると、ぷすりとフォークで料理を口に運び出す。
そうして、皿が空になると無言で立ち上がって料理のある場所まで歩いていった。
この料理は鉄板で焼かれたもので、調理したのははやてやなのはたちである。
はやては元々、幼い頃より自分で料理をしていたため、料理をすることそのものが生活と趣味の間に存在し、味もヴィータ曰く、
「はやて隊長の料理はギガウマだぞ~」
というものだ。
新人たちはそれを食べ始めてすぐに趣味の領分を越えているものであると理解できた。
それぐらいはやての作る料理は美味しいのだ。
また、その時『シャマル、お前は手を出してないだろうな』や、『まぁ、切るだけなら』とシグナムやヴィータが古くからの付き合いである1人の女性に懇願するように料理をすることを止めたのは余談ではない。
それはコタロウが席を離れたちょうど入れ替わりに、少し鼻歌交じりのシャマルが戻ってきて、ちょうど3人前あるかないかくらいの料理をことりと置いた時に起こった。
「久しぶりに作ってみました」
『…………』
全員の表情がもれなく固まった。
[ティ、ティア。これ、もしかして]
[い、いい? 考えちゃだめよ]
[シグナム副隊長と――]
[ヴィータ副隊長が言ってたことって本当だったんだ]
新人たちは決して『食べる感じになってる?』とは口には出さなかったが、
「よし、新人ども。毒見だ」
それはヴィータが許してはくれなかった。
「毒見なんてひどーい。今度はちゃんと美味しくできました」
『(今度はちゃんと?)』
シャマルの作った料理はどうみても美味しそうには見えず、さらにいうと焦げてはいないのに、どれが野菜でどれが肉なのか分からないものだった。
彼女の料理の腕前を知らないのはどうやら新人たちとこの場にいない1人の男だけであり、ヴィータと当の本人以外は誰も口を出すことをやめていた。
一方本人シャマルは立ったままコタロウと違って空気を察知、寂しそうな表情をしている。
「え、えと、それじゃ――」
「待ってエリオ、私がいくよ」
フォークを取るエリオを制してスバルが料理を引き寄せた。
「ち、ちなみにシャマル先生?」
「は、はい」
「味見ってしました?」
「コイツがするはずない」
「…………」
シグナムの言葉にヴィータとリインが深く頷く。
「む、無理せんでもええで?」
「い、いいえ。頂きます」
シャマルの無言のプレッシャーに新人たち――この場合はスバルのみ――は拒否することができなった。
そして、これは勢いだとスバルは心に決めて、迷うことなく一口食すと、
「…………」
無言でぐにゃりと背中を丸めてテーブルに額をつけた――料理はティアナが当たらないように避ける。
『…………』
「あの、お味は」
『(聞くんだ)』
心の中で全員が思いが一致する。
「と、とりあえず。すいませんとしかいいようがありません」
ゆっくり頭を上げて目尻に涙を残し、かろうじてスバルは答える。
「シャマル、お前、味見してみろ」
(できればそれ、食べる前に言ってほしかったです、ヴィータ副隊長)
あらゆる思考がなくなってしまったのか、スバルは妙に冷静にそんなことを思う。
シャマルはフォークで自分の料理をすくい、頬張ると、
「う゛……」
ふらふらと自席につき隣のシグナムに頭をあずけた。
「ごめんなさい」
それだけ言うと、しょんぼりと皿の上にあるはやての料理を口に入れる作業を再開した。
「まぁ、味見は大事よね」
アリサが何とか改善点を示してみる――実質それは料理をする上で普通の作業である――が、シャマルの表情はうつむき加減で分からない。
「いえ、シャマルが悪いのです、お気になさらず」
歓談の続きを。とシグナムは促したところでコタロウが戻ってきた。
そこでヴィータは何か閃いたように二度三度、彼と料理を目配せすると、
「コタロウ」
「はい。なんでしょうか、ヴィータ三等空尉」
「これ、シャマルがお前に」
ずいと身を乗り出して料理をコタロウの前に持ってくる。
「え、ちょっ、ヴィータちゃん!?」
「いいから――」
[ちょっとこの前の仕返しをなー]
「……まぁ、いいかもね。コタロウさんの表情を見る意味でも」
ヴィータとは意見は違うが、どうやらアリサも賛成のようである。
「シャマル主任医務官が私に、ですか?」
「あぁ」
