IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―
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Development
第二十話 拒絶
月日が過ぎるのは早いもので、IS学園に入学してから間もなく一年が経つ。……といっても半年ほどは寝たままだったからそんな気はしないんだけど。それでも周りの時間は流れており、終業式も終わり今日から在学生の寮の移動が始まる。
IS学園では寮の各エリアごとに学年が決められている。そのため、新学期になり学年が上がるたびに引っ越さなければいけない。ルームメイトは原則変わらないけど、問題があったりなにかしら理由があった場合は調整されることもあるらしい。
一年ごとの引っ越しは面倒だと思うかもしれないけど、実は大浴場や食堂といった施設などは学年が上がるほど便利な位置にあり、一年生は寮の隅のため不便なことが多い。部屋の施設も若干グレードアップするらしく、快適な一年を過ごすために文句を言う生徒は少ないとのこと。
既に卒業生は退寮しているので、まずは新三年生が部屋を移り、その後に空いた部屋に新二年生が移る。そうして晴れて新入生が入寮できる。期間が短いのでバタバタするけど大きな荷物は特にないから一日ずつで両学年ともに移動は終わったりする。
と、いうわけで僕は学園側の配慮もあり今の部屋をそのまま使わせてもらえることになった。でも楯無さんとは別々になり、この部屋には新しい同居人を迎えることになる。寂しくはあるのだけど、これでよかったのかもしれない、と思う部分もある。
楯無さんとの同室生活に不満があったわけではないけど……でもやっぱり男と女なわけでいろいろと気を遣う部分も多かった。彼女が僕の正体を知っていたおかげで無自覚に危険な状況になるようなことはなかったのは救いだ。もっとも、彼女は自覚を持って僕に悪戯してくるんだけどね!
……それはさておき、この状況なら千冬さんなら上手く手を回して織斑君を同部屋にしてくれるんじゃないかな。弟を女子と同室にするの嫌がりそうだし。そうなれば少なくとも僕は気遣わずに済むから大助かりだ。まぁ、織斑君は僕のことを女性だと思ってるから気遣うことになるんだろうけど、それは別の子でも一緒だから許してほしい。
それに、もし彼が他の女子と同部屋になって間違いが起きないとも限らない、その点僕なら万が一もない……よね? あれ? もしかして僕が襲われたりなんてしないよね!? いやいや、自意識過剰だよね、うん。でも念のため気を付けよう。織斑君がどういう人かよく知らないし、あとで千冬さんに聞いておこう。
「二人の最後の夜だっていうのに何上の空になってるのよ」
「その言い方は何か誤解を招きそうだけど……ちょっと新しいルームメイトについて考えていて」
部屋の引っ越しを明日に控えて最後の確認をしていた楯無さんが恨めしそうにこちらに話しかけてくる。確かに悪かったかも、いろいろ作業をしながらもこちらに会話を振ってくれていたのに途中からボーっとして考え込んじゃっていた。ちょっと表現が引っかかったけど素直に考え事の内容を白状する。
「? あぁ、そういうこと……ふふ。ま、いっか。そうね、確かに織斑君と一緒の部屋になったら紫音ちゃんは襲われちゃうんじゃないかしら。こんな可愛い子と寝起きを共にして理性が保てる男なんて枯れてるか、そっちの気があるんじゃないかしら。あら? でもそっちの気があるならむしろあなたで問題ないんじゃ……」
「ストップ!? それ以上は止めて! 考えたくない!」
何が気になったのかちょっと考える素振りを見せると、すぐに納得したのかとんでもないことを言ってくる楯無さん。せっかく自分で納得して大丈夫だと思い込もうとしたのに、楯無さんにまで言われると本当にそうなんじゃないかって不安になってくる。
「どっちもいけるなんて紫苑君……恐ろしい子。一粒で二度おいしいとはこのことね」
「いけるのは僕じゃないし!? じゃなくて、勝手にそういう状況にもっていかないで!」
も、もし織斑君がそっちの人だったら……やっぱりあとで千冬さんに確認しておこう。
ちなみに後日、本当に聞いてみたら殴られたことは言うまでもない。酷い……。
「ふふふ、実は紫苑君から連絡があって学園復帰するまでの間にこの部屋は完全防音、その他セキュリティ面とかちょいちょい改造してあったのよね。心置きなくよろしくやっちゃいなさい!」
「いつの間に……もういいよ、その話しは。大体なんのためにそんな……あ」
