魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
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第1章 『ネコの手も』
第7話 『お好きなほう』 Aパート
感情が抑えられないとき、人間には大きく分けて2つ訴える方法がある。
1つは目から零れ落ちる涙。
もう1つは口から発せられる声である。
もちろん人間以外に方法はないのかというと、そのようなことは決してないし、これ以外に感情を表に出す方法は表情やその人の身体的特徴、行動等、無数に存在することは誰もが良く知っている。
だが、彼女の場合は涙と声、あるいは涙か声で感情を表す方法しか知らなかった。
それは当然である。
何故なら彼女はまだ幼く、見てきたものや聞いたこと、学んだことや忘れたことが圧倒的に少ないのためだ。
そして、ニンジンが嫌いということも彼女が学んだ少ない経験の1つである。
魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
第7話 『お好きなほう』 Aパート
「はい! 整列!」
『はい!』
なのはの号令とともに新人たちは整列し、少しでも早く体力を回復させようと息を吸っては吐いて、体の中に酸素を送り込む。
訓練の激しさは彼らの服装の汚れを見れば一目でわかった。
「本日の早朝訓練ラスト1本! 皆、まだ頑張れる?」
『はい!』
空中にいるなのはを見上げ、ゆっくりと呼吸を整えていく。
「じゃあ、射撃回避をやるよ」
彼女が構え、レイジングハートに呼びかけ意思を繋ぐと、足元に魔方陣が展開され無数の魔力弾が彼女の周りを守るように包む。
呼吸の整った新人たちは教導官の指示に返事が出来るよう固唾を呑んだ。
「私の攻撃を5分間、被弾なしで回避しきるか、私にクリーンヒットを入れれば訓練終了。誰か一人でも被弾したら、最初からやり直しだよ。頑張っていこう!」
はい! と自分たちでスタートを切った。
「このボロボロ状態で、なのはさんの攻撃を5分間、捌ききる自信ある?」
「ない!」
ティアナの確認にスバルは自信を持って言い切った。
「同じくです」
エリオも倣う。
「じゃ、なんとか一発入れよう」
「はい!」
全員の代わりのようにキャロが返事をした。
先陣を切るのは前衛の2人はやる気充分と相手を見据えて構え、
「よし、行くよエリオ!」
「はい、スバルさん!」
意志を固める。
なのははゆっくりと腕を振り上げた。
「準備はOKだね。それじゃあ、レディ――」
ゴー! という合図と共に腕を振り下ろすと、魔力弾が彼らに降り注いできた。
現在、なのはに近いのはティアナとスバルである。新人たちの司令塔であるティアナは正面に注意を払いながら右後方に指示を出す。
「全員、絶対回避。2分以内で決めるわよ!」
自らを奮い立たせるかのように大きく返事をすると、なのはの放った魔力弾が着弾した。
全員が散開すると同時に粉塵が立ち上り、彼らにとっては煙幕に変わって僅かながら、相手をかく乱する。
なのはが少し自分の視界を広げるために着弾地点から体1つ分距離をとると、背後に風を切り裂く音が聞こえた。
振り向くと、スバルが使用する魔力で生成された空中路が彼女目掛けて敷かれ、それを追うように彼女が右足を前、右肘を思い切り引きながら距離を詰めてくる。
また、スバルを視界に入れると死角になる位置に、ティアナが魔力弾を放つタイミングを見計らっていた。
「アクセル」
なのはは1人の位置を把握すると、それを視界から追い出し、合図と共にまだ残しておいだ魔力弾を2つ、1つはその死角に、もう1つは視界に入っている距離を詰めてくる少女に放つ。
彼女たちに着弾するタイミングで姿が掻き消えた。
「三次元影絵。やるね、ティアナ」
(残り少ない魔力を陽動に、ね)
感心に浸る暇を空中路は許さない。
(上!)