先程の念話はコタロウを除く魔法が使える全員に聞こえており、なのはや新人たちは複雑な表情をしている。
アルフはそのいたずらを楽しそうににやにやしながら傍観を決め込み、残りはヴィータの性格をある程度理解したうえで、何も言わず、一口食べた後、無理に続きを食べようとするのであれば止めればよいという考えにとどめていた。
「それでは、頂きます」
そういってコタロウは見た目から特にその料理を躊躇することなく口に入れ、
「…………」
寝ぼけ目を少し細くして、頭をぐらりと円を描いた。
ヴィータは口の端を吊り上げて、「どうだ?」と聞くと、
「シャマル主任医務官」
「……はい」
「まずいです」
コタロウは既にいつもの状態を取り戻し、いつもの寝ぼけ目でじっとシャマルを見つめて正直に感想を述べる。
「あ、あぅ」
彼女はそれを知っていたが、改めてはっきり正直に答えられると、返事もできずに目尻に涙がたまった。
アルフは笑い、アリサは少々期待はずれであったが、ヴィータはそれで満足したらしく、
「お前、そんなにはっきり言うもんじゃねぇぞぉ」
近くにある自分のコップに手を出したが、コタロウがもう一口入れたときには危うくそれを落としそうになった。
『…………』
それは全員も同様に驚く。
「お、お前なにしてんだ!?」
かろうじて声に出したヴィータにコタロウは今度は変わらず無表情に、
「食べています」
「た、食べていますって、まずいんだろう?」
「はい、まずいです」
『…………』
そうしている間に彼はもう一口、もう一口と口に運ぶと、
「え、えと、ま、まずいのに何で食べるんですか!?」
たまらずシャマルが疑問を口にするが、コタロウは不思議そうに彼女を見て、
「まずいことが食べない理由にならないからです」
「…………」
また食事を再開する。
残りが少なくなってきたため、右手で皿を持ち上げ――光景が異様過ぎて左手を使ってないことに気がつかず――一気に流し込み、ことりと皿を置く。
『…………』
「シャマル主任医――」
「あ、あの!」
少しの間の後、コタロウを遮ってシャマルが口を開いた。
「はい」
「ふ、普通の人は、まずいことが食べないり、理由になると思います」
「はぁ」
「コタロウさんは、な、なんでならないのですか?」
「……ふむ」
なんとか言葉をつむぐと、コタロウは考え込み、
「私は料理を作ることができません。いえ、できないというより私が料理をするとなると、実験のようなものになります」
視線をシャマルからはずして食べ終わった皿に落とす。
「料理というのは楽しくするものだと、本で読んだ事があります。先程、シャマル主任医務官とすれ違ったとき微笑んでいましたので、楽しく料理をしたと判断していました」
「…………」
「そして、それが私の為であったのであれば、まずいという要素が食べない理由にはなりえません。もちろん、日常生活に支障の出るようなものでしたら困り、断ることもありますが、これくらいであれば問題ありません」
そこでぱくりと自分がよそってきた料理に手を出す。
「んく。それに私は料理のできる人間を素晴らしく思い、尊敬しています」
またシャマルを見て、次にはやてを見ると、もう一度シャマルに視線を戻す。
「このような理由でよろしいでしょうか、シャマル主任医務官?」
「…………」
彼女がこちらを見つめているのは分かったが、どうも焦点があっていないので身を乗り出す。
「シャマル主任医務官?」
「……ふわっ! は、はい」
「私の理由、どこか変でしょうか?」
「い、いいえ、そんなことは」
「そう、ですか」
席に着いたコタロウはシャマルの料理でかなりおなかが膨れ、これが最後かなと自分が盛ってきた料理――彼は常にすこし少なめに料理を盛る――を食べる前に、彼は自分の言葉が途中であったことを思い出した。
「シャマル主任医務官」
「……はい」
「ごちそうさまでした」
「――うぅ!?」
『…………』
彼はその後、普通に食事を再開したが、シャマルの申し訳なさと嬉しさのどっちつかずで紅くなっている表情には気付かなかったし、周囲の空気にも気付かなければ、リインのふくれっつらにも気付かず、なおかつ、はやての頬も薄ほんのりと染まっているのにも気付かなかった。
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