いろいろツッコみたいことを飲みこみつつそこまで言って気づいた。この部屋のセキュリティを向上させる理由なんて限られてくる。
「僕のため……?」
「ま、全部が全部ってわけじゃないけどね。でも一番は……そうね」
僕の正体露見の可能性を下げるため、ということ以外にも亡国に狙われたりSTCの襲撃に巻き込まれたりと物騒だった。束さんへの接触を目論む連中からも狙われる可能性すらある。そういった意味で、準備してくれたのだとわかった。
それに、全部じゃないというのは仮に織斑君が入った場合のことだろうか。彼も男性操縦者ということで恐らく世界中から注目されているから危険度は僕以上かもしれない。
「……ありがとう」
「どういたしまして。ただ、代わりにというのはズルいかもしれないけどあなたに一つお願いがあるの」
楯無さんのお願いというと思わず身構えてしそうだけど、冗談を言うような雰囲気ではない。
「僕にできることなら」
なら、僕にはそれに出来る限り応えるだけだ。
「あなたに……妹の事をお願いしたいの」
「え?」
でも、続く言葉に僕は思わず聞き返してしまった。彼女には来年入学する妹がいるのは知っているけど、なぜその子を僕にお願いすることになるのだろうか。確かに同学年になるのだけど、別に楯無さんが学園からいなくなるわけではないので、いつだって会えるはずだ。
「どうして僕に?」
「あの子……簪ちゃんっていうんだけどね、専用機持ちで代表候補生なの。でも、とある事情で肝心の専用機がまだ完成してなくて。まぁ、その原因は織斑君なんだけどね」
その言葉で、なんとなく理解できた。恐らく政府が織斑君の専用機の開発をどこかしらの機関に依頼したんだろう。そこでは当初楯無さんの妹、簪さんの専用機を開発していたものの優先度の高い案件が入ってきたことから後回しにされた、こんなところだと思う。その上、織斑君のISはそもそも束さんじゃないとまともに作れないはず。だからまともな結果もできずに簪さんの専用機もズルズル開発が遅れている。
きっと、最終的に束さんが介入して織斑君の専用機は完成させるんじゃないかな。ここら辺は本人に確認したくても、しばらく姿隠すって言ってたからこちらから連絡が取れないんだよねぇ。
「それに、彼女はどうも私に引け目を感じているというか……自分のことを下に見ているみたいな節があるの。今回のことに加えて、ミステリアス・レイディが私が一人で作ったと思っていることから、開発の止まった専用機を自力で完成させようとしているみたいだし」
「え、楯無さんが開発したとは聞いてたけど一人で作ったの?」
「私の場合はロシアが設計して7割方完成していたグストーイ・トゥマン・モスクヴェっていう機体をベースに自分用にカスタマイズしたに過ぎないわ。あ、ちなみに入学後もあなたや二年から整備科に行く薫子ちゃん、現役整備科主席の虚ちゃんの意見も参考にして開発は続けてるわよ」
つまり、肝の部分は自分で作りつつも決して一人の力ではない、ということかな。それは当然で、一人の力には限りがある。……束さんあたりなら一人でなんでもやっちゃう気がするけど、あの人は例外だと思う。
ちなみに整備科というのは二年生から選択できる、IS開発や研究、整備を専攻する学科のこと。楯無さんによると薫子さんやフィーさん、佐伯さんはかねてからの希望通り整備科に入るらしい。そして虚さんは整備科で常にトップとのこと。
「でも簪ちゃんは、ベースこそ打鉄にラファール・リヴァイヴの汎用性というコンセプトがあるけれどどちらも第二世代。それを第三世代機にまで引き上げようとしている。それはもうほとんど新しく機体を設計するようなものね。しかも、それを本当に一人で作ろうとしてる……」
確かに、それは大きな違いだ。あらかじめ組みあがっているF1カーを状況に応じてチューンナップするのと乗用車をF1に出れるように組み替えるくらい違うんじゃないだろうか。
無茶……だけど、それを楯無さんが言ったところで余計反発するだけだろう。だって、楯無さんへの対抗心が彼女を動かしているんだから。
「う~ん、それで僕にそれとなく開発を手伝ってほしい、と?」
「いいえ。それはまぁ、状況が許せばそうして欲しいけど……それはお願いとは別。あなたと簪ちゃんの意思に任せる部分よ。お願いっていうのはね……ただ、友達になってあげてほしいの」
「友達?」
言いにくそうにしながらも告げられた内容はある意味意外なものだった。わざわざ姉がそういうことをお願いするということは、簪さんには友達が少ない、もしくは距離を置こうとするタイプなのだろうか……かつての僕のように。