スバルは潜めていた姿を現し、拳を放つ構えで上空から滑空してきた。
「てェりァァ」
彼女に対し正面を向くのに時間を割いたため、やむを得ず右掌を翳し文字の刻まれた陣を張って受け止める。
陣と拳が交わうと、互いの魔力がぶつかり合い、圧力がかかることによって陣は文字が見えなくなるほど光を増し、対象者を守護する。
力が平衡するくらいに魔力を制御しているなのはは、彼女が自分に一心している隙を見逃さなかった。
空中である一定の演算処理にて制御され、発動者の指示を待機していた魔力弾は指示を受け、スバルに向かって加速する。
それはちょうど彼女の左右から迫る形になり、気づいた彼女は重心を後ろにして相手との距離をとって、それを避ける。
「うん! いい反応」
しかし、この距離のとり方は緊急回避ともいえるものであり、離れたとたんに自分の立身バランスを崩す。
なんとか体勢を整えたスバルはなのはに背を向けて、振り向きもせず彼女から離れる。
それは当然といえば当然だ。なにせ、先ほど避けた魔力弾が背後から追尾しているのだ。
[スバル! 馬鹿、危ないでしょ]
「ご、ごめん」
[待ってなさい。 今撃ち落とすから」
彼女の念話に声を出して会話し、ティアナは形勢を立て直させるためにアンカーガン――銃口下部に魔力生成によるアンカー出力可能な銃――を構え狙いを定めてトリガーを引くが、ぽすんと魔力を弾かない金属の軽快な音が鳴って出力した魔力弾が雲散した。
「――えぇ!?」
すぐに打ち落としてくれると思っていたスバルは、いつまで経っても――実際は5秒も経ってない――相手の手助けがこないので、切迫して、
「ティア~、援護~」
このままでは訓練がやり直しになってしまうとばかりに助けを求める。
「この肝心なときに」
魔力が漏れてしまった原因など究明している場合ではないとばかりに、急いで使用済みの薬莢を抜いて交換する。
再度構えて彼女の援護のために魔力弾を射出した。
「来た!」
スバルを追尾している魔力弾にティアナの放った魔力弾が追いつくと、魔力同士が干渉するのか追尾の精度が目に見えて落ち、彼女は大きく跳躍することによって回避することができた。
(すこし遅れたけど、フォローも、まぁ及第点かな)
なのははティアナの放った魔力弾がゆっくりとこちらに進路を変えてくるのを見て、着弾地点を予測する。
その間、キャロとエリオはスバルとティアナが作り出した彼女の隙を利用して、ティアナがいずれ出す合図にいつでも応えることができるように身構えた。
「我が請うは疾風の翼」
キャロは眼を閉じて、魔力を手の甲にあるデバイスに集める。
「若き槍騎士に駆け抜ける力を!」
<加速度後援!>
腕を右から左へ振りぬいて彼に支援魔法をかけると、受信した彼の槍型デバイスは彼女の魔力色である桃色を帯びて光を増し、同時に、地面に展開しているエリオの魔法陣も力強さが増して行くのがティアナの位置からでもよく分かった。
槍の首から勢いよく魔力が噴射され、制御が困難なように見える。
「あの、かなり加速がついちゃうから、気をつけて!」
「大丈夫! スピードだけが取り柄だから」
行くよ、ストラーダ! エリオの声に呼応するように、ぐんと魔力噴射の勢いが増す。 一方なのははティアナが放った魔力弾をしっかり注視しながら避けていた。
(疲労してくると目に見えて精度落ちるなぁ……!?)
上空からフリードが彼女に向かって火球を2発打ち出し、なのはは一瞬怯むが
(一発に対するラグは少なくなったけど、まだ私を狙うことはできないかな?)
数日前までは火球1つ放つのに時間を要していた彼の攻撃は、まだ彼女を狙うまでは到達しておらず、彼女に向かって攻撃をしているようで、かわすのは容易かった。
(と、これで何とか追い込んだことになる、よね?)
本当であれば『追い込まれた』という表現が正しいのであるが、なのはは視点を新人たちのほうで見ているため、この表現が正しい。
実際、正面には準備していたかのようにエリオがこちらに向かって構えていた。
「エリオ、今!」
ティアナの合図でエリオは重心を後ろに右手を引いて、全身のバネを利かせながら槍と共になのはに衝き込んだ。
「いっけぇぇ!!」
(うん。速さは申し分なし。充分!)