「それは別に構わないけど……」
「……ありがとう、最近のあの子はどうも追い詰められているようで。でも、私だとまともに取り合ってくれないのよね。さっきも言ったけど、私に対して劣等感を感じてるみたいなの。でもね、確かに操縦技術はまだまだだけど……演算処理や情報分析、空間認識、整備なんかはもしかしたら私を超えるかもしれない」
なるほど、ね。まぁ確かにこの偉大すぎる姉と比べられるのは辛いよね。僕の場合はちょっと状況が違うけど比べられてたのは事実だし、少なからず気持ちはわかる。でも、楯無さんは彼女のことをちゃんと見ているんだね、そして認めている。ならそれを素直に伝えるだけでいいはずなのに……うまくいかないもんだね。
「わかった、でもやっぱりさっきのお願いは聞けないかな」
「え?」
僕の言葉に楯無さんは驚いた表情を見せる。彼女がこんな顔になるのは珍しいけど、それも仕方ないか。直前に受け入れられたことをいきなり否定されたんだから。そして、それだけ真剣だったんだろう。
「僕は、楯無さんに頼まれたからじゃなく、自分の意思で簪さんを見極めて友達になりたい。もちろん、友達なら力になるのは当たり前だよね?」
「……紫苑君」
僕の言わんとすることを理解したようで、微笑みを取り戻す楯無さん。
「はぁ、格好つけすぎよ。そうやって見境なく女の子を口説くのね……。あなたに簪ちゃんのことお願いしたの間違いだったかしら」
「ちょっと、それは酷いんじゃない!?」
あんまりない言い様だ。確かに……言ってて恥ずかしい台詞だったのは認めるけど! そこは流すところじゃないの!?
「はぁ……ほんとに失敗したかも」
自分のセリフと楯無さんのツッコミに悶絶していた僕には楯無さんの最後の呟きが意味するところを正確に理解できていなかった。その本当の意味を知ったのは数日後のことだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
同居人の引っ越しが完了し、数日は一人で過ごすことになった。もちろん引っ越しといっても同じ寮内なので、フォルテさん達も交えて一緒に食事したり生徒会の活動的なものをしたりするのは変わらない。とはいえ、進級の準備などもあって割と忙しいようなので一緒にいる時間は減ったと言える。
一方の僕は、幸か不幸かそんな忙しさとは無縁のため時間が余っていた。なので、復学以降続けていたリハビリと授業内容の復習、楯無さんから借りたノートなどでの休学中の授業内容の確認などにそのまま充てることにした。もっとも、授業関連に関してはもう一度やり直すことになるのだから無理にすることはないのだけど、せっかくだから無駄にしたくはない。予め内容を把握しておけば、その時には別に必要なことに時間を割けるだろうし。
そんな訳で、割と充実した日々はあっという間に過ぎて行った。
三月も間もなく終わりというころ、ちらほらと新入生の入寮も始まったようで周りも少しずつ賑やかになってきた。当然ながら、僕一人が一年生寮に残っていた形なので最初の何日かは周りに誰もいない、かなり寂しい状況だったから一年生寮で人を見かけたときは少しホッとした。
そして、僕の部屋にも同居人が遂にやってきたようだ。部屋で本を読んでいたところ、ノックが聞こえてくる。織斑君……ようやく、というより久しぶりに男の人と会話できる気がする。
最近はそのことが当たり前となってきたとはいえ、いざ同じような境遇……とは言えないけど唯一無二だった男性操縦者の二人目が現れた今、そこに仲間意識を求めてしまうのは仕方がない。
「少々お待ちください、今開けますね」
心なしか自分の口から発せられる声もどこか上機嫌に聞こえる。
軽い足取りで扉に向かい、その前にいるであろうたった二人の未来の戦友を迎えようとその扉を開ける。
「お待たせしま……あ」
しかし、そこにいたのは織斑君……ではなく、眼鏡をかけた少女だった。セミロングでやや癖のあるその髪の色は僕がよく知っている人と似ていた。そのことから、瞬時に彼女が誰かを悟る。予期せぬ来訪者に僕は思わず言葉を詰まらせてしまった。
「……あなたも、やっぱり私のことをそういう目で見るんですね」
そして、彼女の表情の変化が僕の失態を物語っている。
「今日からこの部屋でご一緒する更識簪です。……ですが、あまり私に構わないでください」
その瞳からは失望と諦念が見て取れた。……僕はなんて馬鹿なんだ。