彼女は正面から彼の攻撃を受ける。
威力は衝突した瞬間の爆煙が物語っていた。
その煙の中からはじき出されたのはエリオで、
「エリオ!」
「はずした!?」
スバルとティアナが気遣うなか、何とか彼は着地は成功するが、勢いを依然いなせないでいた。
濛々とする爆煙はすぐに雲散し、なのはが何事もなかったかのようにその中央にいる。
<ミッションコンプリート>
「おみごと! ミッションコンプリート」
「本当ですか!?」
エリオは確かに感触はあったが、それはなのはの展開するバリアであったことを接触する瞬間に確認している。
「ほら、ちゃんとバリアを抜いてジャケットまで届いたよ」
彼女が要求した『私にクリーンヒット』は胸元にできた小さな接触跡でも満たしていたようだ。
新人たちはそれを聞いて、とたんに顔をほころばせ力が抜ける。
「じゃ、今朝はここまで。一旦集合しよう」
『はい』
彼女の号令の元、集合し、なのははバリアジャケットを解いて制服に戻り、レイジングハートを首にかけた。
「さて、皆もチーム戦にだいぶ慣れてきたね」
『ありがとうございます!』
「ティアナの指揮も筋が通ってきたよ。指揮官訓練受けてみる?」
「いえ、あの、戦闘訓練だけで一杯々々です」
なのはの提案にティアナは頭を振って断っているのをみてスバルが微笑み、皆が歓談する。
そのなか、フリードだけが何かを感じ、『原因はなんだろうか?』 とあたりを見回していた。
「ん? フリード、どうしたの?」
「なんか、焦げ臭いような……」
キャロが不思議がっていると、エリオも先ほどの爆煙とは違うにおいに不思議がる。
「あ、スバル、あんたのローラー!」
「へ?」
ティアナの指摘でスバルが自分の足元を見ると、そのローラーブーツからプスプスと黒い煙が立ち上っていた。
「うわ、やばっ」
あちゃ~。とすぐに脱いで抱き上げる。
「しまったぁ。無茶させちゃったぁ」
「オーバーヒー……」
――なぜですか? ――
――耐久率の問題ですね。ナカジマ二等陸士は攻撃時は前傾姿勢、防御時は後屈姿勢、走行時は平行姿勢と、立ち方をそれぞれ変えています。あれでは間接部の衝撃はかなりのものでしょう。もっとも、壊れるのはそこからではなく、その箇所の磨耗によって全体のバランスが崩れ、全体の耐久率の低下に伴う故障になるかと思いますが――
なのはが言葉をとめたことで、新人たちもかつての彼の言葉を思い出した。
当日はジャニカ二佐、ロビン二佐が来たこと、コタロウの腕がなかったことといろいろあったが、覚えている。すぐ後の練習から意識するように努めていたが、疲労からすぐに忘れてしまっていた。
「コタロウさん」
なのはが通信画面でアクセスを取ると向こうから寝不足なのかいつもよりぼけっとした目をした男が映し出される。
「はい」
「スバルのローラーを視てもらいたいんですが」
「わかりました」
通信画面が閉じると、ひょこりと廃墟ビルから顔を出し飛び降りる。
初めの頃は驚いたが、彼らにとってはおなじみの行動であった。
コタロウは空中で『傘』をぱさりと開いてふよふよと降りてくる。
『あれ、(また)やってみたいなぁ』
スバル筆頭にエリオ、キャロがやったのは余談であり、なのはやティアナがやってみたいのも、また余談である。
「先ほどの射撃回避訓練開始50.43秒後の回避行動で限界がきましたね」
『(コンマ何秒までわかってるんだ)』
以前から分かっていることであるが、コタロウは自分からめったに話題を振らない人間であり、自分所持のものに関しては依頼が来るまで修理することはない。
もちろん機械を修理するものとして初めに『毎回私がメンテナンスいたしましょうか?』 という質問をしたが、ここにいる全員が『できることであれば自分でメンテナンスしたいです』と答えたため、それ以降デバイスにおいて何かを自ら申し出ることはなかった。
デバイスは自分が文字通り身に着けるため、愛着がわき、自分でメンテナンスを施すのだが、今回に限ってはそれでは対応しかねた。
「よろしくお願いします」
「分かりました」
「ティアナのアンカーガンも結構厳しい?」
「あ、はい。だましだましです。コタロウさん、スバルの後で構わないのでお願いできますか?」
「構いません」
訓練をはじめて2週間。両名のデバイスは既に薄氷の道のごとくいつ限界が来てもおかしくない状態にあり、スバルは既に限界が来てしまったようだ。
「みんな、訓練にも慣れてきたし、そろそろ実践用の新デバイスに切り替えかなぁ?」
「新――」
「デバイス?」
なのはのつぶやきに、スバルとティアナが小首を傾げた。
△▽△▽△▽△▽△▽
「じゃ、一旦寮でシャワー使って、着替えてロビーに集まろうか」
『はい』
スバルは訓練場を出てから両足のローラーブーツをコタロウに渡し、全員それぞれ隊舎と寮に戻るために足を運んでいた。
「――あれ? あの車って」
ふと、視界に黒塗りの乗用車が入ると、それは自分たちの近くで停まり、ウィンドウが開いた。
「フェイトさん、八神部隊長」
名前をあげた2人は軽く会釈をする。
「すごーい。これ、フェイト隊長の車だったんですか?」