確かに、千冬さんからしてみたら同じ男の僕を織斑君の同室にしたいと思うのは当然なんだけど、それが叶うかといったら微妙なところだ。何故なら織斑君は世界が注目する男性操縦者、当然ながら各国政府からの圧力もあるだろうし、学園も慎重になる。誰が同室でも角が立つし、本来なら一人部屋なんだろうけど今年は例年以上に入学希望者が殺到して、定員を増やしたせいで部屋に空きがない。
ならだれが同室になるか、だけど……恐らく束さんの妹の箒さんになる可能性が高い。同じように保護されている立場な訳だし、二人は幼馴染って話だ。
少し考えれば分かることなのに、確認もせずに浮かれていた。気付かなかったけど、それだけ僕にとってもう一人の男性操縦者というのは嬉しかったんだろう。でも、その結果がこれだ。
恐らく、簪さんは僕の表情から若干の負の念を感じ取ったんだろう。そんなつもりはなかったけど、予想していたのと違う事態に、少しがっかりしてしまったのは否定できない。
簪さんは、今まで楯無さんと比べられ続けたことでそういった負の感情に敏感になっている。もしかしたら、僕の先ほどの感情が自身に対して向けられたと誤解しても不思議じゃない。
「ご、ごめんなさい。予想外だったからビックリしちゃって。私は……」
「知ってます、西園寺さんですよね……先ほどの言葉の意図が伝わっていないようなのでハッキリいいます。私は……あなたのことが嫌いなんです……ごめんなさい」
思わず言い訳がましく弁解しつつ自己紹介をしようとするも、それを見透かしたように遮って告げられた簪さんの言葉は痛烈なものだった。呆気にとられる僕を横目に簪さんは部屋に入り、持ち込んだバッグなどの荷ほどきを始めた。それ以降、全くこちらを意に介さないその行動は明らかな拒絶を僕に突きつけている。
自分の浅はかさに激しく後悔する一方、僕は違うことも考えていた。確かに、彼女の僕に対する印象は最悪だったかもしれない。でも、果たしてそれだけであそこまで拒絶するだろうか。以前に楯無さんから聞いた話ではちょっと大人しすぎるけど優しい子だって話だ。そんな子が第一印象だけであそこまで辛辣な言葉をぶつけてくるだろうか。
なら、それ以前に僕に対するなんらかの悪感情を持っていてそれがさっきの対面で決定的になった、と考えるのが妥当な気がする。
……とはいっても、全く心当たりがないのだけど。う~ん、本人から聞こうにも今日のところは話しかけられる雰囲気じゃないし、とりあえず楯無さんに話を聞いてみようかな。
ん、なんか忘れてるような……あ! そうか、そういうことか。
「僕の部屋割り仕組んだの楯無さんでしょ!」
数日前の会話内容をよくよく思い出してみると、明らかに彼女は僕と簪さんが同室になるのを知っていた。公示されるわけではなく、個人ごとに部屋を指示される形なので彼女が知っているということはなんらかの働きかけを行った可能性が高い。それに、あの部屋を改造したのは簪さんが来ることを見越してたのだろう。
僕はそのことの追及も含めて、楯無さんの部屋に話を聞きに訪れた。一年寮は部屋が足りないというのに、楯無さんの部屋は僕が抜けたことで一人部屋になっている。……二年生の部屋が空いているならこちらを使えばいいのに何でいつもこの学園は融通が利かないんだろう。
「ご、ごめんなさい? その様子だと……やらかしちゃった?」
「う~、悪いのは僕なんだってわかってるんだけど……」
さすがに黙っていたことは悪いと思ったのかちょっと狼狽えている。それを見て僕も冷静になる……というかそのことで責めるのは筋違いだしただの八つ当たりだ。
ひとまず落ち着いた僕は楯無さんに何か心当たりがないか聞いてみる。
「そう、簪ちゃんがそんなことを……。いくら敏感になっているとはいえ確かに変ね。あなたとは今まで直接の接点はなかったわけでしょ?」
「そうだね、楯無さんの話でしか彼女のことは知らなかったし。簪さんはどうなのかな?」
「う~ん、以前少し話した時にあなたの話題を出したことはあると思うわ。でも最近はあまり簪ちゃんと話せなかったから何とも言えないわね。それに最近は紫苑君が行方不明になって、それ関連にかかりきりだったから」
「う、ごめん」
別に僕を責める意図が皆無なのはわかりつつも、思わず謝ってしまう。
「だから謝らないで。でもそうなるとますますわからないわね」
確かに……僕が嫌われる理由はこれといって見当たらないように思える。
あとはなんだろう、生理的に受け付けないとか? うわ、何気にそれ凹む……。もし本当にそうだったらどうしよう、立ち直れないかも。
「……なんとなく何を考えているのかわかるんだけど、いくらなんでも簪ちゃんはよっぽどのことが無い限り他人にそこまで言わないわよ?」
僕の考えを悟ったらしい楯無さんが若干の怒りを滲ませながら釘を刺す。
「ご、ごめん。いきなりでちょっと衝撃が大きかったから変な風に考えがいっちゃってるかも」
はぁ、というか何で僕はこんなにショックを受けているんだろう? 人に嫌われたりするのには慣れていたはずなのに……。あ、でも明確に僕個人を嫌いと言われたのは初めてかも……。今までは僕のこと、というよりも紫音の弟という存在を嫌われていた感じだし。
そう考えると、僕のことを見てくれている分マシなのかなぁ。でも心当たりがなぁ……。
「もしかして、僕の正体がバレてるって可能性は?」
「あり得ないわね。学園の子たちですら気づいていないのに、会ったこともないあの子が知る由もないわ。可能性があるとしたら私からだけど、そんなヘマ私がすると思う?」
「だよねぇ……」
となるとお手上げだ。もうあとは本人に聞くしかない。でも、今のままじゃ取りつく島もないから少しずつ話せるようにしていくしかない、かな。幸い同室なんだから機会はいくらでもあるんだし。
「……いくら簪ちゃんが可愛いからって襲っちゃだめよ?」
「今の会話の流れでどうしてそうなるの!? それに同室にしたの楯無さんだよね!?」
相変わらず人の思考をかき乱すのがうまい……というか人の心や考えを読んで最適な言葉を叩き込む。人を弄ることに無駄に才能を発揮するな、この人は。
「あはは……全く知らない人と同室になっちゃうより、ある程度こちらで把握できる簪ちゃんのほうがいいかなって。私のお願いのためにもちょうどいいし。……まぁ、あなたが男の子ってことをまたちょっと失念してたなんてことは決してないからね」
「いやいやいや、それ忘れてたでしょ!? あのときの失敗しちゃった発言はそういう意味だったの!? はぁ、もういいや、それも別にいつものことだし」
そうは思ってもなんだかドッと疲れた気がする。
「まぁ、それはさておき。私も気づいたことがあれば連絡するから……簪ちゃんのこと、よろしくね」
「このまま一方的に嫌われたままっていうのも嫌だしね、せめて理由を聞いてなんとかなるようならなんとかするよ」
「……ありがと」
状況的には楯無さん以上に、今の簪さんと仲良くするのは大変な気がするけど。それでも乗りかかった船だし、頑張ってみよう!
と、意気込んだもののそれから一週間の僕の部屋の空気は酷いものだった。楯無さんの部屋から戻ったあと、話をしようとしたもののシャワーの順番などの部屋のルールを簡単に決めるやり取りをしただけで口を閉ざしてしまった。
翌朝も挨拶程度はしてくれるけど、それ以外はほとんど会話にならない。ある程度自分の荷物も整理できたようで、あとはひたすら端末を操作して何かをしている。……何してるか教えてはくれなかったけど恐らく専用機に関することだと思う。
そんな状況が続いて、何の進展もないまま入学式の日がやってくる。立場上、僕は新入生ではないけれど参加することになった。その中で遠目ながらも話題の人物、織斑君を見ることができた。式の最中も周りの視線を一身に受けて縮こまっていたけど……あれはキツい。僕も何故か似たような感じだったけど、あの時は楯無さんがいた。今年は彼に集中しているから僕にほとんどそういう視線は感じない。
、話しかけられるわけでもなく遠巻きに見られているだけというのはやはり辛い。式が終わると彼は逃げるようにしてその場を後にしていた。ちなみに、この年の新入生代表挨拶はセシリア・オルコットという生徒。彼女が今年の主席なのだろう、イギリスの代表候補生で専用機持ちということだ。
そして翌日の授業初日の朝、貼りだされたクラス割を見る。僕は四組、予想通りではあるけど同室の簪さんと同じクラスだ。
他の気になる生徒でいうと、織斑君や束さんの妹の箒さん、それに代表挨拶をしたオルコットさんが一組だ。……去年に引き続きこのクラス編成の偏りは何の意図があるのだろうか。
ともあれ、気になる生徒が一組に集中してくれたのは助かる、かな。特に箒さんは束さんのこともあるし、機会を見て話してみよう。もちろん、織斑君とも話してみたい。
今年の専用機持ちは僕を含めて四人、僕と織斑君と簪さんとオルコットさんだ。といっても織斑君と簪さんはまだ未完成なんだけど。
IS学園での新たな一年が始まる。しかし、僕は簪さんのことで出だしから躓いた形だ。
でもそれとは別に自身の中で高まる、言い知れぬ不安を僕は払拭できずにいた。そしてその不安がやがて学園全体、果ては世界中を巻き込む激動の渦となることを、僕はこの時知る由もなかった。
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