全員がその車に駆け寄って、その納車したばかりのようなツヤのある車に感嘆する。
「そうだよ。地上での移動手段なんだ」
「みんな、練習のほうはどないや?」
「頑張ってます」
はやての率直な質問にスバルは苦笑いしかできず、ティアナが簡単に受け答えした。
フェイトは心配そうに2人の男の子と女の子をみて、
「エリオ、キャロごめんね。私は2人の隊長なのに、あんまり見てあげられなくて」
「あ、いえ――」
「大丈夫です」
2人は心配かけまいと頭を振る。
「4人ともいい感じで慣れてきてるよ。いつ出動があっても大丈夫」
「そうか? それは頼もしいなぁ」
はやてはなのはの報告に1つも疑うことはないので素直に感想を漏らした。
「2人はどこかにお出かけ?」
「ちょっと六番ポートまで」
「協会本部でカリムと会談や。夕方には戻るよ」
「私は昼前には戻るから、お昼はみんなで一緒に食べようか」
『はい!』
それじゃあ。とフェイトは前を向いてアクセルを踏もうとするが、正面で起こっている行動にぱちくりと眼を大きく瞬いた。
「フェイトちゃん、どないしたん?」
「はやて、あれ」
はやてと共につられて、なのは、新人たちもフェイトが指差す方向に視線を向かわせる。
「予測どおりに全体の耐久率の低下による損傷。理論値を30日と設定していたけど、誤差はおよそ半分。誤差率は大きいが、閾値を高めに設定しているので、範囲内かな。成長率は今の訓練メニューで予測可能だけど、新デバイスとそれに応じた訓練云々……」
とその場でメンテナンスを開始していた。
『(うわぁ)』
はっきりいってその光景はフェイトたちや新人たちは見たことがなかった。それは別に自分がメカニックの行うメンテナンスを見たことがないからではない。
光景が異様だったのだ。
つい先ほど、なのは及び新人たちは自分たちの背後でコタロウが何かぼそりとつぶやいていたが、気にも留めてなかった。
彼はこういったのだ。『傘、リトルMR』と。
今、いつもコタロウが左腰に差していた傘は彼の鳩尾拳2つほど下に水平に差され、テーブルのようになっており、先端の角は下がっているのか存在せず、スバルのローラーブーツはその上に片方だけほとんど分解されたかたちで横になっている。
傘の『露先』はワイヤーのように伸びていた。
彼は素早く右腰にある小さなバックに手を入れると、そこから交換部品と工具を出し交換していく。その速さはいつも見せるキータッチの比ではなかった。
「傘、ボード」
そういうと、『露先』が片掌くらいのボードに形成され、コタロウはその上にローラー部の金具をおくと、ハンマーを取り出し、思い切り叩く。
しかし、傘は半球状にデスクを囲っており、それが音をある程度吸収するのか、耳を塞いでしまうほどではなく、静かである。
「フレームがしっかりしているからか総じてテンプレートも問題なく、歪みも無し。傘、研磨布紙」
今度は別の露先から『回転やすり』が形成され、コタロウはローラー部を研磨していく。
ローラーの数だけ研磨すると、それを元に戻し、ローラーブーツを構築すると「ぷふぅ」と息を吐いた。
「両足、終わり」
『(……両足?)』
彼らが初めに視線をコタロウに向ける前にもう片方は終わっていたようである。
「ナカジマ二等陸士」
「は、はい」
現在、彼とスバルの距離は20メートルほどある。
「こちらを向いて屈み、手を出していただいてもよろしいですか? 最後に蛇行を確認しますので」
「は、はぁ。……へ?」
ぱちんと傘を閉じて左腰に差し、彼は足元においたブーツをもって振り子のように腕を振って、静かにローラーブーツを手放した。
すると、その片方のブーツは音もなく転がりだしスバルに向かって一直線に進んでいく。
「…………」
ブーツは彼が手放したときの力以外は何も外力は加わっておらず、惰力で進み、ちょうど彼女の腕の中に入ったところでぽてりと横たわった。
もう一方のローラーブーツを肩掛けバックから取り出し、同様に手放すと、これまた先ほどのローラーブーツと同じ軌跡を辿ってぽてりと横たわる。
「蛇行もなし。と」
ナカジマ二等陸士、調整完了です。とコタロウはふわっとあくびをして、こしこし眼をこすりながらスバルに近づき肩掛けカバンを返した。
「あ、ありがとうございま、す」
「いえ。これが私の仕事ですから。あ、八神二等陸佐、テスタロッサ・ハラオウン執務官、おはようございます」
『お、おはようございます』
コタロウは相手の表情から何を考えているかを想像するのが大変苦手であり、分かるのは『笑っている表情』や『泣きそうな表情』等、表情そのものだけである。
全員の驚いた表情をコタロウは不思議がることしかできなかった。
『(……これが、機械士の実力)』
何よりも彼らが驚いたのは、先ほどの作業を全て『片手』で行ったことである。
「お好きなほうで構いませんが、ランスター二等陸士のアンカーガンは今直しましょうか? それとも、着替えてからにしますか?』
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